灰の港・2
『聞こえているかな?時間が無いからほんと走って!』
反射的に言うことを聞いて、先頭車両行きとプレートのある連結扉に向けて三人は走りだす。だがガラクテアはいまいちわかっていないのか「のじゃ?」とぼんやりしていた。
だがしかし、後部車両方面から凄まじい爆風が迫ってきて彼女は押し出されるように三人の元へ吹っ飛んできた。
「うおおおお妾を運ぶ名誉をフォー・ユー!」
「やかましいわ掴まっとれ!!!」
ガラクテアは慌ててシトロンの背中にしがみつき事なきを得る。重たそうな鉄扉が開いているので三人が飛び込むと、そこは賢者とヒューエトスがいる二両目の猫空間であった。内装はどこも一緒なんだな、とシトロンは一息ついて振り向いた。
連結扉が閉まると、一瞬遅れて扉が変形するほどの衝撃が扉を襲い、窓越しに見える三号車が大きく揺れた。
「な、なんだぁ!?」
「四人とも大人しく言うことを聞いてくれて助かったよ」
「がはははは!俺様のカリスマのおかげだな!」
特に何もしていないように見えるヒューエトスはいつも通り自信満々に笑った。
「何を言うとるんじゃこのチビは」
「俺様は縮んだだけだけどお前は元からチビだったろうが!」
「まぁまぁ。でも本当にヒューイ君のおかげなんだ。彼の未来予知でね。まずは猫空間から出よう」
まさかの功労者にシトロンたちは口々に礼を言うと、ヒューエトスは見るからに嬉しそうにどや顔を披露している。
「三号車の猫ドラゴンは平気だから安心してね」
「そりゃあ良かったっす」とコウジロウはホッとした表情を浮かべた。
猫空間から外に出ると、首都と同じ空だが見知らぬ街並みであった。だが潮の香りが強く、何より海竜が至近距離に見えていた。様々な青色を塗り重ねて黒に近づいたような、光沢すら飲み込む黒色の身体が海面から出ている。百メートル以上は離れているはずなのに、ここにいると肺の中から赤錆に浸食されているように身体の内から重たく感じられた。見上げると薄く賢者のバリアが薄く張られている。
「灰洞港かい?」
「その通り。君たちは猫空間を移動して二号車まできた。そして二号車は私とともに港にいたから、ここに出たというわけさ」
港の近くの、四方が囲まれた建物の敷地内だった。四人の移動は恐らく誰にも見られていない。咄嗟のことにもかかわらず配慮ができている賢者のことを、シトロンは改めて凄い奴だと思った。
「これ戦争で使われたらたまったもんじゃねぇっすね」
「そうだね。でもこの子たちは言うこと聞かないよ。人を乗せて旅をするのが好きなだけだからね」
「いやそこまで疑ってないっすよ!」
自分が思わずセンシティブな領域に踏み込んだ話をしていたと気づき、コウジロウは真っ青な顔を横に振る。そんな彼を見ていると、何故自分たちがこんな移動をさせられたか、の答えが二人の目に移りこんでいた。
「……あれか?」
山の上の首都に、見覚えのある城のような館。そこは氷の塊が落ちていて半壊していた。
「うん、まだ詳細は不明なんだけど。これから君たちにはそれを調査してもらおうと思う」
「海竜じゃあ」
「ない。それだけははっきり言える。彼は約束の時刻までは一切動かないと兵士たちに告げている。明日の昼十二時が刻限らしいが、誰との約束なのか、十二時になったら何をする気なのかは不明だ。その調査は私が引き受けるよ」
クラーラナが一つの例として言った『王の余裕は海竜と結託しているからでは』という言葉がシトロンの脳裏をよぎる。
「約束……」
「兵士たち複数名からそう聞き取りした。まだ海竜本人に聞きに行ってはいないよ。下手にドラゴン……ヒューイ君とかを近づけて刺激しちゃいけないからね」
「大物ってのは困るな!」
「僕もその気持ちよくわかる!」
楽しそうに笑う二人を後目に、まぁソラールの接近に慎重なんだな、と三人は考えていた。
「私たちが思っている以上にこの灰洞港は混乱していて、兵士たちの大半は海竜への備えや怪我人の救護より、暴徒寸前にまで陥った民への対応に追われている。余所者の私たちに構っている暇は無いみたいだから多少動きやすい。おっと彼だけは紹介しておこう。カジミール!」
廊下を歩く一人の大柄なブルトーヌの鼠色の軍服を着た男をセレマリオンは呼び止めた。まだ三十半ばといった彫の深い神経質そうな男は、見知らぬ三人の異邦人と、空を飛ぶ人外少女に眉をしかめる。そして逡巡の後、嫌そうな顔のまま歩いてきてくれた。
「この方はカジミール。ブルトーヌ軍の実働隊長だ」
シトロンは、この不機嫌そうな顔が誰かに似ている、と思った。ブルトーヌ人にろくな知り合いはいないために気のせいだとはわかっているが、それでもなんだか引っかかった。
「自分はカジミール、隊長だ。今は忙しい、以上。……問題は起こすな。なるべく早く立ち去るがいい」
最低限の礼節は尽くした、という様子で彼は大股でのしのしと去ってしまう。彼と共にいた兵士たちもこちらに頭を下げたり疑いの眼差しを向けてきたりと様々だった。
「自分より偉い大貴族が首都に籠って一切の連絡を絶っているせいで、何もかも彼の腕にかかっているそうだ」
「でもなんというか、まだ若いよな。もっと年長の奴が責任背負わされてもいいだろうに」
カジミールたちが見えなくなっても、彼の秘書が一人所在なさげに廊下に残っていた。そして何やら決意した表情で一行の元に近づいてきて、小声で声をかける。
「調査隊の王族の方々ですよね」
「この輝きの通り」とキノトは胸に手を当てて決め顔をしている。
「こいつは無視していい」
「……実はですね、カジミール様はデュノール王の息子なのです。王位継承権は失っておりますが」
「え!?」と四人のみならずセレマリオンも驚いた。
「あぁ、誰かに似ていると思ったらそういうことか」
シトロンは先ほどの既視感に答えが出てすっきりとしていた。
「そういえばジアンカ様と結婚した時彼はすでに五十を超えていた。すでに妻子がいてもおかしくはないのか」
「大国から嫁が来るから妻子を追い出して再婚、っすかね。正直好感度が地に落ちましたけど」
「はい……。ですので、こういった事態になっても民は彼に狂信的な信頼を寄せていたり、逆に不当な批判をしたりして、本当に辛そうでして……。弱音や本音を誰にも伝えないんです、あの人」
秘書は長いまつ毛を伏せて悲し気に俯いている。
「元とは言え王子なんだからなんとかしてくれるはず、と、捨てられた王子なのだから王が再び見捨ててもおかしくない、と。この事件を解決して王族に返り咲こうとしていると穿って見る者もいるかもしれないな」
「大体そのような感じです。冷たい人に見えたかもしれませんが、どうかご協力のほどよろしくお願いします。我々には皆様のお力が必要なのです」
頭を下げようとする秘書を、賢者はそっと止めた。
「あなたのお立場で易々と頭を下げてはなりません。……旦那様のことを真に考えるのであれば」
秘書は目をぱちくりと瞬かせてから、緊張がほぐれたように少しだけ微笑んだ。
「私が結婚したのはただの働き者の隊長さんですよ」
「それでも、つつかれる隙は少ない方がいい。自分の男を他人につつかれるのって嫌じゃないですか?」
セレマリオンの言葉で、彼女はとうとう声をあげて笑った。恐らくそれがいつもの彼女に近いのだろう。口元の笑い皺がよく馴染んでいて、彼女を一層魅力的に見せた。
「はい、すっごく嫌です!気を付けますわ。……ありがとうございます。私は私で頑張りますね」
「オレたちも努力します。この国を助けるために来たんですから」
思ったより対外的な発言を自然にしたシトロンに、ガラクテアは驚きを隠せずにいた。
秘書は顔を上げて、シトロンたちをしっかりと見据えた。
「どうか一緒に戦ってください。無理はしないで、何かあったらすぐに逃げて。それでも、よろしくお願いします!それでは私はこれで」
先ほどのまでの悲痛な面持ちとは打って変わって、軽やかな足取りで彼女は夫の後を追った。こういた小さな輝きが積み重なって希望になり、困難を打破する力になるのだろう。シトロンは柄にもなく感慨深い気持ちで彼女の背を見送った。
「それで王様はどうだった?協力できそうかい?」
明るい方へ流れて行きそうな空気が、セレマリオンの問いで一転、また暗く淀み始める。
「……えぇと。四号車の猫は」
『俺抜きで説明してみせて』
どうやらすでに近くにいたらしい。何も無い空間から聞こえてきた幼馴染の叱責を喰らい、シトロンは渋々と自分の言葉で賢者に説明をした。途中キノトが何度も抜けた部分を指摘してくれたために、おおよそは伝えられたはずだった。
「トロイを持つ、かつて竜殺しを行った王様か……。きな臭いね。私も気を付けておこう」
「ところでオレたちはどこをどう調査すればいいんだ?」
「見当はつけてあるよ。こちらへ」
賢者の案内で建物内の一角の部屋に案内された。扉前にはカレンシアの兵士が数名立っていて、セレマリオンを見て敬礼する。室内には書類を整理したり地図に次々と印などをつけている学生たちと、付き添いのセドラがいた。
「よー無事だったか」
「こっちのセリフよ。まぁ死んでないならいいわ。エトロたちは?」
「猫空間の中にいるよ。ミネオラもやっほー」
顔は知っているが全く話したことのない姉の友人に親しげに話しかけられたミネオラは、どうしていいかわからなさそうに目を泳がせる。セドラが小さく「気にしない気にしない」と声をかけたことで落ち着いたように、ぺこりと会釈をする。随分と彼女になつかれたようだった。
よく見るともう一人騎士学校の制服を着ていない現地の少女がいて、どこかわくわくした顔でシトロンたちを見ている。ミネオラは少女に「じっと見てたらだめだよ」と小さく窘めた。
シトロンはここでハニーベルの言う印象とはだいぶ違う女の子なんだな、と気がついた。恐らくこの少女は現地で出会った子だ。セドラやこの少女とすぐに打ち解けた様子を見るに、そこまで暗くて怖がりで自信の無い少女には見えない。
「こんにちわシトロン様。賢……教授、言われていた仕事はみんなでほとんど終わらせました」
「ありがとう。いやぁ、細かい事務仕事をしてもらえて本当に助かるよ。それでね、それが終わったら君たちも街に行って欲しいんだ」
その言葉に六人の学生たちに動揺が走った。誰も不平不満を叫んだりはしないが、その顔に恐怖が浮かんでいる。
「勿論危険なことはさせない。兵士たちも同行する中でこの三人の身辺警護をしてもらいたいんだ」
さりげなく抜かれたガラクテアは「?」と首をかしげる。
「あぁ、そういうことでしたら」
「頑張ります!」
学生たちは安心したのか、先ほどとは違いキリリとした顔で返事をした。唯一ミネオラはワンテンポ遅れて大きく何度も頷いた。おっとりしている、が彼女の正しい評価かもしれない。
「オレらも守ってやるから安心してくれ」
「それで道案内を」
「はいはいはい!あたしがご案内します!!!」
セレマリオンの言葉を遮ったのは、さっきからちょろちょろと視界に入っていた現地人の女の子だった。賢者はしばし考えてからシトロンたちに彼女を紹介する。
「この子は職人議連の見習い職人のパンフェル。地図の説明を頼んでいたんだ」
「どうもー!」
声は大きいが小柄な少女は、金色の髪をポニーテールにして明るく活発そうな風貌をしている。
「ありがたく案内してもらおうと思う。でも港の南と居留通りの二手に分かれてもらいたくて」
「じゃあ一旦全員で職人議連のオフィスに来てください!トートっていう職人さんが暇してると思うので。男の人だし丁度いいかも!」
「うん、そうしてもらおう。そこからは君たちで適宜話し合ってくれ。多分レウカ君たちは向こうは向こうで色々考えて行動すると思う」
そういえば心配をかけているよな、とそこで初めてシトロンはレウカたちのことを考えた。色々突然ありすぎて頭が回らないのは自分の悪い癖でもある。
「向こうにも猫はいるし、無事なことだけはわかると思うよ。彼女たちには氷塊そのものの調査をしてもらいたいし」
「大船に乗ったつもりでいてください教授」
珍しくしおらしいシトロンを気遣ったのか、キノトは芝居がかったセリフを吐いた。
「がはははは!安心しろ人間たち!俺様がいるからにはその船は空をも飛べるぜ!」
ヒューエトスは素で乗ってきた。
「というか一緒に来るんすか」
「ねぇ……君ってどこの子?危ないからおうちに帰った方がいいよ?」
「そうそう!お姉さんたち今からすっごく重大な任務があるんだから!」
ミネオラとパンフェルの悪気の無い子ども扱いに、ヒューエトスは一気にしゅん、と落ち込んでしまうのだった。
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