破滅の蒼鈍・4
クラーラナは話しているうちに調査隊が興味を持ちそうなことを思い出し、話を続けた。
「あと多国籍と言えば、港のある灰洞街は様々な国の商人や船乗りたちがいるのよ。彼ら向けの宿やホテルも沢山あって、お土産屋さんも多いわ。銀細工もちょっとは売ってるわよ」
そこまで言って、彼女はみんなの顔を見まわしてう~んと悩みだした。
「えぇと、みんな若いわね、銀細工のことは」
「一応聞いてきました。昔は銀を司るドラゴンがいて銀細工と職人はブルトーヌの誇りだったと」
レウカの返答にクラーラナは表情を明るくした。
「じゃあ大体全部知ってるわね。銀は産出量ががくっと減ったけど、ゼロになったわけじゃない。今でも細々ととれて、細々と新作が作られているの。例えばこれとか」
クラーラナは自分の首元に光るチョーカーを指した。ロイヤルグレーのドレスと合わせたグレーのレースタイのところどころに銀が光っている。凄まじく精巧で手間のかかるものだと誰にでもわかるほどの逸品であった。
「職人議連にも戦争を生き抜いた職人や若い職人見習いも多数在籍しているわ。今はワイヤンという大貴族が職人議連のバックについて彼らを守ったり導いたりしているのよ。性格はあれだけど商売が上手な青年よ。下心があるにせよ大貴族で唯一灰港街に住居を構えているんだもの」
「やはりみんな首都にいるのですね」
「えぇ。わたくしと夫は有事の際に下へ降りる、という感じね。……この五日間、国としての方針もなかなかまとまらず夫は会議場を抜けらえず、わたくし一人で多少の指揮はとっていたけれど、もう現場の兵士は限界。今すぐにでも何かしらの対策か、大貴族たちからの明確な指示があればいいのだけれど」
「王ではないんだな」
シトロンのツッコミに、クラーラナはわかりやすく眉をひそめて肩を落とした。
「……嫌な所を突くわね」
「館についたら旦那さんがいるんだろ?今のうちに聞いとかないとな。外国人のあんたから見て、大貴族は横暴だと思うか?」
ここが勝負どころと言わんばかりに、シトロンは攻め手を緩めなかった。それに異を唱える者もいない。
「告げ口はしないよ?」
キノトの二打目に、クラーラナはすでに囲まれていることを認めて、小さく笑った。
「それはなんとなくわかるわ。そういう戦い方は下策だと考える人の集まりだ、って。姫様は人道に劣ることはしないタイプですわね?」
「そう在りたいとは考えています」
「誠実ですこと。お姉様にそっくり」
ジアンカの話をされたレウカに動揺が走った。彼女はその一瞬を見逃さず、目だけで笑う。
「……あらちょっとお待ちになって。ジアンカ王妃についてはまた後で、二人きりで」
クラーラナは大きなため息をついて窓の外を見た。
「そうね……大貴族が王を傀儡にしていると考えているならそれは間違いよ。大貴族はむしろ、その権力を振りかざせていない。デュノール王は依然圧倒的な力を持って君臨しているもの」
「それは武力と言う意味?」
「半分。……銀山のドラゴンが討伐された時、わたくしはまだ一人の留学生だった。それでもあの光景は忘れられないわ」
窓からは城と、その後ろにそびえる銀山が見えている。主を失った後もそこに存在し続ける銀山には、年中溶けない雪化粧が施されている。
「国中に咆哮が轟き、目が潰れるほどの鈍い青色の光が銀山ごと城を包み、遅れて大地が震動した。その時崩れた積み荷を避けて怪我をしたところで夫と出会ったわけだけど」
クラーラナは十一年前のあの日のことをぽつぽつと語ってくれた。
「……地震は五分は続いたわ。もうこの国はダメかもしれないと思ったほど。建物はガラガラと崩れて、人々は逃げ惑うこともできない。そこに、王が現れたわ。銀山の坑道から、悠々と。何メートルもあるドラゴンの首を引きずって現れた」
あの運命の日、呆然と見上げるしかない民に向かい王は口を開いた。後光のように刺す、空の灰色を混ぜたような不安にする青い光をまといながら、王は顔を歪ませ笑った。
『民よ、もう竜に傅く支配された日々は終わったのだ。我々はかつての強いブルトーヌへと戻ろう。そしてあの青い地平への凱旋を約束しよう』
その時、青い光は飛び散った、クラーラナにはそう見えた。そして国中にばらまかれた不吉な青色は人や物に溶けていったと思うと、そんなことは関係のないくらいの大きな歓声がそこかしこから響いてきて、もう光のことなど考えられなくなった。
「熱に浮かされたようなお祭りムードだったわ。わたくしの傷を見てくれていた夫は教えてくれた。ブルトーヌ人の多くはガレッドルこそが奪われた祖国だと思っているって」
「それは」と流石にアナトは口を挟んだ。彼女の剣幕にただならぬものを感じたのか、クラーラナは慌てて手を振って否定する。
「歴史的にはおかしいですわ。ブルトン人があの土地を手に入れたことなど一度もありません。ですがそれは関係ないの。ブルトーヌではずっと、先王より前の時代からガレッドルは自分たちの国だと教えてきたってだけなのよ」
険しい顔のまま、アナトはおとなしく聞いている。
「厳しい環境の中生きる民を統率するためのアイデンティティ、ナショナリズム。そういう意図でね。勿論わたくしはレコメダできちんと歴史も学んでおりますからね!いっそ笑ってしまったくらいよ。……そして、大貴族たちはきちんとそれを知識としてわかっている。階級が上の者ほど本気で信じている者はいないわ」
「ミイラとりがミイラになったりしないと」
ガラクテアの言葉に「ミイラ?」と何人かの声が重なった。
「おっと妾のことは忘れてくれ」
「ミイラくらい知ってるって。南の民が作ってる」
ところが、シトロンだけは何を言っているんだ、という様子でさらりと返した。
「……後で聞かせてほしいなそれ」
次から次へと好奇心がくすぐられていて楽しそうにしているキノトは、早速約束を取り付けた。
「後でな。ともかくみんな、ドラゴンをぶち殺したデュノールに尊敬と恐怖を抱いていて、彼を操ろうとはしていないと」
「操ろうとしている者はいるわ。大貴族も一枚岩ではないし。でも上手くいかないようよ。何せ、怖いから」
「ボケてるしのぉ?」
決定的な煽りに、彼女は黙った。微笑みは崩れていないが唇の端が一瞬ひくりと動いたのは隠し切れなかった。
「おや、ここは黙るのかい?」
にやにやと笑うキノトに、クラーラナはとうとう観念したかのように声を上げた。
「意地悪な子供たちね!滅多なことを言わせないでちょうだい。ただ……本当に何をするかわからないのよ。モロー様なんて、突然頭を殴られたくらいだし」
「え」
「王子時代はずっと前線にいた方だから、六十を超えた今でもガッチリしていてお強いの。それがブレーキをなくしたようなもので……ってあぁもう!この話やめ!」
これ以上は何を言われても言いません、と言う空気を出して彼女は再び窓の外を見た。あまりここでガッついても効果は薄いと考え、シトロンたちは手を緩めることにした。続きは夕食中と言ったところか。
「失礼、夫人」
グロッグは一応、と言った様子で謝罪の体をとった。それが謝罪ではないことをわかっているクラーラナは、わざとわかりやすく拗ねたように唇を尖らせた。
「クラーラナって呼んで。未だに貴族めいた扱いは肩が凝るのよ。グッドタイミングよ!みんな、わたくしたちの家についたわ」
道の先には柵に覆われた鉄門が待ち構えていた。従者によってその扉は開かれ、その向こうにある館がみんなの目に入ってきた。青屋根と飾り窓が目立ち、壁には銀が練りこまれた豪華絢爛な大きな館であった。シトロンには城より城っぽいと感じられていた。
広い庭に馬車が止まると、そこには盛大に出迎える使用人たちがいた。彼らはそれぞれの仕事を中断して客人たちを迎えに来たのだろう。大勢の人間が館の前に立って拍手しながら一行を歓迎している。レウカたちは慣れた様子で彼らに手を振り笑顔を振りまいていた。
一方ビカラとコウジロウはなるべくキノトみたいな物理的に輝きながら人目を惹くやつをデコイにしながら、こそこそとクラーラナの後をついていくしかない。
「なんというか」とシトロンの呆れた声を聞き、女主人であるクラーラナは苦笑いした。
「成金趣味って言ってくれていいのよ。夫は気が弱い分、こうやって見栄を張って強がるの。可愛い人よ」
彼女に続いて入った館内には、数々の芸術品が飾られていた。レッドカーペットの敷かれた廊下の壁には高名な絵画がところどころにかけられていて、それだけで客人の目を潤した。
そういったものの魅力がよくわからないハニーベルにとっては綺麗で大きな絵が沢山飾られた廊下でしかないのだが、みんなが楽しそうにしているのでまぁいいかと思っていた。
「ここがダイニングです。夕食の準備ができるまでそれぞれお部屋を用意しておりますので、そちらでお待ちください。メイドたちがお部屋へ案内いたしますわ」
突き当りまで進むと、広い部屋へ通された。そしてそこから左右に扉が続いており、メイドたちが案内する。
「お言葉に甘えるといたしましょう、じゃあ後でね」
「おう」
西館のレウカ&ハニーベル、アナト&ビカラ、グロッグと東館のシトロン&ガラクテア、キノト、コウジロウで別れることとなった。だがそれぞれの後ろに猫がついて行っている。有事の際には物理的な距離は関係ないだろう。しかし使いどころは考えないとな、とメイドたちの目を盗んでシトロンは猫を撫でた。目に見えず触れようと思えば触れられない彼女の柔らかい毛並みは、気持ちを落ち着かせるのに役に立った。
部屋に通されたシトロンとガラクテアは広くて豪華な部屋でとりあえずふんぞり返ってみた。
「趣味悪い!」
「まったくじゃ!」
灰色を基調とした壁には金銀細工があしらわれ、高い天井には小型のシャンデリアが輝いている。壁も天井も床もピカピカに磨かれている上にキラキラとしているものだから落ち着かない。ふかふかのソファーもどちらかというと飾り用で、実際座っているとなんだか居心地が悪い。
「はぁ~落ち着かねぇ。ところでなんか罠とか感じる?」
「妾にそんなもん分かるわけないじゃろうが」
「お前じゃねぇんだよな~」
なんじゃ?とガラクテアが威嚇をしていると、猫空間からエトロが出てきた。まだ出入りには慣れていない様子で、慌ててずれた眼鏡を直している。
「無い。俺の魔法にブーシュカの魔術も使って調べたけど、驚くくらい何も無い」
「無いならいいな」
「いや……でもなんというか、無さすぎるんだよ」
エトロは不安そうな顔できょろきょろと豪勢な室内を見回す。シトロンは幼馴染に故に、彼が思った以上にこの場所に不信感を抱いていると理解できた。そしてそれは自分にとっても重要なことだともわかっていた。この少年がここまで不審を露わにするのであれば、それを軽くとらえてはいけない。経験則でもあり信頼でもあった。
「じゃあ調べるか。何が引っかかってる?」
「それがよくわかんなくて」
「ふむ、何も無いとはどこまでじゃ?」
ガラクテアは何か考えながら尋ねた。いくつかの材料があればどうにかできそうな、頼りになりそうな雰囲気を醸し出していて、いつの間にか彼女が成長したような気がしてシトロンは落ち着かなかった。
「初歩的な、それこそ資材の質を整えるための研磨魔法や地鎮祭の形跡も無く、土台を安定させるための低級バリアすら張ってないんです」
エトロは困った様子で報告する。もしそれが本当なら、本当にただ家を建てただけ、いや、石や木を積み上げただけということになる。それくらいにこの世界で魔法というものは生活の根底に根付いているものだった。
「つまり……最悪飛び蹴りしたら壊れる」
「思ってるより簡単に壊れると思う」
二人は同時にため息をついて、なんだかおかしくなって少し笑えた。
「普段ここに大貴族が住んでるとは思えないな。魔法が使えないなら気がつかないだろうけど……。常に開け放たれた家、いや、扉も屋根も壁も無い地面を家と呼んでいるようだよ」
エトロの落ち着きの無さは、つまり真実を知ってしまったからである。彼の感覚では今にも崩れそうな藁の家に押し込められているのだ。シトロンにはそれがこの国と民の関係のように思えて、より身近な問題に感じられていた。
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