灰夜の訪問者・2
塀の上の男たちが自分たちの手足を見て狼狽える。魔法迷彩が解けたのだと瞬時に理解した彼らはそれぞれ武器を構えて飛び降りてくる。彼らは顔全体を覆う頭巾をかぶり、露出した目にはゴーグルを装着している。全身真っ黒で所持品がわからずシルエットから動きも推察しにくい彼らを、コウジロウは奈の国の黒子たちに似ていると感じていた。
それと当時にワイヤンが奇声を挙げながら凄まじいスピードで逃走し、屋敷へと戻っていった。その勢いとゲストを置いて行く潔さに虚を突かれたのか、あからさまに侵入者たちが動揺した。
「助かった!」
色んな意味で、と思いながら先行していた一人をシトロンは蹴りあげた。高所を飛び交う山の民の蹴りだぞ痛かろう、と心の中で話しかけたが、命中した男は折れたあばらを庇い後ろへ下がる。
「向こうも身体強化してる。結構強い術かも」
「それは困ったな」
そう言いながらキノトはワクワクとレイピアを構えているので、コウジロウはワイヤンのことを気にかけながら刀に手をかけてここで戦うことを選んだ。
「女子供ばっかりだ!さっさと片付けるぞ」
一人だけ頭巾に縦の白いラインが入った男が叫ぶ。リーダーにしては迂闊な声出しをしたことから切り込み隊長かも、と推察しつつ、シトロンとコウジロウが心から思ったことはただ一つ。
「おいおいおいこいつよりによってアナトの前で」
「あいつ死ぬわ」
「マッスルストレート!!!!」
音より早い右の拳が空を切り裂き、件の男を一撃でノックアウトしたようで、男は数人巻き込んで壁に叩きつけられ、力無く地面に倒れこみピクリとも動かなくなった。
「アナト、ここ任せていい?」
「お~っほっほっほ!勿論ですわ~!!!」
「一応オレも、ここから屋敷に入らないようにやれるだけのことはやるっす。……応援とか」
「じゃあ僕は君たちの援護を。内部と他の場所はシトロン君に任せよう」
「任された!」
シトロンはその場を三人に任して屋敷に戻る。屋根の上を見るとビカラはとっとと中に戻っていた。
あいつは賢いから大丈夫だな、と独り言ちつつ窓ガラスが割れる音がした方向へ走る。
「やっぱ他にも来てるよな。ワイヤンどこだ!守ってやるから出て来い!」
窓が割れているところから入りつつ、待ち伏せをしていた敵をそれより早く切り伏せる。屋内での鉾槍の戦闘は本来なら不得手なところだが、こういった天井の高い大きなお屋敷というのはむしろ大立ち回りがしやすい。現に向こうは押し入る側ということもあり短めの剣が多く、会敵した瞬間圧倒的に有利であった。
とりあえず倒した敵の膝を折っておき、男の装束を半端に脱がしてから炎魔法で皮膚に焼き付け簡易な拘束を施してその場を後にする。
警戒しながら屋敷を進むと、ワイヤンが廊下に倒れている。その投げ出された足だけが廊下の角から見えていた。罠かもしれないからと焦る気持ちを押し殺して、名前を呼ばずに近づいて様子をうかがう。
すると、なんでか、倒れたワイヤンの背中をハニーベルが踏んでいた。
彼女はシトロンの視線に気がつくと、耳を赤くして慌てて足をどかした。彼女の奥にはレウカと付き添いの兵士が二名いる。
「違うのよ。ボクを守って!って言いながらレウカに抱きつこうとしたからつい。正当防衛よ、ほんとよ?」と言い訳をするハニーベルに緊張が解けて少しホッとする。
「侵入者がいるとは本当ですか?」
レウカが困惑しながら尋ねてきたために、「あぁ、正体は不明だ。どうする?」と返すと彼女は一瞬考えて頷いた。
「まずはこの屋敷の警備兵と合流しましょう。玄関ホールの近くに管制室というものがあると執事長から聞いたの。そこには警備兵が在中しているって」
「なるほどそうしよう。オレとベルで前と後ろにつくから、あんたらはこの男担いでくれ」
兵士たちは「はい!」と返事をしてワイヤンを担ぐ。ベルの先導で玄関まで敵に会うことなく目当ての部屋に到着した。中を窺うまでもなく、扉は開け放たれていて、室内にいる人間は全員倒れている。
「魔力は感じられません、罠などはないかと」
兵士の進言を聞いたレウカは未だ警戒するハニーベルより先に部屋に入って行く。「こら!」と怒りながら続いて入ったハニーベルは、倒れている男たちの顔を見る。
「見覚えがあるわ、確かにここの警備兵よ」
レウカは杖を取り出し回復魔法を施す。ほどなく全員の顔色が少しよくなるが誰も目を覚ましはしなかった。
「毒です!毒を盛られています。このまま治療し続けないと死んでしまうわ……」
毒、というワードでにわかに緊張が走った。
「じゃあレウカはここで回復。あたしはここの警護。それと」
聞き覚えのある細かく擦り足をしているような足音が聞こえてきてハニーベルは言葉を止めた。それからすぐにビカラがおっかなびっくり部屋を覗き、顔を明るくして走ってくる。
「はー!わたしってばほんと頭がいい!みなさんここに来るって思ってましたよー!」
「涙目じゃねーか」とシトロンがからかえば「煩いですよ!」と元気に返してくる。
「ビカラ、大丈夫だった?おいで」
「お姉様~~~~~~」
心細かったのは本当だったのか、ビカラは涙目のままレウカに抱きついた。
「この子とワイヤンも守ってみせるわ。ドアは一つだしなんとかしてみせる」
「わかった、オレは他に危ない目にあってる使用人とかいないか調べつつ倒してくる」
シトロンは再び武器を手に部屋を出ていく。
レウカは少しだけ心細そうにしながらも「気を付けて!」と心配してシトロンを見送った。
部屋から出たシトロンは真っ先に玄関横の窓を開けて上を見た。
「ブーシュカ、出番だ」
囁くような小さな声にもかかわらず、「はいは~い」とすぐに間の抜けた返事とともに褐色のメイドが飛び降りてくる。
「エトロちゃまは?」
「いらん。こういう戦いはあいつ苦手だろ、守る余裕無い」
はっきり言った主君にメイドは嬉しそうにころころと笑う。
「それはそうでございますね~。ではわたくしはお屋敷の偵察に」
ブーシュカは一回だけぴょんと跳ねると着地と同時に彼女自身の影の中に潜った。そして影は地面潜行したまま自由に泳ぎ回る。
庭とは別の方向を見て回ろうとしたシトロンは、逃げ遅れたメイドに斧を持った男が迫るのを見てとりあえず飛び蹴りをかます。すると影の中から追撃で投げナイフが何本も飛んできて、よろめいた男の胸や腕の関節に鋭く突き刺さった。
「どうして調査隊に魔術師がいるんだ!」
混乱して男が叫ぶ。
「……どうして魔術師ってわかるんだ?」
男はしまった、とゴーグルの中で目を見開く。そこを見逃すシトロンではない。槍の柄で肘窩に刺さったナイフを深く突き刺さるようにピンポイントで打ち込むと、男は壁に磔になったように身動きが取れなくなる。
次は自由な足だな、と鉾槍で薙ぐように肘を側面からスイングして足を砕き、支えにならない足と壁から離せない腕で垂れ下がるような重い身体を支えるようにさせる。
そこで助けたメイドが慌てて縄をもってくる。荷物を縛る用のヒモらしく頑丈そうなものだった。
「気が利くな、どうも」
メイドは「い、いえ」と目にハートマークを浮かべ、ポッと頬を赤くしていた。ナイフを肘窩から抜いてやり、地面に倒れたところを手際よく縛り上げる。
「ブーシュカ」
「はぁ~い」と返事だけがシトロンの足元の影から聞こえ、そこに縛られた男が引きずり込まれていく。それを見てメイドはトキメキから覚めたようにぎょっとする。
「誰かに会ったら管制室に集まるように言ってくれ。そこは安全だ」
「は、はい!」とメイドは足早に走って逃げて行った。
確かここを道なりに行けばワイヤンの両親、デン夫妻の部屋だった。シトロンは夕食時に聞き流していたワイヤンの話を思い出しながら廊下を進む。屋敷中ところどころで破壊音や小さな悲鳴が聞こえて否が応でも緊張感が高まった。
だが不意に聞こえる「マッスルサーペント!」という声で平常心を取り戻すと同時に、一体どんな技を繰り出したのかが気になって気が散った。
そうこうしていると一層豪華な作りの廊下に出た。その中心にはこれまた美しい大扉があり、その前でたむろする黒服の集団を発見する。大扉には立派な魔方陣が描かれており、これを開錠するための陽動と時間稼ぎとして屋敷内で暴れているのだろう。シトロンは廊下の造りを見て奇襲は難しいと判断して、どうするものかと悩んでいた。
「一人で突っ込むのは得策とは言えんぞ」
頭上から声がする。そこにはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべるガラクテアがいた。芋料理を大層気に入り広間に居座りおかわりを要求していた彼女だったが、ピンチに駆けつけてくれたのだろう。ガラクテアが来て何か変わるわけではないが、一人じゃないというだけでブレーンストーミングは捗る。
「きたかガラちゃん、なんか作戦とかある?」
「んなもんない。妾はいつだって力だけでなんとかできた側の存在じゃからの……」
「あっそ、じゃあ」
手こずっているようだし応援を呼ぶのも手か、と言おうとして、続きは言えなかった。
廊下の反対側から、てくてくとグロッグが歩いてきている。
勿論それは男たちにも見えているために、敵全員が即座に武器を構えた。
「そこはこの屋敷の主人の部屋だ。立ち入るのはやめよう」
……何故か全員微動だにしないでいた。構えただけの武器は一切ふらつくことが無く、そこで異常に気がついて目を凝らした。そうしてよくよく彼らを見ると、全員凍っている。全身を薄い氷が包んでいるのだ。
それでいて一切の冷気はシトロンたちの方向には流れてきていない。魔法を使う予備動作の一切もなかった。
グロッグは悠々と彼らに近づき、凍った敵の剣をつん、とつついた。すると、いともたやすく剣は折れてしまった。分厚い刃がまるでカサカサの葉っぱのようにきゃしゃっと折れたのだ。
「低温脆性って知っているかな。物質は凍ると固くなると思われがちだけれど、金属はある温度以下で急激に脆くなる現象なんだ。でもこれは魔法だから……人にも低温脆性が適用されるようになる」
彼はそう言ってすぐに、ごくごく普通に、剣を折られた男の手首から先をぽきっと折った。
血は流れていない。グロッグは切り離された男の手を見せつけるように、手を振った。
男が氷の中で目を見開いたり叫んだりしているようだが、シトロンには何も聞こえなかった。悲鳴も聞こえない、音すら停止した世界に彼らは隔離されてしまったようだった。
「綺麗な断面だと一応くっつくから安心して」
今度はその手をくっつけた。グロッグが手を離しても男の手は落ちたりはしていない。
「さて、動きたいならどうぞ」
誰も動かなかった。あんな衝撃で簡単に壊れてしまうことを知って、身動きがとれるはずがないのだ。静寂がこの場を支配している。もうここからはアナトの軽快な技名は聞こえなかった。
「今君たちが一番恐れているのは俺が殴り掛かることかもしれないけど、いちいちそんなことはしない。俺は君たちに仲間が助けにきたらいいなと思っている。
きっとこの氷が薄いことに気がついてどうにかして割って助けようとするだろうから」
グロッグの表情は見えない。でも満面の笑みでもなければ、蔑むようなものでも、攻撃的なものでもないことはわかった。普通なのだ。ニュートラルな表情で淡々とこういったことをやり、そういったことを言っている。
最後に彼が大扉に優しく触れると、一面の壁ごと一気に分厚い氷で覆われてしまった。魔方陣にアクセスすること自体を困難にしたのだ。
「これでこの部屋には誰も入れなくなった。窓は先に封じてきたから安心してくれ」
グロッグは男たちを通り越してこちらに歩み寄る。
「オレたちがいるってわかってたのかよ」
どこかばつが悪そうにシトロンは苦笑いした。助力せずに見ていただけの形になってしまったと恥ずかしい気持ちがあったのだ。グロッグは気にしていないし、実際何ができたかというと特に何もないだろうが、それでも彼女はそういうことだけは少し気にする性質だった。
「お主、その力」
「契約竜の力ですが、彼女に何か言いたいことはありますか?」
ガラクテアは険しい顔でグロッグ……ではなく、彼の背後を見ていた。シトロンには何も見えないし感じない。しかしグロッグ自身もそちらに、明確に誰かを見ている。
「というか、アレと話せますか?アレとは話したくもないですが、一応確認しないと」
「嫌ってるのか?」
「憎んでもいる。この話はまた今度、こいつらの正体だけど」
その時、確かに彼の背後に何かがちらついた。それにピントを合わせようとしたシトロンの目の前に、グロッグは慌てて手を振って意識を自分に向けた。
「目が腐るよ」
彼の表情に明確な怒りを感じて、シトロンは初めて彼の真実の姿がわかった気がした。とはいえ、それはまた今度と言われてしまった。深入りするのはやめようと考え何も聞かないことにする。
「こいつら帝国軍人でございますね~」
影の中からブーシュカが出てくる。続けて先ほど飲み込んだ男を引きずり出すが、何故か男は下着一枚で全身を縛られている。そういう縄の巻き方をされていた。
「何をしたんだ何を」
「ナニをいたしました!尋問にはこれが一番!なかなかにいい男でしたよ」
「これがローマンデルジェイ流か」
「断じて違う!」
次は明日の20時以降に更新予定




