灰の港・5
「なに調べりゃいいんだ?」
一方コウジロウとキノトたちもシトロンと同じ問題にぶち当たっていた。しかしこちらにはルールの穴をつき場を楽しむ天才がいた。
「今回はメンバーも少ない。恐らく人の動きや様子を若者の目で観察する程度だと思うよ。つまり我々は観光をしよう!」
学生たちもノリの良い面子が揃っていたようで、彼女の提案を楽しそうに受け入れた。
「観光を慣行する……ってこと?」
空気が凍った。
トートの唐突なオヤジギャグは流氷より冷たく硬く若者たちの心を傷つけた。
────いたたまれない。誰もがそう思っていたが、何も言えずにいた。コウジロウは頼むから誰かどうにかしてくれ、と隣のキノトを見たが、彼女はここからどう転がるのかワクワクとした目をみんなに向けていた。こんな空気すら楽しもうとするんじゃない、と叫ぼうとしたその時。
「ところで子供でも買える銀細工って何かありますか?」
学生の一人がトートに質問をした。
「有能!ゲストに恥をかかせない騎士は素晴らしいよ」
キノトのみならず後ろに控えていた遠征隊兵士もうんうんと笑顔で頷いて褒めている。
「そっすね。ほら質問に答えてあげてくださいよ」
「今のオヤジギャグで一気におじさんの”格”が下がった気がする」
トートは哀愁を漂わせながら一行を案内し、小さなお店がいくつか入ったピロティに連れて行った。そこにはアクセサリーショップ以外にも日持ちする漬物や干物、国外から仕入れた布類など様々な店が立ち並んでいて、お土産屋さんが一堂に会しているようだった。
「若者でも買える値段ならこのお店。何故なら純正品が無いので……」
港を取り囲む柵が見える、いい風が吹き抜ける店をトートは紹介してくれた。その声が聞こえたのか、店から店主が飛び出してくる。
「トート!観光客に何吹き込んでるんだ!!!!!」
「ちゃんとブルトーヌの銀でブルトーヌの人間が作ってるけど職人の資格が無いんだなぁ」
「トート!!!!」
学生らにトートと店主が商品や銀の説明をしている時、ふとキノトは柵の向こうにオレンジ色が見えた顔をあげた。封鎖された港の中にいる少年のようだった。彼は木箱の上に座り、ぼうっと海を眺めている。
隣のコウジロウも少年を見つけたようで、「あぁあれが赤毛なのか」と呟いた。
「ベルとは全然違う色っすね」
コウジロウの感想には生返事をしたキノトは、何の気なしに少年に話しかけた。
「やぁ、何か困り事かい?」
少年は驚いたように振り向いた。柵越しに彼はキノトを見る。
「え、あぁ俺ですか。どうも。……うーん、思いつかないですね」
質問の意図も話しかけてきた相手もわからず少年は困惑している。ふわふわとした赤毛が潮風で揺れており、その赤い瞳はどこか虚ろでどこも見ていないようだった。
「いきなり驚かせてすまない。君も西大陸の人間だろう?それが子供一人でぼんやりしているから」
「おやぁオレら同じ年くらいっしょ……」
キノトが彼の赤毛を指すと少年は警戒心が薄れたのか、ほんの少し微笑んだ。
「あぁ確かに。東はこの色は少ないそうですね。俺は……父親の船で来たんです」
あ、と二人とも声に出さずとも同じように言葉に詰まった。
「だから、えぇと……君たちも同じ外国人でしょうし、助けてもらわなくても大丈夫です。父さんはいないけど、他の乗組員はいますし」
少年は二人に厭な思いをさせたと思ったのか、慌てたように笑顔を見せてなんでもない風を装った。
コウジロウも「そうか……」としか返事ができない。
「あのドラゴン、何がしたいんでしょうか」
少年は遠い目で海から聳える海竜を見ている。睨むでもなく、ただ眺めている。
「それはわかんねぇっす。でも危ないから近づかないようにお願いしますよ」
「あはは、お二人もね」
眉を下げて笑うのは癖なのだろう。困ったように笑う少年に二人の心がキリキリと痛む。
「それじゃあ」
軽く手を振って、コウジロウはすっかり静かになったキノトの腕を掴んで店内に戻った。全員二人がこっそり離れたことに気がついていないようで、安心したような杜撰な警備に呆れたような感覚がコウジロウの中に渦巻く。
「あああああ失敗した。こんな時にぼんやり海を見るしかないひとりでいる外国人の子供、答えは一つだろうに、僕は何を聞いているんだ」
二人ともすぐにわかった。彼は恐らく商人の父親の船で来て、父も船も失った。異国は混乱中で被害者の子供へのケアなどなされず港に隔離されたままぼんやり過ごすしかない。
「親切心からだって向こうもわかってるっすよ」
「だからって何もできるわけじゃないのに無責任じゃあないか。本当に失敗した」
キノトは額に手を当てて悔いている。店内の美しい銀細工は彼女の心を晴らすことはない。
「銀細工にも申し訳ないよ。美しい彼女たちは美しい僕と見合いたかっただろうに」
「共鳴るのはまぁ今度でどうぞ。でもちょっと意外っす。すぐさま”あぁいう子供を助けないとね!”って切り替えるタイプだと思ってました」
「幻滅させたね」
コウジロウは凄まじい勢いで首を横に振る。
「いやそれは全然!へこたれるってことは痛みとか苦しみに向き合ってるってことじゃないすか。大切なことでしょ。そういうの全くわかんない人だっているんだし」
二人は見つめ合うことなく、銀細工を見たままだった。
「閣下を見ていると人は成長できるから不完全なのが素晴らしいと思えたんだよね」
キノトは安い一つの銀細工を手に取った。見習い職人の作品、と書かれているそれは多少不格好な竜と星をあしらったペンダントトップだっだ。だがキノトは、これが気に入った。
「いきなりなんすか……」
「褒めているんだこの僕が。これ買うよ」
「見習い職人の作品すよ」
「でもこれが一番綺麗だ」
丁度言い出しっぺの学生が良い買い物ができたようで、レジ前でニコニコとしている。それを見て店主や他の店の老婆もつられて笑っていた。
「おばあちゃんへブローチが買えました!」
「良かったじゃないか。祖父母孝行は大事だよ。僕はこれをいただこう」
子供たちがそうこうしていると、ふと外に行ったトートがすぐさま戻ってきた。
「みなのもの~今ちょうど揚げたてのフライが出るってさ」
彼に連れられて表通りの屋台に向かう。そこでは労働者向けの軽食を売っているらしく、なじみの職人が外国人の子供たちを連れてきたことで周囲の人間も彼女たちに注目する。
「魚の揚げ物が漁師や観光客には人気だよ。パンと野菜で挟んだ床に特製ソースをかけるんだ。俺は魚嫌いだから食べないけどね~」
「じゃああえてお肉にしよう」と輝きを取り戻したキノトが告げるとトートは「天邪鬼め」と笑う。
「オレも魚は故郷でよく食べるから肉で」
「俺たちは魚にします」
「じゃあ肉が三つに魚が三つで頼むわ」
トートは店員たちにオーダーしながら財布を取り出す。
「え、奢ってくれるんですか?」と学生が驚くと「お客様でお子様だからねぇ」とドヤ顔で支払ってくれた。だがその時、彼の袖から見えた腕に火傷の跡が見えた。
「怪我ですか?」
学生に尋ねられて、彼は自分の腕をさりげなく隠しながら苦笑いした。
「あぁ、戦争でね。これのおかげで早く戦線から離れられて今生きてるんだから人生って不思議。表面が焼けただけで神経とか無事でほんと助かったよ」
からからと笑うトートに、学生は「すみません」と謝るしかない。
そこに店員の女性が「おまちどう!」とフライサンドを渡しながら、助け船を出すように話しかけてくれた。
「みんなこんなご時世に来てくれてありがとうね。普通に過ごしている若者を見るとおばちゃんたちの心が晴れるってもんよ」
「おまけにこの美の化身がいるからね。更に明るく照らしておくよ。お、美味しいねこれ」
サクサクとした衣の中の味付けされた鶏肉と、新鮮な野菜と酸味のあるソースが実に合っている。キノトはあまりこういった軽食を外で食べたことがなかったためにシチュエーション込みであったが、大変気に入った。魚を選んだ学生たちも口々に美味しい!と笑いあっていて、店員も嬉しそうにしている。
「美味しいかい?ありがとねみんな!これおまけね」
そう言って店員は全員に銀製の、花をあしらった小さなチャームを配った。
「小物とかにつけるチャームだね。年配の人は結構作れたりするんだ」
「トートさんもこういうのを作るんですか?」
「いいや、俺はもっぱら指輪ばっかり。ってかおじさん正直に言うと生きてるから職人扱いされてるだけで、戦前は落ちこぼれで資格失効ギリギリだったんだ。だからパンフェルたちに教えられることなんて全然無いんだ」
トートは力なく笑いながらフライサンドにかじりつく。
「職人たちは優先的に最前線へ送り込まれたと聞いたよ。よく無事だったね」
「生きてるだけならおじさんの他にもそれなりにいるんだけどね。ほんとやってらんないよ」
食事が終わった一行は、店員たちに手を振ってその場を離れた。
「あっちは見なくていいんすか?」
コウジロウは街外れの川を見つけた。そちらは店も家も無く、寂れた船の破片や朽ちた資材などが乱雑に放り出されている。キノトは興味を惹かれててくてくと近づいていく。
「そっちはなんにもないよ。汚い川と戦争の時廃棄された村だけだ」
足早に追ってきたトートが指した川向こうの土手には灰色の慰霊碑が建ち並んでいる。川の周囲には木の一本も映えておらず、赤土が露出する寂しい光景であった。
「悲しい記憶だから、もう最近はみんな川を越えることがないんだよ」
「じゃあ不審者の根城になっていたり」
「それは無い。と思う。……あそこで隠れ住むのは無理だね……」
「あ」と学生が声をあげる。どうやらさっき貰ったチャームをうっかり川に落としてしまったようだ。コウジロウは拾ってやろうと思い川に手を入れようとすると、勢いよくトートに腕を掴まれた。
「あ、いや、見た目より深いから危ないよ」
どこか取り繕うようなひきつった顔だった。
「ってか王子様のすることじゃないから。小さいものだし見つかんないっしょ。残念だけど諦めよ」
「凡人はそうだろう。だが僕は違う」
キノトが川に手をかざすと水面が揺らぎ、水の泡に包まれたチャームが浮かび上がってくる。そして例の学生の手の上でその泡を開き……。
「あれ?」と声が出た。出てきたチャームは花の形をした、落とした物と同一したはずであったのに、黒く変色していたのだ。
「毒?」
兵士たちは二人と学生を川から遠ざけようとするが、キノトは「僕が調べるよ」とレイピアを取り出し、顔の前に構えてからその切っ先を川に向けた。キラキラと光が彼女の身体をまとい、足元に綺麗な円を描いていく。それが真円になると、その光は消えた。
「ふむ、端的に言えば川にえげつない量の毒が流れているようだ。魔法ではなく物理的な毒だね」
「マジすか……。この毒、全部海に流れて行ってんすかね」
「海から来てるわけじゃあ」
「無い。ざっくりとした調査だけど」
キノトは何故かそこで長考した。そしてみんなを見てにっこりと笑った。
「上流ほど濃いから首都から流れている気がする。川の上流には何かある?」
トートは上流を確認し、この川に合流するいくつかの流れの中のある滝を指した。
「首都の方に湧き水があって、そこから流れてこの川になってる。そして湧き水はペンゼっていう貴族の屋敷の敷地内だ」
「……そうか」
「おじさんあの男あんまり好きじゃなくてね。この機会に調べてくれると助かるな~なんて」
薄暗い悪い笑みを浮かべたトートに、学生たちは「そういうのダメですよ」と注意する。
「悪い噂でも?」
「難民の女に入れこんでるって噂」
「スパイじゃないかと?」
コウジロウの問いには、彼ははっきりと否定する。
「そんな物語みたいなことそうそうあるわけないじゃん。でも個人的に他のとこ削って難民支援と言う名の彼女支援とかしちゃうタイプの男だよ」
「貴族への私怨じゃないかと言い切れるかな?」
「それは無理。戦争の時に貴族たち全員大嫌いになっちゃったから私怨かも、それは認める。けどこの川の上流がペンゼの家だったのは本当だからね。でもこの川に毒を流す意図はわかんないなぁ……。さっきも言ったけど、ここって誰も来ないし使わないから」
彼の言葉でみんながなんとなく上流から下流まで見渡すが、自分たち以外どこにも人影が無い。
その時誰か何かを叫ぶ声と、大勢の人間の騒ぐ声が相次いで聞こえてきた。
「居留通りの方だ」
「一旦シトロンたちに合流するっすか」
毒のことを報告するためにも、一行は移動を開始した。
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