19 再会
◆1◆
洞窟内ドーム空間を舞台に、PK戦闘が始まった。
敵は守護戦士、森呪遣い、妖術師、暗殺者の男四人。
にじみ出た悪意は、均整のとれた彼らの顔を醜くゆがませていた。
いかにも三下じみた集団であるが、全員がレベル九十を誇る油断ならぬ相手である。
対するこちらの戦力といえば、施療神官タイヨウと召喚術師イソラの二人。
勝ち目は無い。
とるべき行動はひとつと判断したタイヨウは、
「C-R1-2!」
と叫んだ。
かつてタイヨウが所属していたギルド〈天衝〉で使われた作戦コードだ。
「戦況不利のため/リーダー格ひとり倒して敵を混乱させた後/逃げる」を意味している。
(って伝わるわけないか!)
タイヨウは改めて丁寧に作戦を伝えるべく、背後にいるイソラの方を見た。
が、イソラはすでに〈ファントム〉を三体召喚し敵パーティにさしむけていた。
幽体の召喚獣〈ファントム〉は敵パーティを取り囲み、ドクロの顔を近づけたり、首筋をつかんだりして攪乱した。
イソラはその隙に〈魔力増強呪文〉を唱え攻撃魔法の準備を始めた。
(あれ、伝わってる)
イソラの動きは"C-R1-2"における〈召喚術師〉の行動指針に沿っていた。
(元仲間だったりする?)
イソラと名乗るこの幼女の中身がなんであるか、素人か玄人かはタイヨウにはまったく判別のつかないことだ。
どの程度指示すべきか、そもそも自分が指示すべきなのか、今のタイヨウに考える余裕はなかった。
「殺すなよ!生かして捕らえろ!」
守護戦士の指示と同時に敵妖術師から攻撃魔法が放たれる。
攻撃はタイヨウに直撃した。
「ッ……!指示してる余裕なんてないか。ベテランだと信じてるよ!イソラさん!」
とにかく今、自分が果たすべき役割は壁役。
ひとりぼっちの"特攻隊長"として、敵の攻撃を一身に受け止めなければならない。
タイヨウは走りながら
〈パニッシャー〉っ!
と叫んだ。
天井から光の流星群が降り注ぐ。
〈施療神官〉最大の制圧力を持つ大技であり、本来なら軽はずみに出してよいものではない。
着弾した光線は、轟音とともに岩盤をえぐった。
不幸にも成果は芳しくなく、各人の体力を三割程度削ったに過ぎなかったが、
「必要充分!」
タイヨウは叫び、ひるむ敵回復職のこめかみへと〈ホーリーシールド〉をたたき込んだ。
「あんたたちごとき、私ひとりで充分よ!」
大技をきめヘイトの的となった彼女に敵襲は殺到した。
鉄槌が、這い寄るツタが、七色の弾幕が彼女を貫こうとする。
金属鎧で身を守るタイヨウはこれをよく守り、〈自動回復呪文〉を併用することで紙一重耐えていた。
「あと五秒!」
タイヨウは"余命"をイソラに伝え、
〈閃光魔法〉っ!
と唱えた。
タイヨウのかまえる盾の中央が、超新星爆発めいて発光した。
視界を奪われふらつく守護戦士に、タイヨウはすかさず盾をフルスイング。
天井近くを浮遊する〈ファントム〉めがけ打ち上げた。
「イソラさん!」
タイヨウの想定通り、イソラの〈魔力増強呪文〉の詠唱は今しがた完了していた。
そしてこちらも想定通り、イソラの背後には、敵暗殺者の姿があった。
「子どもは寝てなぁ!」
彼はイソラの首もとめがけ、小太刀をつきたてる。
〈主従交換回避魔法〉
イソラは杖を前に出し、そう唱えるとパッとその場から消えた。
そして〈ファントム〉のいた場所に、彼女は現れる。
目の前には、敵の守護戦士。
「来て……〈バンシー〉さん……」
死妖精が、杖の先端から煙のごとく召喚され、守護戦士の耳元に口を寄せた。
「〈魔法圧縮〉……」
怨嗟の叫声が、ゼロ距離からそそぎ込まれる。
タイヨウも敵も、そろって戦闘を中断し、耳元をふさぎしゃがみ込んだ。
キーンという耳鳴りのみが聞こえる状態のタイヨウが、ようやく前方をみやると、倒れ伏した守護戦士の姿があった。
(体力残り1割弱、倒しきれなかった……!でも今なら……!)
タイヨウ、すぐに立ち上がり、出口めがけて駈けだした。
「作戦中断!退避!」
タイヨウは指示した。
そして出口につながる細いトンネルにようやく到達したところで、後ろにいるはずのイソラを確認した。
しかし姿は見あたらない。
「イソラさん!?どこにーー」
彼女はドーム空間の中央にいた。
守護戦士に首根っこをつかまれ、宙ぶらりんとなった状態で。
「おいそこの女!戻って来い!」
守護戦士が言う。
(指示出したのに!?そっか耳……指示が聞こえなかったか)
タイヨウは悩んだ。
助けるべきか。
見捨てるべきか。
〈天衝〉のセオリーならばどうする?
見捨てるべきだ。
タイヨウは出口の方へときびすを返した。
(それでいいの?)
〈天衝〉時代のセオリーで考えて、本当にいいのか?
PKKプレイヤーとしては正しい。
でも今の私はーー
「いいぜ。別に逃げてもよ。こいつに四人分働いてもらうだけだしなぁ」
背中でねばついた笑い声が響く。
ダメだ。
ここは〈エルダーテイル〉じゃない。
敵パーティへと突貫し、彼女だけでも助けよう。
意を決したタイヨウは顔を上げた。
そこには、人が立っていた。
「おね」
言い切る前にタイヨウは殴られた。
赤く熟れたほほに、ダンプカーにぶつかったような衝撃が加わる。
痛みを感じる間もなく、タイヨウの意識の糸はたよりなく切れてしまった。
◆2◆
「手遅れです」
ヤマセは念話越しにあわてふためくイタチを突き放した。
「どうにか〈アキバ〉に引き返せないッスか!?」
「もう浜松くらいまで来ちゃいましたからねぇ。深夜には〈イガの隠れ里〉に入る予定なんで、今更無理ですよ」
「レインちゃんが〈アキバ〉でひとりぼっちなのはマズいッスよ!」
「タイヨウさんがいるでしょ」
「タイヨウはマジで状況がつかめないんス。連絡もとれなくて」
「あの人に念話してもつながりにくいですもんねぇ。どうせまたマナーモードにしっぱなしとか、そんなところでしょう」
「いや戦闘中みたい、でそもそも念話を飛ばすこともできないんス」
「よかった。それならじきに〈アキバ〉の大神殿に復活するじゃないですか。これでレインさんと再会できますね。安心しました。じゃあまた」
ヤマセは強引に念話を切ると、マナーモードに設定を変えた。
「もう話は済んだの?」
ヤマセとともに宿営の火を囲むコーサは言った。
「ええ。万事問題ありません。あれ?クモリさんは?」
「急に里から連絡が来たみたいで、あわてて席を立って行ったわ。普段の仏頂面とのギャップがあってかわいかったわよ。あなたも見習った方がいいんじゃない?」
「かわいげがなくてすみませんね」
「本当よ。いつも無表情なんだから。ちゃんと焦ってる?このままだとアイドル企画も打ち切りになるのよ?」
「焦ってません」
「焦りなさい」
「なぜです?優勝する確率はかなり高いはずですよ?修正した計画案はまだ見てませんか?」
「見たわ。金と権力でごり押しする優勝プランのことでしょ。私が不安なのはお立ち台の方よ。特にレインちゃんのところ」
「レインさんのアイドルにするクエストを成功させれば〈アラガミ闘技場遺跡〉のお立ち台もクリアできます。なにせ手加減してくれるそうなので」
「その手加減の条件が、レインちゃん大会優勝なのよね?」
「正直なところ、別に優勝しなくても構わないんですけどね」
「優勝したらクリアじゃないの?」
「違います。タイヨウさん曰く、クエストの本文にはただ"アイドルにしろ"とだけしか書かれてないそうですから。レインさんを客の前で歌って踊らせさえすれば達成できると思います」
「じゃあなんで優勝しなければクリアできないなんて言ったのよ?」
「それは、そうしとけば〈執政家〉の援助が受けられると思ったからですよ。実際受けられてますしね」
ヤマセは小声で伝えた。
「つまり、クモリちゃんとレインちゃんをダマしてるわけね」
コーサもまた小声で返す。
「このプランなら、レインさんはアイドルになれる。クモリさんは危険生物を封印できる。そして我々は大会に優勝できる。つまり全員が幸せになれますよ」
「あなたそのうち地獄を見るわよ。とにかく、大会優勝したら、お立ち台も制覇できるってわけね」
「その通りです。優勝翌日にでもタイヨウさんは〈銀河系アイドル〉になれるでしょうね」
「それじゃダメ」
「へ?」
「大会優勝→銀河系アイドルの順番じゃダメよ。銀河系アイドル→大会優勝の順序でしょ?あなたが最初に提案した計画書にはそう書かれてたわよ。それが一番ドラマティックなんだって、力説してたじゃない。つまり大会前には、すでに〈銀河系アイドル〉になってなきゃいけないわけ。さっきのプランだとダメじゃない」
ヤマセは少し沈黙した後、コーサの顔色を伺いながら
「ちょっと整理くださいね。〈お立ち台〉制覇にはレインさんの協力が必要。そのためにはレインさんをアイドルにしなければならない。レインさんをアイドルにしたら、〈執政家〉とはそこで関係が切れる。〈執政家〉の援助を失えば優勝ができない。ヤバい」
と自問自答した。
「自業自得ね」
「あの、多少順番が前後してもよくないですか?」
「あなたねぇ……〈白筆〉がそれを許してくれると思ってるの?自分で交わした契約なんだからちゃんと責任を持ちなさい」
「なんとかなりません?」
コーサはヤマセの顔をひっぱたきたかったが、ギリギリで押しとどまった。
ゆがみかけた顔に力を入れどうにか表情を固定すると、彼を諭すための小話をひとつ披露することにした。
「〈筆写師〉の〈契約書〉は絶対よ。いい?私たちの文字は、冒険者を殺せるのよ?」
「"ペンは剣よりも強し"ですか」
「半分正解。〈アキバ新聞〉なら、冒険者を社会的に殺すことも簡単でしょう。でもそれだけじゃない。物理的に殺すことだってできるわ」
「ペンで刺すんですか?」
「いいえ。もっと恐ろしい話。あなた、某〈筆写師〉が大地人を冒険者に変えてしまった事件のこと知ってる?」
「なんとなくなら。あの"性悪メガネ"のことですよね。一度は死んだはずの大地人を無理くり冒険者にして蘇らせたっていう」
「そう。つまり〈筆写師〉が作り出した〈契約書〉は、世界の法則すら操作できるの」
「なぜ急に生き返らせる話を」
「〈筆写師〉は大地人を冒険者にできる。これって裏を返せば、|冒険者を大地人にもできる《・・・・・・・・・・・・》ってことよ」
「なるほど……。大地人になれば〈大神殿〉で復活できなくなる。悪魔的発想ですね」
「分かった?私たちが生み出す文字には、大きな責任がともなうのよ。ちゃんとしなさい」
「でもたしかそういう大きな契約って〈幻想級〉の紙とペンが必要なんですよね。アイドル企画のやつは〈制作級〉でしたよ。責任の重さが一緒とは思えませんけどねぇ」
なおも強情なヤマセに対し、コーサは軽蔑の視線で返した。
「私はいいけど"白筆"を怒らせると後が恐いわよ。ねぇ、ヤマセくん。うちに加入するとき〈契約書〉にサインしたよね」
「ああ、あのなんかよく分からないことがびっしり書かれたやつ」
「あの紙、〈幻想級〉よ?知ってた?」
「あぁー……」
「上に逆らっても、いいことないの。理解した?」
「打ち切り回避の方法を考えときます……」
◆3◆
〈戦闘不能〉
状態異常のひとつであり、〈エルダーテイル〉においては死亡一歩手前を意味する言葉だ。
呼吸はできる。
手足も指先だけなら動かせる。
それ以外は不随。
感覚については、あたかも潜水中のようにゆらめき、くぐもった景色・音に包み込まれた状態となる。
タイヨウはそうした状況に置かれながら、ぼんやり遠くで動く"お姉さま"の姿を眺めていた。
彼女は、守護戦士の男に馬乗りしてその顔を殴りつけていた。
何度も。何度も。繰り返し。
その拳は〈ライトニングストレート〉でも〈オーラセイバー〉でもない。
ただの殴打であった。
電流の走る音もしなければ、爆発音もない。
"グチュ"だの、"グチャ"だの、聞きたくもないグロテスクな音がドームに反響し、タイヨウの耳に流れ込む。
「やめてくれ……もうしない……」
男の哀願が聞こえる。
直後、鼻の骨が折れる音が響いた。
そして再び、肉の詰まった袋を叩くような、不快な音が繰り返しこだまする。
「たすけ……」
男の前歯の折れる音がした。
拳をたたき込む音は徐々に大きくなっていく。
「やめてよ!」
「イソラはそこでジッとしていろ」
"お姉さま"は幼女を冷たく突き放し、悪徳PKプレイヤーへの制裁を再開した。
「こ、ころし……」
守護戦士が息も絶え絶えに言うと、
「殺したらヤキ入れらんねぇだろ」
と答え守護戦士に〈回復呪文〉をかけた。
そして再び殴打し、死にかけるとまた回復することを何度も繰り返した。
どれだけの時間が経っただろうか。
"お姉さま"は男から離れると、タイヨウのもとへと近づいていった。
〈魂呼びの祈り〉
神祇官固有の蘇生呪文をかけられたタイヨウは、ようやく起きあがることを許された。
「お姉さま……!」
タイヨウはきらめく視線を"お姉さま"に送った。
彼女は無視して、タイヨウを押し倒し、馬乗りになった。
「お姉さま!?」
「イソラを可愛がってくれたようだな?えぇ?」
「待ってください!敵じゃないです!私です!タイヨウ!〈天衝〉特攻隊長五番!タイヨウです!」
「あ?んなわけねぇだろ」
「あの頃と見た目が違うのは、別アカウントだからで!えっと、茅ヶ崎市立第三高等学校、1年C組!あなたの後輩ですっ!」
「お前……」
「本当にタイヨウです。あなたのタイヨウが!はるばる会いに来ました!」
すると"お姉さま"はタイヨウから離れ、手をさしのべ身体を起こさせた。
「殴って悪かったな」
「いえ。お姉さまになら何されても快感なので……」
タイヨウは顔を赤らめつつ"お姉さま"を見た。
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名前:キタカゼ
レベル:九十四
種族:狐尾族
メイン職業:神祇官
サブ職業:狩人
所属ギルド:アキバ学園/校長
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間違いなく、タイヨウが探し求めていた人物であった。
金髪を短くそろえ、巫女装束を乱暴に着崩した姿は、かつて画面越しに畏敬の眼差しを送っていた時とまったく変わっていない。
キタカゼはタイヨウを回復すると「ちょっと待ってろ」と言って再び敵の方へと引き返した。
制裁を続けるつもりなのだろう。
「ダメ」
イソラは仁王立ちになって彼女の行く手をふさいだ。
「どけイソラ」
「かわいそうだよ……」
「甘ったれんな」
キタカゼはイソラをよけ、歩みを進めた。
しかしイソラはそれを拒むように、彼女の片足にすがりついた。
「お前を襲ったやつらだぞ?何されたって文句は言えねぇ」
「でも痛がってる」
「あえて与えてるからな。当然の報いだ。タイヨウ!イソラの世話を頼む!」
タイヨウは並々ならぬ関係を感じさせる二人の会話をぽかんと眺めていた。
「お姉さま?」
「ん?あぁ、そうか、まだ紹介してなかったな。娘のイソラだ。よろしく頼む」
「お母様!!??」




