03-41 クズハの成仏
力を出し切った彼らは光線を放つのを止め、剣を下ろした。
3メートル程先に倒れている人物はフォーリン=クズハのはずだが、そこにいた人物はGFP学院の制服を着た黒髪の女性だった。襟元と袖口は赤階級を示す緋色をしている。
ゆっくり上体を起こすと、女性の顔は雅稀らに向けた。ところどころ傷を負っているが、顔立ちからすると20歳手前だ。
雅稀らは剣を消失させると、即座に彼女の傍に駆けつけ、膝を地面につけた。
女性はゆっくりと左右の景色を見渡すと、口を開いた。
「あたしはフォーリン……いや、そんな名前じゃない」
何だって? と言わんばかりに雅稀ら男子学生は眉根を少し寄せる。
「あたしの名は茶松樟葉。今はフェリウル歴何年かしら?」
一翔は目を瞠った。『マレソムディア島で失踪した友』に登場したK・Cという人物が茶松樟葉だったことが明らかになった。
茶松樟葉と名乗った女性は黒褐色の目を雅稀に向ける。
「8880年だけど……」
雅稀はそう答えると、樟葉は力なく微笑んだ。
「そう。あれから400年が経っていたのね」
「400年――じゃあ、初めてマレソムディア島で失踪したのは君だったのか」
利哉は視線を逸らして呟くと、樟葉はこくりと頷いた。
「そう。400年前のあの日の夜、あたし1人で東の森へ入っていった。看板などの目印が無く、帰り道を見失ってしまった。そのまま体力が尽き、死んでしまった」
樟葉は顔を上げると、過去の話を語り始めた。
あたしは強くなりたかった。グリフォンパーツ学院の魔法戦士学科に入学したことを誇りに思っていた。
魔法を使った生活を送ること自体に非日常性を感じ、ワクワクした日々を送っていた。
いつも一緒にいた朋友がレイラ・スレスタというネパール人の女の子だった。
我が強く、信念を曲げないタイプのあたしと違って、レイラは真面目で柔軟性のある性格だった。
前期の授業が始まった時からマレソムディア島の実習まで、一緒に過ごしたり対戦したりしていた仲だった。
ここの実習に来た時、あたしはレイラの忠告を無視し、闇に染まる迷宮に入った。その選択が間違いだった。体力が尽きて死んでしまった。
絶頂に達する魔法戦士になりたかった。
この想いが強すぎるあまり、未練を断ち切れず、マレソムディア島に彷徨っていた。
生前の記憶が色濃く残る中、100年の時が過ぎた。
あたしと同じ日本人で光属性の女の子が無人島にやって来た。
その子の魂を吸収し、我が物にすれば強くなれる!
そう確信してあたしの元に呼び寄せては魂を喰った。
自分と同じような人の魂を吸収すれば強くなれる。そうすれば成仏できる。そんな気持ちが頭の片隅にあった。
300年前、真田梨保の魂を吸収した日を境に、あたしは魔力と集中力などを得て、魔女と化した。
記憶を消す能力も身につけたから、魔女に変貌した後の記憶はほとんど無い。
けれども、鮮明に覚えていることが1つだけある。
ある日のこと、夜道を出歩いていた時、天の声が聞こえた。声が低かったから、男の人の声だったかな。
こう告げられた。
『そなたと同じ日本人女子で光属性の学生がこの地に来たる時、彼女を連れ去るのじゃ。気絶させるのは良いが、殺めてはならん。さすれば、日本人男子3人は必ずそなたの元へ現れるであろう』
あたしは身動きを取らず、黙って聞いていた。
そうすると、こんな天の声が聞こえた。
『この世の未練を断ち切り、成仏したいかね?』
すかさず、「成仏したい!」と答えた。
『そなたに一時的に肉体を与えよう。日本人男子3人と戦い抜くのじゃ。そうすれば、成仏されよう』
天の声はそう言い残した瞬間、霊体だけの状態だったあたしに肉体が与えられた。
しばらく時が流れ、ようやく日本人女子とあなたたち3人があたしの前に現れた。
男神様の天の声の通りだった。
あたしは、戦い抜いた――
樟葉は話し終えると、少しの間だけ目を閉じた。傷口から血がにじんでいるが、穏やかな表情をしている。
「3人の日本人の魂を喰い、強くなったという実感を噛みしめたかったが故に階級を詐称したんだな……」
雅稀は一翔と再会してから気になっていたことを漏らす。
「そうよ。黄階級のステータスになったと思いたかったの」
「でも、実際は赤階級。全く、オレたちを手こずらせやがって……」
利哉は大きなため息を吐く。
「3人の日本人を喰い、強くなったあたしはあんたたちと戦った。でも、属性が違うが故に負けてしまったけどね」
完敗だ、と樟葉は諦めがついた口元を綻ばせる。
「それで、腕力を鍛えて奥拉や精を勢いよく弾き、砲弾系の技なら攻撃が当たらないように避けていたのは、他属性の人との戦い方を知らなかったからなんだな」
雅稀はフォーリン=クズハとの戦いで、魔女の動きを把握していたが、理由までは考えていなかった。
相手の戦い方を理解し、どのように戦えば良いのかを考えるのが雅稀の戦闘スタイルだ。だから、戦闘時は考えたとしてもその答えに辿り着かなかった。
自分の階級が偽っていることを隠すために、そんなことをしていたのかと思うと、ようやく納得できた。
「ねぇ、1つ訊いて良い?」
樟葉の目線は夜空から雅稀に移した。
「何だ?」
視線を感じた雅稀は静かに答える。
「あたしがあんたたちを襲ったこと、許してくれる?」
(……!?)
返答に困る質問だった。殺意に満ちた紫紺の眼光と剥き出した牙で俺たちを襲った。そのことを許してくれと言っている。
何て答えようかと雅稀は目を閉じ、胸に聞いた。
考えがまとまると、彼は再び目を開いた。
「お前が成仏するために俺たちを襲ったんだろ? そのことは許す。でも、ヒカルを連れ去ったこと、そして罪の無い過去の女子学生を殺めたことは断じて許さない」
雅稀の真剣な目つきと入り交じった感情の言葉が棘となって、樟葉の心を突き刺す。
「それだけでない。君は死後未練を残してこの世に滞在し続けた。死んでしまったらあの世へ行かなければならない。その掟を破ったこともあの世で裁かれるだろう」
「お前もGFP学院生だったと言うことは、前世は魔術を悪用した罪人。現世でも罪を犯した。いつか生まれ変わる日が来たとしても、魔術は使わせてくれないだろうな」
一翔の目の奥から向けている刃と、利哉の鋭い眼光が凶器となり、彼女のメンタルに傷を入れる。
だが、樟葉は現代を生きる3人の男子の言っていることは正しいと感じた。あの世が目前まで迫ってきているからなのか、素直に罪を認めた。
「そう……」
彼女は反論せず、彼らの答えを受け止めた。
「もう、この世に未練は無い――」
樟葉がそう言うと、全身から白い光の粒が現れた。
「堕天使には、気をつけて――」
この言葉を最後に、樟葉はあの世へ旅立った。
「待って――」
雅稀は彼女に手を差し伸べたが、樟葉の体は光の粒と化して消えてしまった。光の粒は深夜の夜空へ上り、やがて光も消え去った。




