到着、ブルトーヌ
一行は山道の中腹辺りにあるブルトーヌの関所に到着していた。要請されたとは言え多少のチェックは必要であり、カレンシア側はそれを受け入れていた。
「すぐに対策室から迎えが参りますので、しばしお待ちを」
丁寧な責任者とのやりとりは騎士ドミクが中心となり行ってもらったため、レウカたちはあまり気負うことはなかった。現地の若い兵士たちから不安であることや人々がパニックに陥っていることをこっそりを聞き出していたりした。
無理もない、とシトロンは眼下に広がる港街と巨大なドラゴンを見た。あんなのがいきなり海から生えてきてビビるなと言う方が無茶だ。兵士たちの話では真っ先に貴族たちは首都へ逃げていき、会議の連続で指示は一向に来ず、貴族以外には通行規制が敷かれ逃げることもままならないという。
関所を道なりに進んだ先には山の首都へ行く道路があるが、そこには確かに頑強なバリケードが作られていた。切り立った岩肌の細い山道は徒歩で進むには適していない。どうしても整備された山道を行くしかないだろう。だがそこはしっかりと封鎖されている。
門の前には荷物を抱えた民衆が殺到していて、門の向こうに立つ兵士たちに懇願や恫喝を投げかけていた。
「海竜が出現して今日で五日目だそうだ」
「もう住民の緊張はピークでしょうね。どんな暴動が起きても不思議じゃないわ。ミネオラ、暴徒が現れたら逃げるのよ?そういうのはあたしたちに任せない」
ハニーベルに話しかけられたミネオラはキョロキョロおどおどとしていた様子から一転、冷たい目線を姉に向けた。
「……姉さんだって騎士見習いですし、本分は姫様の護衛でしょう?私はちゃんと引率の兵士さんと一緒にいるからご心配には及びません」
ピリピリする姉妹の間に入ったのはセドラだった。彼女はさらりとミネオラの肩を抱いてハニーベルから少し距離をとった。
「まぁまぁ睨まない睨まない!ミネオラはドラゴン怖くないの?」
「怖くなんてありません!将来は母さんの後を継いで巡回騎士になってムドラ退治をしたいんです」
「何それ、初めて聞いたけど。あんた怖がりなのに騎士になれるとか本気で思ってるの?」
「今のはお前が悪い」とシトロンはハニーベルの頭をはたいた。
軽蔑するような眼差しで姉を睨んでから、ミネオラはセドラに連れられて学友たちの元へ戻った。ハニーベルは確かに軽率で嫌味ったらしい言い方をしたことを悔いて見えない白猫に頭をうずめた。
「ところで彼だっけ彼女だっけ」
「男性の精神性がベースになっているらしいから彼と言って差し支えないと思うよ」
「そうですか!彼はこちらを見ているようですが、狙いは」
そこまで言ってキノトはちらりと賢者の袖を見た。いつもの研究塔の白いローブではなく遠征軍の魔法使いたちと同じ青いローブの袖の中から白い蛇が顔を出す。すると大気中の魔力が音もなく震えた。それは風もないのに草や服がはためく異常事態として人々の目に映った。
民衆が心配だ、と思う間も無く、カレンシアの兵士たちすら震えているのを見たシトロンは、遠征隊に多少の不安を抱いてしまった。
「ドミク。彼らは任せても大丈夫?」
レウカは騎士に声をかけた。彼は大柄な中年男性であり、元は遠征騎士の一員だった。だが蜜柑戦争を経て人々を守ることこそ騎士の本懐とし、多くの敵や部下を殺し死なせた自分が街にいつくことを良しとせず巡回騎士になったと経歴書には書いてあった。
彼はレウカに正しい角度で敬礼をして真っすぐに姫の目を見た。
「情けないところをお見せて申し訳ありません姫様。ですが我ら歴戦の巡回騎士!此度はミトロン様直々のご指名で選抜されたメンバーです、武者震いだと思い見逃してください。すぐさま立ち直り有事の際は必ずや皆様をお守りすると誓いましょう」
その目に良き何かを感じ取ったレウカは柔らかく微笑んだ。
「あなたと言葉を交わすのは初めてですが、ミトロンが選んだ騎士ならば間違いはないでしょう。信じます。どうか私と友人たち、そして兵士と異国の民を守ってください」
「勿体なきお言葉です。おっと馬車ですね……」
関所に向けて走ってくる馬車が見えた。やたらと豪華な馬車で軍用品とは考えにくいそれは、真っ白な美しい馬たちにひかれて悠々とこちらへと来ていた。セレマリオンはどこか緊張している調査隊の若者たちに話しかけた。
「みんな、猫ドラゴンはずっと見えなくとも君たちの傍にいる、上手に使うんだよ」
グロッグの身体が揺れた。恐らく三毛猫がまた体当たり……というかすりついてじゃれついたのだろう。それぞれなんとなく自分を乗せてくれた猫がここにいるとわかるため、瞬間的な退避や隠れ蓑に使えそうだった。
「あと改めて言っておこう。これ以降私のことを賢者とかセレマリオンって言うのはやめてくれ」
「セーレって呼べばいいんだろう?」
「でもうっかり賢者様っていっちまいそうっす」
「じゃあ教授はどうだい?インテリジェンスだ」
キノトの提案でセレマリオンは得意気に眼鏡をくいっと動かして見せた。
「いいですわね!教授、わたくしどもはあなたが自由に動けるよう努力いたします。どうかご無事で」
「アナト君も無理しないように。ここからは調査隊の引率のセーレ教授だ。ドミクさんたちも、あんまり私に敬意とか示さないでね」
「難しいことをおっしゃる」と騎士は眉間に皺を寄せた。
「がーっはっはっはっは!安心しろセーレ!俺様はそういった演技も得意だぜ!」
楽しそうに関所を見て回っていたヒューエトスが帰ってきた。相変わらずソラールには気がついていないようで、上機嫌に鼻歌を歌っている。一応遠征隊、つまり賢者たちと行動を共にするらしいが一体どうするのだろうとシトロンは疑問に思い、面倒なのですぐ考えるのをやめた。
馬車が関所につき、停車した。そして馬車から降りてきたのはどう見ても貴族の使いであった。
「どうぞこちらを」
使いは跪いて手紙を差し出した。ドミクが受け取り中を確認する。表情を変えないでその手紙を最後まで読み切り、手紙を閉じた。
「……結論から言うと彼は城からの使いで軍や対策室の者ではありません。そして手紙は姫様と調査隊のみなさま宛てです。イクシア小隊長、正式な書面ではない。要約しながらお読みしてさしあげなさい」
ドミクから手紙を受け取ったイクシアは「はいっ!」と元気よく受け取り、「む……」と眉を顰めた。
「顔に出さない!!」
「はい!勉強になります!」
親子ほど年の離れた騎士の叱責には表情を変えることなく、イクシアはレウカたちに向き合った。
「体育会系だぁ」
「まぁ普通に失礼ですわよね」
「城にて歓迎会を開くので調査隊の王族の皆様にご参加いただきたい、とのことです。手紙を渡した従者の馬車にお乗りくださいと」
「五人が限界じゃないか?」
イクシアは「お手紙には」と言ったところで続きを言いにくそうに止まった。ドミクは仕方ないとでもいうように助け船を出す。
「姫様、グロウグスヴィル王子、キノト皇子、シトロン姫とガラクテア様、と記されておりました」
「あーはいそういう感じっすね、はい……」
「はぁ?わたしたちは用無しってことですかぁ!?」
どうせ自分は……といじけモードに入ったコウジロウと、失礼です!とぷんすか怒るビカラという対照的な二人とは裏腹に、アナトは静かに物思いに耽っていた。ガレッドルの商家の娘が来るとは知っているのかそれとも、と険しい顔を浮かべそうになったが、レウカと目が合い方の力を抜いた。
「失礼だな、相変わらずだ」
一切の咳無しにポツリとグロッグが呟くと、馬車へずんずんと向かった。
「王子様、いかがなされたのですか」
従者の制止を聞かずに馬車へと歩を進め、直前で斧を取り出した。すると慌てて馬車の中から貴族の男が転がり出てきた。
「おおおおおおお待ちください王子!!!どうか命だけは!!!!」
「名乗れ」
喋ったのはそれだけだ。だというのに、周囲の温度が一気に下がった気がして、シトロンは身震いした。彼女にとっては遠くのドラゴンより身近なこの男の方が怖かった。
「はい!はい!私はペンゼ、大貴族でございます!此度は王から皆様のお迎えを命じられまして」
「お前に出迎えられた覚えがないな。貴国の要人の出迎えというのは車の中でふんぞり返ることとは知らなかった」
一行からはグロッグの顔は見えなかったが、ペンゼと名乗る貴族は可哀そうなくらい顔を真っ青にして涙目になってから鮮やかな土下座を決めたことから、多分凄く怖い顔だろうとレウカは思った。
「どうぞおいでくださいました皆様!!!!ブルトーヌは皆様を歓迎いたします!!!」
「あの、ペンゼ様」
「はいなんでしょうかレウカ姫様!」
ペンゼは星の助けと言わんばかりにレウカを見上げた。
「友人を置いて私たちだけお伺いするのはとても寂しいですわ。みんなで行けないのであれば、残念ですが辞退させて」という言葉の途中で大げさにグロッグは同意した。
「流石、俺もそう思っていた。あくまで主賓はレウカ姫だ、君が行かないと言うなら俺も悪いが」
「いえいえいえいえ!その、えーと」
ペンゼは可哀そうなくらい動揺していた。はた目から見てわかるくらいに頭をフル回転して考えている。独断できるほどの権力は無い。口先だけで渡り切れるほど器用でもない。一行は冷静に目の前の男を見ていた。
「馬車をどけてくれ。もうすぐ対策室から使者がくる」
トドメのようにグロッグが声をかけた。彼の迷いの無い言葉に貴族は焦ったように叫んだ。
「みなさまどうぞいらっしゃいませ!!!!しかし、その、申し訳ありませんが幾人かの馬車は来訪にご使用したものを」とペンゼは窺う様にみんなの顔をちらちらと見ている。
「賢明な判断だ。僕もこの二人の機嫌を損ねたら生きている心地はしないからね!安心したまえ、僕が取り計らってあげるとも!」
キノトはすかさずグロッグやレウカをちらりと見てから、優しく明るい声でペンゼに語りかけた。
「キ、キノト皇子」とペンゼは目を安心で潤ませた。
「だから僕のワガママを聞いてほしいな。カレンシアの馬車のまま、全員、城へ行かせてもらうね」
ペンゼはしどろもどろで「え、その」と目を泳がせた。だがキノトにとっては彼の返事など必要ない。彼女は役者のように堂々と言い切った。
「ペンゼ卿は心が広くていらっしゃる!緊張している我々を慮り、慣れ親しんだ馬車のまま城へ赴くことを許可していただいたよ!」
あぁそういうこと、とシトロンは「助かったぜ」とすかさず叫んだ。「ありがとうございまーす」と不機嫌そうなままビカラが畳みかけ、コウジロウは「あー……どうも」とぎこちない笑顔で締めた。ペンゼはこの空気の中異を唱えることはできないようで、項垂れながら承諾した。
「うわぁ」「こわぁ」とハニーベルやセドラが引いている中、レウカだけは話の流れがよくわからずにやりきったグロッグとキノトの顔を交互に見ている。
「打ち合わせ無しで決めましたわね」
「そりゃあレウカは素でグッドコップをしとるからの。やはり本物が混じっとったら抗えんのよ」
ようやく、といったようにガラクテアが猫から出てきた。突然出現した空飛ぶ少女にペンゼも彼の従者も、関所の兵士たちも度肝を抜かれたように驚いていた。だがガラクテアはいつものように注目されていても高笑いなどせずにレウカの横へすいっと泳ぐように近づいた。
シトロンは珍しい、と思った。彼女はこういう時自分の近くに来ると思っていたからだ。猫空間の中で何かを話したのだろうか、だとしたら自分にも聞かせてほしい。子供のように仲間外れを嫌がる気持ちなのか、それとも、とまで考えたところで、賢者の苦笑いが聞こえた。
「うーん、私がいなくても交渉事は上手くいきそうだね!みんな、どうか無事で」
「はい、け……教授もどうかご無事で」
セレマリオンはガラクテアから逃げるようにいそいそとまだ震える遠征隊を励ましに行った。ガラクテアはその後ろ姿を気にしながらも声はかけない。
シトロンはとりあえず猫に入ったままのばあやとブーシュカと違い、遠征隊に同行するセドラとロッコに改めて声をかけた。
「セーレとかミネオラとか頼むけれども、無茶すんなよ?」
「お前もなー。エトロ、シトロンをよく見ておいてくれー」
「わかってるよ」
「ロッコのことだって任せといて。ボーナスの準備だけしといてよね~」
国を出てから別行動をしたことは何度もあるが、カレンシアでもない場所で離れることは初めてだ。だが二人ともとくに気に留めていないとわかったシトロンは、変な心配をするより自分のことに集中しようと決意を新たにして、みんなの待つ馬車へ乗り込んだ。
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