反撃の拳・後
嬉しそうに叫んだ兵士は「あ!」と照れながら息を整え、きりっとした顔で誰かを招き入れる。そこにはレウカたちがいた。
シトロンは思わず扉まで駆け寄ると、顔をぱぁっと明るくしたレウカがシトロンの手を取った。
「みんなも無事ね?本当によかったわ……」
再会を喜ぶところに水を差すようにガラクテアが「後にせい」と口を挟む。カジミールは多少申し訳なさそうに声をかけた。
「初めまして姫様、しかし挨拶は後でよろしいでしょうか。今は先に報告を聞きたいのです」
「当然です、構いません」
レウカは脇に退き、ハニーベルやビカラがひらひらと手を振って元気だとアピールする。一番後ろのグロッグは当然のようにぴんぴんしている。
四人を連れてきた兵士はテンション高く報告を続ける。
「実はレウカ様とグロウグスヴィル様が協力してくださったんですよ隊長!」
何故かハニーベルとビカラは眉をひそめているし、レウカは苦笑いを浮かべている。
「どうした二人とも渋い顔して」
「首都に上がる時の封鎖している道路があっただろ?あれ、壊した」
グロッグの簡潔な説明に、完全に理解したわ、とシトロンは思考を放棄した。
「……いや、その、一応計画のうちには最終手段として覚悟はしていたが、その、王子……貴殿が、その?あの……その」
カジミールの語彙力が減っていくが、グロッグはそういったところに配慮はしない。
「壊した」
にこっと笑いながら彼は念を押した。
「避難のため封鎖を解くってのは協力すべきと思ったのよ。まさか城に落ちたのと同じ氷の槍を降らせるとは思わなかったんだけど」
「今ちょうどその行動の重みをブルトーヌ側に立って感じていたんだがね」
キノトは呆れながら直接的な行動を即決したことを窘めていた。
レウカは「カジミール隊長」と声をかけた。
「提案があります。明日の朝までに灰洞港の民間人を国籍や人種のくくりなく、全員首都まで避難させるのがプランDだとお伺いしました。それならば調査隊ならびにカレンシアはお力添えしたいと思います。具体的には、避難準備と街や人の警護に遠征隊をお貸しいたします」
渡りに船の提案にもカジミールはしかめっ面のままだった。
「……しかし、こちらから返せるものは何もありません」
「ではこうお考え下さい。家族のいる国を守りたいと、幼い姫がワガママで人を動かしている」
言葉に詰まった彼に、エドミーは心をほぐすよう語りかける。
「隊長。いえ、カジミール。後から何を要求されたとしても、今は手を借りましょう。死んでしまったら、滅んでしまったら元も子もないわ」
「ちなみに俺はワジェンデイクの王子じゃなくて、カレンシアの客卿グロッグ青年。実は俺都合よくいきなり見えなくなったり聞こえなくなったりする」
「宗主国の王子のすることですか」
カジミールの苦言に、グロッグはため息を返した。そして突き放すように笑った。
「もう宗主国じゃないんだよ俺たちは……この国はいつまで支配されたがっているんだか。そんなに自分たちだけで戦って生きていくことが怖いのか」
レウカはその言葉でクラーラナの言い分を思い出していた。支配、自由、戦い、人とドラゴン。この国がどういった結論を出すのかがとても気になっていた。自分の答えもこの戦いの中で見つけられそうな気がしていたからだった。
大きく息をついてからカジミールは「レウカ様」と異国の姫をしっかりと見つめた。
「その申し出、ありがたくお受けします。どうか我々に力を貸していただきたい」
レウカはとびきりの笑顔で「はい!」と答えた。
「じゃあ方針は決まったね。今海岸線の防衛準備の陣頭指揮をとっているドミクを呼び戻して人員の配置を決めよう。それと」
「待て、騎士ドミクが最初の挨拶以降見かけなかったのは」
「海岸線に防衛線を張っていたので……」
話はまとまったなよし!という勢いの賢者に思わずみんなが脱力する。
「毒の調査と集落の調査と避難のサポートに、海竜の他にも暴徒や火事場泥棒がいないよう見回り強化が私たちの仕事だろう。で、調査隊の王族方には再び大貴族から情報を聞き出してほしい」
「これ以上何を」
「約束をしていた貴族の男、を貴族の中から探して欲しいんだ」
「あぁそういうこと。海竜と独自に交渉できるような男……隊長、心当たりは?」
「無い」と即座に否定された。
「ペンゼとか」
「あれにそんな度胸も頭も無い、ペートロもだ。他に出会った貴族の男はいるか?」
「モローとワイヤン」
「ワイヤンは違うだろう。あれはそんなことはしない。自分と家族と女さえ無事ならいいという消極的な男だ。自分から何かをするとしたら女を口説くことだけだ」
呆れたようなカジミールにエドミーは少し微笑んだ。
「一応あなたが王子の座を捨てる時は泣いてすがったそうじゃない」
「子供の時のあいつはもう少し世界というものに情熱を持っていた。それだけだ」
「あぁ王子様だから大体の貴族は顔馴染みなのか……」
「モローはどう?」とハニーベルが言うと、カジミールは腕を組んで唸った。
「するかしないかで言ったらする。が、今回はどうだろう。あいつの願いはいつだって大貴族になり王に認められることだ。プライドが高い自己顕示欲の塊だからな」
「海竜と一緒か。気があるかもだしあり得るか?」
「何を言っとるか。あれは同族嫌悪が激しいタイプじゃろう」
「今回の事件はあいつが扱うにはスケールが大きすぎる。凡才よりかは優秀だが、それだけの男だった。いつだって身の丈に合わない理想に苦しむ老人だった。あの男は祖父の代から冷遇されていた。王とは単純にウマが合わないようだが、祖父があれを忌み嫌っていた理由は教えてもらえなかったな……」
「あの、そのワイヤンという方なんですが」
レウカが困惑しながら手を挙げると、彼女たちを連れてきた兵士が気を聞かせて扉を開けた。
「一緒に来てまして」
その先で女性兵士を口説いているワイヤンがいた。カジミールが床をダン!と踏むと、彼は「ひぇぇぇ!」と叫んで部屋に入ってきた。白い肌が青くなり目が泳いでいる。
「なんだよカジミール様!ボクはもうあんたの命令なんて聞かないんだからな!」
「様付けしてるのに」
「何を仰るワイヤン様。俺はただの兵士ですよ。貴方様にご命令など」
「うおヴぉぇぇぇぇぇ」
「吐いた!!!!」
エドミーは蹲るワイヤンの背をさすってやっていた。
「ワイヤン君はちょっと繊細で複雑で面倒な子なの、小さい頃から知ってるわ。いい子よ」
「エドミーお姉ちゃん……ボク、レウカ姫様と~ハニーベルちゃんと~ビカラちゃんとご一緒に馬車に乗っちゃった!」
すぐに元気になり女の話をする彼に、全員が「こういうやつなんだな」と理解した。
「ワイヤン様、しがない一兵士からのお願いを聞いていただきたいのですが」
「もうやめてー!なんでも言うこと聞くからやめてー!」
「ではモローのここ十五年の動向をまとめて調査隊に渡してくれ。あなたは家の者に命令するだけでいい」
ずっと喚いていたワイヤンがいきなり静かになった。彼は唇を噛みしめ、地面に目を落とした。
「……今更何をしようって言うんだよ。海竜がさっきみたいにぶちぎれたら、もうボクたちじゃあ勝てっこない!それなら女の子たちと美味しいもの食べて綺麗なもの見て楽しくおしゃべりして最期の時を迎えるほうがよっぽど建設的じゃないか。
この子らだってボクより年下ばっかりだろ?さっさとこんな行き止まりの国から帰らせた方が百倍いいよ!何やったって無駄だよ!先王様が死んでから、この国にいいことなんて一つも無かった!」
「言い過ぎですよ」
カジミールが感情を乗せない声で咎めた。それが気に入らないのか、ワイヤンは更に声を荒げる。
「あんただって戦わなかった!パパもママもあんたのためなら他の大貴族と対立したって構わないって言ったのに!あんたはこれ以上国民を苦しめることないとかで簡単に継承権を放棄した!あの時あんたが、国が真っ二つになっても戦ってくれていたら!こんなことになってなかった!」
「でも結局この国は真っ二つになった!趣味の悪い首都に、外貨を稼いでいるにもかかわらず顧みられることのない灰洞港!貴族と平民!国民と移民!一度も足を踏み入れたことのない豊穣なる南平原への回帰を夢見て、帝国なんかと手を組んで!あんたさえ王城にいてくれたら王だってあんな」
「帝国?」
黙って聞いていたカジミールが低く聞き返すと、ワイヤンは失言に気がついたのか一気にクールダウンした。
「ボクナンニモシラナイヨ」
だらだらと冷や汗を流す彼を正座させ調査隊で取り囲み、各々で圧をかけることにした。
「いい眺めだろ?秘密とか全部話したくなるんじゃないか?」
「おしゃべりが好きって言ってたわね。聞きたいわ~あんたの話……」
「秘密を共有して仲がよくなるとはよく言いますわよね?わたくしもそう思いますわ」
「ま、時間の問題さ。僕の前で口を閉ざすことなどできない。賛美の言葉が溢れるだろうからね」
「うわ~すごい幸せ~なのにどうしてだろ、震えが止まんないや。助けてメランサ」
丁度入ってきた女性兵士が冷たい目線を送る。
「知らないわよ。一度くらい灸を据えられまくって大火傷したら?ふんっ!隊長、住民への勧告は粗方終了ました。荷物をまとめられた者から首都へ出発してもらっています。街道警備も配置完了です。あとドミク様が戻られました」
「わかった、俺が行く。……ここは任せるぞ」
エドミーと目で会話してカジミールはさっさと出て行ってしまった。彼の背を恨めし気に見送ってからワイヤンは口を開く。
「エドミーお姉ちゃん、なんで頑張っちゃってんだよカジミール様。そんな人じゃなかったろ」
「そう?」
「……そりゃあ、ずっと先頭にいたよ。戦場でもどこでも、ブルトーヌ人ならみんな知ってる。じゃあどうして八年前は」
「あいつはずっと戦ってたと思うぞ」とシトロンは思ったことを言った。
「君に何がわかるんだ」
「戦わないという選択をすることだって立派な戦いだ。我慢すること、剣を納めること、声を荒げないこと、殴られても微動だにしないこと、流されるなら簡単だけど自分で選ぶとどうにも骨が折れる。実際折れても貫かなきゃいけない。そういう戦いを選べて成し遂げる男だから兵士はずっとあいつについてきているし、あんたも未だに様付けしてみっともなく昔のワガママを振りかざせているんじゃないのか?」
「そうですわね、許してくれる人だから言えるのでしょう」
ワイヤンは心当たりしかないのか、甘んじて静かに聞いていた。
地べたに座ったままの彼を、ハニーベルは厳しい目で見ている。いつもの悪癖がその口から飛び出るかもしれない、とシトロンは考え付いてはいたが、ちょっと聞きたい気持ちもあって彼女が口を開くのを止めはしなかった。
「クラーラナがご高説を垂れていたわ。『今のこの世界はドラゴンと、ドラゴンをどうにかできる大国の精神的支配を受けた不自由な世界である。自分達は自由をかけて戦うこともできないのに戦わなければならない。だったら、わたくしたちは学び、選び、考えると言う戦いをするしかない』と」
シトロンのクラーラナへの好感度が少し上がったがハニーベルの顔の険しさから見て、あまり良い時間を過ごしたわけではないとわかった。
「カジミール隊長はとっくに選んで、その道で戦い続けているように見えるわ。その選択についていけないで振り落とされた者がいたとしても彼の問題ではないの。
大事なのはそこであなたが何を考えて、何を選んだか、だから。あなたは愚痴愚痴言ってギャン泣きして、その場で駄々をこねることを自分で決めただけじゃない?」
場を静寂が支配した。
「……こえー女!」
とシトロンが叫ぶまでみんなが何を言えばいいのか言葉を探していた。
「ストレート過ぎやしません?」
何故かダメージを受けているコウジロウに「なによ!」とハニーベルが逆切れしていると、ワイヤンはのっそりと立ち上がった。その顔には怒りなどはなかった。
「…………家の者に調べさせるだけだからな。ボクはなんにもしないからな」
ぼそっと呟いた彼にレウカは一歩歩み寄った。
「それでも構いません。あなたが選んだのであれば、あなたにとって正しいのだと思います。我々はこの国で生きているわけではないから、どうしても刹那的な感情を選べてしまうだけなのです。
ご協力ありがとうございます、本当に助かります」
ワイヤンはどこか気恥ずかしそうな表情でもごもごと口を動かしている。
「でも食事くらいはしてよ……夕飯とかどう?ボクの家は灰洞港にあるし、今なら男の子たちも来ていいから。門をくぐっていいから……」
「あ、むしろオレたち行っちゃ駄目だったんだ……」
「いざとなったら俺たちで家の前にテントを広げて威嚇しよう」
「いやここはちゃんと招待されたいっすね」
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