談笑・前
「ジアンカ王妃についてお話したいことがあります」
レウカの部屋にはクラーラナが訪れていた。イクシアたち兵士は馬車の警護と廊下に数人の護衛として配置しているが、室内にはハニーベル一人であった。
「個室にそれぞれ通したのはそういうことですか。ベルはいてもいいかしら」
薄々その話をしなくてはならないと考えていたレウカは、この密談に三人目の出席許可を求める。
「姫様がいいのであれば」
「いいの?」とハニーベルは所在なさげに小さく問うた。性格上ここで退く気は無いが、レウカの姉の問題に首を突っ込むことでレウカが傷つかないかどうかは気にしていた。
「傍にいて」
だから、彼女に必要とされたのであればあれこれと思考を巡らせることもない。
「わかったわ。口を挟まず、でも近くにいる」
「ありがとう……!では聞かせてください、クラーラナさん」
ローテーブルを挟みソファーに座る二人は、互いをしっかりと見据えた。
「……ジアンカ王妃は十六で嫁いできてから、毎年のように出産しているわ」
予想していたことであっても、言葉を失った。レウカは動揺を顔に出さないよう努めながら、どうぞ、と続きを促す。そんな彼女の顔色を窺いつつクラーラナは話をする。
「血の契約を……ドラゴンと通じることのできるカレンシア王家の力をブルトーヌ人にも移そうと躍起になったのね。そのせいで王妃は常に栄養失調、酷い状態よ。流産したのも一回じゃないわ」
ハニーベルはソファーの後ろに立って二人を見ていた。今は主君の横顔をじっと観察している。倒れるようなことがあればすぐに止める気であった。
「一日中ベッドの上から動けないことも多くて、わたくしはいつも本や工芸品を持って訪ねるのだけれど、あまりお心を晴らしてあげることはできていないわ。だから、そんな状態で妹さんに会いたくないというのはちょっとわかってしまうもの。妹には知らずにいてほしいことだってあるわよ」
「……そう、ですね」
聞き分けの良いレウカと裏腹に、ハニーベルはぴくりと眉をしかめた。
「そして何より、この八年一度も王妃の力を受け継ぐ子供は生まれていないわ」
二人はバジル王子にしか会っていないが、その異常性はなんとなく感じられた。
「特別なことはとくに必要ないはずです。変に条件があれば、王家はとうに途絶えているでしょう」
「そうね、私もそう思うわ。一体何が原因なのかわからないけど、ともかく魔力を一切持たない王子や姫が次々と生まれて、王も大貴族も今更夢を捨てきれずに……」
そこでクラーラナはふぅ、と息をついて紅茶に手を伸ばして小休憩をとった。
「一ついいかしら」
落ち着いたタイミングでハニーベルは声をかけた。
「どうぞ」
「どうやってガレッドルにドラゴンをけしかけたの?」
クラーラナはカップをテーブルに置いた。かちゃんと音が立ち、彼女の動揺か苛立ちか何かしらの感情が垣間見えた。クラーラナははぁ、とこれ見よがしにため息をついた。
「……………………嫌な質問。私の夫が軍務大臣って知っているでしょう?」
じっとりとした目で睨まれたハニーベルは、その程度で怯む女ではなかった。
「みんなの前で聞くわけにはいかないじゃない?グロッグやキノトにそのカラクリは教えたくないんじゃないかしら。でもあたしたちカレンシアの人間が協力するには必要な情報だと思ったの。もう一匹奥の手みたいに隠されていたら困るのよ」
レウカにはわかっていた。本当はアナトの前で聞くことが憚られたのだということを。優しいベル、と心の中だけで呼びかけて、口を挟まずに待つことにした。
「アカシアの街に、卵を」
意を決したクラーラナは、ポツリと呟いた。
「卵?」
「……レコメダの研究機関から、卵を手に入れたの。正当な取引よ?それを民間人に化けた部下が街中に仕込んでいた。そして合図でその卵を割ったの」
二人は言葉も出せずに驚くしかなかった。
「あのドラゴンは報復のためガレッドルに降り立ち、復讐を終えて卵のあった場所で傷心を慰めている。……この情報をあなた方に明かしたことには凄まじいリスクがある。わたくしもそうだし、夫もよ。でもあなたたちの協力を得ることは絶対に必要なことなの」
脂汗をかいているクラーラナは、やけっぱちとまではいかないが多少据わった目を見せた。
「でもドラゴンの卵ってどういうこと?」
「一個の完成された生命体であるドラゴンであっても、卵を産むことはある。理由こそ様々だけど、自分の分け身であることが多いのは確かよ。魔力の株分けって言えばいいかしら。つまりそのドラゴンはスペアの自分を殺されたようなものなのよ」
「そりゃあ怒るわね……」
「恐らく研究機関に自ら貸し出していたものなのだと思うわ。それを金か何かに目を眩んで手放した愚か者がいて、わたくしたちはそれを利用した」
レウカはふとあることに気がついた。そしてそれを確かめてみることにした。
「もしかして、私たちに協力を要請した謎の大貴族というのはクラーラナさんなのですか?」
クラーラナは少しだけ思案してから、茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「……ばれちゃった?」
「やはりそうだったのですね!」
予想が当たって喜ぶレウカと違い、ハニーベルは一層眉間の皺を深くした。
「この告白は罪の意識から?」
隠しもしない敵意と疑いに貴婦人は苦笑いした。
「あなたたちを盤上に引きずりあげるためならなんだってするわ。あの海竜にブルトーヌだけでは立ち向かえない。……王の竜殺しにはきっとカラクリがある。そしてそれは、使えないんじゃないかしら」
「どうしてそう思うの?」
トロイのことを知っているのか知らないのか、二人にはまだ判断がつかない。ここは泳がせて聞き出すか、とハニーベルは理由を問うた。
「五日間何もしなかったから。演出にしては長すぎるわ。奥の手があるなら三日目くらいでやるべきよ。未曾有の危機と劇的な解決を圧倒的勝利の高揚感に繋げられる時間はとうに過ぎたわ。あなたたちは街と民を見たでしょう?みんなもう疲れてしまった。今更王が一人で解決してもそれは王への不満に繋がる。いっそ竜と結託しているから余裕綽々って方が納得できるもの」
「結託していると思う?」
クラーラナは首を横に振る。
「いいえ、現実的ではないわ。血の契約を受け継いだ王の子はいないし、王妃は一度も城の、あの塔から出たことがないもの……」
「お姉様……」と姉を案じたレウカの声は、本人に届くことは無い。
「つまりブルトーヌにはドラゴンに命令する術は一つも無いのね?」
「わかっていただけたかしら」
レウカはすっと目を閉じた。周りから見ればじっくりと考えているようでいて、彼女はこの瞬間使える限りの魔法を使って周囲を検査し調査し捜査している。そうして目を開けた。
「信じましょう。この国からは不審な魔力の類は一切感じないもの」
どこか身を固くしていたクラーラナは、ほっとした顔になった。
「ありがとうございます姫様。ここで話したことはどうか内密に。戦争責任は……いつか我々が償う時が来ます、ですが今だけはどうか」
「猶予を与えただけです。とはいえあなた個人に責があるわけでもありません、あなただけが気を病むこともないのですよ」
「ありがたきお言葉、恐悦至極でございます」
あらかじめ準備してあったような言葉をつらつらと綴った後、クラーラナは再びその人懐っこさを捨てて厳しい表情を浮かべた。
「お姉様のお話ですが」
「……まだ気になることが?」
「血の契約とは、そんなに大切なものなのかしら」
ここからは一対一の”談笑”なのだとレウカは理解した。交渉ではない、だが決して気を緩めてはならない。彼女は大貴族の妻で不可解な立ち位置にいたモローとも繋がりのある女性だ。ここで下手な会話をしてしまうと後々の面倒を引き起こす可能性は高い。子供の頃から姉たちが口を酸っぱくして言いつけていたことを、今更ながら懐かしく思う。イースは今も『気を抜いてはいけないよ』と言ってくれるが、あまりレウカをそういった矢面に立たせたくはないようだった。
しかしここに家族はいない。レウカは慎重に言葉を選ぶ。
「……私からすると誇りであり、絆です。それは家族や国や民、そしてドラゴンたちとの懸け橋や言葉でもあります」
「それが戦乱を招いても?」
すかさず彼女は反論を用意した。あぁこれは、最初からこの討論に持ち込むことも目的の一つだったのだな、と遅れながらレウカは理解した。とはいえ今は乗る他無いが。
「どういうことでしょうか」
「帝国はドラゴンの支配からの脱却を謳っているわ。正直今までだって支配されていると感じたことは無かったけど、今回の海竜を見てちょっとわかったの。世界のどこかに気まぐれでわたくしたちを一瞬で灰燼に帰す圧倒的な力が存在していて、言葉も心も通じない彼らにわたくしたちができることは、機嫌を損ねないように息をひそめて気まぐれを恐れて祈り続けるだけ。
支配と言うのは直接的なことだけではなくて、そういう心の余裕と選択肢を奪い去り、言動を、心身を、人生を縛ることでもあるんじゃないかしら」
クラーラナはまるで演説のように堂々と訴えかけた。
「どうかわたくしたちを害さないでください、とびくびく怯えながら生きていくことは、自由なのかしら。この国にはドラゴンにご機嫌伺いできる人なんていないんだから」
「そういう時のために私のような」
レウカの言葉を遮り彼女は言い放った。
「つまり、ドラゴンがいる限りはあなたたち血の契約者、つまり異国の執政者のご機嫌伺いをしなければならないということよ」
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