灰夜の訪問者・1
シトロンをはじめとしたローマンデルジェイ組は、四号車の猫空間に一旦集まりそれぞれの報告会をしていた。
「オレらは今晩はワイヤン・デンという大貴族の家に泊まりながら事情聴取。そいつの調査結果を待ち次第ケーズバイケースで動くってさ。今のところモローという貴族が一番怪しい」
あの後女性陣に囲まれたワイヤンは度々帝国の人間が王に謁見をしていた、とゲロった。ただそれ以上は知らないようで、ただ会合をしていただけとも言える。しかしこの騒動を思うと警戒するに越したことは無い。
「あたしは遠征軍の拠点で学生らとお泊りよ。あんまり好みの男がいないから大人しく寝るだけにしておくわ。それで教授やレウカ様ともお話ししたんだけど、あたしらは明日首都じゃなくて荒野を越えてガレッドル近くの平野部まで退避することになったの」
「そりゃあいい」
「そう?ごめんなさいね一人で逃げて。いやあんたたちの誰かが一人で逃げるって言ったらあたしも連れて行きなさいよ!って切れるけどあんたたちはどうなの」
「逃げるだなんて。学生たちを守る立派な仕事じゃないか」
呆れるエトロにセドラは意地悪く笑った。
「代わる?」
「俺じゃあ六人も守り切れないよ……」
「そこじゃないけど」
「それはそうでございますね~」
セドラとブーシュカのほぼ同時の肯定に、ほんの少し悔しそうにしんがらもエトロはそれ以上何も言わなかった。
「ロッコの方は?」
「とっても疲れてる」
唯一の成人で正式なローマデルジェイ騎士であるロッコは、ドミクに『高所での作業が得意だな!?』と連れていかれてしまっていた。それ以上のことは知らないシトロンがエトロに聞く前に、彼は説明をしてくれる。
「騎士ドミクの下で延々魔方陣描いてたんだって。海竜が暴れてる時も高波を受けながら黙々と作業をしていたそうだよ。これから明日の昼ギリギリまでずっと続きをやるんだって、今は休ませてあげてほしい」
「お疲れ!」
「ドンマイ!」
エトロの心優しい言葉など気にせず、女二人は兄貴分の背中にバシッと労いの一打をいれている。
「マッサージいたしますれば~」
「いい、君はちょっと自分に対して雑だからいたたたたた話聞いてた!?」
喚くロッコの肩を力強く掴みながらブーシュカはニコニコと笑っている。
「聞いた上でございます」
「これだけ楽しそうにしてたらラティーが拗ねるな」
「一応ピンチなんだけどね」
「なんか落ち着いてないか君たち~。自分はずっと帰りたくて仕方がないんだけど~」
「危機感が足りないのはオレの悪い癖だからな。いや、ほんとはこのヤバさを直視したくないのかも。エトロ頼んだ」
「なんでもかんでも俺に放り投げるな」
そこにお茶とお菓子を持ったばあやがやってくる。
「みんないつまで無駄話を?お茶とお菓子があるのに」
「話し合い終了~」というシトロンの号令を貰い、エトロ以外はそそくさとお菓子に手を伸ばした。
「危機感が足りないって話をしていたんだろうが!」
叱りつつも休憩は大事だとわかっているエトロも含めて、五人はのんびりとティータイムを楽しみむ。
「じゃあ明日もバラバラか。みんないざとなったら仕事放り出して逃げろよ」
「兵士にそんなこと言うな」
再び幼馴染に叱られてもシトロンは意見を変えはしなかった。
「兵士だとしてもぶっちゃけお前ら若者ってか子供じゃん。オレもだけど。じゃあ別に逃げていいだろ」
「平野もヤバいことになったら当然もっと逃げるわよ。最低限学生たちだけ連れて行きたいけど、それすらあれだったら一人で逃げちゃう。でも恥じる気持ちはあるからあんたんたちのとこに戻らないでよそ行って隠れ住むわ……」
「気持ちはわからんでもないけど無事だっていう手紙くらいはいつかちょうだいね……」とエトロは遠い目をしている。
「シトロン、どうしてあんたも避難しないの?この国にそこまでする義理とか旨みとか無いでしょ。あんた王族なんだからもっと慎重になるべきだし、必要なことだけしてた方がいいと思う」
セドラはもう幼馴染たちが全員この国を引き上げるべきだと考えていた。実際に呼ばれたのはカレンシア調査隊でありそこに所属しているシトロンや仕えている自分たちではない。最低限レウカさえいればいいと思っているし、レウカだけならドラゴンたちによってどうとでもなると考えていた。
「お前はこの国のため何かするのが無駄だと?」
しかしいつもなら面倒くさがるこの主君が、自分から首を突っ込んだまま帰ろうとしない。
「あんたが何かすることで確実に救われるのであれば止めないけど、そうじゃないし。この国は綺麗よ。生きる人々も美しい。カジミールとか独身なら絶対狙ってた」
「好みだと思った」
「わたくしもかなりありだと思いますです!」
「でもそれだけよ」
「それだけあれば十分だろ」
シトロンは事もなげに答えた。だから余計セドラは寂しくなった。
子供の頃は自分の方が足が速かったのに、いつの間にか置いて行かれている。
「……やだ、ほんと大人になっちゃったあんた」
自分だけ子供のままスタート地点にいると思うと、とても心細くなってしまった・
彼女の心の痛みがわかっていないシトロンはいつものように「崇めろよ」と軽口を叩いている。
そんな時、ビカラの声が聞こえてきた。遠慮がちに自分を呼ぶその声に応えるため、シトロンは立ち上がり最後にばあやの紅茶を一気飲みした。
「じゃあオレ行くから。ロッコ辺りは次会う時カレンシアかもしれないな。死ぬなよ」
「行ってらっしゃいマイロード」
「気持ち悪い」
「酷い……」
最後に激戦地送りのロッコと言い合いをしたから、さっさとシトロンは行ってしまった。
「慌ただしいでございますねぇ」
「やっとあの方もそれらしくなったんだよ」
ばあやは嬉しそうに微笑むがセドラは面白くなさそうに、空になったカップを眺めている。
「あたしは絶対頑張ったり踏ん張ったりしないから」
苦々しい顔のセドラを元気づけたいが、エトロには上手い言葉が見つからないでいた。一方、あんまりそういうことを考えていなかったロッコは簡単に口を開いた。
「フラグ?」
「ブーシュカ、ロッコの肩外して」とセドラは小銭をブーシュカに渡した。
「わかりましたでございま~す」
「やめてやめて~!!!」
猫空間から出たシトロンは、ワイヤンに準備してもらった部屋の前で不安そうに待っているビカラの元へ行く。夕飯後全員が一時自由時間にしようと決めた時間を、彼女はどう過ごすことに決めたのだろうか。
「何の用だ?」
「え~とぉ、あのぉ、晩御飯ちょっと早かったじゃないですかぁ」
「腹減ったのか?」
「違いますよぉ!やたらお芋が多くてむしろお腹膨れましたよ!!!!」
「まぁマジで魚もちょっと毒で汚染されてたからな」
魚を食べた学生三人の体調を調べたところ、川と同じ毒が微量に検出された。健康被害はなかったが、全住民に海で採れた食物を口に含むなとお達しが出た。
「輸入品だけで結構な人数への御馳走作れるとか、やっぱ大貴族の家のシェフってすごいんですねぇ……じゃなくて。屋根に登っていいって許可をもらいました」
「ははぁーん、警備役が欲しいと」
「まぁそういうことです!わたし一人じゃ危ないですからね!」
「付き添ってやるよ。ここちょっと高台だし、港と街が一望できるからな」
メイドの案内で屋根に上がる通路へ連れて行ってもらった二人は、彼女に礼を言い梯子をあがっていき、屋根の上に出た。
「お掃除用らしいんですけどね。あと雪が積もるので、雪下ろしにも使うらしいですよ」
「でもオレでいいのか?」
ブルトーヌは夜が来るのが早いが、白夜のワジェンデイクに近いことから夜でも明るくわりと遠くまで肉眼で見ることができた。
「レウカお姉様はお忙しいから付き合わせるのはちょっと……ほら、街が見えますよ!」
ビカラが指す道を見るとぞろぞろと民間人が坂道を上がっている。一つまた一つ家から明かりが消え、そこから人が出ていき団体に合流していく。老人や子供もいるからか歩みはゆっくりだった。
「……なんか心配で。みなさんちゃんと避難できるのかなって」
「じっくり見とけ。なんの滞りもないってわかったらぐっすり眠れるよ」
「別にそこまで繊細な生き物じゃないんですけどぉ?」
視線を下に落とすと庭の片隅にはキノトとアナトとコウジロウがおり、三人に花を紹介するワイヤンもいる、だがよくよく耳を澄ませると三人で調査の進捗や使用人たちの避難状況を聞いている。頑なに日常を送ろうとしているワイヤンだったが、仕舞いにはアナトに首根っこを掴まれて持ち上げられて『あぁぁぁ』と叫んでいた。
「ソラール様が一撃で倒して終わりだと思ってました」
ビカラがポツリと呟いた。
「……今この国でそれをしたらダメなのかもってようやくわかった」
「デュノール王、絶対怒りますね。なんかしてくるかもだし、大貴族も国民もただカレンシアに怯えて従属するだけになるかもです」
「ベルさんが言ってましたけど、ブルトーヌはブルトーヌのままいてくれた方がカレンシアのためになるって。でもあの人素直じゃないだけで、それだけじゃないっぽいですね」
「単純に心配なんだよ。みんな自分の力で生きてる方がいいだろ。それに帝国と同じことをしたくないしさせたくないのもあるんじゃないのか」
ハニーベルという女は強度が高いせいで、柔らかい部分まで鈍器のようにしか使えないのだ。
「つまり父親と息子が滅茶苦茶有能で人徳もあるせいで元々国王は鬱屈してた。その上でボケてブレーキをなくしてるかもしれない」
「王様とか大貴族の夢見る強いブルトーヌって、カジミールさんが王様になること前提じゃないですか?宝剣を受け継ぎし決断力のある強いリーダー気質の王子様ですよ」
「それ絶対誰も言わないようにしてたやつ」
「でもジアンカ様をお嫁さんにしても王様が強くなるわけじゃないのに」
「でもでも、もう人徳と実績と実力のある息子を追い出せる上に自分に似た子供が生まれるかもって思ったらやる価値はあるのかもな」
行列を見ながら淡々と話していたビカラは、そこで少し話を止めてため息をついた。
「わかんないですねぇ」
「わかるはずないだろ。オレほんとそういうの」
そこでシトロンはふとセドラの言葉を思い出した。
「わかんなくて、よく怒られてる。弱者の気持ちがわからないって」
「……シトロンさんって卑劣でいい加減な刹那主義者ですけど、その辺真っ当ですよね。ご家族の御教育の賜物ですね!」
「喧嘩売ってんのか?ただ単に、自分の中で完結しない感情に溺れるべきじゃないって思ってるだけだ。それが嫉妬でも期待でも憎悪でも愛情でも」
「フアノアは平和でした。でもそれは、周りに他の国が無いからかもしれませんし、悪いドラゴンがいないからかもしれません」
「運が良いことと、それでも平和を維持することは違う。フアノアでは結局人間同士が争ってないから平和なんだよ。それはそれで努力の賜物だ」
「そう言ってもらえると嬉しいですねぇ。ま、子供のわたしはなんにもしてないですが!」
「子供はなんにもしなくていいよ」
「ご自分だってまだ成人してないでしょう!?年上から目線ですかぁ!?」
「初めて聞いたわそんな造語」
上を見るとバリアが広がっている。これもセーレとドミクの命令でロッコたちが準備していたものの一つだ。
「シェルターは流石に魔力転換とかしてないと信じるしかないですよね。……あれ?」
「どうした?」
「何かいません?」
ビカラが指したのは屋敷を取り囲む塀の上だった。屋根からは十メートルほど離れているがはっきりと何もいないことが見える。
「何もいないけど?」とシトロンが首を振ると「ワンコロー連れてこれればよかったのに」とビカラはふてくされた。
「下手にドラゴン何匹も連れ込めないし。……やっぱりなんにも見えないぞ」
「おかしいですね~う~ん……気のせいでしょうか」
「あの塀の辺りだよな?」
「はい。なんですか立ち上がって」
「あの距離なら飛べる」
即座に鉾槍を持ってジャンプして例の場所の真上に来ると、景色にラグができている。何かが魔法で姿を見せないように隠しているようだった。
「……おらぁ!」
そのまま長く尖った穂先から勢いよく落下すると手ごたえがあったので、そのまま突き刺して庭に落下する。シトロンの足は見えない何かの上に着地したが、足を滑らせずにきちんと踏みつけた。
「うわぁぁぁ!何やってんだいキミ!?」
ワイヤンが慌てて駆け寄ってきたため、そちらはスルーして彼の後ろのキノトに声をかける。
「キノト、これ、見えるようにしてくれ」
槍で刺したままの”それ”がもぞもぞと動いている感覚がある。
「任せたまえ!」
レイピアを顔の前に掲げ、彼女は目を閉じた。足元に光る魔方陣が出現すると、その輪が屋敷中に広がった。
するとシトロンの下に、真っ黒な衣装をまとった男が倒れている。丁度彼女の槍が肩を貫通し、地面が赤く染まっていた。
「みなさん!他にもいます!!!」
ビカラの声に塀の上に目を向ける。するとキノトの魔法のおかげで魔法迷彩が溶けた刺客たちが十数人、夕闇の中で屋敷を取り囲むように佇んでいたのだった。
次は明日の20時以降に更新予定ですが、停電があるかもしれないので明後日かもしれません




