灰夜の訪問者・5
「また襲撃があるかもしれないしな。交代で見張りを立てようか」
「いえ、それは流石に我々にお任せください」
避難誘導の任についていたイクシアは、襲撃の報を受けて真っ青な顔で屋敷にはせ参じた。そして無事を知って安堵し傍にいなかったことを悔やみゴロゴロと転がっていたが、ようやく落ち着きを取り戻した。イクシアと兵士たちが内外の見回りと寝ずの番をしてくれるということになり、調査隊のメンバーはゆっくり休めることとなった。
「カジミール様は来てくれないのかよ!」
応援に来てくれたブルトーヌの兵士に向かって、ワイヤンは拗ねたように絡む。
「波が高くなっているから備えているんです。我々だけで申し訳ございません……」
「人員を派遣してくださっただけでありがたいです。イクシアも戻ってきてくれてありがとう」
「お任せください姫様。何が来ようと姫様たちには指一本触れさせません!」
「でも警備ってまだ必要なんですかぁ?
「結局このお屋敷の何かって奪われてないし、トートもいるからね」
謎の一団は明らかにデン夫妻の寝室をこじ開けようとしていた。その上にさらわれていたトートもここにいる。明日の正午に海竜が動くと考えると、必要なものがあるのなら今夜や早朝が勝負所だ。
「お宝とかあるの?おじさんちょっと見てみたいかも。ここで銀以外のお宝ってそうそうないし」
「それはそう!あたしも気になる!もしかしてかなり良い銀?」
「銀から離れろ!」
ワイヤンは遠慮のない顔馴染みたちをあしらう。
「じゃあその金庫?中身お金?」
パンフェルはワイヤンが仕方なく持ち運んでいる……というか、おんぶ紐で背負わされている大きな金庫を気にしているようだった。
「パンフェル、はしたないよ。ちなみにあの中はゴミらしい」
キノトは叱るついでに適当なことを言うと、「ダミーか……」とトートの興味もそがれたらしく、ワイヤンは色々言いたいことがあっても「まぁいいか」と流すだけにしておいた。
「でもさぁ、あの氷はやりすぎだよ!王子様、絶対にパパとママが帰ってくるまでに溶かしてくださいね!?」
「ほら、ここって津波とかあったら届くかもしれないから、この部屋だけはそんな憂き目にあっても絶対大丈夫!あの部屋に何があってもね!」
「どれだけ強固にしたんだか」
「この屋敷は確かに灰洞港にあるだけど、ここまで津波とか来たことないよ?近年で一番大きかったパンフェルが生まれる前のやつも、今で言う居留通りくらいまでしか来なかったし」
トートの言葉にパンフェルもワイヤンも同意しているようだった。
「いや……ここも全部流されるよ」
しかしシトロンはソラールに見せられた未来を思い出していた。海竜より高い水の壁が灰洞港を一瞬で飲みこみ、山上の首都であっても被害を出していたあの光景は、確かに地元民ほど信じられないかもしれない。
シトロンの静かな迫力に飲まれたのか、ワイヤンは不安そうな顔で髪をかきむしる。
「言い切らないでよなんか怖いよ!あぁぁぁこんなに麗しき可憐な女の子ばっかりなのにずっと殺伐なお話ばっかり!もう嫌だー!ボクは寝る!」
ワイヤンはひとしきり喚いて、その場で横になる。
「……この大部屋で」
「男子は隣の大部屋っすよ」
「おじさんも引っ張り出すの手伝うよ」
呆れた使用人たちを思いやりコウジロウとトートが腕を掴んで彼を連行していく。
「俺、早朝にカジミールのところに行こうと思う。今は忙しいってわかってるけど、俺からの情報があったら助かることあるかもしれないし」
トートは振り向きながら宣言した。色々あって後ろめたい気持ちもあるようだった。
「そうだな、当事者同士みたいなもんだし会話の中で何か全く別のことを思い出すかもしれない」
「じゃあ俺たちは隣の部屋だから。お休み」
最後にグロッグが出ていき、部屋には女子だけが残ることとなった。
「ブーシュカ、もう休んでいいぞ」
シトロンは影の中に待機していたブーシュカに声をかける。
「しかしでございますよシトロン様。わたくしは警戒を怠らないべきで」
「ずっと探りまくってて疲れてるだろ。魔術はコスパ良くてもお前は人間の体力なんだから。それともなんだよ、オレの世話を万全じゃない状態でする気か?」
親しいから遠慮なく脅しのような言葉を投げかけると、ブーシュカは「ううう」と悔し気に唸る。
「それはメイドとしてのプライドが許さないです。お言葉に甘えて休みますわ」
「ありがとうブーシュカさん。また今度改めてお礼を言わせて」
レウカはわざわざしゃがんで影に近づき話しかける。
「あ、では高慢ちきなプライドの高い独身中年貴族なんぞを紹介してくださいな~」
えげつない見返りを求める愚かな部下を叱るため、シトロンは影を強く踏む。ブーシュカはダメージもないくせに「ふぎゅう!」と言って同情を引こうとしている。
「すまんレウカ、こいつのことは忘れて欲しい。お休み!」
さっさと寝よう!というシトロンに、レウカはくすくすと笑った。
深夜、当番の兵士たちが屋敷の内外で囁き声で会話をしている。明るい夜に慣れないイクシアはげんなりとした顔で空を見ていた。こういう白夜とまではいかないブルトーヌの明るい夜のことを灰夜、と呼ぶと聞かされた。明日のことを考えて眠れない兵士たちも多く、国も所属も関係なく焚火や光魔法の前に集まり細々と互いの話を聞き合った。猫空間から出てきたばあやは、そんな彼女ら彼らたち全員にお茶を用意している。
「遅い時間ですのに、ありがとうございます」
「いいんですよ。婆も眠れないだけですから」
「ご安心ください。私はカレンシアの兵士ですが、シトロン様たちのことも命に代えて」
「いやですわ兵士さん。命の代わりなどありませんよ。そんな婆の寿命を縮めるような意地悪を言うくらいなら、自分も相手も全員助かると言い切ってくださいな」
ばあやのからからと笑う声を聞き、兵士たちは顔を見合わせた。イクシアもまた、守るべき民間人に気を遣わせてしまったと恥じながらも、彼女の包容力に救われた気分がした。
「はい。みんなで生きて帰りましょう。この国に生きる全ての人に見送ってもらいながら」
イクシアの言葉にばあやはふぉっふぉっふぉ、と笑った。
そんな兵士たちに見つからないように移動する影があった。それはグロッグだった。彼は夫妻の部屋の前に行き、腕を組んでじっと考えている。
それから一分もしないうちに巡回の兵士たちが寝室前の廊下を歩いてきたが、そこには誰もいなかった。
早朝四時、朝ほど明るくはないが夜と比べてもとくに変わらないなんとも言えない空の下、トートは兵士たちを訪ねた。
「トートさん!隊長が探していましたよ!お話を伺いたいって」
「だから来たんだよ~」
兵士たちはにこやかにトートを出迎える。
ほぼ同時刻、目を覚ましたパンフェルは男子部屋を覗いて絶叫する。
「トートさんいない!置いて行かれた!一緒に行こうと思ってたのに」
その声で仮眠をとっていた兵士たちやエトロが反射的に起き上がり、隣の女子部屋からシトロンがとガラクテアが不機嫌そうな顔で飛び出して来た。
「起こしちゃった?ごめん~」
「何かあったのかと思っただろ……」
「うるさいのぉお主は……」
「え~と、トートさんならさっき出て行ったよ。外の兵士たちと一緒に行くって言ってた」
エトロが眼鏡を拭きながら付け加える。
「朝弱いんだ」
「え~!可愛い!」
「ラティーと似ていてちょっとなんというか」
シトロンとパンフェルの会話に、覚醒しきっていないぼんやりとした頭ではついていけない。
「っていうか……男の人たちの部屋を覗くんじゃありません」
言うべきことを見つけたエトロは内側から扉を閉めて二人を追い返した。ごめんなさーい、と言うパンフェルの軽い謝罪を右から左へ受け流しつつ、シトロンはなんとも言えない空の色を見た。
「朝が明るすぎるが、朝にしては暗すぎる」
「妾も同意見じゃ。しかもこれ、ワジェンデイクだと本物の白夜なんじゃろ?」
「お前が作ったんじゃないのかよ」
「作ったとしてもこの気象現象自体より、それを司る管理するドラゴンのほうを作っとるからの。そして妾は地上に降りることなど皆無じゃった」
「へぇ?それで実物の灰夜を見た感想は?」
「一刻も早く帰って寝たいのぅ!」
二人の不評を受けてパンフェルは拗ねながらも納得するようにため息をつく。
「やっぱりそうなんだ!あたしはここで生まれたからこれが普通でよくわかんないんだ~。仕事で何日か来る人はいいけど、長期滞在は滅入るって人多いの」
「やっぱりか」
「トートさんも最初の方は慣れなかったって言ってた」
「……え?」
兵士を訪ねたトートは、毎度のことへらへらとしながら彼らに近づいた。兵士は首をかしげる。
「でもトートさん、ここに隊長はいませんよ?有事なんですから、現場にいますよ」
灰洞港の南、調査隊が通った関所に彼はいた。
「そうそう、カジミール隊長は港に」
にこやかに話していた兵士たちは突然その場に崩れ落ちる。
ワンテンポ遅れて兵士たちの鎧が切り裂かれ、真っ赤な血が飛び散った。
「いやこれでいい。あれと斬り合いたくないし」
トートは相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべたまま倒れた兵士たちの横を通り過ぎた。即死は免れたようだが、時間の問題だろう。彼は関所の裏に置いてある馬に乗ろうとして柵をどけようとする。
だが、その腕が柵ごとばっさりと斬られる。
なんの気配もなく魔力も感じない攻撃に、トートは逃げる馬を盾に慌てて関所の影に隠れた。
「うっそ、なんで……」
そして追跡者を見て笑みを取り払い疲れた顔でため息をつく。
「コウジロウ王子がここに?」
関所付近の岩影に隠れていたコウジロウは、険しい顔で刀に手をかけて彼の前に出てきた。
「オレだけじゃねぇっすよ」
関所を囲むように伏兵が出てくる。彼らは昨晩の侵入者と同じように魔法迷彩をまとい関所を見張っていたのだ。
「えーと、投降してもらいたい。さもなくば斬る、って感じで」
「斬ってから言う?普通」
トートの手は切断はされていない。しかし皮一枚といった様子で、彼は腕を反対側の手でしっかりと抱えている。
「斬っとかないと不測の事態で逃げられたら困るし……即死はしないけど、時間稼ぎとかしてたら死ぬくらいには深いっすよ」
コウジロウの言う通り、手からのおびただしい出血がトートの胸元を濡らしていく。
「……頭の悪い甘ちゃんだと思ってたんだけど」
「いやそれであってるっす。あの真に迫った戦争の話とか疑いたくなかったんすけどね」
「あれは本当のことだよ」
彼の顔から笑顔が消えた。
「俺が兵士側だったってだけ!」
そしてまた、馬鹿にするように嘲笑った。コウジロウは怒りに飲まれないように自分に言い聞かせるしかない。彼の前に放り出されていた怪我をした兵士たちは次々に回収されている。
「……つまりあんた、先輩とかだった職人を」
「大体みんな逃げようとしたから沢山撃ったよ」
「パンフェルに悪いとは思わないんすか?あの子、あんなに」
「なんで?俺に関係ないじゃん」
トートは魔法も魔術も使わず、その血は止まらないままだった。怪我人を遠ざけた兵士たちはじりじりと彼を囲み準備が終わったようだった。
「あー、でもさ。確かに!」
今までで一番明るく大きな声を出したため、兵士たちは身構えた。
そして、兵士たちの更に後ろから、三メートル程度の黒い人型が出現した。地面から生えてきたようなその人型はのっそりと蠢き、両手のようなものを挙げた。
「助かったよ、いつだって俺を信じてくれたから」
混乱して動きが止まった兵士たちと違い、コウジロウは総毛だって即座にバックステップで包囲から抜けた。
直後その人型たちが兵士にかぶさり、地面に落ちた水風船のようにその人型が弾けて溶けて泥というには重たい、油の混じった泥になった。
だからか地面にしみこんだりせず、膜や蓋のように地面との間に兵士を生き埋めにした。コウジロウにとってはそれはトリモチのようにみえなくもなかった。
「は?なんで逃げれるんだよ!ずるじゃん!」
トートは避けたコウジロウに悪態をつきながら国外へと移動しようとする。だが泥の河ができあがっていて、後を追うことはできない。飛び越えられたとしても、斬りつけられた怪我人や得体のしれない泥に押しつぶされそうな兵士たちを放っておくことは彼にはできなかった。
岩などの遮蔽物に身を隠しながら斬撃の届かない荒野にまで逃げて行ったトートの後姿と、目の前の助けが必要な人々を何度も交互に見た。
そして彼は結局、後を追うことはできなかった。
「くそ……!ほんとアホだなオレ……!」
悔しそうな声だけが灰色の空の下に響いた。
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