12 ファースト・ライブ
◆1◆
〈天下王将〉二階には賃貸用の部屋が三つ並んでいた。
その真ん中の部屋、隙間風吹き付ける六畳間に、タイヨウは身を投げ出していた。
冒険者なので別段寒くはなかった。
野宿と比べれば、風呂無しトイレ共同のこのボロ宿も至極快適な空間である。
しかし彼女の心は穏やかではなかった。
(本当に行かなくて大丈夫かしら)
時刻は夜の八時半。
もうすぐライブが始まる時刻だ。
ヤマセは「なんとかする」と言ってたが、不安だった。
マネージャーのイタチは会場の〈ギオン花街〉まで向かってしまった。
現場では何かしらのイベントが開かれることは確かだった。
ライブはしないにしても、ラーメンの即売だけは行うのかもしれない。
モヤモヤがたまる。
タイヨウは寝返りをうって、レインの方を見た。
彼女は踊っていた。
三つ折りした布団を舞台に見立て、その上で鼻歌交じりに踊っていた。
「踊りにくくない?」
「踊りにくいぞ。でもアイドルなんだし我慢する」
タイヨウの言葉に気をとられ、レインは足を滑らし布団から滑り落ちた。
畳の上でホコリが舞い上がる。
「ムリしなくていいから……!」
タイヨウはせき込みながら言った。
「イテテ……。でも……」
「路上でも公園でも、アイドルが踊ればそこがステージになるんだから、踊りやすいところで踊りなさい」
レインは畳の上で仕切り直した。
彼女は歌はうまいのだが、踊りはからっきしであった。
ドラゴンというからには身体能力も優れているのだろうと思っていたが、勘違いであった。
一見すると小柄で華奢な少女であるレインは、見た目相応の筋力しか保持していないようで、運動音痴だった。
一方で歌声はとても聴きごこちが良い。
全身によく響き、安定感もある。
歌って攻撃するタイプのモンスターを想起させる声質だった。
タイヨウは〈誘歌妖鳥〉の歌声に誘われて崖から落ちた経験を思い出した。
(不思議な声……。天才少女っていうか……、〈天泣ノ蒼龍〉の特性?ま、どっちでもいいか……)
とにかく、彼女の課題はダンスのみに絞られている。
「レイン、河原でレッスンしない?」
「おお!行こう行こう!でもなぜ河原に?」
「ここだとなんとなくソワソワして、ジッとしてられないっていうか……あとほら」
タイヨウは壁を指さした。
壁越しにドンと叩く音が響いた。
「お隣さん迷惑してるみたいだし」
◆2◆
〈キョウの都〉東部の繁華街〈ギオン花街〉。
石畳に等間隔で置かれた〈魔法の提灯〉が、往来する都びとの足下をほんのり照らしていた。
通りを挟むように大きな格子戸のついた二階建ての木造家屋が列をなしている。
格子戸の向こうには接待を受ける貴族らしき男性と芸妓の姿が見えた。
この歓楽街を抜けた先にそそり立つ〈ヤサカ千年桜〉がライブ会場であった。
花街のランドマークともいえる場所であるが、すでに葉桜となっていた。
木の下で待つクモリは懐中時計をのぞき込む。
針は午後八時五十分を指し示していた。
「遅い……」
すると前方からヤマセとイタチ、店長が歩いて来た。
イタチと店長は遅刻の申し訳なさからかうつむいていたが、ヤマセは悪びれる様子もなく、いつも通りうすら笑いしていた。
「遅れて申し訳ありません。道が混んでましてね」
「三人だけ?タイヨウとレインは?」
「タイヨウさんは体調不良により欠席です。レインさんは介抱で付き添ってもらってます」
「はあ!?」
「急に高熱にうなされましてね。残念ながらライブできる状態ではありません」
「あいつ〈施療神官〉だろ?〈キュア〉で治せ」
「それがなぜか解除できないんですよ。いや困りますよね。今流行りの〈典災〉に変なBSでもかけられたのかもしれません」
ヤマセは言う。
(嘘だ)
クモリは確信した。
彼の隣に立つイタチの表情がそれを物語る。
平穏を装っているが、彼女の喉仏は小刻みに上下していた。
動揺している証拠だった。
「いや、困りましたねえ。もうすぐライブが始まってしまう」
「なぜタイヨウを連れてこなかった?」
「ライブ中止となれば、こんな一等地でのライブ公演を許可してくださった公爵様の顔を潰すことになりますねえ」
クモリはフッと瞬間移動してヤマセの背後に立つと、彼の首に針を添えた。
「質問に答えろ」
ヤマセは両手を上げ降参しながら、
「勘違いしないでください。ボクはクモリさんを貶めようとは考えてません。むしろ逆です」
と弁明した。
「嘘つきの言葉を信用できるか」
「ボクも悩みました。タイヨウさんをこんなライブに出すわけにはいかない。しかしクモリさんのメンツを潰すわけにもいかない。じゃあどうすればいいのかなと。ひとついい案が思いつきました。クモリさんの名誉を守れる、いやそれどころか、名誉を高められる一手を」
◆3◆
暗闇に川の音だけが響いていた。
「〈イノセント・トーチ〉!」
タイヨウの詠唱に応じて魔法の炎が灯ると、タカノ川河川敷を照らした。
レインは大きな石を見つけると、飛び乗った。
「さあ教えてくれ!我はどうすればいい!」
「まずそこから降りよっか」
レインは石からピョイと飛び降りタイヨウと向かい合わせに立った。
透き通った紅い目が、タイヨウに注がれる。
タイヨウはこの自由奔放で無邪気なドラゴンをアイドルにしなければならない。
踊りを教え、歌を教え、ファンと交流できる程度の倫理観も教え……。
改めて考えると、なんとややこしい〈クエスト〉であろうか。
三カ所残っている〈お立ち台〉も同時並行で制覇しなければならない。
肺から食道をつたってため息が駆け上がる。
彼女はそれを飲み込んだ上で、
「まずはストレッチからね」
と言って、レインをして芝生の上で大股を開かせた。
そしてタイヨウは彼女の背中をグッっと押す。
「イテ、イテテテ……!無理!無理だタイヨウ!死ぬ!死ぬぞ!」
「死なない!レインはHP二億あるから大丈夫!」
「ぐぅえぇえ!」
その後も何種類かストレッチを続けた。
結果、レインの身体が一般的な少女と比較してもかなり堅いことが分かった。
長らく〈アラガミ闘技場遺跡〉に閉じこめられていたせいだろう。
つまるところ彼女は引きこもりの少女なのである。
「なるほどね……こりゃ教えがいがあるわ……。とりあえずストレッチは毎朝みっちりやるから覚悟するように」
「鬼……!」
「次は簡単なステップの練習〜」
「休憩は!?」
「ストレッチの後に休憩なんてあるか!」
タイヨウが手本を見せ、レインがそれに続いて足を動かす。
最初は簡単簡単と言っていたレインであるが、ニ三分もたたぬうちに汗だくになって芝生の上に倒れ込んだ。
「ちょ……ハァ……!休憩……!」
(体力づくりのが先かも)
タイヨウはそう思うと、しゃがみこみレインの顔を手で扇いだ。
「タイヨウは……ハァ……こんなにキツイことを毎日やってるのか……?」
「してるけど全然平気。私冒険者だから」
「冒険者ってズルくないか……!?」
「うん。ズルいと思う。冒険者ってズルいよね。体力すごいし、魔法使えるし、顔かわいいし、生き返れるし。私も冒険者じゃなかったらアイドルをめざしてないと思う」
「他人事みたいに言うんだな。タイヨウは元々は冒険者じゃなかったのか?」
「そうよ?現実世界だともっと地味……というか、おとなしいというか、陰キャというか、スクールカーストの底辺というか……」
「そうか。道理で無理してる感出てると思った」
「マジ?黒髪から金髪に変えて、裸眼にして、笑顔を絶やさないようにして、派手な服着てるのに?」
「タイヨウはクモリと同じにおいがする」
「ま、まぁ、ほら、陰のある女の子の方がむしろアイドル向きだし?」
「そうかぁ?」
「そう!ファンとしてもこの子大丈夫かなって、支えてあげたくなるでしょ?」
「心配されるような弱者の方が、アイドルになると優位に立てるのか」
「そういう場合もあるわね」
「じゃあ練習する意味も無いんじゃ……」
「あるわ。おおあり。アイドルはファンを楽しませるために努力し続ける義務があるのよ」
「よく分からん……。アイドルってもっと楽しいものだと思ってた。こんな痛くて疲れるものだとは知らなかった……」
「練習はキツいけど、本番は楽しいわよ。特に初ライブなんて何回死んでも忘れられないくらい、すっごい楽しい思い出になるから、それまでは我慢して」
「えー……」
「現役アイドルの言葉を信じなさい。さ、休憩終わり。練習するから立って」
レインは上半身だけを起こしてタイヨウを見た。
「練習の前に、タイヨウの初ライブの時の思い出が聞きたいな」
その目は優しかった。
「時間稼ぎなんて無駄なあがきを……」
「違うぞ!我の"もちべーしょんあっぷ"に必要なんだ!」
「しょうがないなあ」
タイヨウの反応にレインは白い歯をのぞかせた。
そんなにレッスンをさぼれるのが嬉しいのだろうか。
「ついてきて。ランニングついでに話してあげる」
そう言ってタイヨウは川沿いを南に向かって駆け出した。
後ろから、レインのわめき声が聞こえる。
その声が近づくのを確認すると、タイヨウは初ライブについて語り出した。
◆4◆
少女は夜の路上で立ちすくんでいた。
彼女はこれから、"アイドル"となってライブをしなければならなかった。
目の前では人が群をなして、右へ左へ流れている。
増水した川を防波堤の上から眺めているような、そんな不安な気持ちがふくらんでいく。
声を発すれば、この激流は進路を変え私を飲み込むのではないか。
そんな不安だった。
内気な十代少女に耐えきれる保証はどこにも無かった。
そんな不安をよそに、スピーカーから音楽が流れ出す。
ヤマセ曰く、冒険者の間で伝説となったアイドルの曲だそうだ。
アップテンポなイントロが耳に入ると、自然と身体がリズムを刻みだした。
「はじめまして!冒険者の〈タイヨウ〉です!今日はいっぱい歌うので!楽しんで行ってくださいね!」
少女のアイドルとしての第一声が激流にそそがれた。
しかしそれは大河にそそいだ一滴の水のように、むなしく消えていった。
あいかわらず人の激流は左右に流れていく。
誰も少女の姿を見ていなかった。
それどころか、あえて視界にいれないよう、努力しているのではないかとすら思えてくる。
突然路上で歌い出したおかしな人間と関係を持ちたくない。
そんな気持ちを抱いているのではないか。
無情にも音楽は流れ続ける。
ココロドキドキ♪
夜空キラキラ♪
どこにあるの?♪
わたしのシャイニングスター!♪
初めてのライブということもあり、歌は口パクだった。
だからこそダンスにも集中できたし、自分の中では納得のいく動きができていた。
しかし人の流れは等速を崩さなかった。
通行人は誰も彼女を見ようとしない。
やはり自分にはアイドルなんてできない。
少女は踊りながらに思った。
あんなに多くの人を沸かせるなんてできない……。
そもそも、なんで私はこんなことをしているのだろうか。
〈プロデューサー〉に脅されたからだ。
私は彼の言うとおりにしなければ、私は社会的に死んでしまう。
だから恥を押し殺して、大衆の前で踊っているのだ。
少女は笑顔の裏でヤマセへの恨みを募らせた。
さあ!答えてホロスコープ!♪
彼女は曲に合わせ、右手を前に出し、手招きのポーズをした。
相変わらず誰の反応もなかった。
この場に私がいる意味はあるのか?
少女は自問自答を繰り返す。
いつしか彼女は、もうこのまま終わっしまえと考えるようになった。
それならアイドルの痕跡を残さずに終われる。
私はアイドルに向いていないのだ。
ファンと交流したって、きっと楽しめないだろう。
そう言い聞かせ、自分を慰めた。
彼女はひとりが好きだった。
誰かと関わると嫌われてしまう。
実際、それで心を病んだ人をたくさん見てきた。
だからひとりが好きだった。
そしてそんな自分が嫌いだった。
正直この姿になれたのは嬉しかった。
金髪碧眼の美少女になれば、誰からも愛されるのではないか。
意気地なしの自分を変えられるんじゃないかと思った。
しかし結局、誰も振り向いてはくれない。
いや、"この姿"が悪いんじゃない。
問題は"私"。
私が悪いんだ。
私が、変わらなければ。
どれが私の守り星?♪
一番かがやく星はどれ?♪
曲に合わせ、少女は踊る。
すると母親に連れられた女の子がひとり、彼女の方を見た。
歩みをゆるめ、確かに少女と目が合った。
これが、自分を変えられる最後のチャンスかもしれない。
やっと見つけた♪
運命のスター!♪
その名はーー!♪
彼女は覚悟を決め、最後の歌詞を叫んだ。
女の子は歩みを止め、彼女を見つめると、笑顔で手を上げた。
はじめてつながった。
大げさかもしれないが、アイドルとして、誰かとつながることができた。
女の子はなおも、その場にとどまっていた。
ヤマセへの恨みの気持ちも吹き飛び、彼女は今、本当の笑顔を女の子のために放っていた。
それが私の"かわいい"を認めてくれた、彼女に対する精一杯の対応だった。
「なにしてるの?ほら、行くわよ」
女の子は母親に連れられ、群衆に飲み込まれていった。
彼女の名残惜しいような、訴えかけるような表情を見て、少女は思わず
「待って……」
と小さく叫んだが、音楽と雑踏にあえなく打ち消された。
結局その後はひとりの客も無いまま、ライブは終了を迎えた。
「ありがとうございました!」
誰に向かって感謝しているのか。
汗だくになった身体で数瞬考えた末、あの女の子の姿が浮かんだ。
そして少女は目を瞑り、再びボソッと「ありがとう」と呟いた。
ライブの結果は大失敗だった。
少女はうつむき、首を左右に振った。
三十分間、ただひとりで踊ってただけであった。
これでは〈アイドル〉とはいえない。
しかし、少女の心は折れていなかった。
自分を変えられるのはこの道しかないという確信を得ることができた。
名も知らぬ女の子がそれを教えてくれた。
少女の魂の発散を、たったひとり認めてくれただけで、これだけ熱くなれたのである。
これが百人、千人となればどれだけの熱を帯びることができるのか。
少女はふるえた。
もっと続けたいと思った。
次こそは……!
次……。
少女が顔を上げると、ヤマセが立っていた。
「言ったでしょ?クモリさん。ここでライブなんかやっても意味ないって」
「ヤマセ……」
「しかしとにかく……タイヨウさんを演じていただき、ありがとうございました。完璧でしたね」
少女はゆっくり印を結ぶと白煙に包まれた。
煙が晴れると、そこに"タイヨウ"の姿は無く、代わりにクモリがいた。
「しかしどれだけ完璧にこなそうと、酔った客ばかりいる夜の歓楽街でライブして成立するわけがありません。ライブはシラフで見るもんです。身に染みて理解したでしょ?」
「いや……私の実力が足りなかっただけだ……本人がやれば結果は変わったはず……」
「どうでしょうね。タイヨウさんの初ライブも夜の歓楽街でしたけど、まったく同じ展開でしたから。観客は子どもがひとりだけ。おそらくタイヨウさんにとってもトラウマになってるはずです」
「私はそうは思わない」
「ボクは思っています」
「だったらもっと強く止めるよう言え。トラウマとやらを抱えた少女がまたひとり生まれたんだぞ」
「すみません。クモリさんの実力を確かめたかったので」
「私をハメたな。だが残念だったな。見ての通り私はアイドルとしては通り使い物にならん人材だ」
「何言ってるんですか。〈御所ライブ〉を見ただけなのに、タイヨウさんのアイドルムーブを完コピしてたじゃないですか。踊りに至っては本人よりキレがありましたよ。エリート忍者なだけありますねえ。これならアイドルとして大成できますよ」
「いや、私は歌がヘタだから……」
「それはレッスンでなんとかなります。鍛錬とか好きでしょ?」
「…………」
「そうだ。"アイドルクモリ"として活動するのがイヤなら、"タイヨウさんの代理"を務めるのはどうです?」
「代理?」
「タイヨウさんって大舞台にすごく弱いんですね。例えば〈イズモライブ〉では観衆の圧力に負けて飛び降り自殺して逃げちゃいました。そんな彼女が千人規模の〈アキバ・アイドル・アリーナ〉を無事に乗り切れるのか、ボクは不安なんですよ」
「タイヨウに代わって出ろと?」
「代理ですよ。タイヨウさんがダメそうならクモリさんが〈変化の術〉で成り代わって出てください」
「あいつが無理なら、レイン単独で出ればいい」
「もう大会のエントリー済ませちゃったんですよねえ。タイヨウさんが出れなければ不戦敗。ね?クモリさんもこの任務の担当者として、出来る限りのリスクヘッジをしておくべきだと思いません?"タイヨウ二号"として、アイドル活動してみませんか?」
「私は……」
「まずはレッスンだけでも参加してみません?」
「…………まぁ……レッスンだけなら……」
ヤマセはあらかじめ用意していたのであろう〈契約書〉を差し出した。
クモリはとまどいながらも、それにサインした。




