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灰の港・4


 灰洞港の西、港への道が続く居留通り前にシトロンたちは到着した。対策室やオフィス周辺とは違い、この辺りには道を行く人々の姿が多い。ただしどうしようもなく日常を続けている店番と、足早へ港に向かう者に二分されている。

「何を調べりゃいいんだろうな」


「全くわからん。お、そういえばお主らはなんの書類の整理をしとったんじゃ?」

 ミネオラと他二名の学生たちは、えぇと、と言葉をまとめる。

「ここ一か月の船の往来の記録です。船の数と人の数を重点的にまとめるよう言われました。一週間以内のデータはめちゃくちゃだったから大変でしたけど」

「あぁ、船が消えたり増えたりしてても気づけないのか」


「とくに目立った異常はなかった、ということになります。海竜出現当日と次の日は流氷に押し流されて港に到着した破損した船や怪我人の記録が思ったよりもちゃんとありました。でも三日目からはそもそもデータをとっていられない混乱だったようで……」

「最初の二日分のデータに怪しい所は?」

「それは、その」

 三人は互いに目配せをし合い小さく首を振り、迷子のような目でガラクテアを見た。


「すまんすまん、わからんよないきなり言われても。手元にあるならともかく……」

 シトロンは学生たちをフォローすべく、ガラクテアの足を掴んで空中でガクガクと揺さぶりながら爽やかな笑顔を浮かべたが、逆に怖がらせてしまったようだった。

「でもきっと騎士になるってことはそういうことも考えながら働かなきゃいけないんですよね。私の考えが足りなかったんです」

 ミネオラは自省の念にかられてしゅんとしている。


「いやちょっとお前真面目過ぎないか?」

「そうかしら。目標が高いのはいいことだわ」

 セドラはやたらと彼女の肩を持つ。そんな中パンフェルは唐突に思い出したようにしゃべる。

「あ。補給だけするタイプの船は記録に残したり残さなかったりするって聞いたことあるよ。だから本当は記録に残さなくてもいい、ご飯だけ買いに来た外国船が流氷のせいで壊されて、救助されて入国とかしたらある意味密入国になるかも。その辺ってなんかあった?」


「確かそういう扱いの船は無かったと思う。全部複数枚の書類と照会して身元が判明されていたよ」

「いない?じゃあ怪しい奴らの密入国とかは無いってことかしら。教授は一体何を……?」

 真面目に頭を使っているみんなをよそに、シトロンは正直自分たちに調べてもらうことなんてないのではないかと考えていた。事前に言われた通り、動きやすいように人目を惹け、が継続しているだけかもしれないと。


「そういえば、セーレに出会った感想は?」

 銀河の女王はその質問に無言を貫いた。しかし複雑な表情をしていながらも嫌悪などは見られない。多分、思ったよりニュートラルな感覚だったのだろう。起伏が無いというよりはプラマイゼロ。それはそれで、とシトロンは安心した。

「あれ?いつもより厳重だ」

 先頭を歩くパンフェルの声で、全員が彼女の指す方を見た。


 下り坂の先に石造りの門があって、塀や柵が港への道を制限している。唯一の通り道である門の前に大勢の兵士と詰めかけてきた民衆がいたのだ。

「港に入らせてくれ!」

「夫の船があるかもしれないの!」

「怪我人も中にいるんだろ!会わせてくれよ!」

 民衆は口々に思いのたけを叫んでいる。手前に立つ立場のありそうな中年兵士たちが落ち着くように説得しているが、あまり効果が無いようだった。


「あそこから居留通り。その奥に港があるんだ~」

「外国人を恐れているってわけじゃあないみたいだな」

「うん……なんでみんなで喧嘩してるんだろ……」

 見知った場所で顔見知りたちの放つピリピリとした雰囲気に、パンフェルは委縮してしまっている。だがすぐさま「あ!」と柵の前で警護をしていた青年を見つけて歩き出す。


「あの兵士さんは近所のお兄ちゃんだから話聞けるかも!ねぇねぇどうしたの?」

「パンフェルか。そちらは……あ、調査隊の人ですね!じゃあ話してもいいかも……」

 簡素な装備の若い兵士は、驚いた顔を見せた後はううむ、と小さく唸り、少し離れた門前の騒々しさに目をやった。

「今は海竜や流氷や難破船の残骸で危ないから原則港に立ち入り禁止にしているんだ。でも流氷で海上に取り残された人々とか難破船の捜索とかをしたいっていう人たちが沢山来ててね……。下手に港に入れたら大変なことになるだろ?」


「居留通りが封鎖されてるわけじゃないんだ」

「それもあるよ。この隙に身元のハッキリしない、難破船の密航者とかがこっそり街に入りでもしたら困るよ。彼らも安全なブルトーヌに密航したつもりがこんなことになって、きっと首都の方まで逃げたいだろうから」

「ガレッドルの方に逃げようとは思わないのか?」

 まるで国外に逃げるという選択肢が存在しないような兵士の言葉に思わず口を挟んだシトロンだが、彼がポカンとした顔を見てつついて良かったと感じる。


「……あぁそうか……。……うん、外国人なら今は首都じゃなくて南に逃げるかも。でもどっちにしろ混乱の元だし、入るのも出るのも慎重にならないと」

 含みのある言い方をする兵士だが、変に突っ込めない。そこをパンフェルがいつも以上の明るい声で場を掴む。

「仕事中にありがと!頑張ってね!……ちょっとこっち」

 軽く兵士に会釈をしてから彼女についていく。門や柵が見渡せる物陰に誘導された。


「あのね、あんまりガレッドルの話しないで」

 パンフェルは苦しそうに視線を地面に落とした。

「みんなカレンシアの人だからガレッドルのお友達なんだろうけど、なんていうかな……ブルトーヌ人はあの国に罪悪感があるの。勿論恨みもあるけど、今はちょっと違うくて」

「夜襲のこととか?」

 図星のようで彼女はへへ、と小さく笑った。


「……何度も戦争したし、酷いことをし合ったし、一言じゃあ言えないけど……。あたしやあのお兄ちゃんは両親が戦争に行って、帰ってきたのはあたしのパパだけ。そういう人が沢山いるから、思い出させるような話はしないでほしいの」

「それって」

「ガレッドルが捕虜とか捕まえてるわけじゃないって知ってるよ。カレンシアも一般兵なんていらないでしょ。じゃあきっと、そういうことなんだと思う。でも戦線が変に伸びちゃってたし、もしかしたら何処でもない別の国にいるかもしれないじゃん?」


 彼女は自分の母や兵士の両親が死んだとは言えないのだろう。例え薄々それしかないとわかっていても。今よりずっと子供の頃にいなくなってしまった人が帰ってくることを、今でも願ってしまうのだ。もう信じてはいないだろう。それでも願ってしまうのだ。


「わかってるよ、今あたしがめちゃくちゃなこと言ってるって」

 パンフェルはあえて笑ってみせるがどこか痛々しい。

「恨んでるわけじゃあ」

「ないかな、とくにあたしは。パパが帰ってこれたのはガレッドルの軍人さんに助けてもらったからだし、それに二年くらい前にね、ある新聞社がブルトーヌ人の戦争責任を問う!って記事を出したの」


「告発記事か。ジャーナリズムが息づいておるんじゃな」

「あたしたちそれまで、夜襲や職人議連のメンバーが最前線に送られてたことを知らなかったんだよ。生き残りのトートさんに兵士たちが脅して口止めしてたことも。でも何年もかけて集めた証拠とかを国中にばらまいて、あたしたちは色々知っちゃった。それまでみんな何もかもガレッドルのせいだと思ってたんだけど、そうじゃないっていきなり言われてどうしていいかわからなくて、次第に誰も何も話さない、考えないようになっちゃった」


「そのためにあたしたちにも黙ってほしいって?」

 セドラの皮肉に、彼女は何も言えなかった。ただ悔しそうに唇を嚙みしめるだけだった。ミネオラは彼女の肩にそっと手を置いて、セドラに厳しい目を向けた。

「ごめんごめん。でもお邪魔してる身なんだから、流儀には従うべきかしら?」

 どっちにしろ酷い言い方をするなぁ、と幼馴染の容赦の無さにシトロンは多少呆れてしまった。


「その新聞社は?」

「…………………全員いなくなっちゃった」

「あぁ、だから黙るしかないのか。本当だっていうこれ以上ない証拠だよな」

 そしてシトロン的にはデュノールならやりかねない、と感じられた。

「民が国から出ない理由も薄々わかるというものじゃ。徒歩で行ける範囲内にある隣国はガレッドルのみ。しかしかの国が受け入れてくれるわけがない。山越えも民間人には不可能で、行けたとしても言葉の通じぬ遊牧民がおるし、カレンシアまでは何日かかることやら」


『確か夜襲を受けた街ってガレッドルの北、つまりブルトーヌ方面にあったと思う』

 その声は屋根の上から降ってきた。学生たちは兵士の誰かが話したと思い気にしていなかったが。それは猫空間にいるエトロの声だった。

「あぁ国境に近い街にドラゴンアタックかましたのか……そりゃあ侵略時には正しい。じゃが国外に避難するには最悪じゃ」


「因果応報、ってやつじゃないですか?」

 今度こそ兵士の声だった。流石にパンフェルに聞こえないような小声だった。

「いいや、子供や若者が巻き込まれているなら当てはまらないな。選択権の無いやつに背負わす因果や責任なんてあってたまるか」

 シトロンの飾らない言葉に、確かにそうですね、と兵士は静かに考えを改めたようだった。


『シトロン屋根だ!屋根から港に行こうとしている奴がいる!』

 突然エトロの大声が響いた。それはブルトーヌ兵士にも届いた。彼らの目が上を向く。それより早く、近くの民家の屋根から跳んだ一人の男が塀の上に到達した。慌てて近くの兵士が引きずり下ろしたが、一人だけではなく次々と塀を乗り越えようとジャンプしてきて兵士の統率に乱れが生じた。すると門から突破しようとする民衆まで現れ、場が一気に混沌と化した。


「加勢するか?」

「いや妾たちに関係ないじゃろ。大切なことは身を守ることじゃぞ?」

「あんたたちも後ろに下がる!」

 セドラは少女たちを壁際に隠しながら、一応シトロンの腕を掴む。だがシトロンはその場を動かずある一点を指す。

「カジミールだ」


 すぐさま大勢の兵士を引き連れたカジミールが姿を現した。彼の前で乱闘は憚られたのか、民衆の勢いが落ち、そこを制圧された。結果的に顔を見せただけで事態を沈静化させたということになる。王のカリスマを立派に受けついたと言えば聞こえはいいが、この国でそれは戦火の迫った火薬庫のように思えた。

「何人かは港へ向かった模様です。内部の兵が追っています」

「こいつらはなんのために?」

「船に乗っていたはずの知人を助けたいとか港を見たいとか……」


「ちょっと一緒に聞かせてもらってもいいか?」

 カジミールは悠々と現れた調査隊の面々にまた苦虫を嚙み潰したような顔を向けるが、わざとらしくため息をついて「構わない」とだけ答えた。

 捕まえられた何人かは確かにそのような証言をしていた。パンフェルも知っているごく普通の町民ばかりだったようで、場の熱に煽られて興奮してしまったのだという結論が出かけた時であった。


 最初に塀へ跳んだ男がずっと黙っていた。その男に順番が回ってきた時には、民衆の混乱も落ち着き冷静になって、兵士たちに謝罪する者も現れてきていた。だが男はきょろきょろと屋根の上を見ている。恐らく誰が自分を見つけたか知りたいのだろう。誰だって実は屋根の上に透明化している猫の姿をしたドラゴンがいて、それは空間を司っているので体内に人間を収容できる。その中の人間があなたを発見しみんなに忠告したんです、と言われても納得できないのに、自分一人でその答えにたどり着けるはずがない。


「……私、呪法得意ですよ」

「ミネオラちゃん?」

 据わった目でミネオラは呟いた。

「そういう尋問かけるのって騎士の中でも一握りだぞ、早まんな」

「デバフ得意です!」

「そういうのは戦いの時に頼むわ」

 こっちの興奮は冷めていなかったんだな、とシトロンは暴れ山羊を落ち着かせるように語りかけた。


「……………………誰だ?こいつ」

 カジミールは、最後の一人の男を見て訝しげに呟いた。

「え?」と声をあげたのは男の方だった。

 自分を知らないことではなく、自分以外を全員知っているのか?と問うている顔に見えた。そしてそれは正しかったらしく、中年の兵士たちが驚いたまま上司に尋ねた。


「隊長が見たことない男!?確かに自分も知らない顔ですが……」

「つまりブルトーヌ人ではない……?」

「でも着ているのは西海漁業会の制服です。どうしてこの服を」

 彼らの中ではカジミールは国民全員の顔を知っていて当然という態度だった。

「そうだ。誰だこいつは」


 男はそこで初めて「しくじった」と小さく漏らした。



次は明日の20時以降に更新予定

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