反撃の拳・前
「そりゃあないぜカジミール。そんな奴がどうしてピンチの時に頼られるっていうんだよ。お利巧にならなくていいんだよ、あんたも部下も全員生きてるんだから。うちの調査隊はみんなすげぇんだ、レウカもグロッグもありえないほど強いぜ。そんでもってセーレだっている。多分あんたが思ってるより、みんな悪あがきする準備も覚悟もとうにできてるよ。
後は信頼してる誰かさんの号令一つで決行だ。どうする”隊長”」
荒れ狂う海なんて人間がどうにかできるはずもない。だが、海ではない。ドラゴンが相手だ。だからシトロンにはチャンスがあるように思えてなからなかった。
カジミールは相変わらず海竜から目を逸らさず、しかし自分の後ろに向かって口を開いた。
「……お前たち、俺に命を預けてもいいのか?」
渦から飛沫が飛び散り雨のように港に降り注ぐ。矢面にいるのに、瞬きもせず海水を顔面に浴びているカジミールの後ろで兵士たちは思わず笑う。
「わかってないですねぇ」
かつてはその出自のために、今はその生き様のために慕われる男は、「そうか」とだけ返事した。
カジミールは剣を抜いた。銀が刀身を彩る黒い長剣だった。その剣に、わずかに知らない白い魔力……ドラゴンの力をシトロンは感じた。
「……津波の対策演習と同じだ、できるな」
「はい!」と兵士たちが声を揃えた。
「シトロン姫は我々の後ろに」
一人の兵士が彼女の後ろに隠れるようシトロンに言う。
「のじゃ~~~~妾は!?飛ばされるんじゃが!?」
「落下時の衝撃に備えろ」
「ん?」
その警告が一応の合図だったのだろう。カジミールが腰を据えてその長剣を横一線に振りかぶると、何十メートルも向こうの海竜の胴体に真っ黒な線を引いたように、空間に亀裂が走る。
「!?」と海竜は声にならない声をあげる。
背後の渦が真ん中で断ち切られたように拡散し勢いを無くした。それは巨大な質量の海水の回転によってブラックホールのように周囲の空気を吸い込んでいた渦だった。
それが複数同時に破壊されたことで、今度は元に戻るように港に強風が吹きすさび、雨のようだった海水の飛沫を全て吹き飛ばした。
一気にカラッとした空気が戻ってきて髪がボサボサになったシトロンは、手ぐしで視界を確保しながら地面に叩きつけられたガラクテアをとりあえず引き上げて確保してやる。
「……シトロン姫」
「お、おう」
「多分お前が思ってるよりは、俺もそこそこ戦える」
相変わらず不機嫌そうな顔のまま、カジミールは海竜から目を逸らさずに言うため、ついシトロンはひきつった笑いを出してしまった。
「一線張れるわボケ……」
「とはいえ、海竜と戦う自信はない。あれだけの海水を動かしていたなら魔力を一時的に失ったはずだ!伝令兵、いるか!」
「はい!」
「プランDだ!各員速やかに遂行せよ!」
「……はい!!!」
伝令兵がキリリとした顔つきになって返事するや否や、兵士たちの多くが戦線から離脱する。
「説明は後だ。俺たちはこのまま海竜と睨み合い時間を稼ぐ。あれはプライドの塊と言ったな」
べしょべしょになっていたはずのガラクテアだったが、自分を頼りにされているこの状況で調子に乗っているためか、すぐさま復帰してなんだか輝いている。
「うむ、そうじゃ。今身動きが止まっておるのも、人間ごときにとっておきの技を粉砕されたショックもある。ただの人間ではない、五日間恐怖し混乱し手をこまねいていたはずの人間が、じゃ。今あやつは五日間分の愉悦を踏みにじられた気分じゃろうな」
「つまり?」
「ある条件を満たしたドラゴンには感情のリミッターが存在する。役割のため心があると都合がいいが、心に振り回されると困るからの。しかし瞬間的な心的エネルギーの爆発力を妾は侮らん。利用したい。
じゃからあいつで言えば……怒りすぎて、人間みたいに目の前が真っ赤になってアホになる」
「そりゃあいいな!いくらでも付け込める!」
黒い光が一つ瞬く。即座に攻撃が飛んでくるが、今度はそれをシトロンが切り裂いた。ビームを出すまでもない。呼び出した鉾槍はいつも通り絶好調に目標を撃破する。
「怒り狂って単調な攻撃になってる。最初に見た時より速度が遅い」
「だとしても消耗戦になる。……巻き込むつもりはなかった。今からでもお前たちは」
カジミールのその言葉を遮る声が辺りに響いた。
「そう言うなよ隊長さん!ここまで来たら調査隊は全面協力だ!」
声の後に大きな水滴がシトロンの前に湧き上がったと思うと、それは子供の大きさ……ヒューエトスの形になる。
「ヒューエトス!?」
「真打は遅れて登場ってな!がはははは!」
「カレンシアにはなにか策が?」
流石に新たなドラゴンの登場で頭が冷えたのか、海竜は一旦攻撃の手を止めた。
「また雑魚が増えたか……!何匹来ても同じこと!我に敵う者などいるものか!」
ヒューエトスは何にも構うことなく彼らしい高笑いをしながら海竜の前に躍り出た。
「がはははは!よぉ海竜。俺様は人間の味方のヒューイ君。初対面だがお前さんが功名心が強くて竜一倍プライドが高いってのだけは知ってるぞ」
「ふん、我は誇り高きドラゴンだ。高き者、選ばれし者が自尊心を持たぬようでは知れているだろう。なにか問題があるのか?小竜」
「宣言するぜ、お前さん、今から一分以内にその考えを改めないとずげー恥かくぜ。具体的には、自分から言いだしたんだからあと一日待ってろよ」
海竜は三つある目を細めて訝しむように彼を睨んだ。
「貴様は多少予測演算が可能な個体のようだが、正確にそれを司っているわけではあるまい。聞く価値は無いな」
そういうのがわかるってことは、海竜自体がやはり相当のやり手なんだろうな、とシトロンは思った。実力があるから増長するタイプは正直厄介だ。
「じゃあ残念だけど、かなり恥ずかしいことになるぜ。お前さんが予知の通りこの申し出を断ったから、未来は確定した」
しかしヒューエトスは気にしない。気圧されることなく笑っている。
「この場で我の誇りに傷をつけるものなど」
―――ッ―――バ――キ―――!!
?、とみんなが首をかしげた。
――マッ―――バ――キ――ク!!
何か、聞こえてる。どこからだろうか。
「!!!!マッスル!!!!ボンバー!!!!キック!!!!」
「アナトだー!!!!!!」
海上三十メートル以上のところにある海竜の頭にアナトが降ってきて、見事にその頭にキックをかました。
凄まじい音と衝撃波が辺りに轟き、海竜はのけぞって流氷に頭をしたたかに打ち付けた。
アナトは蹴った勢いでうまく跳躍し、何度か空中で回転してから見事に二階建ての倉庫の屋根をへこませながらヒーロー着地をかました。
遅れて割れた流氷と衝撃で海面が波立ち、強い波が桟橋にいくつかの漂流物を届ける。
そして彼女は、縦ロールの金髪を潮風になびかせて悠々と立ち上がった。
「おーっほっほっほ!!!!東大陸の守護者のわたくしにかかれば人間大砲くらいちょちょいのちょいですわー!!!」
「これは凄いし……」
「恥ずかしいのぉ……!!!」
「俺にも流石に聞こえたぞ。……自尊心がへし折られる音が……」
三人は未だ伏せたままの海竜を見た。彼はその海底より真っ黒な瞳を何度も瞬かせて、しばしの間そのままでいた。だがゆったりと顔を上げる。にわかに緊張が走った。
「…………刻限は明日の正午だ。それまでに約束通り犯人を連れて来いと貴族の男に伝えろ!!!!!」
海竜はそう吐き捨てると、轟音を立てて海に潜った。近くにいたシトロンたちには膝までの高波が届いたが、それはなんとかみんなこらえた。
何が起こったのか、すぐに受け入れられる者は少なかった。そうしてポカンとした後に、安心して力た抜けたのか、民間人はその場にへたりこむ姿があちこちで見られた。
最前線にいた兵士たちが「や、やった~……」とヘロヘロの声で喜んだのを契機に、カジミールは納刀した。片手は剣から離しはしなかったが、海を睨むのを止めてシトロンたちに向かい合った。
「……気を抜けないが、ひとまず。助かった」
更に眉間のしわが深く刻まれている。シトロンはもう不機嫌そうに見えるだけであって不機嫌そのものではないとわかっていた。
「いや流石にあの渦ぶった切った時はマジでビビったぞ」
「その剣、かなりの業物じゃな。フーガーの力が宿っておる。じゃが……そういうことなら……」
ガラクテアはカジミールの剣を近くで見て首をかしげている。
「祖父が子供の頃俺にくれた物だから詳細は知らん。何かあるのか?」
「まだわからん。それよりヒューエトス、どういうことじゃ今のは!なんじゃ人間大砲だのなんだの!」
「がはは!細かいことはいいじゃねぇか!」
「いえ、わたくしがかいつまんでお話いたしますわ」
屋根から飛び降りてきたアナトは、レッドカーペットの上を進むように堂々と歩を進めてきた。
そしてつらつらと語り始める。
「海竜が攻撃を!?」
少し前、海竜の咆哮により起きた大気の振動と地震は山の上の首都にも届いていた。メイドたちがパニックに陥る中、レウカたちは庭に出て高台から灰洞港の混乱を見ていた。
「みなさまシェルターへ!屋敷にはこういった時のために備えがあります!」
クラーラナが五人を案内しようとしても、彼女たちの目は真っすぐ街を向いている。
「街の人々はそうなるんですかぁ……?」
不安そうなビカラに、クラーラナはもどかしそうに答える。
「シェルターは首都にしかないわ。首都にいる民は助かる者も多いだろうけど……」
「ではあれを止めるしかありませんね」
レウカの力強い声に全員が目を見開いた。
「はい?姫様、本気なの!?」
「言い出したら聞かないからね。それで、あの距離まで走るの?飛行魔法ってそこまで万能じゃないわよ」
レウカの発言を聞いた時点で他の四人はある程度腹を括っていた。そのせいでクラーラナだけがこの流れについていけなくなっていた。
「アナト、あなた……ここから爆発魔法で飛ばしたとして、無事でいられる?」
前言撤回。一瞬全員がついていけなくなっていた。
アナトは無言で数秒考えた後、親指を立てた。
「もっちろん!OKですわ!」
「うそでしょあんた本気!?!?!?!?」
「馬鹿なんですかぁ!?馬鹿でしたねぇ!」
「無茶はしない方がいいと思うわ!ねぇ!グロッグ王子も何か言ってやってください!」
「姫と俺の二人分の魔力だけど大丈夫そう?」
「止めない!!!!!!!!!!」
「むしろブーストかけよる!!!!!!!!!」
突っ込み疲れた三人をさておき、前向きな(?)三人は速攻で細かいところを詰める。レウカとグロッグは見晴らしのいい場所に魔方陣を展開し、アナトをその中央に立たせた。
「こういう時のために鍛えておりますの。平気ですわ!」
死んだ目をしているハニーベルとビカラを安心させるため、アナトはウインクした。
「もう好きにして」
「どうぞお飛びになってください」
最後にレウカがアナトに笑いかけた。
「ではアナト、とびっきりのカッコいい登場シーンを考えておいて。私たちみんなで、街に笑顔を取り戻しましょう」
アナトは怖くはなかった。ただ、この国のために自分がどこまでできるかがその瞬間まで不明瞭だった。しかしその時、迷いは無くなった。目を輝かせて海竜へと、そして自分の助けを待つ人々と街とはっきり向き合った。
「お任せくださいな!お~っほっほっほっほ!」
「というわけで、あとは姫様とグロッグ殿のお力でかっとんでまいりましたわ」
「あっそう」
「聞きたがったのに随分とあっさりですのね」
「あっそう以外言えないっての」
アナトの説明にガラクテアもシトロンもこめかみを押さえるしかない。カジミールに至っては無視して兵士たちと何かを相談している。
「俺様は早めにそういう未来を見れたから、セーレのとこへ戻って作戦会議した。なんかこの国では俺様の予知がすげ~精度で当たるんだよなぁ!がはははは!」
ヒューエトスのそれはソラールの力かもしれんな、とシトロンが考えていると、こちらに呼びかけるセレマリオンの声が聞こえた。
そちらを見ると、賢者だけではなくてキノトとコウジロウもシトロンたちの方へと向かっていた。
「みんな無事のようで何より。彼女たちも無事だよ」
セレマリオンはホッとしたように教え子たちの前で息をついた。コウジロウも随分心配して心が疲れている様子だったが、キノトは平常運転のようだった。
「学生と案内人たちは退避させたよ。彼らも怪我はないから安心してくれ。さて、僕という光で癒されてくれ。その間暇な口で情報交換でもしようか」
「キノトのノリ安心するようになった」
「遠慮なく僕に依存するといい!」
お互いに有益な話ができそうだ、とシトロンは襟を正した。
次は明日の20時以降に更新予定




