破滅の蒼鈍・1
窓から城が見えてきた。城は銀山を背後に携えた威風堂々とした石造りの城だった。高所にあるため大きさより威圧感を与えているその城よりもみんなの目が釘付けになったのは、左右に存在する石塔の方だった。より正確に言うと、北側の塔にぐっさりと刺さっている九メートルほどの巨大な氷の槍だった。
「一発落とした、ってあれかい?」
キノトが心底楽しそうにグロッグに尋ねると、彼は苦笑いしながら肯定する。
「話せば長くなるけど、そうだね」
それ以上質問する時間は無く馬車が城前に到着する。だが、浸食の影響を受けていたペンゼの馬車の車輪が壊れ、一行の目の前で制御不能になりのろのろと花壇に突っ込んでいった。
「大丈夫かぁ?」
馬車から降りたシトロンたちが近づくと、ペンゼや従者たちが恥ずかしそうにいそいそと花壇を越えて歩いてくる。大破したわけでもないために誰も怪我はしていない。
「土がついただけですよ、ははは」
「迎えもろくに出来ないのか?」
突然城の扉から、嫌味な老人の声が聞こえてきた。そこには貫禄のある老人が背筋を伸ばして立っている。真っ白な髪とヒゲと鋭い眼光は怖い印象を与えるが、同時に神経質そうな雰囲気も与えていた。老人を見たペンゼは不快感を露わにして、強い口調で彼を罵った。
「た、たかが長生きした貴族風情が腹心気取りか!?先王に疎まれた卑賎な老害が!」
「誰に物を言っているのかわからぬのか?立場も弁えぬ愚か者が」
シトロンがまったりと。こういう空気いたたまれないんだよな~と傍観の姿勢をとっていると、突然周囲に冷気が漂ってきた。よく見なくともグロッグの魔法だった。すると二人ともぴたりと止まって怯えるように彼を振り向いた。グロッグは無言のまま、何も言わない。
「も、申し訳ございません。すぐさま王の元へご案内いたします」
ペンゼは慌てて全員にペコペコと頭を下げてから扉へダッシュして、「こちらです!」と手を振って招いてくる。我関せずな門番たちの隣を通り、一行は城へと足を踏み入れた。
城の中は豪華絢爛よりかは彩度の抑えめな落ち着いた様相をしている。あまり装飾や調度品を置かず花なども飾っておらず、天井も低い。
「ふん……」と鼻を鳴らした老人は、黙ったまま一定の距離を保って一行の後ろをついてきていた。
「王妃には謁見できますか?」
静かな城内にレウカの声がよく通った。
「いえ……最近の王妃様はつわりが酷いとお聞きしています。本日は未だ私もお目通りはしておりませんので、その」
「期待はほどほどにしておきますわ、感謝いたします」
そうしてレウカは少し考え込んだ。
「おめでたならしょうがないわね」とハニーベルが励ますが、彼女は一層不可解そうな顔になる。
「昨年赤ちゃんを産んだばかりのはずなの」
「年子ってこと?」
「出産は年末。半年も経っていないわ」
ハニーベルはこの時、少し嫌な意見が頭に浮かんだ。だが迂闊なことを言うまいと口を噤む。妹相手でなければ抑えが効く女であった。
「ところで兵士が見当たらないようですが、警備のほどは?」
不穏な空気を感じ取ったシトロンが珍しく気を遣った。ルンルン気分で先頭を行くペンゼはその質問を待ってましたといわんばかりに、自らの胸をどんっと叩いた。
「王が城内で兵士を見かけることを酷く嫌がっておりまして、彼らは門の外や外廊や屋上などに待機させています。我々大貴族たちが常に王の補佐をすべく私兵と共に城におりますので、皆様の安全は保障されていますよ!」
「あのぉ。大貴族というのは」というビカラの問いにはグロッグが答えた。
「ブルトーヌ特有の政治的地位だ。宰相などを置かず王に認証をもらった貴族たちが王とともに政を引き受けている。逆に言うとどれだけの功績をあげても古く大きい貴族であっても大貴族でなければ政治には携われない」
「私は見事大貴族と認められております!この国のご案内などなど全てお任せください!」
多分悪いやつじゃねーんだよな。頭が悪いだけで、とシトロンは失礼な感想を異国の大貴族様に抱いていた。
元から開かれていた分厚く大きい扉をくぐると、そこは王の間だった。天井が高いだけであまり普通の部屋と変わらない広さだった。清貧というよりは質素にも見えるその部屋の奥に鎮座する二つの玉座は両方空だった。
あれ?、と声に出る寸前のところで、大仰な赤いふわふわしたマントを羽織った老人が部屋の隅の花瓶の前にいた。花の世話をするのが好きなのだろうか、とシトロンは少し王への好感度が上がる。
「デュノール王、調査隊の皆様のご到着ですよ!」
ペンゼは横に控えながら声を投げかけるが、やはり王であった老人は黙々と作業をしている。そんな時、子供が玉座の裏から顔を出した。玉座の裏には階段があり、恐らくそこから来たのだろう。
「あら可愛い。……なんだかあの高貴なお顔は姫様にどこか」
「あのお方は王と王妃の第一子バジル様であらせられます。レウカ様とは叔母と甥のご関係になられますな」とペンゼがすかさず教えてくれた。こういう時さっと声をかけられるのは美徳だとシトロンは思った。
レウカはぱぁっと顔を明るくする。
「まぁ、あの子がバジルね!会えたのは初めて……」
そして、すぐに複雑な表情になった。
「……思ったより、大きいわね。ライムとあんまり変わらないというか」
「今年で七歳になられます」
その場にいたほぼ全員が、叫びそうになった言葉を慌てて飲み込んだ。
八年前、十六で結婚させられたレウカの姉ジアンカは恐らく現在二十四歳だろう。そんな彼女に七歳の子供がいるのか?そりゃレウカもお目目ぐるぐるになるわな、とシトロンは混乱するレウカを見守っているとどんどん冷静になっていった。
「あの」とバジルは小さな小さな声でレウカに呼びかけた。彼女は我に返り、すぐに笑顔を浮かべた。
「こんにちわバジル王子。私はカレンシアのレウカ。あなたのお母様のジアンカ王妃の妹なの。よかったらレウカ叔母様って呼んで」
バジルは突然の叔母や沢山の客を前に、恥ずかしそうにもじもじとしていた。子供特有のふわふわした明るい茶髪が揺れている。
「レ、レウカお姉さん……」
「まぁそりゃそうなるわな」
「パパと話したいの?」とバジルは父である王を見た。どこか緊張して、彼と距離をとっているようにも見える。
「えぇ、でも集中されているようで」
「は?ひぃっ!」
いつの間にかのこのこと、フレンドリーに王様に近づいて行っていたガラクテアとビカラが悲鳴をあげた。慌ててコウジロウとキノトが二人を回収しに行く。
「こらこら失礼でしょうが。何騒いでるんすかえぇぇぇぇぇ」
「何をドン引きし……ペンゼ卿、少しよろしいかな?」
キノトはビカラをさっと抱き上げて後ろを向かせながらペンゼに呼びかけた。珍しく強めた声に、大貴族は何事かとそちらへ歩いた。
「はいはいただいま。……お、王、デュノール王!」
事を理解したペンゼに肩を揺すられ、王はやっと花瓶から目を離して身体をこちらへ向けた。
その手には死んだインコが握られていて、むしった羽を花瓶にせっせと飾り付けていた。
「おぉペンゼ、今戻ったのか?調査隊の皆様はどこにいるんだ?」
唖然とする一行を気にせず、王はごく普通に会話を始めた。だが内容はこの通りおかしい。
「目の前に……」
家臣の返事を聞いた王は、こちらを見てから首をかしげ、突然驚いた。
「もう到着しておるではないか!はよう言え!」
「申し訳ありません~~~~!」
扉からずっと黙って見ていたままだったモローはわざとらしくため息をつく。デュノールはそれに気がつき苛立ったように視線をよそへやった。
そして王は自分の手に握られたインコを見て「うわぁぁぁ!?」と叫び床に落とした。軽い生き物だったために、嫌な音を立てたりはしなかったが、シトロンはレウカに、キノトはビカラに見えないように立っていた。とはいえ、キノトの前にコウジロウがさっと出ていたためにキノトにも見えなかったようだった。
「気が利くじゃないか」
「どーも」
コウジロウは正直インコの死体よりもデュノールに警戒をしてキノトとの間に立ったのだが、とりあえず礼は素直に受け取っておいた。
「ど、どうして、わしは」
「お優しい王は壁に当たり命を落とした鳥を手ずから埋葬しようとしておられたのですよ」
モローは悠々とカーペットの上を歩いて王の間に立ち入った。彼がずっと客人の後ろを歩いてきたことを気にしていたシトロンは、ある可能性に至った。そもそもモローは城の中から来た。つまり、王がこのような状態であることを知ってたのだ。彼が関与しているかどうかは不明だが、怪しい。
「そ、そうだったか?そうだったかもしれん。可哀そうなことだなぁ……。すまぬがペンゼ、この鳥と花瓶……え、羽?花瓶と羽も埋めてやってくれんか」
「勿論でございます。では一旦席を外しますね」
ペンゼは正直嫌だー!と顔に書いてありながらも、花瓶もインコも丁寧に運んでいった。そして彼が王の間から出るのを確認すると、デュノールはこほん、と咳ばらいをした。
「えぇと、訳の分からない所を見せて申し訳ない。わしがブルトーヌ王デュノールである」
今更貫禄のある老王といった雰囲気を出されても、何とも言えない空気は漂ったままだった。
「歓迎会を催したいのはやまやまだが、なんせわしももう年だ。家族との時間を優先したい。悪いが大したもてなしは出来ぬだろう」
「歓迎会やるから来いって話じゃなかったか?」
シトロンは小声でアナトに話しかけると。彼女は険しい顔のまま頷いた。
「パーティーはまた今度にいたしましょう。ところでデュノール王、海竜についてなのですが」
本題を切り込んだレウカを待っていたかのように、王はにんまりとほほ笑んだ。
「遠いところ来ていただいたというのに心苦しいが……あれはもう解決いたしました」
驚いた顔を見せた若者たちを見回し、ついに気分が良くフフフ、と声を出して笑った。
「と言いますと」
こちらが乞わぬ限り教えてくれないのは老獪だからではなく、意地が悪いだけだと知っているグロッグはさっさと先を促した。デュノールは玉座の裏の階段を手で指示した。
「うむ、見せた方が速いでしょう。こちらへ」
そこに焦った様子でモローが割り込んだ。
「デュノール王、あれをみだりに見せるなど……!」
「やかましい!下がっていろ!」
モローはデュノールより年を取っているようだが、老人が老人の面倒を見ているというのも少し不思議な光景だとシトロンは思った。そうだ、そもそもここに王が一人でいるのがおかしい。兵士を遠ざける男であっても、案外若いメイドだけは傍においていたりするものだが、王の間には見目麗しい女も熟練の執事もいないのだ。
叱責されたモローは一瞬憎しみに近い感情で顔をしかめたが、すぐに後ろに下がった。と言っても目の奥に沸々と怒りが沸いたままであることは明白だった。
玉座の裏に階段を進み城の上へと到着した。そこには魔砲台ではあるのだが、それよりも大きく頑強に拵えられている大砲があった。
「これは東大陸の技術ではありませんね」
眉をしかめたキノトに気がついたデュノールは上機嫌に砲台の隣に立った。
「流石見る目がありますなキノト皇子。これはただの魔砲台ではない、これを使うのです」
王が懐から箱を取り出す。ただのへんてつもない箱だ。
だが、ほんの少しその蓋をずらした瞬間ガラクテアの「息を吸うな!」という声が響いた。
反射的に口を手で覆った全員の前で、一切気にせずに王は完全に蓋を開けた。その瞬間、重たく禍々しい魔力が溢れ出した。
まるで油をスプレーで塗布されたような嫌な感覚でその魔力は肌や服にまとわりついてくる。だがその不快感は、グロッグのレジストによって一瞬で消えた。浸食と同じ判定が出たのだ。
箱の中にはくすんだ青色の結晶体が一つ入っている。隣にはくぼみがあり、二個入りだったと推測された。その結晶体は見ているだけで人を不安にさせるような怪しい輝きを放っている。
シトロンには見覚えがあった。これよりも歪で小さいものだったが、確かにこれは。
「トロイだ」
ケブラフで見た物と同じ、破滅の色をしている。
次は日曜日の20時以降に更新予定




