03-34 魔女と再戦
「さて、フォーリン=クズハと再戦の時が来たな」
雅稀は深夜に戦った、忘れもしない場所へ足を踏み入れた。直径100メートルにくり抜かれた夜空は少し灰色の雲が懸っている。
「今度こそ、魔女を倒し、ヒカルを連れて帰る!」
利哉は胸の前で手を握り、意気込む。
「来たわね、小僧ども」
漆黒の夜空から聞き覚えのある高い声が彼らの耳に届いた。
雅稀と利哉は少し顔を上へ向けると、宙に浮いた魔女――フォーリン=クズハが地面へ降りた。若干黄緑を含む白い長髪と紫紺の目、血色の無い顔色。命懸けで戦った魔女の姿そのものだった。
しかし、ヒカルの姿は無かった。クズハの腕にも手にも背中にも、彼女はどこにもいない。
「おい! さらった女子はどこへやった!?」
雅稀は右手に剣を握り、切先をクズハへ向けて威嚇する。
「あの小娘のことね」クズハは少しだけ嗤い、「あたしの棲家に置いて行ったわよ」と牙を生やした歯を剥く。
雅稀と利哉は顔を見合わせた。棲家とは魔女の小屋のことだ。そこには一翔を含む6人の同級生がいる。
それなら安心だと思い、2人は同じタイミングで頷いた。
「そうか。俺たちとの決着をつけるのに専念したいから置いて行ったんだな」
「よーくわかってるじゃない。でも、あんたたちはあたしに殺される運命にある。塗り変わることはない」
雅稀の真剣な表情を見て、クズハは不気味な微笑みを浮かべる。
「さあ、それはどうかな。オレらの傷は完治し、お前の傷は昨晩よりマシだけど完全に治っていない。昨日と同じ戦いになることはない」
利哉は魔術で出現させた剣を胸元の近くで握る。薄紅色の剣身が碧煌の光で若干光沢を見せている。
「ふふっ。あたしより階級の低い後輩どもが勝てるとは思えないけど」
クズハの右手に細長い剣が現れ、それを握りしめる。剣身は白金色に輝いている。
「後輩だと……?」
雅稀は眉をひそめ、クズハを睨みつける。
「もしや、お前は今からちょうど400年前に失踪した人なのか?」
5時間程前、隣にいる利哉と小屋へ向かった一翔と話していた時、ふと気になったことをそのまま口に出した。
「くっ」
クズハは右端の唇を吊り上げ、
「あんた何ぬかしてるの!? そんな訳ないでしょ」
と剣を振り上げ、雅稀に精・光で攻める。
雅稀は反射的に剣身に深青色の水をまとい、間一髪のところで防御する。
「でも、400年も生きてるんだろ。それに俺らを《《後輩ども》》って呼んだよな。と言うことは、過去にGFP学院に在籍していたことは間違いないだろ」
雅稀はクズハの剣を振り払い、切先からマリンブルーのバレーボール並の大きさの球を発射する。
魔女はひらりと球・水をかわし、左手を水平に真っ直ぐ伸ばした。神妙な面持ちをしている魔女は何も言わずに狙いを定めている。
「黙ってるってことは、正解なんだな。どういう訳か、死んでからもこの地に残り続け、肉体まで持っている。謎が深いな」
雅稀は相手の動きに集中し、ゆっくりと左手を広げる。
クズハは紫紺の鋭い眼光を雅稀に向け、左手からレモンイエローに煌めく剣が現れた。
その剣は角度を変え、切先を雅稀に向け、回転しながら彼へ猪突猛進する。
雅稀が抗陽で守る前に、利哉は友人の2歩前に出て、左手から出された半透明の朱色の盾で光に包まれた剣を消滅させた。
「邪魔しないでよ!!」
クズハは目くじらを立てる。
「オレの存在を消していると、後で痛い目に遭うぞ」
利哉は薄笑いし、剣を下ろして次の攻撃に備える。
「魔法戦士の戦いは1対1が基本でしょ! 青みがかった黒髪男子との戦いの邪魔をするなんて狡いわ!」
「1対1が基本……とは限らないのは、GFP学院に在籍していたお前なら、よく知ってる出来事があるはずだ」
利哉は真面目な表情でクズハを見つめる。
利哉にしては珍しい発言だ、と雅稀は彼の言動に注目する。
「今から481年前のGFP学院襲撃事件。あの時、1対10で戦ってたGFP学院生がいた。必ずしも1対1で対戦するとは限らない」
世間知らずだ、と利哉は不意打ちの如く剣を素早く振り上げ、紅に強く輝く刃でクズハの腹部を斬りつける。
そこから赤黒い血が黒のティアードワンピースの一部を染める。
魔女は腹部を押さえ、苦しそうに顔を歪める。
「世間知らずだなんて、よくも言ってくれたわね……!」
「そう言われないように努力すべきだったんじゃないか? 400年も何してたんだ? 女子学生の魂を吸収させて力を手に入れることしかしてないんだろ、どうせ」
利哉の目つきから怒りがにじみ出る。強くなるために練習をしていた訳でもなく、女子学生の魔力を吸収した挙げ句、亡き者にしたことが彼の中では怒りの原動力となっている。
一方、傍観的に見ていた雅稀は、これ以上クズハを怒らせると厄介だと考えていた。
彼は利哉に近づき、
「これ以上、奴に言ったら興奮状態になって、面倒な場面に遭遇するぞ」
と忠告した。
その声に反応して利哉は振り返ったが、把握していないようで、きょとんとしていた。
「あぁそうさ!」
クズハの大音声が彼らの鼓膜を大きく振動させ、思わず身を縮めた。
「あたしが今まで呼び寄せて喰った3人は、あたしが強くなるための餌食に過ぎなかったのよ」
クズハは宙へ浮き、両腕を少し広げる。
すると、空から稲妻が降り始めた。
「やっぱり……!」
雅稀は即座に抗陽の半球のベールで周囲を包む。その中に利哉もいる。
利哉は状況を飲み込めておらず、雅稀が張っている群青色のベールを見渡す。その向こうには濃藍色の夜空とブルーブラックに色変わりした木々が見え、飛んでいるクズハの両手から放電し、空から雷を落としている。
「あいつが興奮状態になると、波動系の技で空から降り注ぐ稲妻のステージを作る。しかも、あの魔女は短気だから、興奮状態のボーダーラインがかなり低い」
雅稀は深呼吸し、利哉を一瞥する。
「そう言うことだったのか」
雅稀の説明を聞いた利哉はようやく理解した。
「だから、あまり怒らせるな。じゃないと、この環境の中での戦いが強いられてしまう」
雅稀は改めて利哉へ振り返り、
「でも、俺は戦う。お前も一緒に戦うだろ?」
と訊いた。
利哉は少しだけ俯いた後、顔を上げて
「当たり前だ。マレソムディア島の恐怖の逸話をここで終わらせるためにも……!」
と両手に念力を込め、赤橙色の半球で彼の全身を閉じ込めた。
「そう来なくっちゃ!」
雅稀は利哉に凜とした顔持ちを見せると、周囲を包んでいるベールは小さくなり、やがて雅稀の全身に張りついた。
「マサ……いつの間にそんなことができるようになったんだ?」
利哉の口から驚愕の声が静かに漏れる。
「昨日の戦いで身につけた。まだ不完全だけど、利哉もできるさ」
雅稀は歯を見せて笑うと、利哉は少し口角を上げて首を縦に振った。
雅稀は全身に抗陽をまとい、左手をクズハに差し出して陽を唱える。
そこから紺色の水が発射し、魔女へ一直線に突き進むと同時に、切先を左手に軽く触れた。
そのような体勢をとることで、光線の攻撃魔術を放っていると思い込ませようと画策していた。
「あんたのパターンはお見通しなのよ!」
クズハは剣を横に構え、地上から襲う紺色の噴水を抗光線で防御する。
(案の定、あいつは抗光線で防御した。意外と俺らの動きを見ていないのかもしれん)
雅稀は空高くにある陽・水と抗光線・光の接触面に集中する。
利哉は何とかして全身に抗陽の衣を張ることに成功させた。空から雷鳴が轟く中、2人の勝負の行方を見守っている。
クズハの抗光線の薄黄色の光がピキッとヒビの入る音が魔女の耳に入った。
「嘘……どうして……」
魔女は小さな独り言を呟き、額が汗ばむ。
雅稀が放っている噴水は抗光線を破り、クズハの顔面と上半身に直撃した。
「きゃーっ!!」
クズハは黄色い声を上げながら、真っ逆さまに地面に落下した。
「マサ、今のは……?」
利哉に呼ばれた雅稀は振り返って
「あいつが興奮状態になった時の弱点として、判断力が鈍るんだ。さっきのように剣を左手とくっつけさせることで、光線を放ってると勘違いさせてやろうと思ってたら、まんまと引っかかった」
と考えていたことを伝えた。
「お前の分析力の良さは認めるよ」
利哉は苦笑し、柄を両手で握りしめて攻撃体勢をとる。
「貴様……よくも……」
クズハの震える声を聞き、彼らは気を引き締めてクズハへ視線を変える。彼らの目の奥に刃を隠し持っているような鋭い目つきをしている。
「昨夜と同じ目に遭わせてやろうか」
クズハは牙を剥いて嗤い、立ち上がった。
雅稀は昨日の激しい戦いを思い出し、奥歯を噛みしめる。
利哉はクズハの光線の防御に失敗し、戦闘不能になったことが記憶から蘇り、目の色を変える。
クズハの様子から嫌な予感を感じているのは、雅稀も利哉も同じだ。
クズハは心臓に精神を集中させ、全身から力が湧き始めたのを実感する。魔女の体を淡いレモン色の光が包む。
「そう来ると思った……!」
え? と利哉は眉根を少し寄せて雅稀に尋ねる。
「利哉が木陰で眠っていた間、クズハは精神を集中させた状態になり、俺もその状態で戦わざるを得なかった。あれは精神力と集中力の消費が激しく、それに伴って体力も削られる。時間の問題だ」
「あいつにそんなことができんの!?」
利哉はぎょっとした顔を雅稀に向けると、彼は表情を変えずに頷いた。
「そのやり方を知らなかったら、って何回思ったか」
雅稀は深く吐息を漏らした。冷たい空気に冷やされた白い息は数秒間東へ流れ、静かに姿を消した。
「カズの話では、いざと言う時しか精神を集中させた状態で戦わないんだろ? だったら、オレとマサと交互で戦ったら、こっちの体に負担がかからずに済むんじゃね?」
「その手があったか!」
雅稀は少し希望が開けたような明るい表情を浮かべた。
「どっちから行く――」
利哉の言葉の途中で、クズハは剣身に花葉色の光を包んだ剣を真横に大きく振り、2人の男子学生の会話を遮断させた。
「甘いわね。あたしがこの状態になったら2人相手でも簡単に相手できるのよ!」
クズハは血走った双眸を雅稀と利哉に向けた。
「言ったでしょ――お前たちを亡き者にしてやるって――」
魔女の言葉に、彼らは息を呑んだ。
フォーリン=クズハが正真正銘殺そうとしていることを感じ、肝を冷やした。
ふと、利哉は胸部を見つめた。他人目線では気づかないが、少し膨らんでいる部分がある。その中に、お守りとしてパライバトルマリンのペンダントを身につけている。
彼は少し歯を見せて笑みを浮かべ、雅稀の強ばった表情を覗いた。
「オレたちにはパライバトルマリンという深海の宝石を着けている。万が一の時、命を救ってくださるって信じてる。だから、不意打ちとかで死にそうになった時、本当に助けてくれるかもしれないぜ」
雅稀は利哉の顔を見つめた。少し緊張はしているが、今宵の戦いに勝利するという決意と蒼く輝く宝石の力を確信しているのが、利哉の眼差しに現れていた。
「利哉の言う通りだ。そういう力があることを確信して、初めて物の効果が現れる。ずっと疑ってたら、ただの飾り物だし、譲ってくれたガルティさんに悪いな」
雅稀は胸元を見つめる。隠れて見えないが、ワイシャツの中にパライバトルマリンがあり、友愛と真実、勝利の石言葉を頭に入れる。
「どのような状況に陥っても、絶対に負けない! 必ず勝ってヒカルを連れ、全員でGFP学院へ帰るぞ!」
利哉は意気込み、心臓に精神を集中させた。
「ここで決着をつけ、マレソムディア島の逸話に終止符を打たせる!」
雅稀も心臓に精神を集中させ、ネオンブルーのオーラを放った。
「今の状態を持続できる時間はあたしの方が圧倒的に長い。そんなあたしに抗うなんて、頭の悪さにも程がある」
クズハは切先を2人の青年に振りかざし、
「さあ、死の覚悟は良いか?」
と瞳を縮小させ、彼らに凍てつく眼光を放った。
「……来い」
雅稀は深呼吸しながら静かに答え、利哉は黙って剣を前方に構え、相手が動く瞬間を捉えようとタイミングを窺い始めた。




