破滅の蒼鈍・5
「……この家、新しいよな。首都の街並みも」
シトロンはオーデ邸のみならず、先ほどまで見て回っていた首都について思いを巡らせていた。クラーラナが誇らしげに案内して説明してくれた、ブルトーヌという国の歴史と歩みと精神性を象徴する多国籍な街並みを。
猫空間からではあるが、同じように街を見ていたエトロは主君の考えていることをなんとなく想像しながら同意する。
「クラーラナさんの話を鵜呑みにするならば、銀のドラゴン討伐時に大地震や家屋の倒壊等が起きている。そこで大規模な復興としての区画整理が行われていてもおかしくは……もしかして、計画的なものだと疑っている?」
途中、彼女の考えに思い至った。シトロンは肯定する。
「”何も無い”ように作ったんじゃないかって。理由とかはまだ一切わかんないけどな」
「妾も同意見じゃ。ううむ、魔術の使い手がいるといったな?人の子の言う魔法と魔術の違いはなんじゃ」
ガラクテアは真面目な顔で疑問を口にした。
「えぇ、ばあやとメイドのブーシュカ。二人は南の砂の民の血を引いています。南では魔法とは根本的に違う技術で魔力を取り扱う。それを区別して魔術と言っています」
「……妾の感覚で言う西洋魔術と陰陽道みたいなものか。魔術使いの話が聞きたい、呼んでくれ」
「どうした?無茶苦茶できる奴っぽい」
「元々妾はできる奴なんじゃ!ちょっとへこたれててやる気が無かっただけで!」
「へこたれてたのか」
う、とガラクテアは恥ずかしそうに宙に目を逸らした。そうか、へこたれていたのか、とシトロンは何度も反芻して飲み込んだ。ドラゴンだろうと創世竜だろうとへこたれるものはへこたれる。例え全く別の生命体だろうとなんだろうと、同じところや似ているところはあるものだ。そこから目を逸らすことも、過剰に同調し同一視することもない。
もっとフラットなお互いでありたい。シトロンはこのところ考え込み塞ぎ込んでいたガラクテアにどう接したいのかの答えが出た気がしていた。
「ブーシュカ、来い」
ともかく今はここの調査だ。シトロンが呼び出すと、猫空間から褐色のメイドが現れた。彼女はエトロとは違いふらついたりしない。軽やかに着地して長いエプロンドレスの裾をつまんだ。
「はいは~い、超絶できるメイドちゃんのブーシュカでございま~す。さて、なんのご用でございましょうか」
「もしかしてお主の使う魔術とやらは魔力を消費するのではなく、そのまま循環ないし変換させるのではないか?」
ガラクテアの言葉に、ブーシュカは驚きを隠せないようだった。
「まぁ!正解でございま~す。流石ドラゴン様、超賢くてカッコいいでございます!
「ふふん、まぁの」といつものドヤ顔を披露する。
「何が違うんだよ」
どう説明したものか、とガラクテアは呟く。シトロンの学力や頭脳が問題ではないようだ。
「そうじゃな、お主らの使う魔法とは魔力を消費し、世界から失われた魔力と釣り合う何かを世界に顕現させる”法則”なのじゃ。値段分の金銭を払えば物が買えることと同じ、等価交換をやっておる。じゃが魔術はそうではない」
「はぁ~い。魔術は魔を操る”術”にございますれば。技術と工夫でございますね。魔力を借りて魔力の形を変えるだけ。使って消費したりしないのです」
「……つまり魔力のあるなし……消費済か未消費かじゃなくて、魔力が違う形に変化しているかどうかを調べたいということですか」
納得したようなエトロは、理解を諦めて窓の外を見ている主君を気にしたりはしない。
「その通りじゃ、やるがよい」
「了解でございますれば~」
ガラクテアの命で、ブーシュカは袖をまくって腕に刻まれた入れ墨を露わにする。砂の民に伝わる文字だったっけな、とシトロンはぼんやりとその光景を眺めていた。文字を持たず魔術によって思考をダイレクトに送り合う星の民と違い、砂の民は文字一つ一つに多大な文章と意味を封じ込め、それを触ることでそこに含まれた膨大な情報を共有する。
彼女の腕に刻まれているのはそういうもので、いうなればブーシュカの腕には数十冊分の情報が記載されているのだ。一族の子孫ほどその文字は増えていくという。
ブーシュカは腕を交差して、刻まれた文字を一つずつずらして合わしていく。こうすることで己の身体に流れる情報を引き出しているのだ。目を閉じてそのまぶたの裏に浮かぶ情報を精査している。
図書館で目当ての本を探し当該ページを閲覧しているようなものだと説明されたことがあった。彼女は今、この状況で使える技術を求めているのだ。変化した状態を見極めるための術式、工夫、そういったものを探し、その次にそれを学び、実践してみる。頭の中だけで行われる途方もない努力に、シトロンはいつだって敬意を抱いていた。
「……昔からこういう時魔力を一切感じなかったの、使っていなかったからってことか」
「子供の頃から一緒にいたせいで、魔術ってちょっと変わった魔法って思っていて深く考えたことがなかったのが仇になったな」
幼馴染の忌憚なき会話にメイドは微笑ましそうに参加した。
「わたくしも結構そんな感じでございますからねぇ……生まれも育ちもローマンデルジェイですし?おっと、これは……ガラクテア様、当たりでございます」
ブーシュカは目を開けて掌を上に向けた。そこには何も見えないが、何かの端を掴んでいるような感触は二人にも感じられた。ガラクテアはふむふむ、と何やら納得していた。
「首都全体の魔力が何かしらに変換されて城に集積されているようです。ちょっとスケールがデカすぎて正直これ以上追えない感じでございますです」
「変換と集積は確かなのじゃな?」
「はぁい。魔力ではなくなっているのは確かでございます」
「ちょっとついていけないんだが」
言外に”説明をしろ”と頼まれたエトロは、まず自分の疑問をぶつけることにした。
「魔力をそのまま火力に変化することってできるのか?」
「理論上では。大気中の魔力を全て爆発力に変換すれば、材料も魔力も消費せず爆弾や爆破魔法も使わずにその空間はちょっとしたことで起爆し続けるって感じでございますねぇ……。余程の使い手でなければ起爆と沈静化の条件を定めることすら無理ですし~、永続的どころか一定時間だって変換した状態を保ち続けることも夢物語でしょうけど」
「考え得る中でも最悪の状態だなそれ」
「……それって、通常では持ちもの検査や魔力探知をしても無意味ってこと?」
「そうでございます。爆発だけをそこに移した、でしょうか。ローマンデルジェイでは我々のようなものが人も物も出入りの際は魔法のみならず魔術で検査していたんですけど、北の方では無防備でございましょ?ほんと信じられないでございますよ」
「マナを作ろうとしていた、ってのはどうだ?無理かな」
シトロンの問いに、三人はそれぞれ長考する。竜脈に自然に溜まった過剰魔力の結晶がマナである。それを作為的に作ろうとしたのではないかと言うのがシトロンの考えであった。デュノールがトロイを持っていたのも、帝国と繋がりがあってソラ・グラムを使用したのではなく魔力で作ったわけではないからトロイになったのでは、と。
「ちょっと無理があるんじゃないか?マナってつまり、魔力の塊だから、魔力が必要だ。つまり消費されるっていうか、等価交換……材料無しに新たな物質は作れないだろう」
料理を作るのに食材を使わないでなんとかしようとしている、とはシトロンもわかっている。エトロの言うことはもっともだ。だがガラクテアが意見を述べる。
「いいや、マナを作るほどの土地の魔力が無いこの地で、マナもしくはそれに準ずるものを作る方法は一つだけ。生命力じゃ。生命力でならマナが作れる」
「生命力でございますか」
「お主ら人間の魔力はその血に流れておる。じゃが死ねばその血中魔力はすぐに失われる。地球が生きているから竜脈が流れ続けるように、人は生きているから魔力があり続ける。じゃから血液というのは魔力そのものでもあるが、それと同じように生命力もまた魔力に変換できるんじゃ」
「生命力が魔力に?」
「じゃから生命力でマナを作れるとしても過言ではない。土地が瘦せているブルトーヌは魔術による変換を悪用した。事物から巻き上げた魔力を変換した生命力で地道に作るしかなかった、じゃな」
「どちらにしろ」
使わない、減らない、捧げない魔術では新たな物質は生まれないのでは、というエトロの当然の疑問はブーシュカによって遮られた。
「いいえ、悪用の名に恥じないでございます。実は魔術は完全に魔力量を変化させないわけではありません。……増やすことはできるのです」
シトロンが頭に?????と浮かべていると、ガラクテアが説明をしてくれた。
「生命力に変換したというのがミソじゃな。つまりこの国は疑似的な人間を模しておる。人間というのは基本的にため込むことのできる生命体じゃ。つまりどこかしら欠陥があっても体内で補填し生命活動を維持できる。血液もそう。シトロンにもわかるように言うと、体内には常に血液の材料が確保してあるんじゃ。だから多少の出血ならすぐに補充される」
「……すぐに補充される多少の出血分の血液もとい血中魔力をちょろまかしてもなんとかなる?」
「その通り!」
「悪用じゃねーか!無から有は作れないって話だったろ!」
シトロンは納得がいかないというようにわぁわぁと喚いた。防音機能もろくにないかもしれないが気にしない。どうせ隣はコウジロウだ。文句は言えまい。
「変換したものから生み出したものは別換算なんだ。魔力を火に変換して森を焼いて増えた炎は魔術による炎ではなくて物理的な炎って具合?」
「そうでございます~さっすがエトロちゃま、賢い賢い」
「や!め!て!」
ブーシュカは自分より背の低い年下の少年を撫でようとして、顔を赤くして怒られた。
「デュノールが持っているのがマナではなくトロイ……異常マナである理由もまぁそんな大したものでもなく、純粋な魔力で作られていないから、くらいのことかもしれんの。断定はできんが頭の片隅にでもいれておけ」
「生命力、つまり人間の命から直接マナって作れるのか?」
純粋な疑問に対し、銀河の女王は思いっきり顔をしかめた。そこまで唐突な質問でもあるまいに、と口を挟もうとしたシトロンだったが、彼女が思ったよりも苦虫を嚙み潰したような顔で言葉を選んでいるために大人しく返答を待つことにした。
「……可能じゃ」
「なんでそれをしないんだ?ちょっとずつなら国民を殺さずに済むだろ」
「人間を生贄にするとろくなことにならん。今はそれだけ覚えておけ」
それ以上は何を聞かれても答えない、とクラーラナがしたような態度を彼女もとった。三人は仕方なく納得することにして、話を切り上げた。
「ともかく、この館だけが怪しいってわけじゃないのはわかった。それだけでもいい」
「今更だけど密談はここじゃない方が良かったんじゃないか?」
エトロはきょろきょろと室内を見渡す。盗聴魔法は無いが等しく防音魔法も無い。一応彼が即席の防音魔法を展開してはいるが不安は隠せないでいた。
「妾が保証する。この会話は聞かれとらんよ」
しかしガラクテアは想像よりもはっきりと言いきった。
「安心できるようなできないような感じだな」
「今一番何者かが聞く価値のある話はレウカたちがしておるじゃろうからな」
次は明日の20時以降に更新予定




