破滅の蒼鈍・3
「レウカ、大丈夫?」
人っ子一人いない異国の城内で、騎士見習いは年若い主の心中を慮った。しかしレウカは本当に平気そうに微笑んだ。
「えぇ、今のところは。考えるべきことがありすぎて個人的なことは後回しにできるし、するべきとも思うわ」
「わたくしたち、案外余裕がありますわよ。泣き喚きたい時はお供に呼んでくださいまし」
いつものように自信たっぷりなアナトに対し、若干嬉しそうなハニーベルはすぐさまじゃれるように皮肉を飛ばす。
「あらあんた、ずっと大人しかったのにどうしたのよ。お淑やかに振る舞うのはやめたのかしら」
「おほほほほ喧嘩の売り方も品が無いですわねベル!……真面目な話、わたくしの戦ってきた国とはなんだったのかを考えさせられまして。でも、今はそこまで悩むことでもないでしょう?」
「それは……そうね。あたしなら髪かきむしってもっとキレ散らかしてるわ。あんたの方がよっぽど冷静」
「私たち三人はどうも今回の遠征で気になることがありすぎる。助け合いましょう」
「とくに背負う者もない奴もいるし?いざとなったらあいつらに寄りかかりましょう」
「そうですわね。一緒に潰れたりしない方々ということは嫌と言うほど知っております。……姫様、あなたが調査隊という新しい居場所を提供してくださったこと、感謝していますのよ?わたくしの参加も認めてくださり、本当にありがとうございます」
「こちらこそ。さて、私もそんな調査隊に見合うリーダーにならないとね」
真っすぐな言葉をレウカもまた真っすぐに受け止めた。謙遜もせず否定もせず、えぇ、と真正面から認めてもらえたアナトは心の底から彼女に敬愛の念を強めたのだった。
「ふふ、勇ましいこと」
ハニーベルも主君がまた強く咲き誇る様を間近で見ることができて気分が良かった。姫は大丈夫だ、むしろ自分の方が。決意を新たに率先して城の外へ一歩踏み出した。
城前にはイクシア他数名が馬車の前で待機していた。遅れて出てきた主君を見てホッとした様子のイクシアに手を振ってから、先に出たみんなをレウカは目で探しすぐに見つけた。
みんなは城前の馬車のターミナルを越えた塀越しに海を見ていた。三人はみんなが何を見ているのか尋ねずともすぐにわかった。首都を越えた先に山道があり、灰港街に続いている。その向こうに佇む海竜リヴヤタンは、相変わらず動くことはない。ただ、彼から放たれる毒のような魔力は徐々にこの国全体を包み込みじわじわと浸食し腐食させていっている。
「交渉してるのかな、どうしてるんだろう」
「攻撃とかはしてないみたいだ」
バジルとの会話を無理に聞き出したりせず、それはそれとして気になる海竜のことは話す。そういった気を遣いながらも好きにする様は、確かにレウカにとっても心地よいものだった。彼女らを集められたこと、そういった場を作り上げたこと。気運と人の縁に助けられた産物だとしても、誇りを持ったいいことだろう。レウカはしっかりと前を向いた。
「軍務大臣とやらから話を聞こうじゃないか。正直モローの助け舟には感謝した」
「モローについて何か知ってるかい?なんだか不思議な立ち位置の老人みたいだがね」
キノトの問いに、グロッグは素直に首を振った。
「正直今回初めて見た。父や家臣から話を聞いたことも無い。だがあの年齢だし、デュノールともペンゼとも付き合いが長そうだった。そこまで偉くないのだろうけども」
「貴族のようだったね。あれかな、不興を買って大貴族にはなれずにいる古株」
「それも含めてオーデとかから聞こうぜ。……王からは話を聞けなかったしな」
デュノールについて考えて気が滅入る一行の後ろに、一人乗りの小さな馬車が止まった。どうやら南側にあるもう一つの城と首都を繋ぐ道があったようで、馬車はそちらから来たようだった。
そこから見知らぬ焦げ茶色の髪の貴婦人が降りてくる。ブルトーヌのナショナルカラーであるロイヤルグレーのドレスをまとった三十代半ばの小麦色の肌の美女は、レウカを見つめて朗らかに微笑んだ。
「こんにちは皆様!わたくし、軍務大臣を務めております大貴族ペートロ・オーデの妻、クラーラナでございます!モロー様に街を案内するよう言いつけられました」
スムーズにレウカの前に立ったイクシアは、毅然とした態度で彼女の接近を制した。
「モロー様に、でございますか」
そういった連絡を受けていないイクシアの顔に不審が浮かんだことを感じたのか、クラーラナは大げさに「怪しくてすみません!」と笑ってみせた。
「いきなりで申し訳ありません。これから夫の待つ館までご案内するのですが、今は国に訪れた前代未聞の危機。この美しいブルトーヌをじっくり見る時間もないと思い館へ行くまでの間だけでも街並みを見ていただきたいとモロー様は考えられたのです。その案内人兼ホストとしてのわたくしです。正式にお話を通さず、こちらだけで算段をつけたことは誠に失礼だとわかっておりますわ」
イクシアはそれ以上彼女を咎めも疑いもせず、レウカたちの答えを聞くことにしたのだろう、目線を背後の調査隊に送る。レウカがえぇと、と考えていると、年長者兼この国を良く知っているグロッグが代表して前に出た。
「それはいいですね。しかし夫人、恐らくもっとフランクにしていただいた方が皆は喜びますよ」
すると美しい貴婦人は、どこか飾ったような顔つきから一転、近所に住むお姉さんといった親しみやすい表情へとガラリと変化した。
「あらそう?いつもみたいに話してもいいかしら。よろしくねみんな!」
「確かにこっちの方が良いな、知り合いか?」
グロッグはいいや、と否定した。
「一度だけ遠目から見たことあるだけだ。多分夫の部下の兵士を叱り飛ばしたりなだめすかしたりしているところを。親身になって叱っていたから、そういう人なのかと見当をつけた」
「……よりによってそんな恥ずかしいところを……」
クラーラナは赤くなった頬に手を当てて恥ずかしがっている。
「申し訳ない」と全く申し訳なさそうではない顔でグロッグは笑った。
一行は彼女の申し出を受けることにして、イクシアは御者の横に座り、クラーラナはみんなと一緒に乗った。十人は軽く乗れるカレンシア王家の馬車に座ると、クラーラナは興味深そうにきょろきょろと内部を見渡した。
「十人も乗れるとは、ずいぶん大きな馬車なのですね。それでいて王族が乗るに相応しい繊細さと荘厳さも兼ね揃えている。レコメダの技術者がいるのかしら」
「わかるのですか?これは父の伝手でレコメダの設計士に依頼したものなのです」
「わたくし、レコメダの出身なの。あの国は技術者もより良い大学を出ることを求められている。競争社会ゆえに努力を認めて欲しいからかしら、作った物に証を残すことが多いの。例えばここの彫り物」
中央の机の脚の彫模様の中に、サインと国章が刻まれている。
「気づかなかったですぅ」
「お父様は元々学者だったから学者や技術者の友人が多いの。家族全員と、スキピオの四兄弟みんなが乗れるような大型のものを作ってもらったというわけ」
「ほうほう、じゃからここまで頑丈なのじゃな。イース以外のドラゴンの加護もバリバリ感じるぞ」
「そうなのか?」
「多少の砲弾では傷つけられん。浸食もそれなりの長時間耐えられるじゃろう」
へぇ、と改めて内部を観察しているうちに、馬車は城の敷地内を出て首都内を巡り始めた。
首都はあまり大きいわけではないが、住居の密度が高く、歴然とした区画整理がなされていて情報量は多い。そしてカレンシアでは見たことのない形や材質の家々が目立っている。
「ブルトーヌはガレッドルを除けば東大陸で一番西大陸に近い国として、昔から西の国々を受け入れてきました。私も留学でこの国に来て夫と出会ったの。元々は建築士の修行だったのだけれど、そちらは芽が出なかったわ」
クラーラナは一瞬だけ苦笑いを浮かべ、すぐさま人懐っこい笑顔に戻った。
「でもまぁ、こうしてお客様にブルトーヌで根付くレコメダ建築をお教えできるのは良かったわ!さ~てみなさま、左の時計塔をご覧ください」
ガイドの案内に素直に目を左の窓に向けると、そこには背は低めだがなんだか不思議な時計塔があった。よく見ると、時計を支えているのは細い棒状の金属が数本だけで一見宙に浮いているように時計の周りがスカスカに空いているのだ。
柱も変なところが削れていたり、ところどころ隙間があったりして今にも崩れそうで崩れない、そういった奇妙なバランスを保っている。
「レコメダ建築の神髄はアンバランスとバランスの境にあると言われてるの。見ての通り、今にもぐらぐらと壊れそうでしょ?」
「えぇ、見ていて不安になるわこれ」
顔をしかめたハニーベルに、シトロンはあはは、とバカにするように笑いかけた。
「ベルは芸術がわからなさそうだもんな」
「あんたにはわかるっての!?」
「オレこう見えても見る目はあるから。育ちがいいので……」
「あぁ!?」
「多分普通に飛び蹴りかましたくらいじゃああれは崩れないだろ?」
シトロンは芸術の分からぬ凡愚の相手をするのをやめて、クラーラナに問いかけた。貴婦人は目を輝かせて嬉しそうに、跳ねるように笑った。
「あら、わかるの!?そう、あれは計算ずく。砲撃を喰らっても時計が落ちることはないわ。流石に建物全体を壊す攻撃では壊れるだろうけど」
「あの柱や棒を狙っても折れたり外れたりしないってことですかぁ?」
「そうよ。力点・支点・作用点……案外そういう単純で基礎的なことを極めてあれは建築されたのよ。他にもあるのよ?例えばこの通りの色とりどりの集合住宅地は、丁度山の切れ間から日の出が当たる場所にあるために陽の光を利用して……」
それからもクラーラナのガイドは続き、街をぐるりと見て回った。
「ざっと見た感想っすけど、なんか多国籍な街並みっすね」
馬車はオーデ邸へと進み始めた。とうに昼は過ぎ、この国に入ってから半日は過ぎた計算になる。ゆっくり観光をしていいものかとも思うが、今セレマリオンがのびのび自由に暗躍できているというのなら自分たちの役割はきちんと果たせているのだろう。シトロンはいっそ切り替えて観光を楽しむくらいの気持ちで街を見ていたので、コウジロウの疑問には大いに賛同できた。
「オレも思った。あと新しいよな」
「カレンシア、ワジェンデイク、レコメダ……ここは強くも大きくもない国だから、様々な支配を受けることもあれば助けてもらうこともある。それらすべてを受け入れてきたのがブルトーヌだと思うわ。余所者のわたくしだって大貴族のお嫁さんになれたわけだしね。
貪欲とも言えるわ。いつまでも満足せず、追い求める。でもそれって必要な理想だとも思うの。進歩を忘れた国って哀れじゃない?今のレコメダって結構そんな感じだから、わたくし、そんなブルトーヌが好きよ」
複雑な表情ではあるが、アナトは水を差したりはしなかった。ただ粛々と彼女の言葉を飲み込み続けているようだった。
そこまで真正面から受け止めなくても、とハニーベルはほんの少しだけ自分と似たような不器用さを見せつける彼女に呆れを感じていた。どうせレウカに当てられたのだろうとも思った。しかしどうにも、アナトのそういう清廉さを美徳だとも思っていたので、仕方なく一緒に言葉も感情も発露させずに飲み下すことにしたのだった。
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