17 〈アキバ学園〉PK学入門
◆1◆
タイヨウとレインは、朝焼けに染まるアキバを見届けてから床に入った。
そして昼前になりようやく起床したタイヨウは、〈アキバ新聞〉ギルドホールにほど近い安宿のベッドの上で、未だ起きぬレインの口にクリームパンを押し込みながらヤマセと連絡をとった。
「ということでボクらは〈イガの隠れ里〉に取材に行くことになりましたので、タイヨウさんたちはどうぞ勝手に帰ってください」
「いいの?私はとにかく、レイン帰ったらプロデューサー帰れなくならない?」
「ギルド所有のグリフォンに乗れるのでご心配なく」
「金持ちギルドめ……。イガって未達成のお立ち台があるとこだよね。私たちもついてったらダメなの?」
「ボクも連れて行きたいんですが、契約の関係で〈アキバ新聞〉記者しか入れないんですよ。まあ、クモリさんに頼めばいつでも入れるでしょ。もう出発の時間なんで切りますね」
「了解。私もそっちの方が私的にも都合がいいわ。アキバに用事できたし」
「用事ですか?」
「こっちの話。気にしないで。んじゃお気をつけて〜」
「それってもしかしてーー」
タイヨウは念話を切ると、レインとともに宿を後にした。
彼女たちは、昨夜訪れた廃校へと一直線に向かった。
正門からグラウンドを覗くと、中学生くらいの女子がひとり走っているのが見えた。
「どうしたタイヨウ。変質者みたいなことして」
「ちょっと黙ってて、今潜入方法考えてるところだから」
「変質者になっちゃった」
「違う違う!えっと……なんていうか……私ね、探している人がいるのよ。昔いたギルドのGMなんだけど。ひょっとしたらこの中にいるかもしれないから」
「あそこで走ってる奴に聞いてみたらいいじゃないか」
「いやそれは……私が来たのが分かると面倒なことになるかもしれないから……」
「なんでだ?ここは昔いたギルドの拠点だったんだろ?あそこにいるのは仲間じゃないのか?」
「いや、だからこそ面倒なことに……」
タイヨウはシドロモドロに言った。
「こんにちはー!」
突如、正門の奥から元気なあいさつ声が響いた。
声の方向には先ほどまで校庭を走っていた少女が立っていた。
「体験入学希望の方ですかー?」
ステータスに"四中魂@陸上部"と表記された赤い運動着姿の少女は、タイヨウに聞いた。
期待に満ちた、純粋なまなざしが彼女に注がれる。
「えっ、あー、ちょっと……、えー、あの……、…………はい!」
タイヨウは勢いで返事した。
「やった!じゃあ案内しますね!」
四中魂は正門を開け、彼女たちを中に引き入れた。
「なんだ、タイヨウは〈アキバ学園〉に入りたかったのか?」
レインはいぶかしげに耳打ちした。
「いや、校舎へ潜入するのにちょうどいい口実かなって……」
「テンパってとりあえず"はい"と答えたようにしか見えなかったけど」
「ち、違うし!」
タイヨウとレインは一つの教室に通された。
窓枠にガラスこそはめられていないものの、木製の床に黒板、ロッカーという学校らしい備品の置かれた室内は、漫画などに描かれる"普通の中学校"をイメージさせるものであった。
タイヨウは懐かしさとともに、〈天衝〉所属時代の記憶を蘇らせた。
よく掃除された清潔な教室には、机とイスが四セット横並びになっていた。
そのうちのひとつ、窓側の席には金髪を短く切りそろえた少年が座っていた。
彼はこちらを気にする様子もなく、読書にふけっていた。
「今日はソラ介とボスが欠席だから……、あの席とあの席に座っててください!」
四中魂は真ん中の二席に座るよう促すと、自身は残る廊下側の席に座った。
「タイヨウ、"国語"ってなんだ?」
レインは黒板横の時間割表を指さして言った。
「読み書きを習う授業のことよ」
「授業?」
ドラゴンであるレインには聞き慣れない言葉なのだろう。
「ここは"学校"って言って、生きる上で必要な知識を学ぶところなの。国語の授業なら読み書きを、数学の授業なら計算法を学べるのよ」
「へ〜」
返事こそしたものの、あまりよく分かっていなさそうな顔だった。
「じゃあ"社会"は?」
「政治とか経済を学ぶ時間」
「じゃあ"PK学"は?」
「プレイヤーをぶっ殺す……ん?」
そんな授業あるわけないと思ったタイヨウであったが、時間割を見るとたしかに書かれていた。
「知らない……」
タイヨウは返事したが、声はチャイムにかき消された。
「日直!号令!」
チャイム鳴り止まぬうちに女性教師が現れると、凛々しくそう指示し、教壇の上に立った。
金の長髪をなびかせ、白いドレスをまとったシルエットはタイヨウに姫君を連想させた。
そしてその目つきは勇者のようにまぶしかった。
「きりーつ」
四中魂の号令とともに、一同は起立し、礼し、着席した。
(うわ……!号令だ……!一年ぶり……!)
懐かしさのあまり目頭に熱を覚えたタイヨウをよそに、先生は日直の四中魂に、
「この子たちは?」
と聞いた。
「体験希望だそうでーす」
先生は目をぐっと開いて「おぉ!」と感嘆した。
そして教壇から降りてタイヨウのもとへ行くと、両肩に手を添え
「よく来てくれた!これからよろしくな!」
と言った。
「い、いえ、まだ入るときめたわけじゃ……」
「わかっているとも!」
あまり分かっていなさそうな目だった。
実のところタイヨウがこの女教師と出会うのは初めてではなかった。
ステータスを見るまでもなく、彼女は元ギルドメンバーであった。
-----------------------
名前:ラニーニャ
レベル:九十四
種族:狼牙族
メイン職業:吟遊詩人
サブ職業:薔薇園の姫君
所属ギルド:アキバ学園
-----------------------
「名をタイヨウというのか!よろしく頼む!…………?タイヨウ?お前ひょっとして……」
ラニーニャ先生はタイヨウの顔を見つめ、何かを詮索した。
「わ、私!エルダーテイルの初心者で!この世界に迷い込んじゃって困ってたんです。こんなところがあるなら早く知っておけばよかったなあ!」
タイヨウはとっさに口走った。
「初心者か……すまん人違いだったようだ」
先生はレインとも自己紹介を行い教壇へ戻った。
「よし!じゃあ授業始めるぞ!」
◆2◆
教室にはカツカツとチョークの音が響く。
つい一年前には、タイヨウにとっても身近な光景であった。
しかし中世ヨーロッパ風の異世界である〈セルデシア〉で再現されると、かなりの違和感を感じてしまう。
黒板に白く浮かんだ"PK学基本のキ"の文字は、その感情にさらなる拍車をかけた。
「これまでの授業でPKとは何か、PKの心構えなどを学んできたが、タイヨウ!PKとは何か知ってるか?」
先生は教鞭をビシッと向けた。
「えっ!?あー、その……。プレイヤー・キルの略で、冒険者が別の冒険者を攻撃し殺すことを言います……」
タイヨウは答えた。
「正解!」
「あの先生。ここでは子どもたちにPKのやり方を教えてるんですか……?」
タイヨウが恐々として聞くと、先生は
「そうだ!」
と簡潔に返した。
(PKプレイヤーを育ててるの……?ここ)
「それでは今日からはいよいよ実際の襲撃手順について教えていく!」
タイヨウはギョッとして思わずツッコミを入れようとしたが、ギリギリのところで言葉を飲み込んだ。
あまり目立つと元メンバーだとバレてしまう。
あの頃とは見た目が異なるサブ垢を使っているとはいえ、話し方からバレる可能性もある。
今は探しているギルマスがここにいるかどうかを確かめるのが先決だ。
冷静に判断したタイヨウは黙って授業を受けることにした。
単細胞のラニーニャなら、このまま外部の人間とだまし通せる確信があった。
「ではまずこの図を見てくれ」
ラニーニャ先生は生徒にプリントを配った。
A4サイズの紙にイラストが描かれている。
「青い五角形はターゲットだ。まずはこのパーティを襲ってみよう。レベルや練度の差は彼我同等であると仮定する。フィールドは森の小道で、モンスターの出現なし。天候は晴れ。さあ、どう攻める?」
子どもに冒険者の襲い方を教えるとは、いよいよとんでもないところに入り込んでしまったとタイヨウは後悔した。
「レイン!どうする?」
指名されたレインは要領も分からず、座ったまま
「〈蒼の息吹〉で一掃する」
と答えた。
「ドラゴンだとたしかにそうだな!ははは!失礼した!じゃあ博士」
ラニーニャは窓側に座る金髪のメガネ少年を指した。
ステータスには"クローヴィス=レナウン"と名が刻まれているため、"博士"というのはあだ名なのだろう。
「はい。ええと、敵の回復職から攻撃します」
少年は席から立ち上がり、目をキョロキョロさせながら答えた。
「なるほど!では理由を聞こうか!」
「は、はい。せっかく相手にダメージを与えても回復職がいたら回復魔法や蘇生呪文を打たれてムダになってしまうからです」
「理由がしっかりしていて見事だ!モンスターとの戦闘であればその考えで正解だろう。しかしPK戦においては、残念ながら不正解だ!」
少年は肩を落として着席した。
「じゃあ戦士!」
指名もされてない四中魂は手を挙げながら答えた。
「なぜ!」
「えーと、一番偉いから?」
「いい発想だ。たしかにリーダーが死ねばメンバーは困るな。実際、指揮官を第一に排除して混乱させる戦術もある。しかしそれは"セオリー"ではない応用編だ。まずは基本を考えてみよう!ではタイヨウ!どうだ!」
タイヨウは反射的に立ち上がった。
「攻撃職、特に武器攻撃職の排除を最優先します」
「なぜ!」
「はい。武器攻撃職を排除できれば、返り討ちにあうリスクがかなり低くなるからです」
「魔法攻撃職もいるが、武器攻撃職を優先するのか?」
「今回の場合練度の差がないということなので、武器攻撃職を優先します。どちらも高い攻撃力を特徴とする職ですが、魔法攻撃職は範囲火力、武器攻撃職は単体火力が高い傾向にあります。一撃死できる攻撃力を持つのは武器攻撃職ですので、優先的に排除します。また機動力にも長けてますから、後回しにしておくと見失い、奇襲される危険があるというのも理由のひとつです」
「スラスラとすごいな!まるでPKプレイヤーみたいじゃないか!」
「い、いえ!そんなまさか!」
「タイヨウが言ってくれたように、襲撃側にとって一番恐いのは武器攻撃職の火力だ。だからこそまず、こちらの全火力を集中させ一瞬で殺しきるのがセオリーだ」
「でも先生ー」
四中魂が手を挙げ、言葉を遮った。
「回復されたら意味ないと思います!」
「そのとーり!襲われた仲間を見捨てる者などいない。だから敵の回復職は回復をしに、戦士職はかばいに来るだろう。これを許せば武器攻撃職を倒しきれず襲撃は失敗となるだろう」
「ダメじゃん!」
「そう!普通に襲ってもダメだ。敵の妨害にあって失敗してしまう。ならばどうする?タイヨウ!」
「また私!?えっとだから、敵の戦士職・回復職と攻撃職とを引き離せばいいと思います」
「いいぞ!どうやってそれを成し遂げる?」
「部隊を二手に分けて敵パーティの分断させます。まず戦士職と回復職を中心とした"特攻隊"を編成して、敵の戦士職を襲います。すると敵の武器攻撃職はいったんパーティから距離をとる。そうして孤立したところを、隠れていた攻撃職による"遊撃隊"に襲わせます」
「なんで武器攻撃職はパーティから離れるの?襲われちゃうのに」
四中魂が聞いた。
「モンスターとの戦闘だとそれがセオリーなのよ」
「タイヨウの言うとおりだ!集団PK戦闘が豊富でもない限り、敵パーティはモンスター戦のセオリーで応戦しようとする。つまり戦士職を最前線に置き、後方から回復職・魔法攻撃職が戦士を補佐する。そうして敵を引きつけているうちに武器攻撃職が単独行動して裏を突く。こういう動きをしてくるわけだ」
ラニーニャ先生が補足した。
「そうそう。で、敵攻撃職はたいてい回復職を倒そうとしに来るの。モンスター戦だとそれがセオリーだからね。ボスの周りに回復役のザコがいたら、とりあえずザコの方から倒すでしょ?だから戦士職のやや後方に回復職を"おとり"として置いて、敵の武器攻撃職をおびき出す。そして叩く。戦士職が放つヘイトの影響外までおびき出せれば満点ね」
タイヨウは得意げに言った。
「本来であれば叩かれた攻撃職を、敵の戦士職・回復職は助けに行かなくてはならない。しかしこちらの"特攻隊"と交戦している以上、容易に助けられないわけだ」
「敵の攻撃職が死ねば、人数的にも、火力的にもこちらが有利になるんだから、あとは流れよね」
「見事だタイヨウ!まるで一流PKプレイヤーのようではないか!」
ラニーニャが拍手すると、他の生徒もレインも手を叩きタイヨウを賞賛した。
「不名誉すぎる」
「人間はずいぶん細かい戦い方をするんだな」
レインはしけたツラしてタイヨウに言った。
「レインは覚えなくていいから、こんなこと。だいたい、こんなややこしい戦術してないで、単純に数で押せばいいだけなんだけど……」
「よし!ではこのセオリーが用いられた具体的なPK戦闘の例を紹介しよう!」
ラニーニャによる授業は、時計の針が午後二時二十分を指しチャイムが鳴るまで続けられた。
授業終わりのあいさつが終わるとタイヨウはラニーニャに駆け寄った。
「あの、先生。聞きたいことが」
「おおタイヨウ!素晴らしかったぞ。君もレインもぜひ入ってもらいたいものだ!」
「あ、いえ、その、校長先生にお会いしたいんですけど」
「キタカゼに?」
(やっぱり、"お姉さま"!)
「会わせてやろうにも、今はあいつ〈イズ〉にいるからなあ」
〈イズ〉とはその名の通り伊豆半島にある町のことだ。
〈神聖皇国ウェストランデ〉の東端に位置し、ゲーム時代は温泉街として多くの冒険者でにぎわうスポットであった。
「〈イズ〉……。〈イズ〉のどこですか?」
「温泉街の一角だが、それがどうかしたか?」
「あ、いえ!〈アキバ〉に住んでないんだと思って!」
「あいつは〈アキバ〉が嫌いだからな。なんだ知り合いなのか?」
「いえ、とてもかっこいいお方だとお聞きしたので……。ありがとうございました!聞きたいのはそれだけで……」
タイヨウは一礼し、レインに目配せすると教室のドアへと足早に駆けていった。
("お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま""お姉さま")
タイヨウの頭の中はひとつの言葉で満たされた。
早くこの学校を後にし、イズへと向かい、"元GM"と再会する。
それだけが今の彼女の目的であった。
引き戸に手をかけ、力を込めて横にスライドさせる。
開いた目の前には、人が立っていた。
昨晩正門にて出会った、メイドだった。
「オバンデガス……!」
タイヨウは正気に返り、たじろいだ。
「体験入学に来てくれるなんてうれしいなあ」
「はじめまして……私、初心者で……」
「いやぁ。旧友と再会できて最高の気分だなあ。ようこそ〈アキバ学園〉に。オレも教師やってんだよ。だからたっぷり教えてやる。いろいろとなぁ。ぶひゃひゃ」
ホコリひとつないメイド服を着た少女から漏れたのは、下卑た笑い声だった。




