破滅の蒼鈍・2
デュノールは歪な製法で抽出され、様々な異常を引き起こす魔力結晶トロイを手にしていた。
完成前に伐採されたケブラフの物とは違い、完成品なのだろう。その禍々しい魔力は悪しきドラゴンやムドラなど比ではない重苦しさと厭らしさを一行に与えた。皮膚の下を虫が這いまわるようなおぞましい不快感を与えるそれを見せびらかしながら、何事もないように王は語る。
「これはマナを特殊加工したものだと聞く。マナを魔法弾の代わりに打ち出せば比類なき攻撃力を出せるが、これを使えば海竜だって倒せるのだ!」
箱の中にはもう一つ入っていてもおかしくないくぼみが見られた。恐らく二個入りだったのだ。シトロンは、片方のトロイは銀山を根城にしていた銀を司るドラゴンに放たれたのだと推測した。だからこの国を栄えさせたドラゴンは姿を消し、デュノールはトロイはドラゴンを殺すことが可能だと断言できたのだ。
「後は灰洞街の兵たちが上手く動きを止めてくれればカタがつくだろう。皆様をお呼びしたのは心配性の大貴族たちが勝手にやったこと。だが良い機会かもしれませぬ。レウカ姫やグロウグスヴィル王子の御前で我らが海竜すら調伏する様をお見せできるのだからな!」
デュノールは豪快に笑ってみせた。箱を懐にしまい、大砲と海から顔を出したまま動きを止めている海竜の双方を代わる代わる眺めるその目には自信しかない。
「それはそれは。上手くいくといいですね」
こいつは夢を見ている、とグロッグは冷静に、冷徹に王を眺めていた。もう王に用は無いも同然だった。彼の思考は誰がカレンシアに援助を要請したのか、兵士を束ねる者は誰か、彼らが現場でどういった指示を受けているかに移っている。他のメンバーも大体が同じ様子で王の後ろ、もしくは隣に控えている有象無象に関心を持っていた。
「その際には特別席をご用意いたしましょう!ところで王子、確かまだ婚約などされていませんでしたな」
「ははは、縁がなくて」
グロッグは「うわ来た」と隠しもしないで顔に出した。カレンシアでも貴族たちに幾度も尋ねられていたであろうことを思うと、レウカは申し訳ない気持ちと大変そうだ、という哀れみを抱いた。とはいえ明日は我が身である。
父王ユヴォークが蜜柑戦争では敵対し、その前後はやや帝国寄りの西側世界の大国ワジェンデイクの王子を調査隊に迎え入れた理由の一つに、レウカと年が近く婚約者のいない王子だからという事実がある。イストリアに告げられた時はあまりピンと来ていなかったが、やたらと彼を歓迎するムードを何度も演出されていると、あぁみんなそういうことを望んでいるのか、と流石のレウカも気づいてしまい、げんなりとした。
彼が嫌いなわけではない。むしろ好ましいとは思う。でも今自分たちがしなくてはならないことはこういうことではないのだと感じていた。
「ではうちの娘はどうでしょう」
てっきり貴族や親族を紹介してくると考えていたグロッグは、呆気にとられて思考が停止しかけた。何故なら王の娘とはジアンカ王妃との間にいる娘しかいないからであり、ということは。
「……おいくつでしたっけ」
「六歳と四歳の娘はまだ生きております。どちらも妻に似た美人でして」
グロッグは思わず視界の端のレウカを案じた。生きているってなんだその言い方は、と怒るべきかもしれないがまずは彼女だ。レウカの足元がぐらつくのを、シトロンとハニーベルがさっと支えたのを見て、グロッグは安心した。
「では条件を満たしておりません。我が国の王族は婚姻後五年以内に世継ぎを生むしきたりがあるので」と、しれっと嘘をつく。これくらいはまぁいいだろう、と彼は考えた。後からどうとでも繕える。
「おぉ……では無理ですね。またの機会に」
すぐに引き下がってくれて良かった、とあらゆる意味で助かった、と全員が思った。レウカのためにもそろそろお暇したいところだ。
「ところであの特殊なマナ、一体どこで?このとおり美しい僕は美しいものに目がなくて」
しかしお付きのいない今こそ聞くべきこともある。キノトはそのチャンスを逃さなかった。
「これは……いつだったかな、どこで……。……」
最初は自慢げに説明しようとしていたデュノールだったが、どんどんとその顔に困惑がにじみ出て、最後には放心したように口を開けて立ち尽くしてしまった。
「デュノール王?」
「……わしはどこでこれを……?」
そのままフリーズしていたデュノールは、突然何事も無かったように顔をあげて、溌溂と笑った。
「城の中にみなさまのお部屋をご用意させました。案内いたします」
そしてすたすたと歩きだして来た階段を下りていってしまった。
「多分さ、痴呆なんだと思う」
グロッグの呟きに、誰ともなく、あぁそういうこと、と納得した。以前から知っているグロッグにそう答えを出されるとそれしか無いような気分に陥る。それを彼は疎い、言わなかったのだろう。
だがもし、本当に王が認知症だとしたら、グロッグの言う通りそんな状態の人間を王として据えたまま、大貴族たちは自分達に都合のいいように国を動かしていることになる。この国には海竜の対策に来た。だが、この状態の王や国を放っておいていいのだろうか。シトロンは鬱々とした気分でみんなの後をついて階段を下りた。
王の間には埋葬から戻ったペンゼがやり切った顔で待ち構えていた。そしてバジル王子はずっとあのまま一歩も動かずに待っていたようで、今もレウカを窺う様に隠れながら見ていた。だが、バジルは疑うような、怯えるような目で王を見ている。
そんなデュノールは、ペンゼを見て首をかしげた。
「ペンゼ、お前どこに行っておったのだ?」
「へ?いえ、王の命令でインコを」
ペンゼはごく普通に返事をした。それはそうだろう、そうとしか言えない。だが王はわけのわからないというような表情で、
「わしの命令?」
と疑った。ペンゼはペンゼで王は何を言っているんだ?という顔になっている。
「モローだって聞いておりましたよ」
ペンゼが話を振ると未だに部屋の隅で控えていたモローはこちらに振るな、と言わんばかりに顔をしかめた。
「またあやつか!あやつのせいでわしは!」
目の前にいるのに見えていないかのようにデュノールは怒った。そして勢いよく踏みつけた足の振動で、玉座の近くに飾ってあった壺が台座から落ちて、割れた。
「お、お怪我は」
慌てて声をかけるペンゼを気にせず、デュノールは黙ったまま壺の破片をじっと見ていた。
「嫌な予感がする」
反応して顔を上げた王は、調査隊を見て驚愕の表情を浮かべ、後ろにのけぞった。
「ペンゼ!その者たちはなんだ!」
あぁ、とシトロンたちは納得し、受け入れてしまった。
「はいぃ!?調査隊のみなさまで」
「おいおいおい客人が来たのならはよう教えい!皆様初めまして、わしはブルトーヌ王デュノール。此度は」
「先ほどご挨拶されていましたよ」
「ん?そうだったか?海竜の調査で来たんでしたな、ではとってきの」
「大砲と特殊なマナなら見せていただきましたよ」
デュノールは混乱した様子で臣下と客を交互に見た。その隙に付け込むのが一流というものだ。グロッグは爽やかな笑顔を浮かべた。
「俺たちの心労を考慮して、城ではなく灰洞街の遠征隊と一緒の滞在先にしてくれたとも聞きました」
ふかしこきよった!!!!とその場の全員が叫びたかった。が、全員が我慢した。
「な、なにぃ!?わしが!?」
「えぇ。ペンゼ卿も聞いていましたよ」
「えぇ!?」
今度はペンゼが王と客を交互に見る羽目になった。王に合わせるか客に合わせるかで天秤がぶんぶん揺れているのかどんどん涙目になってきている。
「可哀そうになってきた」
「そうか、そうじゃったか……」
最終的にデュノールは受け入れた。レウカはなんとなく、普段からそういうことが多いのかもしれないと見当をつけた。自分は覚えていないが周りの全員がそう言っている、もしくは書面で自分が残している。だからか彼の中によくあることだという諦めを感じたのである。
「では我々は王に頼まれた通り、一旦灰洞街に戻り遠征隊やブルトーヌ軍の方々とお話をしてみたいと思います」
「待ってくれ、せめて今日だけはこのペンゼの屋敷にでも泊まっていただけないだろうか。夕飯くらいは共にとりたいのだ」
「私の家でございますか……?」
とうとうペンゼは静かに泣き出した。
「……僭越ながらデュノール王」
「なんだモロー、まだいたのか」
モローは王の冷たい態度にもなんら臆することなく話をつづけた。
「オーデ軍務大臣のお屋敷はどうでしょう。きっと皆さま」
「えぇいうるさい!だがその案はいい。クラーラナならきっと上手におもてなしができるだろう。ペンゼ、オーデとクラーラナに使いを頼む」
「はい!ただいま!」
自宅が解放された喜びで笑顔になったペンゼはスキップするように王の間を出て行った。
「ではしばしお別れです。また夕食時に。ブルトーヌをお楽しみください」
デュノールは拍子抜けするくらいさっさと別れを告げて奥の部屋に引っ込んで行ってしまった。客だけをそのまま残していくなど考えられないことだが、実際あるのだから仕方ない。
苦々しい顔で王を見送るモローにこちらから話しかけるべきかと考えていると、バジルが父から隠れるようにレウカに近づいてきた。
「どうしたの?」
「ママが、あのね、ママが」
姉に似た濃い目の色の髪や瞳がレウカに郷愁を抱かせた。
「ジアンカお姉様が?」
しゃがんで目線を合わせると、バジルは少し表情を和らげて、そして悲し気に目を伏せた。
小さな王子は深呼吸をしてから、
「会いに来ないでって」
と、消え入りそうな声で伝言を届けた。
レウカは最初何を言われたのかわからずに、問いかけることもできずにいた。そしてじわじわと自分が姉に拒絶されたということ、それをこの子は届けにきてくれたということ……何よりも。
「ご、ごめんなさい」
この子が傷ついているということ。レウカにとっては、自分の悲しみは後回しにしていい問題だった。何せこの子供よりも年長だし、自分には泣きつく相手がここに沢山いるのだから。
「……いいのよ。頼まれただけなのでしょう?ありがとうバジル。しっかりと伝えてくれて」
ホッとした様子を見せたバジルだが、やはりどこか不安そうにレウカを見ている。
「なんじゃこいつ、変わっておるの」
空気を読んでずっと黙っていたガラクテアが、とうとう口を開いた。それも、嫌悪の感情で。
「いきなりなんですか」
「魔力が断絶しておる。王家の血を確かに受け継いでいるにも関わらず、王家の力の一切がえぐり取られたように欠損しておるぞ。この国は何をしでかした……?」
王の間での時間が止まった。幸いにもバジルは何を言われたのかはわかっていないようで、きょとんとしたまま周囲を窺っている。
問題は唯一この場に残されていたモローだ。老いた貴族は顎が外れそうなほど口を開けて驚愕の表情を浮かべている。いや、ほんの少しだが恐怖も混じっているとシトロンは感じた。何より今はともかく。
「ガラクテア!その、あっははははは」
シトロンは笑って誤魔化しながらぷかぷか浮かぶガラクテアを掴み、抱きしめて強制的に黙らせる。
「流石銀河の女王!時止めまでできるとは御見それした!」
すかさずキノトも参戦し、ガラクテアを引きずったまま王の間を後にする。この勢いでさっさと城から出て行こうとする一行は、銀河の女王の情けない「やかましいわい!」という声に続いて逃げるように出ていく。
「じゃあねバジル。ちょっと私たち今は忙しくてゆっくり話せないの。またご飯の時にお話ししましょう。今日は会えて良かったわ」
「……うん、ばいばいレウカお姉ちゃん。またね」
小さな手を振って、モローから逃げるようにバジルは奥の部屋へ走り去った。レウカと、彼女とともに残っていたハニーベルとアナトはしっかりを頭を下げて礼節を尽くしながら王の間を後にした。
この国には、何かがある。
海に迫った脅威だけでなく、得体の知れない陰謀が陸にもあるのだ。否が応でも緊張が増していく中、レウカは誰にもこの不安を悟られないように、誰もいない城を堂々と歩いていくしかなかった。
次は明日の20時以降に更新予定




