03-33 リリスの日記
「じゃあ、こっちは魔女――フォーリン=クズハの日記を調べよう」
一翔は目の色を変えて、本棚から『日記其の壱』を取り出した。
「昨日、一翔が読んだ本はどれなんだ?」
トスカに訊かれた一翔は、本棚から2冊取り出して手渡した。
「まず『マレソムディア島の逸話』だけど、第17版がこの部屋にある中での最新版で、これを読めば大体過去に連れ去られた時の状況がわかるはず」
「なるほど。じゃあ、もう1冊は……」
「これは400年前、1番最初に失踪したK・Cという女子学生の友人が書いた『マレソムディア島で失踪した友』。僕がこれから読む日記はK・Cが書いたものだと思ってる」
一翔はそう伝えると、トスカは窓際の椅子に腰掛け、早速『マレソムディア島で失踪した友』を読み始めた。
「なぁ、K・Cって誰?」
ルシフェルは床に腰を下ろして尋ねる。
「本名まではわかってない。でも、雅稀が言うにはKはクズハのことじゃないかって」
「クズハ?」
アルファードとルシフェルは首をかしげる。
「僕らが恐れている魔女だよ。その名はシャドウ=リリスじゃなく、フォーリン=クズハが本名なんだって」
「えっ!?」
「じゃ、カズが持ってる日記は魔女が書いたってこと!?」
ルシフェルは驚愕し、アルファードは瞠目して一翔が手にしている分厚い日記を指す。
「まだこの日記の最初しか読めてないから、これから読み進める」
一翔は床に座り、その上に日記を広げる。達筆な日本語が縦方向に綴られている。
「1ページ目は読んだから……」
一翔は紙を1枚めくると、右端に『フェリウル歴八四八〇年三月三一日』と書かれていた。
「これ、何て書いてあるんだ?」
日本語を読めないルシフェルは目を眇める。
「てか、これ何語?」
アルファードは見知らぬ字を睨みつける。
「不思議なことに、日記は全部日本語で書かれてる。知る人ぞ知るって感じで……」
一翔は腕を組んで思案するが、考えても答えが出ない。
「とりあえず読み上げるよ」
彼は見開きのページの内容を音読した。
「この地はまだ冷え込んでいるけど、今日は桃の節句。今頃、レイラたちは期末試験に合格して橙階級に合格しているんだろうな」
最初の2行を読んだところで、ルシフェルは一翔に質問する。
「桃の節句って何?」
「日本ではひな祭りっていうのがあって、3月3日のことを指すんだ。でも、日記の日付と違うけど……」
一翔は首を傾けて考え込むと、「そういうことか!」と閃いたように姿勢を正した。
「昔の日本は月の満ち欠けの周期を基準にした太陰暦を使用していたから、この当時の日付は日本では3月3日だったってことだ!」
一翔がそう言い張った途端、彼の顔が青く変色した。
「急にどうしたんだよ?」
一翔の異変に気づいたアルファードは彼の顔を覗き込む。
「この人……日本人だ……!」
一翔は色を失った。
「日記は日本語で書かれているし、400年前の日本は旧暦を使っていたし、桃の節句は日本独自の文化だ。間違いない……」
一翔の話を聞いたルシフェルとアルファードは腰を抜かした。
「……続き、読むね」
一翔は2人が頷く様子を確認すると、3行目を読み始めた。
「あたしの袖口と襟元の色は赤のまま。生きていれば橙色になっていたのにと思うと、後悔の気持ちしかない。魔法戦士として前世の罪を償いつつ、魔術界で生まれ育った魔法戦士たちを凌駕する存在になりたかった。なのに、叶わなかった。肉体は無いけど、叶えられるなら叶えたい。あたしは、もっと強くなりたい。この世に居続けている以上は……!」
この日に書かれた日記は短かったが、強くなりたいことに執着していることが感じられる内容だった。
「肉体が無いってことは、とっくに死んでるってことだよな?」
アルファードは怪訝そうに眉毛をへの字に曲げると、一翔は首を縦に振った。
「死んだらあの世に行くんじゃないのか?」
ルシフェルは納得できずに右手を顎に当てる。
「本来なら、死後あの世へ行くことになっているけど、自分が死んだことを受け入れられずにこの世に居候するケースもある。クズハって人はおそらくそのパターンだと思う」
窓際で本を読み調べているトスカが口を挟む。
「なんてこった」
ルシフェルは額に手を当てる。
「クズハが400年もこの地に居続けて何がしたいんだろう?」
一翔は日記を呆然と見つめる。そもそも、この日記を書いた人がフォーリン=クズハかどうかもわかっていないが、読み進めないことには何もわかりやしない。
一刻も早く手掛かりを掴もうと、一翔は日記を黙って続きを読み進めた。
5、6枚程めくったところで、K・Cが死んでから1年後の内容に辿り着いた。
「フェリウル歴8481年1月中旬だ。最初の失踪者が出てから1年後のことが書かれてる!」
一翔の声で、ルシフェルとアルファードは顔を日記に寄せる。トスカは『マレソムディア島で失踪した友』を読みながら、少しだけそちらに耳を傾ける。
「何て書いてあんだ?」
アルファードは興味を示しているが、表情は硬い。
「あたしが初めてマレソムディア島に降り立って1年。早くも後輩たちが実習で遥々西国からやって来た。夜半に学生たちの寝顔を見に行った。日本人は男女1人ずつ。男子は木属性。女子は風属性だった」
一翔は淡々と日記の内容を音読する。
「Kって人が寝顔を見るだけで属性がわかったのは何で?」
ルシフェルは納得がいかず腕組みする。
トスカは上半身を翻し、過去に姉から教えてもらった情報を彼らに伝えた。
「姉貴の話によると、魂だけの状態になれば魔法戦士の属性が一目でわかるんだってよ」
「そうなのか?」
ルシフェルが訊き返す。
「シャーマンだった人は、魂で神様やその化身の天使様と交流ができたと言い伝えられている。その人らは自分の魂と相手の魂の波長を合わせると、相手がどんな人生を歩んだのか。魔法戦士であれば潜在属性は何かが瞬時にわかるんだって。多分、霊体になったK・Cはその類いで属性を判別できたのかもしれん」
トスカの目は確信を持った真剣な輝きを放っている。彼の言っていることは間違いなさそうだ。
「まるでテレパシーみたいだな」
アルファードは目を擦る。3日間の過酷な実習を乗り切った疲れが如実に表れている。
「魂だけの状態になれば、相手の波長を合わせればわかる、か――」
一翔は再び日記に視線を落とす。反逆者の特殊能力で魂だけの状態になったことが何回かあったが、相手の属性も心境も何も感じ取れなかったことを思い出す。
彼は息を少し深めに吐き、続きを音読した。
「去年のこの頃は、あたしもみんなと一緒に寝起きして実習に臨んだ。夜にレイラと宿舎前で喋り、たった一人で闇に染まった森林へ入りに行ったのが鮮明に残っている。生きていれば、あたしは緑階級目前だったのかもしれない。でも、レイラとの最後の会話で時が止まっている。死ぬ直前の出来事は覚えているものなんだと自覚した日だった」
「どうやら、日記を書いた人はK・Cと判断して良さそうだな」
トスカは顎に手を添える。
「……この次のページの日記はいつになってる?」
「2月7日」
トスカの問いに一翔は短く答えた。
「この年は動きなし、か――」
やれやれ、とトスカは両手を広げ、机に向き直って中断していた書籍を読み始めた。
「どこかで変化があると良いけど」
一翔は続きを読み進めていった。




