灰の港・3
「ははははは、まぁ今の俺様の姿が頼りないのは確かだ」
ヒューエトスはショックは受けたものの怒った様子はなく、むしろ年下を気遣う少女たちの真っすぐな思いやりの心を評価しているようだった。
「いいか子供たち!俺様はヒューイ君!カレンシアでブイブイ言わせてた雨のドラゴンだ!むしろお前達を危険から守ってやる。ま、怖くなったら俺様の影に隠れるといい!」
椅子の上に立ってその小さな体を大きく見せながら彼は宣言した。
「チビ助の後ろに~?」
すかさず水を差すガラクテアに、ヒューエトスは冷たい視線を送る。
「お前は守ってやんねーからのじゃのじゃ吹っ飛んでろ」
「のじゃ!?!?」
フリーズしていたミネオラが慌てた様子で頭を下げた。
「ど、ドラゴン様だったんですか、すみません。でも守っていただかなくて結構です。私、別に怖がっていないので。どうか他のみんなを」
「え?オレ怖いよ」
シトロンの発言に彼女は耳を疑ったみたいに「え?」と声をあげた。
「ふむ、僕も恐怖という感情は今のところ感じていないが、ピンチになれば抱くだろうね。それを否定はしないよ」
「オレめっちゃ怖いっす。逃げてぇ。いや心はもう逃げてんですけど」
「あたしも超怖い!なんか感覚麻痺してっけどねー!」
それぞれ素直な感想をこぼす面々に、ミネオラは目に見えて動揺している。
「……私は怖くなんか」
「評価が欲しいなら、それって悪手だぜ。意地張ってる奴って面倒って烙印押されがち。騎士になりたいなら連携必須だから人柄って思った以上に見られてるぞ」
ハニーベルみたいな言い方をしたかもな、とシトロンは少し反省した。その生き方は辛いんじゃないかと言ってやりたかっただけなのにと思うと、ハニーベルの気持ちも少し理解できてしまった。ほんの少し妹より多くを見て多くを知っているせいで、勿体ない、と口を出してしまうのだ。
「あと自分の感情をコントロールできない未熟者だと感じるかな。外的であれ内的であれ、乗りこなすには物事は正しく把握しないといけないだろう?」
「うーん、オレは信頼されてないんだなって悲しくはなりますけど……」
それぞれの性格らしい発言をパンフェルはうんうんと傾聴している。
「じゃあろくなことないじゃん。ミネオラちゃん、怖いなら怖いって言ったほうが上手く回るよこれ!」
完全に黙ってしまったミネオラを、セドラがフォローする。
「性格なんて一朝一夕には変わらないわよ。意地を張らなければ付け込まれる立場の子供がいきなり素直になり心情をさらけ出せと言われてもね」
そして小柄な彼女の肩を抱き、ね?とセドラは笑いかけてこわばった心をほぐしてやる。
「そうそう。君たちがお手本を見せてあげなさい。他の子の面倒も見てあげてね」
賢者のまとめに他の学生たちは元気よく返事した。
「よろしくお願いします!」
「戦闘とかが起こったら」
どうしましょう、というコウジロウの問いをシトロンは途中で遮る。
「猫空間にまとめて放り込んでやるぜ」
「あぁそれがあったか!んじゃ大丈夫っす」
「そもそも、この状況下で街中の戦闘が起こったらそれはもう最終局面だ、君たちも逃げなさい。私たちも逃げるよ」
調査隊や遠征隊の面々に歯当然のことではあったが、言われた現地民のパンフェルには衝撃的であった。パワフルな彼女がしなしなと萎びれていく。
「……そう、ですか」
「勿論助けるつもりだけどね」
「最終手段の話だから」
「じゃあ大丈夫かも!」
みんなにフォローされて、パンフェルはしゃきっと顔を上げる。
「その、例の最終手段は」
ソラールと聞けるわけもなくぼかしてセレマリオンに質問をすると、ゆるく首を横に振られた。
「彼はずっと黙ってる。なにか狙いがあるみたいだ」
「誰のことだ?俺様?」
きょろきょろと該当の人物を探しながらヒューエトスは尋ねてくる。
「お前がいつ黙ったよ」
「それもそうだな!あっはっはっは!」
「ともかく行ってらっしゃい。なにかあったらどうにか連絡するよ」
学生たちが簡単に荷物をまとめるのを待って、賢者や兵士たちに見送られながら建物を後にした。外に出て初めてそこがブルトーヌ軍の事務所で対策室の本部だったと気がついた。カジミールはなんだかんだ調査隊の援助を受け入れて場所も用意してくれていたのだ。
重苦しい灰色の空の下を歩く。空気が澄み風が吹く山上の首都と違い、港では海竜や流氷の影響が空気が留まり澱んでいるようだった。灰洞港、という名前に相応しい陰鬱さがあるとシトロンには感じられた。街を行く人々はぼんやりと空や海竜を見上げているか街中に立つ兵士に罵声を浴びせているかで、大多数は引きこもり怯えているようだった。
職人議連のオフィスは海の見える港近くに存在していた。赤レンガの正方形のビルでやたらと目立つ。そして壁には職人募集中、だの銀細工販売中、だのと書かれた横断幕が下がっていて、なるほどこれを読ませるためかとわかる。
扉を開けた内部も、天井の高い気持ちの良い内装だった。入口から見えるいくつかの部屋は壁も無く、互いに姿が見える透明性と開放感の強い作りになっている。それでいて気密性や防音性を求められる作業をするための作業室もいくつか存在していた。
「オフィス綺麗だね」
ミネオラの素直な感想に、パンフェルも素直な感激を返す。
「ありがと~!二年前にワイヤンって大貴族からの援助でね!掘っ立て小屋をだましだまし使ってたからすっごく嬉しい!」
「あぁ、クラーラナから聞いたな。職人議連は今何人くらいいるんだ?」
「えへへ~事務員いれてたったの十人!職人にいたっては一人だからね」
「え!?」
思ったよりも少ない人数に全員が思わず叫んでしまった。受付に座る中年の女性が困ったように笑っている。
「風前の灯火!?」と叫んだシトロンの頭をガラクテアがはたく。
「はっきり言うでないわ!!」
パンフェルの案内で廊下を進む。壁には額縁に入った銀細工のデザイン案がいくつも飾られていて、博物館や郷土資料館の側面もあるようだった。
「でも見習いはあたし含めて五人いるから。さっき言ったトートさんが唯一の戦争前の職人の資格を今も持ってる人なの。実は資格の無い職人さんならそれなりにいるんだけれど、その人たちは法律で職人とは認められないし、作った物も職人の作品だと名乗れないってだけ。完全に途絶えそうってわけじゃないの」
「厳しいな」
「そこまでしなきゃブルトーヌの銀細工文化を守れないってなったんじゃない?知らんけど!」
列の後ろで学生たちが何か話し合ってうなづき合っている。それを横目にパンフェルは小さな声でシトロンたちに話しかけた。
「ミネオラちゃん班長さんだから余計頑張りたいっぽいの。あたしそれ超わかる」
「そうなのか?」
「見習いの中ではリーダー的存在!」
「他の見習いはどこにいるんだい?もしや避難とか」
パンフェルは目を泳がせて乾いた笑いを浮かべる。
「えーと、あたし以外は普段学校とか働いたりしてるからオフィスにはいないんだ~」
「逆に言うと専業はお主だけか。マジで風前の灯火」
「意地悪言わないでよ~!」
目的の個室についたパンフェルは、勢いよくノックをする。ドアを開けて中から出てきたのは、くたびれた様子の男だった。色素の抜けた感じの薄暗い金髪を適当にぼさぼさと伸ばした男は、お世辞にも清潔感があるとは言えないが、職人らしい無頓着さでどこか好感を抱かせている。
そして彼は、シトロンたちを見て明確に顔を強張らせた。
「……待った、なんだそのノーブルなお子さんたちは。また面倒ごとだろ!俺は帰る!」
閉まろうとする扉を全力で押さえながら、「かくかくしかじか~!!!」とパンフェルは叫んだ。それで伝わるはずがないので、セドラ含む四人は無理やり扉を開けて加勢しながら説明をした。
貴族の子息子女の六人はそんな様子を目を丸くして見ている。どうかこんな奴らに同調するタイプの騎士になりませんように、とガラクテアは切に願った。
「調査隊に街を案内するって!?お前が引き受けたんならお前一人でやれ!!!俺はもう引きこもって最期の日を迎えるための準備をするんだよ!」
引きずり出されたトートは受付まで移動させられ、受付のおばちゃんにカラカラと笑われている。
「君がトートかい?よろしく頼む、僕はキノト。君は腕利きの職人らしいじゃないか、僕を見たら創作意欲が湧くと思うが、もし作品にするなら事前にブレアルネイソル文化審査局に一筆いれてからにしてくれよ」
「なんかやべーのもいるし……」
「港の南と居留通りで調べ事したいんだって」
「南?」
トートは疑うように繰り返す。付き合いのあるパンフェルはそこになんか感じたらしく、うん?と首をかしげた。
「なんか引っかかるの?じゃあ港の方は任せたね!」
「こらこらこら俺を巻き込むな!おじさんもう頑張りたくないんだよ~朝から倉庫とかめっちゃ調べて片づけてたんだからさ~」
トートは心底疲れている様子だった。街がこのような状況では無理もない。
「何かあったんすか?」
「何も無いようにするためだよ。こういう隙に略奪とか目も当てられないだろ。戦争の時とかも備蓄銀ごっそり持ってかれたんだ」
「加工前の銀に価値があるとは思えないけど」
「あぁ、外国に売るってわけじゃないから……」
言ってから、職人は後悔しているような雰囲気を出した。受付の中でも女性はあぁ、と小さく息をついている。
「……なるほど、職人議連に加盟してない職人とかそいつらに作らせたい貴族とか組織とか」
察しの良いキノトが気遣うように、しかし深刻にならないよう明るく例を述べる。そういうことか、シトロンも得心した。
「あと商人が何食わぬ顔で再び職人議連に売りにきたり?」
彼は複雑な顔のまま口元だけ笑った。身内の汚さをわざわざ外国の王侯貴族の若者たちに言う必要なかったと考えているようだった。
「ともかく案内人が欲しいのじゃ。はよう支度せい」
「なんでこんな空飛ぶ女の子に急かされてるんだ俺は……」
トートは仕方なくと言ったように受付から地図を借りて机の上に広げる。灰洞港の港に近い西区画の中の南、ガレッドル方面にトートとコウジロウとキノト。もう片方の西区画の北側の居留通りにパンフェルとシトロンとガラクテア。そして学生たちは三人ずつに分かれることにして、ミネオラとセドラはシトロンたちと一緒に行動することとなった。
「居留通りっていうのは字のごとく、外国船の乗組員や商人たちが滞在する地域だ。旅行者向けの宿泊施設のある通りとは別で、行来には通行証が必要だ」
「中には入らない感じだから大丈夫」
「やけに厳重っすね。外国人街っぽい感じだと思ってたっす」
「先王時代に不法入国が相次いだせいで、船で入国した全ての人間を一時的に隔離する強硬策として誕生した場所なんだ。今はもっと緩いんだけど、船員とかは首都に入れないままだったりするし」
「首都はあんなに多国籍売りなのにな」
シトロンは馬車から見て回った首都の様子を思い返すが、ガラクテアは鼻で笑った。
「異国の文化の表層を取り入れたいだけじゃ。真に常識や価値観の違う異国の人間を受け入れたり、のさばらせたりするつもりはないということじゃな。搾取と言っても変わりない」
「あたしらそんな国に住んでるんだけどぉ!?」
「おっと失礼~」
「首都への道が閉鎖されてるのは外国人の侵入を防ぐ目的もある。自分たちも侵入したりされたりした歴史が、開かれた多国籍な国と自国民以外信用しない頑なさが変なバランスで両立する事態になっているって感じだな。おじさん的にはそういう難しいことわかんないから、戦争とか起きなきゃそれでいいんだけどねぇ」
トートはどこか呆れたように地図を片づける。なんだかんだ面倒見がいいらしく、一緒に来てくれるらしい。
「じゃあここで一旦別行動だ。無茶はしないのはわかってるが、どっちかっつうと無茶苦茶すんなよ?とくにキノト」
「僕はどこであっても僕であることをやめたりしないよ。つまり、諦めておくれ」
「オレが……頭を下げれば……」
「僕が面倒を起こす前提なのは気に入らないなぁ」
「ともかくじゃ、何を見つけても見つけられなくとも二時間後にこのオフィスに集合!わかったか小童ども!」
口々に返事をする中、ふとガラクテアは問う。
「……いつからあのやかましいヒューエトスがおらんかったのじゃ?」
それに答えられるものは一人もいなかった。
今ここに、迷子のドラゴンを探す任務も一行に追加された。
次は明日の20時以降に更新予定




