灰夜の訪問者・4
庭へと赴いたシトロンたちが見たのは、死屍累々の侵入者たちと、それを拘束したり休憩をとっていたりと自由にしているアナトたち三人であった。
「全員倒しましたよ、っと」
コウジロウは男手としてなのかあくせくと動き回り敵を縛り上げている。二人はそういうことを気にせず自分でやるタイプだが、コウジロウ本人が気にする性質のために大変だなぁと思うしかないシトロンであった。
「殺してはいない、と思うっす。ちょっと興が乗ってお手玉とかしてた人もいますけど」
コウジロウが青ざめた顔でアナトをチラリを見た。
「おほほほほ、淑女は曲芸もできますの」
「お手玉?」
グロッグは首をかしげた。シトロンもその言葉は知らない。奈の国の何かだということは二人にも想像がついた。
「普通は子供がボール的なものでする遊びなんですけど、敵の身体を宙に投げてこう……」
「ジャグリングか!」
近くの石で実演してくれたために理解はできたが、つまりそれを人間で。
「……うん、もういい。残党の気配とかある?」
グロッグは早々にその会話を切り上げた。
「ないですわね。……馬車の音……」
アナトは塀の近くへと駆け出した。続いたシトロンにも彼女の言わんとすることがわかった。塀の向こう側、屋敷の外の道に蹄鉄と車輪が静かに動き出す音がする。
シトロンはすぐさま塀を上ると、今まさに出発した馬車が目に入った。このまま跳びかかるのは流石に得策ではない。かといってビームは高火力過ぎるしあんまりガリガリ魂を削りたくない。ならば。
「コウジロウ、上に来て荷台を斬ってくれ!」
「そんな簡単には登れないっすよ!」
そもそも塀というのは乗り越えられないように作られている、と反論しようとはしたのだが、そんな彼の肩をグロッグは力強く叩いた。
「アナト殿がいるじゃないか」
「……うっす」
お手玉の悪夢を脳内に再生しながら、そう答える他なかった。
「いきますわよ!マッスルリフト!」
六十キロは超す身体をいとも簡単に十メートル近く放り投げられ、コウジロウは”おそらきれい”気分に陥った。実際この国の夜空は美しい。光が無くとも互いの顔が見れるという明るさに慣れることは大変だとは思うが、夜空の下でキノトとアナトという金銀コンビが煌めきながら戦う様を間近で見れて、ちょっとラッキーだと思っていたのだ。そういう変態的なことを考えてしまったからこんなふうに放り投げられたのだ。罰なら仕方がない、甘んじて受け入れよう。
彼がここまで考えても一秒もかからなかった。多少傾斜をつけて塀の上に着地するように投げられたために、何かせずとも自動的に塀に降りるだろう。
「……やってやらぁぁぁぁ!!!」
半ばヤケだった。着地と同時に柄を握り斬撃を飛ばして荷台を斬ると、馬に乗っていた人物はそのまま走って逃げていってしまった。
だが荷台。斬られた荷台からは何かが転がり落ちた。それは人の形をしている。
白夜の下でそれははっきりと、縛られたトートだと確認できた。彼はそのまま動かずに地面に落ちていて、馬に乗った男は彼を回収せずにそのまま街の中に消えて行った。
「オレらは下に行く!」
シトロンは庭のメンバーに声をかけてから来た時と同じように飛び降りた。それにガラクテアもふわりと飛んでついていく。コウジロウは高所から周囲を見渡してから、二人に続いて……飛び降りるのは躊躇われたので、途中まで壁を垂直に滑りながらいい感じのところで跳躍することにした。
「自分はみんなみたいにできません><みたいな面してるけど、基本的にお前ってできる側の人間だからな?」
「いきなりなんすか……」
おどおどとしているコウジロウは無視して、シトロンは警戒しながらトートに近づいた。囚われの民間人や味方に爆発物が仕掛けられているなんて古今東西よくある手口だからだ。しかしなんの異常もなく、観測している者もいない。素直にトートに接近し、気絶しているような彼の肩をゆする。
「逃げちゃったっすね、すみません」
「馬を斬るよりいいって」
「あやつは仕方なかろう。じゃがこの時間馬で街を走っていたのを隠すことは難しい、恐らく民衆の記憶にも残るじゃろうし兵士が見たなら後を追おう。つまり問題はそこまで無い」
珍しく笑わずフォローしたガラクテアに、二人は顔を見合わせた。言うほど煽ってばかりのドラゴンんではないが、かといって優しい言葉をかけるドラゴンでもなかったからだ。
「トート、大丈夫か?おーい」
声をかけても表情を顰めるだけだったがシトロンが景気づけに頬を引っぱたくと、はうぁ!と叫んで目を覚ました。
彼は目を二・三度ぱちぱちと瞬かせ、困惑しながら視線を右へ左へと漂わせた。
「……え、なにこれ」
キャパオーバーか口だけで笑ってしまっている。
「じゃあ紐斬るっすよ」
「先に斬っとれ」
「意識ない相手に刃物向けるの、いきなりの覚醒とかあるから止めた方がいいぞ」
「あと意識ないから斬った時の怪我とかもわかんなかったりするんでちょっと」
「は?銀河の女王なんじゃからそれくらい知っとるが?」
「あ?」といつもの調子で言い争う二人をトートが苦笑いで眺めている。
コウジロウは刀ではなくあまり使わない短刀で慎重にトートの縄を斬った。腕を開放されたトートは手首の稼働を確かめてからホッとしたように息をつき、続いて胴体と足を楽にしてもらっている。
「とりあえず一旦屋敷に戻るか。歩ける?」
「あーうんはいおじさん平気。……ねぇこれどういうこと?」
彼の問いに応えられる者はいない。
「こっちが聞きたい」
ふらふらとしながら立ち上がったトートを、ワイヤンの屋敷に連れて帰るため先行するシトロンの背後で、殿のコウジロウは断ち切った縄をじっと見ている。
その様子にガラクテアは気づいたが、とくに口に出さないでトートを追い抜きシトロンを追いかけた。
完全に戦いが終了した屋敷は、数度の見回りと応援に来てくれた数人の兵士たちにより落ち着きを取り戻していた。怪我人はいても死者はいない。この結果は調査隊にとって大変喜ばしいことであった。毒を受けた警備兵たちは医者に診てもらい快方に向かっている。
トートは客室に案内され、調査隊の面々に囲まれていた。そして。
「無茶苦茶右肩が痛い」
「それはな、そこから地面に落ちたからだよ」
「そっか~助けてくれてありがとね痛い痛い痛い!なんだよパンフェル!」
この場にはそれ以外に、応援の兵士たちにくっついてやってきたパンフェルがいた。彼女はトートの肩に貼り薬を勢いよく叩きつけた。
「めっちゃ心配したんですからねー!みなさん、あたしのこと呼んでくれてありがと!」
「まだ避難してなくてよかったけど、なんでまだ避難してないんだよ」
パンフェルはたはは~と誤魔化すように笑った。
「あたしとパパは元気だか後回しにしてる!ご近所のおばあちゃんとか妊婦さんとかお子さんのいるところの準備手伝ったり、店や家の戸締りしたりバリケードとかつくったりしてたんだ~!」
「偉い偉い」
「でしょー!……ほんとはトートさんが心配で残ってたところもあるの」
珍しくしおらしい様子の彼女に、トートは申し訳なさそうにしていた。
「心配かけたね」
「ほんとそれー!もう変な人について行っちゃダメですからね!」
「いや兵士さんからね、調査隊のみなさんが事情聞きたいから対策室本部に来て欲しいって言われてついていったんだよ。で、気がついたらここ。どうして気を失ったのかとか何処まで歩いていったのかとか一切覚えてないんだなこれが。どう?役に立った?」
「全然」
「そんなぁー」
本題だったにもかかわらず当時の状況は収穫無しで終了してしまった。
「海に流れている毒について聞きたいのだけれど」
ハニーベルは彼が十分休息をとり緊張状態を脱したと考えたのか、すぐに次の話を切り出した。だが彼は少し考え込むようなそぶりを見せた後に、大きく息を吐いた。
「あー……つまり俺を口止めしていたのはカジミールじゃなかったってことか」
彼の逡巡の理由がわかり、シトロンが「そもそも兵士じゃなかったと思う」と付け足すとトートは訝しげに眉間に皺をよせた。
「どういうこと?」
「帝国の人間が集団で街に入り込んでいたわ。恐らく貴族たちや大きな会社に匿われていたみたい」
「うっそマジかよ。じゃあ無駄な時間過ごしてきたかも。あのカジミールが敵なんだって思って何年……」
そこで彼は言葉を止めてから、深く長い溜息をついた。肺の中の澱んだ空気を全て吐き出すような大仰なものであった。
「そっかぁ……おじさん馬鹿だなぁ、信じて相談していれば……」
絞り出すような声を聞いて、みんな同情の念を抱いてかける言葉が見つからない。だがちょうど様子を見に来たワイヤンがふてくされたような顔で口を挟んだ。
「ってか結婚式に色々してやったんだし、カジミール様がどういう人が知ってただろ?なんで信じきれなかったんだよ」
そう言えばこいつ職人議連のスポンサーみたいなものだったな、とシトロンは思い出した。オフィスを作ったり新たな販売方法を考案したりときちんと大貴族の大人として働いていたのだ。
「隊長と秘書さんの結婚式、トートさんが色んな銀細工を作ったんだよ!あたしそれ見て職人になりたいって思ったの!」
パンフェルは頬を染めて在りし日の美しい思い出を語った。
「カジミールが王家を追放された後に結婚なんだから、その頃にはトートはこの国唯一の職人になってたのか。そりゃあビッグカップルの結婚には駆り出されるよな」
シトロンは納得したが、当のトートは渋い顔をしている。
「ろくなもん作れなかったけどね。普通に新人だったし。資格とれてもそこからさらに学んでいって、客とるのとか作品売るのとか十年以上も後になると思ってた」
それが叶わなかった理由は戦争以外の何物でもない。本当にこの国のありとあらゆる事態に二度の戦争と王たちの所業があるのだ、とレウカは自分の立場のことを殊更考え込んでしまう。
トートは何度か口を開きかけてはやめてから、決意を固めたようだった。
「蜜柑戦争の時俺は確かに、集落の戦いにいた。ガレッドルが攻めてきて、ゲリラ戦法をとれって言われて家の中とかに息を殺して待っていた。俺の後ろには兵士がいてさ、奇襲のタイミングで蹴りだされて戦わされるんだ。その兵士は銃をもってずっと後ろにいる。敵前逃亡をさせないためにね」
重たく苦しい話題を、一行は黙って聞くしかなかった。
「そんな中本当にいきなり……外で何かが爆発して、様子を見に行った兵士が帰ってこなくなって、俺は外に出た。辺り一面に泥のようなものが増水した川のほとりとか津波の後の港みたいに満ち満ちていてさ。で、そこに足を踏み入れた奴全員が……溶けた」
「溶けた?」
「としか形容できない感じ?なんか、ぐしゃって……ごめん水とかもらえる?」
「あぁすまない、気が利かなかったね。背中とかさすろうか?」
ワイヤン付きの従者がすぐさまトートに水を渡す。彼の手は震えている。キノトは宣言通り背中をさすってやろうとしたが、そっとコウジロウに腕を掴まれた。なんだい、と聞くより前にパンフェルが「どうどう」とその背をさすり、「いやなんか違わない?」とトートも笑った。
キノトはパンフェルの想いを汲めなかった自分の未熟さを認め、同時にやはりコウジロウはみんなを見ているものだとも感じた。
「言ってくれればいいのに」と小声で話しかけるが、コウジロウは難しい顔で黙ったままだった。
「そんでその後は、ともかくこの泥に触っちゃいけないと思ったから泥が溢れてないところ、川の方へ行って、敵前逃亡だよ。もう止める兵士も一緒に戦ってたみんなもいなかったからさ。そんで川渡って街に戻ったら、川にもその泥が流れててこの通り」
トートは、キノトとコウジロウが目撃した腕の火傷の跡をみんなに見せた。
「火傷……?」とアナトは呟き眉をしかめた。丁度誰も彼女の様子は気づいていなかった。
「戦後生き残ったって俺のところに兵士が来て集落であったことは話すなって言われた。つまりあれ兵士じゃなかったんだろうね。それとその毒泥も最初はガレッドルが持ち込んだと思ってたんだけど、二年前の暴露記事を見てブルトーヌのものだと思ってた」
「それもきっと帝国の仕業だったのでしょうね。戦争中は敵国の、戦後には自国の魔法だと考えることまで織り込み済みかもしれないわ」
ハニーベルはその卑劣さに憤る。
「俺が知ってるのはここまでなんだけど、ちょっと疑問が出てきた」
「なんだ?」
「この状況で俺を攫う、というか口止めをする必要ってそこまである?もう調査隊のあれこれで川に毒が流れててそれは集落の方から染み出していて、つまり戦争のあれやこれやということまではわかってたんだろ?生き残りなんて俺以外にもいるのにどうして?」
トートのもっともな疑問に、全員が頭を捻った。確かに彼にここまでする必要はもうない。偽兵士の顔を見たからとは言え、やはり不可解だった。
「トートさん……いきなり頭よくなるのやめてよ」
「おじさん普段めっちゃ頭使ってるよ!?」
巻き込まれた一般人の戯れを聞きつつ、調査隊は増えた謎を考えなくてはならなくなった。
だが、とにもかくにも守り抜いた屋敷で休息をとることにした。
次は明日の20時以降に更新予定




