18 別れて出会ってイソラちゃん
◆1◆
「どきなさい」
タイヨウは教室の出口をふさぐメイドの少女オバンデガスに向かって強く、はっきりと言った。
「なに?命令してんの?侵入者のぶんざいでどういうつもり?」
「そっちこそどういうつもりよ。"PK学"だなんて」
「悪ぃか?」
「人を傷つける行為を教えるなんて最低よ」
「同類がよく言えたもんだな」
「だからこそよ。あなたも私も、PKが愚かなことはよく知ってるでしょ」
〈エルダーテイル〉はPKが横行するゲームとして有名だった。
大半はふざけ半分で行われていたが、中には積極的・組織的に実施するギルドもあったという。
これはPKすることで相手の所持金すべてと、アイテムの約半分を得ることができるというメリットがあったからだ。
PKにペナルティどころかあえて"うまみ"を持たせる点は〈エルダーテイル〉運営の負の要素として少なくない批判を呼んでいた。
「人を傷つける行為が最低?じゃあ空手も剣道も最低だな」
そう言い返し、オバンデガスは高笑いした。
「屁理屈をっ」
「怒りなさんなタイヨウちゃん。護身術だよ。護身術。この世界で平和に生きたければPKの対処法くらい学ばねぇとダメだろ?レベルMAXにすりゃ最強ってほど甘いゲームじゃないことくらい、存分におわかりいただいてることだろうに」
「あんたが言ったんじゃ説得力ゼロよ。どうせお金に困ったから、子ども使ってPKさせる魂胆でしょ?」
「信用してくれよぉ。オレたち仲間だろぉ。ひゃっひゃ」
「あんたを仲間と思った瞬間なんて一秒もないから」
タイヨウはオバンデガスを押しのけて外へ出ようとした。
「論破されたからって逃げるなよぉ。もっとお話しようぜ?なぁ?」
オバンデガスは腕をタイヨウの首に巻き付けた。
するとタイヨウは無言で杖を取り出し、詠唱を開始した。
「やめろ二人とも!生徒の前だぞ!」
静観していたラニーニャが二人の間に割って入る。
「やはりタイヨウだったか……。たしかに、我々を信用できぬ気持ちはよく分かる。しかし奴の言ってることに嘘偽りは無い。さっきの授業は、昔を反省し、今に貢献するために行っている行為なんだ」
タイヨウは疑いの念を含んだ目でラニーニャを見つめ、言葉を返すことなく教室を後にした。
「んだよラニー。貴重な奴隷を逃すのか?」
「口を慎めオバンデガス。正義の模範となるべき教師として、目に余る振る舞いだ」
「正義の模範?オレらがぁ?〈アキバ〉の奴らが聞いたら笑い転げるぜ。ぶひゃひゃっ!」
◆2◆
「あいつらもタイヨウの仲間だったんだな」
「全然違う」
「ギルドメンバー同士だったんだろ?」
「ギルドメンバーと仲間はイコールじゃないから。あの二人はただの悪質PKプレイヤーよ」
「悪質?笑い声が汚い奴はとにかく、先生の方は悪いように見えなかったけどな」
「見た目にダマされちゃだめよ。どちらも手当たり次第にPKしてまわった、悪名高い冒険者なんだから」
「冒険者って殺しちゃダメなのか?」
「あー……。レインは真竜だからいいけど、冒険者は冒険者を殺しちゃダメなの」
「なんで?」
「いやその、相手側の覚悟というか……と、とにかくあんな最低冒険者のことなんて忘れて!都に帰りましょ!」
「うん……うん?」
レインは納得のいかない表情をしたが、タイヨウは彼女の背中に手をまわしてアキバの外まで誘導した。
アキバから一キロほど離れた廃ビルの屋上まで行くと、タイヨウはレインに龍化するよう頼んだ。
懐中時計の針は午後三時半を指していた。
「今から帰れば、日暮れ前には〈キョウの都〉に到着できるかな」
「タイヨウが落ち着いててくれればな」
「がんばる……。ところでレイン、途中で寄ってほしいところがあるんだけど」
「寄り道か?」
「うん。〈イズ〉ってところに行きたくて」
「どうして?」
「お姉さまがいるから。ちょっとあいさつに」
「あぁ。タイヨウのいたギルドの元GMか」
「"奴"じゃなくて"お姉さま"よ。私が一番慕っている人なの。とってもかっこよくて、少しだけワルで、カリスマ性のある人よ」
「好きなのか?」
「もちろん大好き!いや大大大大好き!あぁお姉さま!ようやく会えるのですね!どれだけ待ちわびたことでしょうか!結婚して!」
タイヨウは大げさに天を仰ぎ、目を星のように輝かせ言った。
「じゃあヤダ」
「え?」
「寄らない」
「どういう意味?」
「我は〈イズ〉に寄らない」
「なんで!?あっ!大丈夫!〈イズ〉は都に行くまでの途中にあるところだから!ルートが遠回りになるとかないから!」
「どこだろうとダメ」
タイヨウは青ざめた表情でレインに訴えた。
「どうして!?いいじゃん!?」
「恋愛禁止だろ?」
レインは腕を組み、眉をひそめて言った。
「へ?」
「アイドルは恋愛禁止だろ?キタカゼに会いに行くのはダメじゃないのか?」
「あ、あー。その、お姉さまのことが好きっていうのは、そういう意味じゃなくて、慕ってるって意味だから!」
「ダメなものはダメ」
「いいじゃん。女と女だよ?」
「どういう意味だ?」
「だからぁ!キタカゼって人は女性なの!そして私も女性。だから恋愛関係にはならないの」
「そうなのか?」
「そこ深堀する?ま、まぁ、そうよ……だいたいは……」
するとレインはタイヨウに近づき、不安なまなざしを彼女に向けた。
「女が女を好きになっちゃダメか?」
緋色の瞳がわずかに揺れている。
「え!?い、いやその……」
予期せぬ追求を受けたタイヨウは、レインと現代倫理という二つの圧にさいなまれた。
「ごめん!できる!大丈夫よ!好きになっても!ごめんね。私がってだけで、問題を大きくしすぎたって言うか」
「本当か……?」
レインはタイヨウの服のすそをギュッとつかんだ。
「そうそう!とにかくキタカゼお姉さまとは何もないから。寄って!」
「イヤ」
「本当に!お願いだから!何でもするから!何して欲しい?」
「〈イズ〉行くのあきらめて欲しい」
「それ以外っ!」
「キタカゼは悪い冒険者たちのリーダーだったんだろ?なんでーー」
「いいから寄りなさいよ!!ごちゃごちゃ言ってないで!!!」
タイヨウはレインの手をふりほどくと、この日一番の大声を彼女に注いだ。
そして息切れしながら、充血した目でキッとにらみつけた。
タイヨウの目に映し出されたのは、レインの呆然とした顔であった。
我に返った彼女は、取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないかと思ったが、それでも謝る気にはなれなかった。
「もう寄り道はいい。都に帰りましょ」
彼女は吐き捨てるように言った。
「タイヨウ……」
レインのか細い呼びかけを、タイヨウは無視した。
◆3◆
〈ヨコハマ〉の麗港を眼下におさめながら、〈天泣ノ蒼龍〉は悩んでいた。
彼女はこれまでに受けたどんな技よりも大きなダメージを負ったのである。
こればかりはたとえ〈緑ノ雨〉を降らせたとしても回復できないだろう。
たびたびフラッシュバックするタイヨウの形相を忘れようと、レインは必死だった。
(あんなこと言わなくても……)
飛び立った当初は、自分を乗り物扱いしたタイヨウに怒りを感じていたレインだったが、風を切り裂くうちに頭も冷えていったのであろう、感情は反省へと切り替わった。
(我の方こそ、タイヨウを都合よく使っていたのかもしれない)
彼女の存在があったからこそ、レインはこうして外に出て、アイドルをめざせているのだ。
一ヶ月半程度の短い期間ではあるが、師として、友として、保護者として、推しとして、レインを支えてきたのはタイヨウに他ならない。
(なんでイヤなんて言っちゃったんだろ……)
タイヨウはレインの夢を助けている。
レインはタイヨウの夢を邪魔している。
この対比は彼女の胸をきつく締め付けた。
レインは今すぐにでも着陸して、謝りたかった。
しかし許してもらえなかったらどうしようという不安もあり、ふんぎりつかずにいた。
そしてとうとう休憩ひとつせず、〈キョウの都〉にたどりついてしまった。
日暮れ直前、薄紫色に染まった平原に降り立ち、少女の姿に戻ったレイン。
彼女は未だタイヨウにかける言葉を決めきれずにいた。
顔を合わせることすらできないまま、
「タイヨウ……」
と呼びかけたが、返事は無かった。
「あのさ……!我、いいラーメン屋見つけたんだ!この後一緒に行こう!オゴってやるぞ!」
ようやく絞り出した言葉もまた、沈む太陽とともに山の向こう側へと消えていった。
「タイヨウ?」
レインはあたりを見回した。
しかし、彼女の姿はどこにもなかった。
◆4◆
〈キョウの都〉郊外のラーメン屋〈天下王将〉。
その二階、賃貸フロアに置かれた六畳間で狐尾族の女性マネージャーイタチは横になっていた。
時刻は夜七時。
イタチは特にやることもないためいっそ寝てしまいたいとも思ったが、用心棒を押しつけられていたためそれもできずにいた。
「そもそもこんなの警察の仕事ッスよね。国はなにをやってんスかね〜」
イタチはひとりぼやいた。
〈キモン山〉の僧兵による店主誘拐事件についてはナンバが〈Plant hwyaden〉に報告してくれたはずだが、特に動きのある気配もない。
「いっそこっちから攻め滅ぼせればなあ〜」
無理な願いである。
しかし暇な彼女は実現に向けたプロセスを妄想し始めた。
「敵はどれくらいの規模なんスかねえ〜。五百人くらい?いやもっと少ないかな。それくらいなら〈天衝〉にかかればイチコロッスねえ〜」
ニヤけた顔してイタチはゴロゴロ畳の上を転がった。
悪の僧兵たちをバッタバッタとなぎ倒す正義のヒーローたちの群像活劇が、彼女の脳内で繰り広げられる。
「もう無いんスけどね〜そんなギルド……」
転がり飽きたイタチは芋虫のように這って進み、折り重なった布団の山に頭を突っ込んだ。
「キタカゼ姉さ〜ん!!どこにいるんスかあぁあああぁああ!!」
イタチは精一杯叫んだ。
近所迷惑にならぬよう、布団の中で精一杯叫んだ。
「イタチ!タイヨウは!?」
声が聞こえたためイタチは急いで頭を抜くと、そこにはレインが立っていた。
走ってきたのだろう、彼女は息をきらせていた。
蒼白の顔面をイタチに近づけ「タ、タイヨウはいるか!?」と何度も問いかけた。
「レインちゃんと一緒じゃないんスか?」
イタチは顔を赤らめながら言った。
「それが……いつのまにかいなくなってて……。たしかにアキバから飛び立つ時にはいたんだけど……どうしよう……」
「飛行中に居なくなったってことッスか?」
「うん。それか、着いた後すぐにどっか行っちゃったか」
「それって落下したんじゃ」
「落下?」
「飛行中って向かい風すごいッスからね。こらえきれず吹き飛ばされたとか」
「我をキライになったから離れたんじゃないのか?」
「まさか!タイヨウめっちゃレインちゃんのことホメてるッスよ」
「本当か……?」
「もちろん!レインちゃんの前では言わないスけどね。とにかく、落下したんでしょ。落ちた場所がどこであれ、死んでるわけッスから今すぐ大神殿に行けば会えるはずッスよ」
「ミナミにいるのか!」
「いや、最後にいたホームタウンの大神殿で復活するから、アキバッスね」
「分かった!ありがとう!」
レインはそう言い残すと、ドタドタ音を立て部屋を後にした。
「死んでも大丈夫なんだから冒険者ってチートッスよねえ〜役得役得。特にタイヨウなんてーー」
言い掛けたところでイタチの口は止まった。
「あぁ……ヤッベ……」
イタチは窓を開け、首を突っ込むとあたりを見回した。
天を仰ぐと、ウネウネと蛇行する龍の姿が見えた。
「レインちゃん!!待って!違う!!訂正!!!タイヨウはーー」
イタチは力の限り叫んだが、龍の進路が変わることはなかった。
◆5◆
タイヨウの死体は、〈イズ〉山中の獣道に投げ出されていた。
高々度から落下したことを証明するように、死体の下には小さなクレーターができていた。
木陰からもれるやさしい光を背に受けた小さな体は、ピクリとも動かない。
ここが地球であればそのまま獣の餌になってしまうのであろうが、〈セルデシア〉では事情が違う。
人間もモンスターも、死ねば光の泡となる。
それが世界の原理原則である。
しかし、原則があれば必ず例外もある。
特に冒険者は例外の化身とすらいえる。
〈リバースセルフ〉っ!
どこからともなく声が響くと、タイヨウは身体をビクッと大きく痙攣させた。
そして彼女の両手はゆっくりとグーパーし出した。
(生きてる……。落下死しても"自動蘇生呪文"って発動するんだ)
痛みは無く、今すぐにでも駆け出せる状態にあった。
しかし彼女はうつぶせのままでいた。
気持ちの整理をしたかったのだ。
本当は〈天泣ノ蒼龍〉に乗ってる間にしようと思っていたが、つい下界を見てしまったがためにそれどころではなくなってしまった。
「あんな高さから飛び降りるなんて、我ながら狂ってる……。着地の衝撃……絶対トラウマになった。きっと夢に出る……」
地面に差す光は赤みを帯びていた。
カラス鳴く夕暮れ時、人里を一刻も早く見つけなければならない状況だ。
「いいわ。これは"夢の交換"。悪夢ひとつ増やしただけで、夢からお姉さまが出てくるのなら安いもんよ」
赤い地面が徐々に黒ずんでいく。
「ちゃんと〈イズ〉半島に落ちれたよね……。間違ってたらヤバいな」
いつの間にかカラスの声も聞こえなくなった。
「レインには悪いことしたかな……。ま、まぁ、あの子もうるさい奴から解放されてせいせいしてるでしょ……あのまま二人でいても、気まずかったし……しばらく別々な方がいい……はず」
タイヨウがようやく上半身を起こした時には、すでに彼女は闇に包まれていた。
「あぁ、ヤバ……」
タイヨウは高いところが苦手だが、幽霊はもっと苦手だった。
地球のように、いるかいないか分からない怖さと違い、〈セルデシア〉の場合確実にいるのだから恐怖も倍増である。
「どうしよ……」
慌てふためくタイヨウが、キョロキョロとあたりを見回すと、真後ろでパキッという小枝の折れる音が響いた。
「ヒッ」
幽霊かもしれない。
違うかもしれない。
しかし何かいる。
モンスターだろうか。
いずれにせよ確かめなければならない。
残り体力は一割程度。
〈リバースセルフ〉の〈再使用制限時間〉は24時間だから、もう死ねない。
死ねば〈アキバ〉の大神殿に戻されてしまう。
タイヨウは"お姉さま"の姿を思い浮かべ、恐怖感を中和しながら振り向いた。
そこには顔があった。
「ふげぇ!」
腰を抜かしたタイヨウは杖を取り出すとステータス特技欄をやみくもスライドさせ、特技を発動させた。
〈イノセントライト〉!
人魂めいた燃焼体が空中に放たれ、あたりを照らした。
「違う!これじゃない!攻撃魔法……!」
タイヨウがやみくもに杖をぶんぶん振りながら、改めて目の前の見ると、人間の女の子がへたりこんでいた。
「悪霊退さ……あれ……人間?」
にしては奇妙な見た目である。
背丈から判断するに歳は七歳くらいだろうか。
黒髪ロングの頭からは二本の角が伸び、背中からは羽のような赤い固まりが左右に広がっていた。
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名前:イソラ
レベル:八十三
種族:ハーフアルヴ
メイン職業:召喚術師
サブ職業:魔王
所属ギルド:リーゼント喫茶店
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彼女が冒険者であることはすぐに分かった。
"サブ職:魔王"は冒険者のみが取得できるロール型職業の一種だ。
「あなた……いつからここに?」
「…………」
幼女イソラは困惑した表情のまま一言も発しなかった。
「えと……迷子……?」
「……音がしたから……バンッって……だから来た」
落下時の衝撃音のことを言っているのだろう。
だとすれば三十分も前のことである。
その間ずっと、無言で見続けていたということか。
幽霊よりもそっちの方がホラー展開である。
「冒険者だよね?」
イソラは小さくうなずいた。
(レベルもそこそこ高い……ロールプレイ勢かしら……)
七歳児の冒険者がいるとは考えられない。
〈エルダーテイル〉のユーザー層を考えればこれは明らかである。
日本だけでも十万人以上のユーザーを抱える大人気MMORPGといえど、遊ぶためには相応のスペックを持ったPCと、毎月の利用料千二百円が必要となる。
"基本無料"がはびこる現代社会においてこのハードルは決して低くはない。
プレイヤーの下限はせいぜい高校生であり、中学生すらめったに見られない中でまさか幼女の冒険者などいるはずもない。
しかし一方で、幼女アバター自体は珍しくもなかった。
中身がさえないからこそ、せめて外見だけは美少女にしたいという気持ちを持った男女は相応に存在する。
無論タイヨウもそのうちのひとりだ。
特に二○一八年においてはネット上の"バーチャル美少女受肉"ブームの影響もありその数を一層増やすに至った。
幼女アバターは、それ以外のアバターで活動するよりも多くのメリットがある。
パーティメンバーに入れてもらいやすくなったり、アイテム交換を優位に進められたり、上げればきりがない。
おそらくこの子も私と同類なのだろう。
(こりゃまた、めいっぱい幼くエディットしたものね。しょうがない、ロールプレイにつきあってやるか……)
タイヨウは思い、話を進めることにした。
「えっと、あなたのおうちはどこ?」
「〈イズ〉……」
(よかった、やっぱ〈イズ〉なんだ、ここ)「〈イズ〉の温泉街?」
「うん」
「私も温泉街に行きたかったんだ!一緒に行こ!」
イソラは小さくうなずくと、獣道の上を進んでいった。
タイヨウもあわてて彼女の後を追う。
ところどころ岩肌が露出し、木の根っこが複雑にからみ合った山道は険しく、〈イノセントライト〉の光がなければとうてい進めないような有様だった。
実際タイヨウは五回も転んでしまったのだが、対するイソラは慣れた様子で根っこの上を飛び渡りながら進んでいた。
そして十五分後、小さな洞穴の前でイソラは歩みを止めた。
そして不安げな顔でキョロキョロとあたりを見回し始めた。
「ま、まだ?あとどのくらいかかるの……?イソラちゃん」
「わかんない」
「え?帰り道を知ってるんだよね?」
「…………。わかんない」
タイヨウはイソラの一言に愕然とした。
折り悪く雨がパラパラと降りだす。
「じゃあなんでズンズン進んでたの!?」
タイヨウは聞いた。
「お母さんとはぐれたの、ここだったから……。でも……いない……」
「お母さん!?」
この期におよんでロールプレイの姿勢を崩さないとはなかなかにド変態なプレイヤーだとタイヨウはあきれた。
彼女は"幼女を見たらおっさんだと思え"という、オバンデガスから教わった格言を思いだすと、いらだち混じりに
「いいかげんにしてよ!私を罠にはめるつもり!?さては〈典災〉か!?」
と疑惑の念をぶつけた。
イソラはビクつき、しまいには泣き出した。
「完璧なロール……完敗です……」
泣きたいのはこっちも同じだよと、タイヨウは雨に濡れながら思った。
暗闇の中、ぬかるむ獣道を進む勇気はもはや彼女の中には残っていなかった。
タイヨウはイソラをおぶると、洞穴の中へと入っていった。
入り口こそ小さかったが、少し歩いただけで大きく開けた空間に入ることができた。
高さ十メートル、直径三十メートル程のドーム状の空間だ。
「モンスターはいないみたいだし、ここで夜を明かすしかないか……」
タイヨウは〈魔法の鞄〉から食べ残しのパンを取り出すと、イソラにちぎって分け与えた。
イソラはそれを受け取るとタイヨウをジッと見つめた。
「あ……」
「あ?」
「……の……」
「の?」
「あのここ……PKプレイヤーさんたちのアジト……」
「へ?」
「危ない……」
「早く!言いな!さいよ!!」
タイヨウはイソラを乱暴に担ぎ上げると、洞穴の入り口まで引き返そうとした。
しかし時すでに遅し。
ドームの入り口には冒険者パーティが立っており、タイヨウたちを敵意の視線を向けていた。
「獲物がいたぜ!」




