反撃の拳・中
「海竜の約束相手は貴族の男。明日の正午までに犯人を連れてくること。そして恐らく毒の件の犯人じゃろう」
対策室本部に戻り二チームの情報をすり合わせた後、ガラクテアはそう結論を出した。
「海竜リブヤタンは海洋汚染の浄化が主な役割じゃ、毒が垂れ流しになっとったらそりゃ切れる。犯人を連れて来いというのは相当な恩情じゃぞ。妾が作ったころのあやつならすでにこの国は沈んでおる」
「なくはないな、その線で進めるか」
「失礼なことを聞くけど、戦争で毒を使ったかい?」
尋ねられたカジミールは更に眉間に皺を寄せる。
「バカを言うな。そんなもの使っても使われてもいない、何故聞いた」
「戦場になり廃棄された集落があるんだろう?調査の結果、そちら側、川の対岸の土壌から染み出しているようだったからね。あとトートの腕に火傷のような痕があった。彼は職人として前線に配属されていたはず。国境に近い集落での戦いでその怪我を負ったとしたらと思ってね」
コウジロウは首をかしげて「え?」と唸った。
「あの、上流から流れてきたって」
「あれは嘘だ。人気の無い川近くなら声が遠くまで聞こえてしまうから、万一を考えてね。近くにまだ使われている倉庫もあったし」
「なるほど……オレも気を付けます……」
「……土壌は調べてやる」
「お、信じてくれたのかい?」
「戦場でトートを見た覚えが無いからだ」
カジミールは膨大な記憶の中を一つ一つ確認するように目線を上にやっている。
「俺は当時夜になり一旦戦いが収まると、一人一人の顔を見た。どこで誰が脱落したのか覚えていれば、戦争が終わった後遺族に遺体を届けられる、何か話してやれると思って生きていても死んでいても全員覚えた。どちらの戦争でも一度もあいつの顔を見なかったから集落近郊に配属された可能性は高い。生き残ったのも、俺がいて本陣があった平野部にいなかったから、とも考えられる」
「気は進まないが本人に聞くか」
「それって火傷の痕が毒によるものと仮定しているのですよね?」
アナトが挙手して質問すると、キノトは「まぁね」と頷く。
「誰も毒や川の水自体には触っていないよ、何故なら……」
と途中で何かに気がついたように言葉を止めた。
「トートが止めたんすよ。オレの手を慌てて掴んで」
代わりにコウジロウが続きを言った。二人はその時の彼の様子を思い返した。
「……今思えば、あの川に毒が流れていることを知っていたんじゃないか?」
「魚も食べてなかったし考えられるっすね」
「僕たちと行動した学生三人を調べてくれ。彼らは軽食の時に魚を食べている」
兵士の二人が「はい」と返事して即座に確認しに部屋を出ていく。
「そうだ。二年前ある新聞社がブルトーヌの戦争責任について記事を出したんだろ?その時にパンフェルはトートが兵士に脅されていたって言ってたぞ」
「なんだそれは」
「記事に書いてあったことじゃないのか?」
確かにシトロンたちは彼女からそう聞いている。ミネオラやセドラも聞いているだろうから聞き間違いではないと断言できるが、カジミールは訝し気に顎をさすった。
「記事の内容も一言一句覚えている。集落やそこでの戦闘、ましてや毒については一切書かれていなかったし、トートや彼以外の生き残りにも口止めがあったなどなかったし、そんな資料もなかった」
「そんなに覚えてるからずっと疲れた顔してんだな」
「ではきっとパンフェルはトートから聞いたんだ。それか偶然見ちゃったのかだね」
「どちらにも話が聞きたいな」
「まだ対策室本部内にいると思う。一旦学生たちと一緒に避難してもらったんだ。ミネオラ君やセドラ君たちも一緒のはずだよ」
しばし後、部屋をノックする音の次に兵士たちに連れられたパンフェルが入ってくる。
「みんないるー!超怖かったよー!でも王子様……じゃなかった、カジミール隊長がズバッとやってバババッバーン!ってかっこよかったー!パパもむせび泣いてたよマジで」
「パンフェル君も元気で良かったよ。ご家族も無事だったようで何より」
「今避難のために港が解放されてるでしょ?パパは船の引き上げに行ったの」
「避難?どこに」
「首都への避難計画を準備していた。もうすぐ結果が出る」
シトロンは彼らが話していたプランDのことかと見当をつけた。
「今交渉の最中ってことか……そっちはあんたの仕事だな。トートは?」
パンフェルはその質問にわけがわからない、というような顔になる。
「兵士さんに連れられてどっか行ったよ?」
「え?」
「おい、そんな指示はしてないぞ」
「そうなの?あぁそういえば、首都の方の制服だったかも?」
嫌な予感がする、とシトロンはパンフェルには悟られないように言葉を選ぶことにした。
「トートが兵士に脅されてたって本当か?どんな兵士かわかるか?」
「うん!戦争のこととか、あんまり話さないようにって言われてたらしいよ。直接脅されたわけじゃないっぽいけど、そんなんもう脅しでしょ。兵士の特徴って言われても……あれ?あんまり他で見たことないかも!」
パンフェルは戸惑っている。彼女の態度の中に若干の恐怖の色が見えていた。
「各種手続きとかそういうの全部軍が窓口やってるんだよ、税金とか資格とか診断とかエトセトラ。そういうとこでも普段の警備でも休憩中とかでも全然見たことない人かも……狭い国だしなんとなく見たことある、くらいはわかるはずなんだけど」
「……兵士じゃないかもねぇ、軍服着てるだけで」
不安そうな彼女の前でこの話をするのはやめにしたい。シトロンはまた別の質問をする。
「トートが戦争中のことで話してくれたこととかあるか?」
「ううん。あたしもトートさん以外にだって聞かないようにしてたし。パパは勇敢な兵士さんの話とかはしてたけどねぇ……」
「そりゃそうか、すまん。さてどうする」
「パンフェル君ありがとう。君は一旦家に帰りなさい、避難準備もあるだろう?」
「え、でもトートさんが」
「何かあったら伝える。だから今は帰れ」
渋るパンフェルをカジミールが説得すると、彼女は納得していないものの逆らうこともしない。
「……はい。みんな、じゃあね……」
しょげながらパンフェルが部屋から出ていった。それを確認して、セレマリオンは話し始める。
「実はシトロン君たちからトロイの話を聞いたから、ヒューイ君に竜脈の調査を依頼していたんだ」
「敏腕スパイとしてもやっていける俺様だぞ!」
「さてアナト君、あの氷塊は人間の魔力によるものじゃなかったかな?」
「えぇ!姫様もグロッグ殿もそうおっしゃっていましたわ」
あちらには真面目で賢い面子が揃っているからちゃんとしてるな、と言おうとしてシトロンは、不真面目でアホなのは自分だけだとキノトたちに申し訳ない気持ちになった。
「トロイ本体を見ないと断定はできないが、仮説は立った。首都は魔術により秘密裏に生命力を吸い取られていて、それでマナを創り出した。ただし純正な魔力によるものじゃないから、多分……」
セレマリオンは言葉につまった。眼鏡の奥の大きな瞳が揺れている。ガラクテアだけはなんとなく賢者の言わんとすることがわかったようだった。
「さっさと言え。妾が言うよりお主が説明した方が良い気がする」
「うん、レウカ君が居ない隙に話すか……。人が材料だ。だからマナじゃなくて
異常魔力結晶になった」
「は?」
「魔術だけじゃあマナは創れないんだ。魔術は魔力を消費せずに加工するものだから、形の無いエネルギーからは物質を創り出せない。水を固めて氷にすると、氷にした分の水が水としては消えてしまうように、だ。だけどそのマナと呼べるだけのエネルギーを宿す形、物質、雛型があればマナが完成する。その雛型に最も適しているのは人間の子供だ。胎児ならなおのこと相応しい」
みんなが言葉を失っていると、何故かカジミールだけが静かに納得しているようだった。そして彼は、重たく口を開いた。
「王妃ジアンカは、二度流産している」
シトロンは隠すことなく顔をしかめた。
「嫌なこと言わないでくれ」
「事実だ。葬儀を行った者が俺に告解に来たことがある。二回とも空の棺だったと」
「え、二回?あの容器って確か」
コウジロウが最悪な気づきをしてしまったために、シトロンもキノトも口を噤んだ。
「何の話だい?」と賢者が尋ねる。
「実はトロイが入っていた箱、多分二つ入っていたっぽいんだよ……」
「てっきり銀の竜を倒して使ったものだと思ってたっす」
「トロイってどのくらいの期間で作れるんだい?」
キノトの問いに賢者はうーん、と考える。
「魔力自体は多分十年近くコツコツ集めてたと思うから、二年くらいで完成かな」
「王妃の流産はいつだい?」
今度はカジミールに問うた。
「四年前と三年前、だったと思う」
「じゃあ二年前の領海侵犯事件の際にはトロイはあったと仮定できるかな」
「なんだそれ」とシトロンは聞いたがカジミールやエドミーなどブルトーヌ側の人間は何やら思い当たる節があるようなそぶりをしている。
「城に氷がぶっ刺さってたの見ただろう?多分その事件の後の制裁のはずだ」
「グロッグが灸を据えるためにやったっていうあれか」
シトロンは塔に刺さった氷の槍を思い出していた。
「かいつまんで言いますと、魚群調査船に扮してドラゴン討伐という特殊任務を負った貴族の船がワジェンデイクの領海に侵入し……流氷に挟まれ身動きが取れなくなったのです」
「アホか」
「時折ブルトーヌに来る氷のドラゴンをマナによる砲撃で退治しようとしていた。軍には一切知らされず、今は亡き大貴族主導で行われた。そして、ワジェンデイクの離れ小島が一つ消失した。そのせいで流氷に閉じ込められたんだ」
「思ったよりまずい話じゃんそれ」
「恐らくそれは……我が子で創ったトロイだったんだろう。デュノール王はドラゴンをも屠れるトロイの威力を知り、その余裕が今もあるのかもしれない」
カジミールは沈痛な面持ちで訥々と語った。彼にとっても辛い話だった。聞いているシトロンたちは口も挟めずにいた。
「諸々の制裁として王城にあの氷の槍が撃ち込まれたことが新聞社による告発に繋がった。国土への直接攻撃に王が反撃しなかったことを彼らは疑問に思ったんだ。国民には教育により、強いブルトーヌが信奉されていたからな」
「繋がっているんだなぁ、そういうこと全部」
「それで氷塊が人の魔力だと何か問題が?……いや問題しかないわ。誰が撃ったんだよ!」
シトロンは途中で失言に気がつき吠えた。ここまでの話では国内に攻撃を放つ人間が一切存在していない。
「おあつらえ向きに怪しい人物が複数いるね?見覚えのない軍人たちとか、塀を越えて海竜と接触していようとした連中とか。隊長さん、拘束した男性の情報などはあるかな」
「エドミー。……西海漁業会のやつはどうなった」
「会長さんが快く話してくれたわ。貴族の使いの命令で、ここ十五年外国人を雇っていた、と。でも彼が知っているのはそれだけ。彼は名義だけ貸してそいつらと会ってもいないし何をしているかも知らない。ただお金に目が眩んだだけで貴族の名前も知らないの。男の方は未だだんまりです」
「つまり得体のしれない連中が、深く物を考えない連中により長年匿われて好き放題していたと」
「普段隊長さんが国境検問所にいると知っていれば、西海漁業会の制服である程度自由に港や街を動ける。それが何年もいたのならばもう、誰かの顔馴染みや友人、家族になっていてもおかしくはない。貴族主導でやっているのであればなおさら隊長さんは警戒されて、徹底的にマークされていただろうし」
セレマリオンの言葉で、カジミールは額に手を当ててため息をついた。
「そしてここで竜脈の話に戻ろう。灰洞港側の竜脈はほぼ全ての魔力が吸い上げられ枯れていた」
もうブルトーヌ側の人員は驚きと呆れと疲れて声も出ていない。
「確実だぞ!俺様もビビったからな、何回も調べなおしたぜ。こっちも数年かけてるっぽい。さっきの氷塊も一人の魔力じゃそうそう撃てないが、竜脈の魔力を利用して複数人で撃てば後何発かはできると思うぜ」
「つまりあれクラスの攻撃が何回も」と聞こうとしたシトロンの言葉は、勢いよく開かれたドアによって中断された。
飛び込むように入ってきたのは港で話していた伝令兵だった。彼は目を輝かせて上司であるカジミールを見ている。
「隊長上手く行きました!首都への道が解放されました!これで灰洞港の民間人を首都のシェルターへ避難させられます!!」
次は明日の20時以降に更新予定




