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灰夜の訪問者・3


 時々ビクンビクンと小刻みに震える男を意識の外に追いやり、三人はブーシュカの話に耳を傾ける。

「いや気が散るからここの倉庫にいれておくのじゃ」

「確かに」

 男を押し込んだドアに封印を施して視界から追いやり、再び真面目な会話を始める。


「情報は粗方奪えました。彼らの狙いはデン夫妻の機密書類とワイヤンを脅すことと調査隊の殺害のようです。それ以外は上手く引き出せませんでした。最悪抜き取られてもいい情報と考えられなくもないですけど~」

「そこまで用意周到に我々メタを準備しているとは思えない、だろ」

 言わんとすることを汲んでもらえたブーシュカは目を輝かせてグロッグを見ている。

「その通りでございます!わたくしの存在は完全にイレギュラーでありましょうしぃ」


「しかしオレらの殺害ねぇ、大きく出たな」

「ブルトーヌ大貴族を殺すつもりが無い……じゃあ国を存続させる意思はあるってことか」

「海竜でこの国をぶっ潰したいってわけじゃないんだな、何が目的なんだ」

 しかし今は考えるよりも先にこの事態を終息させるべきだ。二人はこの議論を一旦横に置いた。


「残りは何人とかわかるかい?」

「八人でございま~す」

「そうか、じゃあ」


──マッスルアンドシェイク!!!


「五人でございま~す」

「そう……」

 そもそも何人入り込んでいたかは定かではないが、結構な数の侵入者である。今この国に外から入るのは難しい。やはり元からいたのか、それとも北の山脈を越えてきたのか。考えるのは後にしたというのに、次から次へと疑問がわいてきたシトロンは、いつもこういうことを他人に任せてきたツケが来始めていると痛感していた。



「こっち!」

 シトロンに助けられたメイドは慎重に歩を進め、管制室に到着した。ベルに手招きされて、足をもつらさせながら部屋に入った彼女は気が抜けたのか床に座り込んでしまう。怪我人もいることにはいるが重傷者はいない。お互いに治療している様子を見て、彼女は深呼吸してから自分もその輪に加わった。


「半数以上がすでに避難を終え、残りは旦那様たちの付き添いで屋敷を離れていたのが幸いでした」

 執事長は自分の足首に包帯を巻きながらため息をついた。ビカラは夕食中に当主夫妻が偶然公務で国外へ出ていると聞いたことを思い出した。

「……メイシーは?」

 ワイヤンが目を覚ますと、すぐにきょろきょろと避難した使用人たちを見回して誰かを探している。ハニーベルはまずここに逃げてこられた人員に労いの言葉をかけなさいよ、と言おうとして止まった。新人メイドの一人が泣き出したからだ。


「私を逃がすために……」

 予想はできたが聞きたくはなかった言葉であった。ずっと張り詰めた表情で部屋の隅にいた、まだ少女と呼べる年齢のメイドはこらえきれずにわっと泣き出してしまった。傍にいた先輩メイドが抱きしめてやるが、その涙はそうそう止まりはしなかった。

 あ、あう、と声にならない音を口から出してワイヤンは困惑している。何か言うのか言わないのか、それを待つ時間はハニーベルに必要ない。


「探しに行く?」

 ハニーベルの目に真っすぐ見つめられ、使用人たちの目線に晒され、ワイヤンは脂汗をかくしかできない。そのままどちらの意思表示もできないで時間だけが過ぎていく。

「せめて選びなさいよ」

「ベルさん、あんまりいじめないであげてください」

 そこから流れるように説教が始まりそうな空気を、ビカラが粉砕した。


「あんたまで」

 あたしが悪い風に言うの?とは言わないでおいた。そこまで厚顔無恥にはなれない女だった。こうも自分が何か言う度にみんなが”あちゃー”みたいな顔をするのであれば、きっと言い過ぎなのだろうとも彼女は理解している。それでも言うべきことを止める理由もなければ止められる理由もないと考えていた。


「わかんなくなって、わぁー!ってなっちゃう気持ち、ベルさんとかシトロンさんみたいな人にはわかんないかもしれませんけど、なっちゃうんです。動けなくなるんです。矢継ぎ早に責めたてないでください。自分で歩き出すまで待ってあげてほしいんです」

「わかった、置いて行くわ。そのまま一生そこで蹲っていなさい」

「そうじゃなくてぇ」

 ビカラはこめかみを押さえて苦しんだ。


「メイシーさんとは?」

 こういう流れを変えるのはいつだってレウカだった。彼女は穏やかな声で近くの執事に話しかけると、彼は身を強張らせておどおどとしだした。レウカとしてはずっと黙っていた彼に声を出して息をついてほしいだけだったのだが、彼はまだ別の懸念があったようだった。

「ワイヤン様の乳母でございます」

 そして執事は耐えきれないといった様子でワイヤンに頭を下げた。

「……わ、わたしは、彼女が倒れていたのを見ました……彼女はもう……」


「助けなかったのかよ……」

 頭を下げた執事にようやくかけられた言葉は責める言葉だった。執事は頭を上げずに震えている。

「……申し訳ございません坊ちゃま。わたしは、恐ろしくて、逃げるのに必死で」

 何も言えなくなってしまったワイヤンに、ハニーベルはいら立ちを隠せない。

「家臣を責めることだけは選べるのね」


「ベル。あなたが代わりに叱る必要はないのよ。私たちには彼を導く責任なんてないの。あなたは少し真面目過ぎるわ」

 レウカがハニーベルによりそった言葉をかけたことで、ビカラは少しだけ彼女の心情を知れたような気がした。そして難儀な人だな、と大人のような感想を抱いた。

「……そうね。レウカ、シールドを部屋の扉のところに」

 二人は突然視線を部屋の外の、誰もいない玄関ホールに向けた。何も見えないビカラではあったが、こっそりと怪我人の前に座りなおす。


「えぇ、気を付けて」

 言い終わるや否や、レウカは青いシールドを部屋の前に出現させた。そこからホールに飛び出したハニーベルは、蛇腹剣を瞬時に鞭にして周囲にばらまくようにふるった。

 いくつにもわかたれたその刃の一枚一枚が、散弾のようなものを全て弾いた。その破片はシールドを貫通する威力はないが音だけは響く。使用人たちは肩を寄せ合って互いを守り合う。


「守り手は一人だけだ!撃てー!」

 侵入者たちは次々に、手に持った鉄筒を管制室に向けた。一瞬の閃光の後に弾丸が射出されるそれを見て、ハニーベルは大砲を極端に小型化したものか、と見当をつけた。

「鬱陶しい!!!ビカラ!」

「はいどうぞ!!!!」

 ビカラが手をかざすと、廊下中のろうそくの火がふっと消えた。火の位置を探知しておいて、とさっきこっそりハニーベルに仕込まれていたのである。


 男たちは一瞬躊躇った、だがその一瞬が命取りとなった。ハニーベルは蛇腹剣に雷魔法を付与し、足先に魔力を溜めて弾丸より早く彼らを斬りつけた。焼かれながらついたギザギザの斬り口に、遅れて電撃が走り侵入者たちは叫ぶ暇もなく感電し、気絶する。控えていた兵士二名がすかさず彼らを拘束し、一旦は凌ぐことができた。


「う、上手く行きました……心臓が壊れちゃいそうですお姉様~」

 ビカラはバクバクと煩い心臓が全身に血を送りまくるせいで顔が少し赤い。本人的には少し青ざめているはずである。レウカはそんなビカラの沸騰しそうな頭を優しく撫でた。

「いいタイミングだったわ。ベルの助けになってくれてありがとう」

 ビカラはこの隙を逃さないとでもいうようにレウカに抱きついた。


「……怖いのに、頑張れるのかい?」

 鮮やかな勝利でも沈んだままの部屋内にワイヤンの問いだけが響いた。もう外の騒音はあらかた静かになっていて、この不幸な夜は終わろうとしていた。

「頑張れない方がわたしは怖いので……へへへ、こんなわたしなんかでも、絶対怪我とかして欲しくない人、いっぱいいますからね」

 ビカラの飾らない言葉に、ワイヤンは返す言葉をもっていなかった。


「シトロンたちが来たわ」

 いたたまれない空気の中、外を警戒していたハニーベルが声をかけてくる。

「よっ」とシトロンとグロッグとガラクテアが管制室に合流した。

 よく見ると、グロッグが老婆を背負っていた。

「メイシーさん!?」と思わず叫んだメイドたちや執事たちが彼に駆け寄り慎重に老婆を床に下ろしてやった。


「気絶してたから連れてきた」

 あっけらかんと言ったグロッグは、メイドたちの感謝の言葉をさらりと受け止めている。ワイヤンの視線がゆっくりとさっきの執事へと向いて行った。

「…………申し訳ございません坊ちゃま!わたしは!恐ろしくて!逃げるのに必死でぇ!!!」

「あぁそうかよ!!!!」

 こいつら普段からこういうノリなのか、と思ったハニーベルは、確かにレウカの言うとおり放任してもいいのかもしれないと感じた。


「いやぁこんなイケメンさんに助けてもらえるなんて、長生きはするもんですねぇ」

 確執も知らない老婆はニコニコとしながらグロッグをほめたたえている。そんな彼女の横にふらふらと飛んできたガラクテアが、抱えていた大きな金庫を床に下ろした。

「ガラクテア様、その金庫は?」

「この老婆がどうしても安全な場所に運ぶんだと言ってきかないのじゃ。やたらと軽くて不気味じゃぞ。滅茶苦茶頑丈な金庫じゃというのになんじゃこりゃ」


「何重にも封印が施されているわ。ワイヤン様、これが何かご存じで?」

「……パパとママが大切にしているってだけのゴミだよ」

「そっか、ご両親の大切なものが守れてよかったな」

 大人の対応を年下の少女たちにとられ、ワイヤンは穴があったら入りたい気分だった。

「ワイヤン様、どうかあなたが持っていてください」

 だから、メイシーのお願いを突っぱねる気分ではなかった。

「……うん」


「ブーシュカ、残りは?」

「一人……どこにいるかわかりません。向こうも魔術の使い手でございますねぇ」

「どっから声してんの!?」

 元気にツッコミを入れるワイヤンにグロッグは爽やかに笑った。

「大丈夫、この声の主は男は三十代からが良いそうだよ。あとガチムチで暴力的だと屈服させた時の快感エネルギーが凄いんだって」


「知りたくないよそんな情報!!!」

「俺も一方的に教えられて腹が立ったから巻き添えを喰らってほしくって」

「最悪よあんた!!いやこの場合どっちも最悪だからね!?」

 ハニーベルとビカラがきゃんきゃん怒るが、最初に声を荒げておいてワイヤンは影の方をじっと見ている。

「でもこの声セクシーだな、君から直接聞くなら興味あるよ?ねぇ出てきて一緒にお茶しようよ」


「筋金入りだな……。あと一人探しに行くか?」

「マッスルの波動も消えましたからぁ、多分庭とか塀の方も片付いたのでは?」

「じゃあそうしよう、また行ってくるよ」

 シトロンは休もうとしていたガラクテアの首根っこを掴み、部屋を出た。のじゃ~と嘆く彼女の横を通り抜けながらグロッグも手を振り出て行った。


「ガラちゃんは何か感じないか?」

 すっかり静かになった廊下を進みながら質問をすると、天井付近の高い場所を飛んでいたガラクテアは鼻で笑いながら首を振った。

「妾はサーチ能力が元々低かったぞ」

 そんなことせずとも世界に直接介入できる”力”の持ち主じゃったからな、と言おうとする彼女より早く、グロッグは意見を述べた。


「世界に興味ないから?」


 害しよう、蔑もうという気が全くない、何度も見たニュートラルな表情と感情で言い放ったものだから、ガラクテアは怒るでも驚くでも呆れるでもなく単純に感心してしまった。

「……お主もベルと違うホームラン王じゃな」

「なんですかそれ」

 まだこの世界に野球は無いな、と独り言ちて二人の先を飛んで行くしかなかった。



次は明日の20時以降に更新予定

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