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レイドボス、アイドルになる  作者: こくそ
メインストーリー
20/40

20 旅の終わり

「あぁ校長。はい。オバンデガスです。やっぱ大神殿にもいなくて……え、イソラ見つかったんすか。へい。いえ全然、大丈夫です。じゃあ学校に戻ります」


キタカゼからの念話を切ったオバンデガスは、そのまま〈アキバ〉大神殿の長イスの上で横になった。


「やっぱし生きてんじゃねえか。校長も取り越し苦労させるぜまったく」


上司への不満を吐露するも、彼女は帰ろうとはしなかった。

今、〈アキバ学園〉の校舎に帰ったところで職員会議に巻き込まれるだけだ。

あるいは生徒たちの世話をさせられるか。

いずれにせよこうして大神殿の中でグダグダしているよりも苦しい作業である。


「一晩中イソラを待ってたことにしよう」


大神殿の中は彼女以外ひとりもおらず、無音だった。

ろうそくの火のみがポツポツ灯る薄暗い空間は、さわがしい学校とは比較にならぬほど睡眠に適していた。

日頃狩りに出ている疲れもあり、彼女はすぐにまどろみに落ちることができた。


「…………」


大神殿の扉がゆっくりと開く音がする。

ギギギときしむ不快音は彼女を現世に引き戻した。


(誰だ……オレの眠りを妨げるのは……)


「タイヨウ!いるか!?タイヨウ!!!!」


少女の声が神殿内をぐわんぐわんと反響した。

足音はオバンデガスの周囲をぐるぐると巡った後、彼女のもとへたどりついた。


「いた!人間!タイヨウだ!タイヨウか!?」


彼女はオバンデガスと床の間に手を差し込むと、ちゃぶ台返しの要領でひっくり返した。

そしてハイハイ歩きしてイスから転げ落ちたオバンデガスの顔をのぞき込む。


「タイヨ……違う……。こんな邪悪な顔してない……」


「なんだてめぇ?」


オバンデガスは上体を起こし、失礼女をにらみつけた。

薄暗いためあまりはっきりとは判別できなかったが、頭から生えた二本のツノと、ツインテールの髪型から、昼間に学校に侵入した不審者その二であることはすぐに分かった。


「タイヨウを知らないか!?」


「知らねえよ。知ってても教えねえよ」


オバンデガスが冷たく突き放すと、レインは「うぅ……」とうめき、彼女は天井を見上げた。


「と”こ”に”い”る”ん”た”タ”イ”ヨ”ウ”〜」


ツノ女は大粒の涙をこぼし、その場にへたり込んだ。


「なんだこいつ。タイヨウタイヨウってまさか、あいつの子どもじゃねえだろうな」


彼女のステータスを確認したオバンデガスは背筋の凍る感覚を覚えた。


(〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉……!イズモのドラゴンじゃねえか!)


〈アキバ〉の大神殿にレイドボス出現という、悪夢のような状況。

オバンデガスは自然と足を出口の方へ向けた。


「ま”て”え”!」


レインはオバンデガスにタックルをくらわせ、押し倒した。


「お”ま”え”タ”イ”ヨ”ウ”の”し”り”あ”い”た”よ”な”。い”は”し”ょ”お”し”え”ろ”〜」


「居場所?知らねえって」


ろうそくに照らされた彼女の顔は涙と鼻水とでグチャグチャになっており、ドラゴンといよりはアンデッド系のそれに見えた。


「ど”こ”た”〜」


このまま付きまとわれても困ると思ったオバンデガスは、彼女をやさしく起こすとハンカチを手渡し顔をふかせた。

この隙に逃げてしまおうという算段である。


(しかし……。もったいない気もしてきたな……)


このドラゴンを見逃していいものだろうか。

別に正義心からそう思ったわけではない。

このままこいつを野放しにして、もし〈アキバ〉が火の海になろうとも、それはむしろ大変愉快なことである。

しかしタイヨウとの関係が気になる。

天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉が迷子の子どもなら、タイヨウはさしずめ彼女を探す親だろうか。


(あいつ、ドラゴンを育ててんのか?)


オバンデガスはハンカチで鼻をかむ〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉を見て考えた。

HP2億、MP3億を誇るフルレイドランクの真竜。

飛行能力に火炎放射、雨による戦場制圧。


(こいついれば天下とれるな……)


彼女の脳裏に映るのは炎上する市街地、逃げまどう群衆、大量の貢ぎ物……。


「なぁ〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉様よ。タイヨウとはどういう仲なんだ?」


オバンデガスは表皮に満面の笑みを取り付け、彼女の背中をさすった。


「"レイン"でよい。タイヨウは、我の"推し"だ」


「は?"おし"?お師匠様ってこと?」


「師匠でもあるけど……知らないのか?応援してる奴のことだ」


「あー。"推し"ね。あいつ、アイドルって……マジでやってたのか……ブフッ」


思わず吹き出したオバンデガスを見て、レインは眉をひそめた。


「いやゴメンゴメン。レインちゃん。で、タイヨウちゃんにファンはどれくらいついてるんだい?」


「四人」


「ぶひゃひゃ!」


オバンデガスは腹を抱え、神殿の壁をペチペチたたきながら延々と笑っていた。

ツボに入り笑いを止めることもできず、仕舞いには自分でも困ってしまったが、レインから注がれるハイライトの消えた視線に気づくことでどうにか納めることができた。


「ゴメンて〜。悪かったよ〜。好きなんだもんな〜。笑われたらイヤだよな〜」


「お前はヒドい奴だ」


「とんだ誤解だよ〜。そうだ!一緒に探してやるよ。オレは良い奴だな〜」


「でもお前、悪いPKプレイヤーだって聞いたぞ?」


「とんでもない!むしろ逆!オレはそういう悪いPKプレイヤーをこらしてめきのさ!誰よりも多く!タイヨウはその時の相棒みたいなもんだ!」


「本当か?」


「嘘はついてねえさ。タイヨウはー……。あれだろ、すでに復活しててどっかほっつき歩いてるんだろ。街に出て探そうぜ」


オバンデガスが言うとレインはうなずき、二人して大神殿を後にした。


◆2◆


同時刻、タイヨウは〈イズ〉の温泉街にいた。

〈アキバ〉から直線距離にして五十キロ。

かつては湯治場として賑わっていたが、〈大災害〉後は訪れる者も途絶え、大地人とわずかばかりの冒険者がひっそりと暮らすのみとなっている。

彼女は街はずれにある煉瓦づくりの一軒家の食卓についていた。

キッチンの鍋から立ち上がる湯気により、空間は湿気とコンソメの香りに満たされていた。

イソラは机の上にフォークとスプーンをそそくさ三セット並べると、再びキッチンへと引き返した。

そして母親(キタカゼ)から、スープ皿を乗せたお盆を受け取る。


「あの、手伝いましょうか?」


タイヨウはキタカゼに言った。


「客人は座ってろ」


キタカゼはエプロンをつけ、何かしらの肉を手でこねていた。

その手つきを見るたびに、先ほどの洞窟での"制裁"のイメージがフラッシュバックしてしまう。

タイヨウはこの日初めて暴力を目の当たりにした。

もちろんモンスター戦やPvPは何度と無く経験してきたが、それらとはまた違う衝撃を受けたのだ。

エフェクトや爆発音で飾り付けされていない、生の拳は、現代人のタイヨウにとって直視できない行為であった。

それをこの目ではっきりと、見たのである。


(で、でも、しょうがないよね……)


子どもに危害を加えられている以上、親としてキレるのも無理はない。

タイヨウは、衝撃の経験に折り合いをつけながら、イソラの危なっかしく食器を運ぶ様子を目で追いかけるなどして暇をつぶした。


(本当に親子なんだ……)


洞窟でキタカゼから打ち明けられた時は実感が湧かなかったが、このような連携を見せられると信じるしかない。

その後キタカゼ、イソラともに席につくと「いただきます」のあいさつとともにようやく夕食にありつくことができた。

家族団らんという、一年前であればあたり前の風景が目の前に広がっている。

本来であれば待ちに待った景色のはずだ。

しかしタイヨウは、溶けないわだかまりのためにそうした感動にひたれずにいた。


「どうだ?」


正面に座るキタカゼが言った。


「へ?」


「ハンバーグだよ。うまいか?」


「おいしいです……。お姉さま、料理できたんですね」


「こっち来てから覚えたんだよ。最初は黒炭しかできなかったけど、あれを手に入れてから何とかそれらしいもんができるようになった」


キタカゼはハンガーにかけた〈新妻のエプロンドレス〉を指さして言った。

サブ職〈料理人〉でなくとも、装備すれば簡単な"味のある料理"を作成できるようになる便利アイテムだ。


「新妻……」


タイヨウはぼんやり呟くと、


「新妻になってしまわれたんですね……お姉さま」


と涙目で嘆いた。


「新妻ってガラじゃねえけどな。もう結婚して半年以上経つし」


「半年……」


タイヨウはキタカゼの横で黙々とスープをすするイソラを見た。

内向的な人見知りというのがタイヨウのイソラ評である。

見た目は恐ろしいが中身は非常に子どもらしく、かわいらしい。

当初は演技と疑ったが、洞窟を後にし、森を歩き、街に帰ってくるまで何回か話す内にその説も消えてしまった。

彼女はまさしく幼女であった。

しかしまったくもって似ていない親子だ。

本当に実の子なのだろうか?

よくよく考えると七歳児くらいの見た目した彼女が"お姉さま"の子どもというのは、おかしい気がする。


「お姉さまが結婚したのって〈大災害〉の後ですよね?」


「当たり前だろ」


「イソラちゃんっていくつですか?」


「おい聞かれてるぞ。イソラ」


キタカゼは娘の頭をポンと叩いた。

イソラは指を折って、歳の数を数え始めた。


「七……」


彼女は指を見ながら、ボソっと答えた。


「七歳なんだ。教えてくれてありがと」


タイヨウは笑顔でお礼すると、イソラはわずかにはにかみ、恥ずかしそうにうつむいた。

微笑ましいやりとりにタイヨウは満足し、スープを一口すくって飲んだ。


「七ヶ月だよ」


キタカゼが訂正する。

タイヨウはスープをブッと吹いた。


「汚ねぇな!」


「な、ななななな七ヶ月っ!?」


「こっちに来てから産んだ娘が七歳じゃ道理が通らねえだろ」


キタカゼは言いながら、イソラに台拭きを持ってくるよう指示した。


「養子じゃないんですか?」


「いや、アタシが産んだ」


「で、でも、計算が合わないっていうか……」


「いいじゃねえか別に。ヤった次の日に起きたら枕元であいつが寝てたんだよ」


キタカゼはぶっきらぼうに言った。

タイヨウはこの話題をこれ以上続けても、傷つく未来しか見えなかった。

というよりすでにその一言で心が死にかけていた。


「料理だってコマンド入力すりゃ一瞬だしな。子どもも一瞬で完成するんじゃねえの?この世界ならな」


「あ……もういいです……やめましょうこの話題……」


「なんだよ自分から聞いといて」


キタカゼはイソラからふきんを受け取ると乱暴に机を拭きだした。


「旦那さんは……?」


タイヨウはさっきよりもずっと小さな、覇気のない声で聞いた。


「〈アキバ〉」


「〈アキバ学園〉……ですか?」


「そう。アタシが校長。あいつは教頭。イソラが生徒」


「三人で始められたんですか?」


「そう。イソラのために作った」


「作ったって……そんな簡単に……」


久々に会ったお姉さまが、教育ママに変貌していたため、タイヨウはひどく複雑な想いにかられた。

行動力に感心するような、あなたのような不良が学校の必要性を語るのかと呆れるような、そんな混濁がぐるぐると、眼球の奥底で渦巻いている。


「生徒も集めて、教師も確保して、やっとそれらしくなってきたわ」


(PK教えてますけど……)


「ただ運営費がな……校舎の維持費、給食代、大変だよ」


あの校舎はもともと〈天衝(てんつく)〉所有のギルドキャッスルであったため、タイヨウにもその維持費の高さは覚えがあった。

たしか月あたり三万ゴールドだったはずだ。


「教員はラニーニャとオバンデガスだけですか?」


「よく知ってるじゃねぇか。いや、コナユキ、タイフウ、マタサブロウ、教員は全部で五人だな」


「ラニーニャからお姉さまがここにいると聞いたので……。あぁ幹部ばっかり……コナユキをよく許されましたね」


「人手不足だから誰彼と贅沢言ってられねえ。アタシだってこうして片手間にクエストこなして、運営費をかせいでる有様だ。アタシは〈イズ〉、バカは〈アキバ〉の近くでな」


「バカって、旦那さんのことですか」


「そう、お前も知ってるーー」


「いいです!聞きたくないっ!」


「そうか?ならいいけどよ。ところでタイヨウは今なにしてんだよ」


「私は、ずっとお姉さまを探してました。ヤマト中を駆け回って……」


「世話かけたみてぇだな……大変だったろ」


「旅の費用については歌うかわりに村の人に泊めてもらうとかしてたので……支援してくれるギルドもありましたし、とにかく大丈夫でした」


「なら今はもうやることないのか?」


「あ……」


「〈アキバ学園(うち)〉に来ねえか?やっぱ〈風紀委員長〉がいねぇとシまんなくてよ」


「私がいても、ダメだったじゃないですか」


「過去のことなんて気にすんな」


「あの……」


「どうだ?」


キタカゼは月のように妖しく、引き込まれるような目で見た。

これこそが、タイヨウの探し求めていたものであった。

この一年間でヤマト中を巡り、あまたの村でライブし、大地人と交流し、あるいは〈アキバ新聞〉とも関係を結んだ。

彼らか集めた情報をもとに、ようやく捜し当てられた"クエスト報酬"が、今目の前にある。

ずっと、この人の隣にいたい。

〈大災害〉前から抱くタイヨウの夢は、変わることなく彼女の胸に燃えていた。

そして想い人は今、私を求めてくれている。


「少し、考えさせてください……」


そう言ってタイヨウは食べ終えた食器をかかえ、トボトボと食卓を離れた。


◆3◆


レインとオバンデガスはアキバのラーメン屋〈リンチャンバット〉で麺をすすり合っていた。

レインの肩はなおも深く沈んでいた。


「元気出せって。真竜様よ」


レインは涙とラーメンをすすると、


「もっとコッテリしたやつがよかった」


とため息をついた。


「味が気に入らねえだけかよ。人間様をバカにしてらぁ」


「どこにいるんだ……タイヨウ……」


「そんなにあいつに会いたいのか?」


「当たり前だろ。タイヨウだぞ」


「オレらにとっちゃドラゴンよりも会いたくない奴だけどな。モンスター同士波長が合うのかね」


「タイヨウは冒険者だぞ」


「いや、あいつは鬼だ」


「そんなに恐かったのか?」


「そりゃもう!幹部がガン首そろえてひれ伏すこわ〜いお方だったのさ」


オバンデガスは金棒を持ったフリなどして鬼のマネをした。

スイッチが入ったのかタイヨウがいかに〈天衝(てんつく)〉において怖い存在であったのか、オバンデガスは雄弁に語り始めた。


「いいか?オレら〈天衝〉は正義の味方だったのさ。悪いPKプレイヤーをこらしめる、正義のヒーロー!わかるか?」


「さっきも聞いた。お前酔ってるな?」


「酔ってねえよ。ぶひゃひゃ!それなのにあいつときたらよ、いっつもオレらを邪魔すんのよ。やりすぎだの、ギルドの評判を落とすのはやめろだの、うるせえっての!」


「はぁ」


「オレはただよ!悪徳冒険者をこらしめただけだぜ!?何回殺しても反省しねえから、身元を特定して、写真取り寄せて、そいつの顔をマネて作ったアバターMOD作ってよ!三十人でそれかぶって〈アキバ〉を大行進!ひゃひゃひゃ!傑作!で、そのハゲ親父がまだ訴えるとかほざくからーー」


呂律も怪しいままレインの背中をバシバシと叩くオバンデガス。


「言ってる意味が分からん。つまらん」


「息のかかったYoutuberに住所を伝えて……、まぁ真竜様には分からねえよな。遠い世界の話さ。んで結局、タイヨウが邪魔してよ、家凸配信もできなくなったんだがな。空気の読めねえやつだったよ」


「タイヨウ……と"こ"に"い"る"……」


レインのどんぶりの底には、スープの代わりに涙がたまっていた。


「おいもう食い終わったのかよ。いいぜ、別の店行こう。ジェネリック天一みてえなところ知ってるから」


「天一……?いいよ別に……〈アキバ〉に我の気に入る店なんて……」


「いやいや!〈アキバ〉ラーメン業界ナメちゃいけねぇや。きっと気に入る店が見つかるはずさ。そこにタイヨウだっているかもしれねえしよ。な、次行こう、次!」


オバンデガスはそう言ってレインに代金を払わせ、のれんの外に押し出した。

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