車中の人々、車外の人々
馬車に乗って城へ行く、それだけのことが容易ではなかった。首都方面の道は避難民でごった返して馬車が通る隙間など無い。シトロンは先導するペンゼの馬車を見ながら、この道を来たんだよな、とその方法を考えていた。だが物事はいたってシンプルであった。固く閉ざされた門から大勢の兵士が出てきて人々を魔法で押し込めて道を作ったのだ。
平然と進む馬車に続いて、カレンシアの馬車も行く。
「いい気分じゃあないな」
窓から外を見ると、信じられないような物を見る目で睨んでくる者、虚ろな目を向ける者、怒りを目に宿した者たちと目が合った。一応お前らのためでもあるんだが、というのは言い訳にすぎない。シトロンたちはその視線を甘んじて受け止めることとなった。
特注の十人乗れる巨大な馬車だったせいか、門をくぐる際に大きく揺れてしまい、ガラクテアが「のじゃー!」と天井に激突した。
「飛んでないで座った方がいいわよ」
ハニーベルは近くにいたので、とりあえずガラクテアの手を引いて中心へと引っ張る。コの字型の座席の真ん中にあるテーブルに座らせるが、ぷかぷかと浮いて心もとない。
「シートベルトつきの馬車を用意せい!」
「僕のお膝にでも乗るかい?」
キノトはにこやかに声をかけた。そういえばこの二人が絡むのは初めてだ、とシトロンは思った。そもそもキノトを避けるように最近部屋に閉じこもっていたのだ。ガラクテアは彼女の心配をよそに、思ったよりも落ち着いて対応をする。
「……遠慮しておく」
「つれないね。やっと僕の輝きから逃げ回るのをやめてくれたと思ったのに」
「いや輝きは別にどうでもよいわ!妾はそこのガキみたいにお膝に乗るようなことはせのじゃー!」
再びどこかにぶつかったために馬車が揺れ、ガラクテアはドアに当たった。一応馬車が止まって外から御者が覗きに来てしまい、全員で「なんともないですすみません!」と謝る羽目になった。
「ちょっとオレらも危ないんすけど……」
「床に這いつくばるのはどうですかぁ?で、みんなで重しがわりに踏んであげるんですぅ」
「なるほどそれじゃあ浮かび上がらんって愚か者!!!!」
「乗りツッコミしておいて怒ることないでしょうが!」
「何か久々だなこのノリ」
「というかあんた今までも馬車で座ってなかったけど、そもそも座れなかったの?」
「うむ」と力強く答えたガラクテアに、初期メンバーは一斉にため息をついた。
「それは言えよ!オレらも四六時中浮いてる奴の気分はわからんよ」
「その言い方じゃとなんだかなー!」
「では特別な馬車を作る必要がありますね」
「シートベルトってやつはカレンシアの技術なのかい?」
「いえ、そういうわけでは……。名称から察するに座席に身体を固定するための帯なのでしょう?それなら職人に頼めばできそうです」
「おぉうそうか、伝わらんのかのじゃ!?!?!?」
今度は全員が軽くつんのめり、背もたれや隣人を掴み事なきを得た。その体幹により一切ぶれていなかったため、近くにいたキノトを助けようと伸ばした腕にしがみつかれてキャパシティーオーバーを引き起こしたコウジロウ以外は無事ではあった。
「一旦止まったままだったわよね、なにが」
「きゃあああああ!!」と突然ビカラが叫んでレウカに抱きついた。
ビカラの真後ろ、ドアの反対側の座席の外に、男が一人はりついていた。恰好的に民間人で、恐らく多少魔法の心得があったために兵士たちのバリアを破って馬車にしがみついたと推測された。
「変質者ですぅ!!!」
男は馬車の中を見て驚いたように硬直していたが、慌てて喋りだした。
「違う、俺は!子供ばっかり……いえ、お願いです異国の方々!どうか王に陳情してください、我々を山へ」
そこまで言ったところで、突然馬車が動き出して男は門に当たり転がり落ちた。地面に倒れたところで兵士に捕まり、ブルトーヌ兵たちに殴る蹴るの暴行を受けている。
「ちょ、ちょっと、なにしてるのダメです!」
レウカたちの困惑の声は届かない。御者も慌てたように馬を走らせて”暴徒”から距離をとるように進み、すぐに現場は遠ざかっていってしまった。
男が一瞬ためらったのは何もビカラに叫ばれたからではない。異国の要人であろうと子供たちを巻き込むことにひるんでしまったのだと推測できたが、確かめる術はない。
「……大丈夫?」
ショックを隠し切れないまま、レウカはビカラの心を案じた。
「わたしは別に怖くありませんが????……あの」
いきなり背後の窓に見知らぬ成人男性が張り付いていたら怯えてもいいものだが、彼女のプライド的には許せないようだった。そしてビカラは少し暗い顔で、言い出しにくそうに声を漏らした。
「頼んでみるわ。街を沈めないようにするのは当然だけど、それまでの間混乱する人々が安全な場所に避難できることを願います」
レウカは正しく彼女の言いたいことをくみ取った。ビカラは嬉しくなってニコニコと笑って、またすぐに窓の外を不安そうに見た。躊躇いなく行われた権力による暴力は彼女の幼い心に傷を残したのかもしれない、と同じく若く傷つきやすい自分の心も棚に上げた全員で少し感傷的になっていた。
「ところで、さっきから咳してなくないすか?」
空気を変えようとしたのか、生き返ったコウジロウがなぁなぁで聞けずにいたことをグロッグに尋ねた。
「あぁ……説明すると怖がらせてしまうかもしれないけれど」と彼はちらりとビカラを見た。
「わたしは怖くありませんー!」
グロッグはそう、と少し考えたように間をおいて話し出した。
「俺の吐血は血の契約由来の過剰な魔力のせいだ。外に出さないから体内で暴れまわり、吐血として物理的に出ている。原理で言えば魔力を十分に使いまくるか血抜きをすれば吐かなくて済む」
ここまでが前提だ、と彼は続けた。
「今この国のほぼ全体が海竜の魔力に浸食されつつある。それを中和するのに魔力を使い続けているから暴走状態に陥っていないんだよ。普段が暴走状態ってことになるが……」
??????とシトロンはいつの間にか口を開けて聞いていた。通常時が暴走状態とかいうパワーワードはこの際放っておく。問題は。
「腕切るよりは自然に任せて吐血した方が無難じゃな」
「そこじゃねぇがそれはそう。違う違う!浸食ってどういうことだ?」
ハニーベルやアナトも驚いている。多分いつもの魔力高い面子だけが把握していた何かがあるんだろう。先に言え。
「いいえ、私も言われて初めて気がついたの」とレウカは申し訳なさそうに言うが、シトロンは「心読んだ?」としか聞けなかった。
「ずっとあのドラゴンから微弱な攻撃を受け続けているのじゃ。だから体力はすぐ減るし怪我の治りは遅いし魔法の発動にラグがあるし、いつもより踏ん張れないと思うぞ?気づいておらなんだか」
ガラクテアは馬鹿にするように笑った。同じく気がついていなかったビカラは無表情でガラクテアん長い髪の毛の先をこっそりとテーブルの脚にくくりつけようとする。
「しかしわたくしたちはまだとくに何も」
「グロッグ王子の周囲十メートルに見えないバリアが張られているようなものなの。つまり今、私たちは彼のおかげで浸食を受け付けていないみたい」
「だから気づけなかったんですねぇ」
「マジかよサンキュー」
「でも俺の身体が勝手にやってることだからなぁ」
「あ、馬車が」と誰かが言った声に合わせて全員がペンゼの馬車を見た。すると馬車の飾りが緩やかに朽ちたように曲がっていっていき、最後にはひしゃげて落ちた。
「レウカ、魔力世界を見る方法ってあるんだよな。オレにもそれで世界を見せてくれないか?」
「!そういうこと。わかったわ!」
レウカが空中に円を描くと世界が暗転し、全てのものが黒く燃える影炎のようになった。魔力を持つ者だけに色がある世界で輪郭を持っているのはレウカとグロッグとキノトだけだった。ビカラはまだあやふやな自分の姿に肩を落としたが、見てわかるのであればきっと大したものなのだろう。
「アルジェンさんに見せてもらったやつっすね。……え!?」
窓の外、暗い空が広がっているはずのそこには、真っ赤な粒子が海から飛来している様がはっきりと見えていた。雪と言うよりは胞子のように散らばり降り注ぐ粒子はいっそ幻想的ではあるが、それが異常を伴うのであれば話は別だった。
「青色は魔力、白色はドラゴン、赤色はムドラや異常魔力……トロイを形成する魔力とも同じ色ね」
ハニーベルは自分で確認するように呟いた。
「トロイってソラ・グラムによって異常成長させられた悪いマナのことですよね?つまり悪の魔力ってことですか!」
「だから異常魔力っつってたでしょうが痛っ!!!」
ビカラに足を蹴られたハニーベルはやられっぱなしの女ではないので、年下であろうが容赦なく頬をつねった。
その間にも赤い粒子がついた前の馬車がじわじわと赤錆のようなものに浸食されていく。付着部分が血管のようにじくじくと蠢いているが、視界を元に戻すと何とも見えなかった。
「あのドラゴンの動きがない理由は教授たちに任せよう。オレたちはあれから街や人を守ることを考えようじゃないか」
シトロンの言葉に全員が頷いた。
「ところで姫、人民のためなら脅しはどこまで許容できるだろう」
間髪入れずにグロッグから聞かれた疑問に、レウカは腕を組み長考した。
「……まずデュノール王の人となりを知らないとなんとも」
「あっはっは押せばいけるね!レッツ脅迫!!!」
「押すんじゃねぇですよ!」
キノトとコウジロウのコントはさておき、グロッグはうーん、と小さく唸った。
「デュノール自身よりこの国、と言うか貴族たちに問題があるタイプだ。本人にも問題があるが、その、言いにくいな。先入観を与えてもいけないし、とりあえず一度会ってみて欲しい」
「わかったよ。グロッグは何度も王様に会ったことあるのか?」
「俺はこの国に三度ほど来たことがあるんだ。デュノールは絶対国から出ないから、その三度だけだな。悪いけどジアンカ王妃にお会いしたことはないから……すまない」
「いいんですよ、直接会ってみせます。そういえば二国は二十年前まで共同政権でしたね」
「まぁつまりこの国をうちが属国にしていたんだけど……」
「それがなければ遊牧民たちに滅ぼされていましたのに」
アナトは少し棘のある言葉を放った。今日は彼女の高笑いを一度も聞いていない上に、彼女の言葉で言う”品の無い”毒を感じ取りシトロンは困惑した。そして意外と普段の彼女を気に入っているのだと改めて感じた。
「俺が生まれるよりずっと前の話なのに、どうもまだ中年層は俺を宗主国の王子として扱うんだ。あんなに怖がらなくてもいいのに」
彼としてはペンゼの従者のかしこまった様子を言ったのだろうが、彼以外の全員が考えたのはペンゼの震えて怯えた様子だった。
「いやお前本当に怖かったぞ」
「詰め方に慣れがありましたよぉ」
「脅しをかけることに慣れてるのが一番怖いのよ」
「す、すまない……」
女子たちにたたみみかけられて、思わずグロッグは謝った。優しいところも怖いところも等しく本当の彼ではあるのだが、そのギャップが凄まじいためについみんな笑ってしまった。
「やっぱいっつも血ぃ吐いてるくらいのデバフがあってほしいぜ」
「それはそれでとっても酷いな!?」
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