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レイドボス、アイドルになる  作者: こくそ
メインストーリー
16/40

16 〈アキバ新聞〉との取引

◆1◆


〈星詠み〉の救出を無事済ませ〈夢の妖精郷〉から帰参したクモリは、翌日早々〈白砂御所〉に出向いた。

(あるじ)も老け込んでしまったものだと、彼女は思った。

主とはもちろん、執政公爵ウーデルのことである。

骨に皮だけへばりついたような顔は今に始まったことではないが、以前はもっと老神木めいた覇気を放っていた気がする。

それが今は見る影もない。

とはいえ〈大災害〉以降、冒険者に翻弄され続けているのだから当然である。

イセルスの暗殺失敗の件以降は冒険者のみならず、一部貴族ですら主のことを嘲り笑っている。

冒険者と友好関係を結び、名高い〈黒剣騎士団〉を実質私兵化したコーウェン公爵に比べ、権威を振りかざすしか能の無い執政公爵のなんたる情けなさよ。

これが宮中での主への評価であった。

ならば濡羽やインティクスに対抗できる策を誰かしら献じればよいだろうに、とクモリは思うのだが口には出さなかった。

〈イガのシノビ〉が今更何を言おうと、野犬の遠吠えとして処理されるだけである。


「斎宮様も大層お喜びのようじゃ。褒めてつかわす」


賞賛するウーデルを前にしてクモリは額を床につけ、恭しく返事した。


「まったく、お主くらいじゃな。使える影は」


ウーデルのぼやきにクモリは黙りを決め込んだが、前方からじっとりした視線を感じたため


「〈イガのシノビ〉を代表してお詫びいたします」


と言って、額をより強く押しつけた。


「優秀なお主が謝る必要はない」


「いえ、私など……イガのシノビの中にはより優れた者がごまんとおります」


「かほど迅速に東へ赴き、任務を完遂できるシノビなど他にはおるまい」


「それは……〈天泣ノ蒼龍(レインドラゴン)〉のおかげです。私の力ではありません」


「ガラにもなく謙遜しおって。その龍を手懐けたのはまぎれもなくお主の功績じゃ。これからも、ワシの影として期待しておるぞ」


主のやさしい声かけに、クモリは高揚感に包まれた。

"シガのシノビ"としてではなく、クモリ個人として評価されたからだ。

しかし同時に、失望感も覚えた。

先月までであればこんなことはあり得なかった。

私にすら優しく接しなければならないほど、この人は孤立しているのだろうか。

高揚感と失望感とが混交した気持ちは、彼女に返答をつまらせた。


「将来的にはお主を〈イガの隠れ里〉の頭領に据えてやろうと、ワシは考えておる」


「いえ!里にはもっと適役が……!」


クモリは思わず顔を上げた。


「貴様までワシに意見するつもりか!?」


ウーデルは立ち上がり叱責した。

即座に首を垂れ弁明し、謝罪の言葉を述べたクモリの耳にドサッというにぶい音が響いた。

顔を上げ前方を見ると畳に倒れこんだウーデルの姿がそこにあった。

頭に血を上らせた代償として、めまいを起こしたのだろう。

クモリはあわてて駆け寄り、主の身体を起こした。


「お主だけじゃ……頼れるのは、お主だけ……」


執政はうめいた。


「影よ……ワシの……、ワシの頼みを聞いてくれるか……?」


「なんなりと」


「イセルスを……殺せ」


「…………」


「龍の力をもってすればたやすかろう……。七日だ。七日のうちに完遂せよ」


「承知」


◆2◆


その日の夜、クモリは〈キョウの都〉南部〈トージの塔〉の最上階にヤマセを呼び出した。

この五重の塔はかつて、都防衛のための見張り台の役割を果たしていたらしい。

現在は管理する者もおらず、レイドゾーンにつながる〈スザクモン〉に近い場所にあるということで人影の見られない場所となっている。


「クモリさん、こんなところで打ち合わせなんて、どういうつもりですか?」


ヤマセに抗議した。


「打ち合わせは〈天下王将〉以外でしましょうって、前に言っただろ?」


「だからってこんなところを選ばなくてもいいでしょう。もっとこう、おしゃれなところでしましょうよ。たとえばーー」


「〈こうじ屋〉か」


クモリはヤマセの言葉を遮り言った。


「よくご存じで」


「分かるさ。仲間だからな」


「クモリさんにもそんな意識が芽生えるんですねえ」


ヤマセはしみじみ言った。


「バカにするな。ヤマセは私を信頼してないのか?」


「まさか。誰よりも高く評価している自信があります」


「そうか。それは、嬉しいな……。ならば評価を裏切ってしまい申し訳ない。こんなところを打ち合わせ場所に選んでしまったんだからな」


「あー……。いえ、ここもいいところだと思いますよ。ほら、夜景きれいですし」


ヤマセは外を指差した。

塔最上階からは、無数の光が都一面に敷き詰められているのが見えた。


「いいだろ?アキバにだって劣るまい」


クモリは冗談交じりの調子で言った。


「劣るどころか、圧勝ですよ」


「そうか」


少し意外と言った表情で、彼女はそう返した。


「〈キョウの都〉の人口規模を考えればあたりまえですけどね。執政以下西の全貴族が住まう巨大な都と、アキバでは勝負になりません」


「弟と初めて都に来た時もここに来てなあ。街並みを見て感動したよ。きっとここが〈セルデシア〉で一番すごい街なんだ。ここで働けるなんて、なんて素晴らしいことなんだろうと、息巻いていた」


クモリはひときわ強く輝く〈白砂御所〉を見つめながら言った。


「実際はどうでした?」


「一ヶ月してようやく気づけたよ。美しい夜景は、醜い残業労働によって支えられているのだということをな」


「あー……」


「まぁ、光源が何であれ、私はこの夜景が好きだし、都も好きだ。だからいつまでもこの光を守り続けていきたい」


「クモリさんならできますよ」


「私ひとりでは、無理だ」


「ボクでよければ手を貸しますから」


「そうか。それはありがたい。これからも頼りにしてるぞ。ヤマセ」


クモリはヤマセの瞳をジッと見つめた。

ヤマセもまた、見つめ返した。


「やっぱ私たち、気が合うな」


「ええ」


「これからも仲良くしてこう」


「もちろんです」


「"密偵同士"、な」


クモリは言った。

ヤマセは腕を組み、首を傾げてクモリを見た。


「"旅の聖職者(アイドル)"なんて密偵ですと宣言しているようなものだ」


そう言って彼女は懐に忍ばせた"調査報告書"を取り出すと、静かに読み上げた。


「調査対象:ヤマセ。〈アキバ新聞〉所属。階級は"黒筆"。〈大災害〉後は聖職者(アイドル)の一座の運営に偽装しながら、ウェストランデ各地をまわり情報を収集。〈Plant hwyaden〉の発足やナカス侵攻などの詳細を東に伝える……何か訂正は?」


「だいたい合ってます。さすが忍者。ただ、二つ訂正させてください。まずボクは"密偵"ではありません。新聞記者です。西の情勢を取材して、本社に報告しているだけです。次に"アイドル一座に偽装"。これはヒドい。アイドルプロデュースだって本気でやってますよ。むしろボク的にはプロデューサーの方が本業で、新聞記者は副業くらいの気持ちです」


「どう訂正しようと、お前のした行為は看過できるものではない」


「忍者に言われたくないなあ」


「貴様らを罰することはたやすい。だが執政公爵はアサーズ海よりも深き大御心をもってーー」

 

「許していただけるんですね」


「ああ。いくらでも取材とやらをするといい。欲しい情報があれば提供してやる。その代わり」


「東の情報を寄こせと」


「話が早いな」


「〈アキバ新聞〉が用意できるものといったら、それくらいしかありませんし」


「仲良くした方がお互い利があるといものだろう?」


「利はありますけど、リスクも高いですよね。なにせ西と通じるわけですから。そもそもそんなに欲しい情報があるなら、自分で調べればよくないですか?」


「そうしたいのはやまやまだが、時間がないんだ。ヤマセだって今さっき力を貸すと言ったじゃないか」


「言いましたけれど……、これはボクだけの問題ではありません。組織同士での大きな取引になります。上司に聞いてみないとなんとも言えません。どうでしょう。本社(アキバ)で話しません?」


「〈イガのシノビ〉がアキバに入るのはマズかろう」


「密偵としてならマズいでしょうけど、〈アイドル候補生・クモリ〉として行けば問題ないでしょ。本社からもアイドル候補生を見せろと再三言われてましてね、そろそろ行かなきゃなあとは思ってたんです」


◆3◆


翌日深夜、〈天下王将〉の警備をマネージャーのイタチに任せ、一行は都を飛び立った。

〈天泣ノ蒼龍〉の背に乗るのはクモリ、ヤマセ、そしてタイヨウ。

移動にあたっては、高所恐怖症のタイヨウが泣き叫ぶたびに着陸して落ち着かせる必要があったこともあり、飛行時間は三時間に延びた。

それでも驚異的な移動速度であることには変わりない。

午前二時、一行はアキバに足を踏み入れた。

昨年十二月に起きた殺人鬼の一件以来、アキバの都市結界は停止していたため、レインも無事に入ることができた。

クモリは適当な青年男性に擬態し、"〈ホネスティ〉所属の妖術師"とステータスを書き換えた上で大通りを進んでいた。

深夜だというのに、アキバでは多くの店が光を放っていた。

人影もまばらにあり、噂に違わぬ栄えぶりを感じさせる。


「ここが大会の舞台かぁ!」


レインは瞳を振るわせて言った。

そして興味のある屋台を見つけては、買い食いを繰り返した。

タイヨウはレインに手を引かれ屋台に案内されたが、いずれも店員とはろくにコミュニケーションをとろうとせず、うつむき、身を縮めその場をそそくさ離れようとした。

不審に思ったクモリが聞いても彼女は曖昧にしか返事しなかった。

一行はヤマセに導かれるまま、路地裏を進んでいった。

迷路のように右へ左へ曲がりながら進むこと五分。

ようやく一つのビルの前でヤマセは立ち止まった。

建物のステータスには名前の表記も無く、パッと見は無人のビルという印象だった。


「さ、どうぞ」


ヤマセに言われるがまま階段を下り中へと入る。

一行が通されたのは木製の机とイスだけがポツンと置かれた、コンクリートむき出しの部屋であった。


「すみませんコーサさん。こんな夜更けに来てもらっちゃって」


ヤマセは女性冒険者に対して申し訳なさそうに言った。


「いいのよ。気にしないで。むしろ深夜って新聞記者が一番やる気の出る時間じゃない?」


女性はやさしい声でそう返すと立ち上がり、クモリたちにあいさつした。


「〈アキバ新聞〉"赤筆"のコーサと申します。部下のヤマセが大変お世話になっているようでして、社としても深く感謝しております」


黒い長髪をなびかせた、スーツスタイルの長身女性であった。


「コーサさん、こちらがアイドル候補生のクモリさんと、レインさんです」


ヤマセはレインとクモリを並ばせた。


「いや私は補欠でして」


クモリは訂正したが、ヤマセは「まあまあ」となだめ、〈変化の術〉を解除するように言った。

クモリは拒否したが「男の姿のままだと紹介ができない」と言われ、渋々言うとおりにした。

コーサはヤマセと似た薄ら笑いを浮かべながら、レインとクモリのまわりをゆっくりとまわった。


「ドラゴンに、忍者。インパクトがあっていいじゃない。ヤマセくん」


コーサはレインの目の前でしゃがみ、彼女と目を合わせた。


「ええ。これなら優勝だって狙えますよ」


「"狙える"じゃ困るのよ。優勝する約束でしょ?」


「確実に優勝させます」


「いい返事ありがとう。で、お立ち台の方はどうなの?」


「それはまだ」


「いつやるの?」


重苦しい空気が部屋を満たした。


「ま、いいわ。忘れてないなら明日中でいいから、行動計画書の更新したやつ送っといてね」


上司と言うよりは母親のような、やさしさと強制力を感じる声色だった。


「ごめんね。おばさん恐かったよね」


コーサはしゃがんだまま、レインの頭をなでた。


「子ども扱いするな。我は大人だ」


レインは抗議した。

コーサは意表をつかれた顔をしたが、すぐに微笑みを再構成し


「これは失礼しました。真竜様の前でとんだ粗相を」


と詫びた。


「アイドル候補生のレインだ!よろしくな!」


レインの差し出した手を、コーサは丁寧に握り返した。

そして今度はコーサから、クモリに対し手を差し伸べ握手した。


「うん。アイドル候補生についてはよく分かりました。いいと思います。ヤマセくん、がんばって」


コーサはヤマセに近づき、彼の頭をなでた。

ヤマセはうつむいたまま、無表情でジッとしていた。

コーサはそのままタイヨウの方に首だけ向けて、


「タイヨウちゃん、ちょっとお遣い頼んでもいい?」


と言った。

こんな深夜に行かせる用事なんてろくなものではないと思いつつも、この空間から抜け出したい気持ちで一杯だったタイヨウは素直に受け入れた。


「この封筒をモレルという男性に渡してきてくださらない?合い言葉は"一番さんに"ね。本当は私が行く予定だったんだけど、見ての通り、席を外すわけにはいかない状況なのよ」


「はいはい。で、どこに行けばいいんですか」


「アキバの廃校よ。場所は分かるわよね。そうだ、外に出たついでにレインさんにアキバを案内してあげなさいな。お金は全部〈アキバ新聞〉にツケていいから、好きなだけ遊んでくると良いわ」


「うっ……廃校……」


「イヤなら別の人に頼むけど」


「やりますよ。やればいいんでしょ。レイン、行こっか」


ヤマセはコーサに対して


「そこは……」


と言いかけたが、彼女が冷たい視線を向けると黙り込んだ。

タイヨウとレインが退出したのを見届けると、ヤマセはコーサ、クモリ、イタチを席につかせた。


「さて、本題に入りましょうか」


◆4◆


「本物の〈イガのシノビ〉とこうしてお話できるなんて、夢みたい」


コーサは声を弾ませて言った。。


「おせじはいい」


「いえ、本当にお会いできて光栄です。だってあなたたち普段は化けてどこかに潜伏してるでしょ。ステータスまで偽装して。先月の事件について取材したくても、できなくて困ってたのよね」


「言っておくが取材は断るからな」


「クールな女性って私大好き。ねえ。〈イガの隠れ里〉なんて捨てて、うちに入りません?」


「断る」


「その〈変化の術〉があればきっといい記者になれるわ。私たちも〈外見再決定ポーション〉で姿を変えて潜入したりもしてるんだけど、最近は使用規制も厳しくなってきてるから、その方法がとれないでいるのよね。だから〈シノビ〉が欲しくてしょうがないのよ。クモリさん優秀そうだから、"赤筆"にもすぐになれると思うわ」


「この技は〈執政家〉そして〈イガ〉のために使うと決めている」


「あんなの落ち目だから辞めちゃいなさい」


クモリはイスから立ち上がり、目の前の無礼女をにらみつけた。


「癇に障ったかしら?暗殺組織から抜けなさいと言っただけよ。冒険者がこれだけ増えた今、"大地人の暗殺集団"なんてオワコンだと思わない?」


「貴様らに何が分かる!?」


クモリは声をあらげた。


「そうね。〈イガの隠れ里〉については確かに何も分からないわね。〈大災害〉以降は行けなくなっちゃったから、現状については知らないわ。でも〈執政家〉は分かる。あの様子だと、遠くない未来、冒険者に飲み込まれてしまうでしょうね」


「どちらについても理解が足りないようだ。〈執政家〉も〈シノビ〉も未来永劫ウェストランデの光と影として皇国を支え続ける」


「こんなかわいくて優秀な娘に何てこと言わせるのかしら。〈執政家〉はとんだ大悪人ね。勧誘は諦めるしかないみたい。本題に移りましょ。で、そちらの要望は?」


「ウェストランデでの取材を公式に認めてやる。代わりにイセルスに関する情報をあるだけ渡せ」


コーサはクモリに慈愛のまなざしを注いだ。


「その情報は高いわよ」


「提示した条件では不服か?」


「〈アキバ新聞〉があなたたちに認められたところで、メリットが薄すぎるんですもの。取材を認めなければなに?記者(わたし)たち捕まえて殺すの?それを怖がると思っているのなら、ずいぶん舐められたものね」


「…………」


「私たちは冒険者であり、ジャーナリストよ。安全な環境なんて最初から求めてないわ。むしろあなたたちに捕まる方がネタが増えてお得じゃない?」


「なら何を望む?」


クモリは苛立ちまじりの声で聞いた。


「斎宮様に会わせてくれない?執政公爵でもいいわよ。そしたら何の情報でもあげちゃう」


「それは許可できない。今回の取引はあくまでそれぞれの持つ秘匿情報の交換でなければならん」


「手垢の付いた秘密なんていりません。旬でもない、加工済みの情報に何の価値があるの?私たちが欲しいのは現地で仕入れた生の情報よ」


「それは認められん」


「なら交渉決裂ね」


コーサは冷たく突き放した。

クモリは眉間にしわを寄せ、うなだれた。

その姿を見たコーサはため息をひとつもらし、


「いつもならこのまま解散だけど、クモリちゃんのかわいい顔を台無しにしたくないし、馬鹿な部下を助けてくれた恩もあるから、特別にサービスしてもいいわよ」


と言った。


「本当か?」


クモリは顔を上げた。


「〈イガの隠れ里〉への取材ならどう?」


「里への取材?」


「さっきも言ったでしょ?私たち、この世界に来てからいろんなところに取材に行ったけど、〈イガの隠れ里〉だけは行けなくて困ってたのよね」


「あそこに入るためのパスワードが分からなくなっちゃいましたもんね。運営公式ツイッターから流れる謎解きが見れないのではどうしようもない」


ヤマセが補足したが、クモリにはその意味が理解できなかった。


「パスワード?ついったー?"合い言葉"のことか?むぅ。里への取材か……」


クモリは悩んだ。

冒険者を進入させたとあっては里長に責任を追求されてしまうだろう。

〈イガのシノビ〉として、受け入れがたい要求である。

しかし、同時に、それでよいならという気持ちもあった。

実のところ、〈イガの隠れ里〉に冒険者を入れるなという掟はない。

むしろ〈大災害〉以前は、多くの冒険者が〈クエスト〉や〈巻物〉などの忍具(アイテム)を求め里を訪れていた。

〈イガのシノビ〉にとって冒険者は主要な取引相手であった。

〈大災害〉以降は冒険者との交流もなくなり、さらに強力な商売敵となったことで関係は悪化(というよりシノビ側が一方的に敵視)したものの、里を案内するくらいであれば許可してもよいのではないか、とも思えた。


「〈隠れ里〉といっても、本邦初公開ってわけでもないでしょ?私自身、ゲーム時代は数え切れないくらい訪れていたもの。私たちは〈大災害〉前後で変わったところがあるか、それを確認したいだけなの。シノビさんたちが隠してる秘密を暴こうなんてつもりはないわ」


コーサは言った。


「確認するから待ってろ」


クモリはそう言って退出すると〈遠話の水晶玉〉を取り出し里と連絡をとった。

里の担当者は、当初戸惑いを露わにしていたが、クモリが少しばかり説得しただけで意外なほど簡単に許可してくれた。

クモリは部屋に戻ると


「取材許可は下りたが、条件がある」


と言った。


「話してくださる?」


「ひとつ、事前に取材計画書を提出すること。ひとつ、取材中は常に私を同行させること。ひとつ、里人に危害を加えたり、施設に無理矢理侵入するなどの行動をとった場合取材を中止し、即刻里から立ち退くこと。以上三点を守ってもらう」


「いいわ。遵守を誓います。ヤマセくん、契約書の用意を」


ヤマセは言われたまま契約書を作成すると、〈アキバ新聞〉と〈イガの隠れ里〉との間で、情報交換に関する契約が結ばれた。

〈アキバ新聞社〉が〈イガの隠れ里〉に"イセルス"に関する情報を提供する代わりに、里は〈アキバ新聞社〉の取材協力するという内容であった。取材日数は一泊二日、派遣記者はコーサとヤマセの二人。


◆5◆


タイヨウはアキバ北西部にある廃校の正門前でモレルを待ち続けていた。


「場所間違えたんじゃないか?」


レインが不安げに言うとタイヨウは、


「いや、アキバの廃校はここにしかないはずよ」


とキッパリ断定した。


「タイヨウはアキバに詳しいんだな」


「詳しいもなにも、昔はアキバで活動してたからね。ほら、この廃校だって、私が入ってたギルドのGH(ギルドホール)だったのよ」


「へ〜。アキバのギルドに所属してたのか。我と戦ったこともある奴らか?」


「レイドできる程立派じゃなかったからレインは知らないと思う。結構有名なギルドだったんだけどね」


「何ていう名前だ?」


「名前?あー……えーとね……、ど忘れしちゃった」


「自分のいたギルドなのに?」


「ま、まぁね……。こっち来てから何回も死んでるうちに忘れちゃったかな。ギルド自体〈大災害〉の時に崩壊したから、覚えてる意味ないし」


「忘れたなら聞きに行こうぜ」


レインは廃校を指さした。

窓のひとつが光っているため無人の廃墟というわけではないようだ。


「深夜に訪問とか迷惑すぎ……。ほら、建物のステータス見てみなよ。今この廃校を所有してるのは〈アキバ学園〉ってギルドだから〈天衝(てんつく)〉の人たちはもう引き払ってるはずよ」


「〈天衝てんつく〉か。変な名前のギルドだな」


「あっ……」


タイヨウは両手で口を押さえた。


「覚えてるのにどうしてはぐらかしたんだ?」


「覚える必要がないからよ。あんな悪徳ギルドのことなんて」


タイヨウは突き放すように言った。


「誰が悪徳ギルドだって?」


タイヨウは反射的に首を振り向けた。

正門をふさぐ鉄格子の奥に黒いメイド服を着た少女が立っており、濃い隈を浮かべた四白眼でこちらをにらみつけていた。


「あ、いえ、すみません」


タイヨウはどぎまぎしつつ謝った。


「学校前に突っ立ってる不審者にとやかく言われたかねぇなぁ」


メイド服の少女は嫌味ったらしく言ったが、もの珍しそうに自分を眺めるレインを見つけると、


「ひょっとして、入校希望か?」


とタイヨウに聞いた。

希望に満ちた表情だった。


「ち、違います……」


「チッ!じゃあ帰れ!二度と来るな!そして死ね!」


メイドはそう吐き捨て校舎へと引き返した。

タイヨウはホッとするとともに、メイドの話しぶりにひっかかりを覚え、彼女ステータス画面を確かめた。


-----------------------

名前:オバンデガス

レベル:九十二

種族:狐尾族

メイン職業:武闘家

サブ職業:メイド

所属ギルド:アキバ学園

-----------------------


名前を見た刹那、タイヨウは頭を思いきり殴られたような衝撃を覚えた。

なぜよりにもよってあいつがアキバに?

一番ここにいてはいけない人物ではないか。

なぜいるのか、皆目見当もつかない。

頭の整理の追いつかぬうちにメイドは校舎の中へと消えていった。


「どうした?タイヨウ」


「え?あ、ああ……。ちょっと急に話しかけられて動転してただけ。大丈夫」


「本当か?〈緑ノ雨(リョクノウ)〉降らそうか?」


タイヨウは「大丈夫」とだけ言って再びブツブツひとりごとを唱え始めた。


「え、でも見た目が違うし……いや私と一緒でサブ垢かも……」


「……ヨウ」


「ここにあいつがいるってことは、じゃあお姉さまもここに……?いや、あいつどっち側だったっけ……いやまて、そもそもあいつあの場にいなかったじゃん……」


「タイヨウ!」


レインの叫びにようやく気づいたタイヨウは、ビクッっとして背中をそらした。


「モレルが来たぞ」


レインの後方にはホネスティ所属の男性冒険者が立っていた。

彼は遅刻したことに対する謝罪の言葉を繰り返し述べた後、封筒を受け取るとそそくさ帰っていった。


「タイヨウ、顔色悪いぞ。大丈夫か?」


「う、うん大丈夫、仕事も終わらせたし帰ろっか」


「え!?アキバを案内してくれるんじゃなかったのか!?」


「あぁそうだっけ……じゃ、じゃあどこか行きたいところある?」


「おいしいものが食べれるところがいいな!」


「それは私も知らない……」


「じゃあ一緒に探そうぜ!」


レインはタイヨウの手を握り、大通りの方へと彼女を引っ張って行った。

レインの胃袋は底無しで、結局彼女たちが〈アキバ新聞〉に戻ったのは翌日早朝のことであった。

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