一人ぼっちの女の子たち
調査隊はすでにブルトーヌ領内を進んでいた。今進んでいる最後の峠を越えればもうすぐ灰洞街が見えてくる。夜明けは近く、ちょうど日の出とともに街を見ることになるだろう。
そんな時間帯に、レウカの部屋のドアがゆっくりと開いた。そうして顔色の悪いハニーベルが出てきて、見送りに来たレウカに申し訳なさそうにしている。
「ほんとごめんなさいね」
「別にいいわよ。睡眠時間はとれたんだし」
「でも主君に、その、泣きつくなんて」
恥じらっているというよりかは、悔やんでいるようにハニーベルは髪をかいた。
「私だって不安になるわ。……あのままでは妹が死んでいたなんて、一人じゃ抱えられない」
「まだまだあたし弱いみたい。だからこそ伸びしろがあるということなんだけれど。……もうあんたにこんな弱い所見せたりしないからね」
どこか拗ねた様子の彼女に、レウカは真面目な顔で答えた。
「そう?弱さを乗り越えて強さを得るには言語化して誰かに伝えることは重要じゃないかしら」
「……気が向いたらまた頼りにしてもいいわ」
ハニーベルは少しだけ考えてからそれを受け入れる。
「やった」
レウカは笑った。ハニーベルはそれが面白くなくてじっとりとした目を向けた。
「なによ」
「だって、ベルが私に話をしてくれるのは嬉しいもの。あなたに悩みを抱えて欲しくはないけれど、それを打ち明けてくれるのは誇らしいわ」
「なら今度はあんたがあたしに言いなさいよ」
「そうするわね」
主君と騎士見習いと、友人同士をシームレスに行き来している二人は窓の外を見た。見知らぬ山道をぐんぐんと駆け上がる様は、嫌でも異国での緊急事態を考えてるきっかけになる。
「灰洞街に到着したらブルトーヌ軍の対策室と合流よね。それは遠征隊隊長の騎士ドミクに任せればいいけれど、色々と不安なの。まずはそこを助けてほしいわ」
「それは当然過ぎてノーカウントよ!何はともあれ人が多いわ。ミネオラ、人見知りしないかしら」
「チェイス砦で見かけた時はそこまで内気な子には見えなかったけれど」
「あたしが成長を見逃したのかしら。それとも、本当はずっとあんな子だったのかも」
ちょうど馬車の外には標高を記した木杭と看板があった。海竜の津波はここまで届いたのだろうか、それとも。レウカがふとそんな考えに囚われているとハニーベルも遠い目で草木の少ない山道を見ながら呟いた。
「どこまであたしに迷惑かけたら気が済むの……」
レウカは正直に言うとその気持ちがわかってしまった。下の子に後ろめたい気持ちを持つ者同士、この関係は心地が良かった。弟や妹のことは大好きで大切だ。でも”お前のせいで””お前ばっかり”という気持ちが突然顔を出す。思ってもみないことなのに本物のように居座るその悪意を、二人はお互いにだけさらけ出して飼いならそうとしていた。
「……なんてことを考えるのかしら、あたし……おやすみなさい」
青い顔で口元を押さえたハニーベルは、ふらふらとした足取りで隣の部屋へと戻った。
「えぇ、無理しないで」
彼女がしっかりと部屋に入ったのを見届けて、レウカも扉を閉めた。そして少し考えてから、机に座りスイッチを押して通信することにした。
『はい』
「起きていたわね?」
相手はすぐにでた。そしてその声は寝ぼけてもかすれてもいない。通信相手は明るく笑った。
『ご明察。お目目パッチリでしたわ』
通信相手のアナトははっきりとした口調で元気そうに答えた。
「少しは寝ないと。体調も」
『いいえ、夕方見に来てくださった賢者様に言われてしまいましたわ。ストレスによるところが大きいと』
確かに授業中にはだいぶ持ち直していたことをレウカは思い出した。
「ブルトーヌ行きを拒否してもよかったのよ?」
『嫌ですわ。姫様をお支えすると決めましたの。どこであろうとこの拳でお助けいたしますわ』
「それはありがたいけれど無理はさせたくないわね」
『いい機会だと思っていますのよ。お父様の仇とはいえ隣国です。今でもアカシアの街は廃墟のまま復興もできず、ガレッドルは戦後で在り続けている。それは不健康だと思っていましたの。ブルトーヌに行き、卑劣な王のいる国ではなく、手を取り合う隣国だと思えられたらいいと願っていますわ』
「素敵な考え方ね」
「……ぁ」とアナトは言葉につまり絞り出すような呻きしか出てこなかった。
「どうしたの?」
アナトは顔が見えないことで少し素直になれる気がした。自分にとってレウカは偉大な女性で尊敬する姫君でもあるが、年下の華奢な少女でもある。そのためこれ以上重い荷物を持たせるわけにはいかない、少しでも背負うものを減らしたいと考えていた。
だが今は、年上としての矜持や責任から解き放たれた気がしたのだ。
『本当は、少し、怖いですわ』
一度口から出てしまえば、後は楽だった。レウカは静かに続きを待ってくれている。アナトは暴れ出しそうな心臓を抑えて深呼吸をした。
『……間違ってしまったらどうしましょう』
声が震えた。それはレウカにも伝わっていた。鈍色の海に飲み込まれたような重苦しさと息苦しさに襲われたような、よりどころの無さをアナトは感じていた。
『憎しみに飲まれてしまったら、使命や信念を曲げてしまったら、知ろうとすることを放棄してしまったら、どうしましょう』
「その時は……ひっぱたいて目を覚ましてあげるわ」
レウカはすぐさま言い切った。
「そして一緒にやり直しましょう」
その声により、アナトは暗い海に光が差したような気がした。気のせいではない。一瞬山の合間から日の出が見えたのだ。初めて会った夜のことを思い出した。その時も厚い雲に隠れた月が、彼女とその手をとった自分を照らしてくれたのだ。
自らを導いてくれた人や大切な相手を光に例えるなんて月並み過ぎる。それでもアナトにとって、レウカは光だった。
『……では、お頼みしますわ。何度間違っても、やり直してみせます!』
「えぇ、何度間違ってもひっぱたいてみせます!」
そして二人は笑った。通路や隣室に声が漏れるわけではなかったが、声を抑えて小さく笑った。二人だけの世界にしておきたかったからだった。
『手は折れるかもしれないから、、杖でお願いいたしますわね』
「そこまでの威力は出せないと思うわよ?」
通信の向こうで、アナトが息をついた。それがポジティブな雰囲気を出していたために、レウカは安心した。やっと一息つけたのだと思うと本当に嬉しくなった。
『わたくしならもう大丈夫ですわ。……ありがとうございます、おやすみなさい、レウカ』
「おやすみアナト」
余計な言葉を返さずに、素直に通信を切った。きっと、やっとアナトは休めるだろう。すぐさま日が昇り目的の街が見えたとしても心を休めることはできる。その手助けができた気がして、レウカは達成感に包まれた。
それにしても。
「名前で呼んでくれたの、久しぶりね」
「次から次へとお節介とはのう」
独り言にツッコミを入れたのはずっとベッドを占拠していたガラクテアだった。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
ガラクテアは掛け布団をめくると、すぐさまふわりと浮かび上がった。
「白々しい嘘はやめい。一睡もしとらんことくらいわかっとったじゃろう」
「そうですね、でも眠っているように扱ってほしいかと思って」
「それはそうじゃが、その相手のことを考えていますというノリは嫌じゃ」
彼女が何を言っているのかわからず、レウカは首を傾げる。
「お主はずっと他人のため他人のことばっかりじゃ。それでいて自分がやりたいからやっておる。ある意味誰より自己中心的とも言える」
「そう、ですね。えぇ、私は私のやりたいようにしていると思います」
「それがちょうど他人への気遣いや優しさとして表出されるから優しい人間として評価されるだけじゃろう。妾とて世界のため世界のことばっかり考えていたというのに」
レウカには我儘を聞いてもらっている自覚はあった。人に負担をかけているとわかっていた。それでもそれを貫こうとしている勝手な人間だとも思っていた。
「何故お主は受け入れられて妾はドラゴンたちに今なおゴミを見る目で見られとるんじゃ」
恨みがましい目で見つめられ、レウカは素直に自分の想いを告げた。
「私はそれほど受け入れられていないと思います」
「あぁ~~~~~話にならん!」とガラクテアはイライラしながら室内をぐるぐる飛び回ると、壁から猫の足が伸びてきてガラクテアをベッドに弾き落とした。
彼女は墜落してから顔をあげずにいた。
「……かつて妾は愛される神であったはずじゃ」
レウカはまたもや首をかしげた。彼女が知らない単語を口にしたからだ。
「今はこの猫空間ですら思い通りにはできんというの、に!?!?!?」
今度は天井からたらいが降ってきてガラクテアヘッドに当たり、彼女はベッドから転げ落ちた。
「のじゃー!?!?!?」
「大丈夫ですか!?」
レウカはガラクテアを助け起こして、怪我をしてないか頭を調べた。
「こんなもので妾が傷つくものか」
「ですが一応」
「どうしたらお主になれる」
ガラクテアはレウカ越しに天井を、それより遠い銀河を見ながら呟いた。
「私になってもいいことがあるでしょうか。私は……シトロンのようになりたいですよ」
「あれに~?」とガラクテアは鼻で笑った。
「やりたいことをやれる人ですもの。最近の私はあの人を目標にしているんです。さっきガラクテア様がわかってくださったように、自分のやりたいようにできてきました。ずっと誰かが心配でも、言えなかった。自分から話しかけることもできなかった。迷惑かもって思うと身動きが取れなかった」
レウカは膝の上に寝転ぶガラクテアの瞳を覗き込んだ。
「つまりずっと他人のせいにしていたのです。まずそこを改めることにいたしました」
「妾に他人のせいにするのをやめろと」
「そうは言っていません。ですが、もしあなた本人がそう感じたのならば、何か理由があるのでは」
ガラクテアは目を見開いて、黙った。
そうして長い長い時間考えて口を開いた。
「……………………これだけ頑張ってきた妾が報われないのはおかしい」
それだけ絞りだした彼女はそのまままた黙った。目は閉じることなく遠い所を見続けている。レウカはなんだか彼女がこの銀河で一人ぼっちな気がして、彼女を一人にしてしまっていた気がして、優しく頭を撫でた。
「妾は猫ではないぞ」
今は彼女にかける言葉が見つからなかった。それでも貴方に触れる私がここにいるのだと伝えたかったが、言葉にすると伝わらない気がしていた。
「そんなに」
「はい」
「嫌わんでもよいじゃろう」
そこでやっと、ガラクテアは目を閉じた。
「そうですね、私もそう思います」
ガラクテアは何も言わず。身体の向きを変えてぎゅっとレウカに抱きついた。その間もずっと彼女のピンク色のふわふわとした髪の上から頭を撫で続けた。慰めるためではなく褒めるために、労わるために頭を撫でていた。
床に座るレウカの目にチカッと光が届いた。峠を越えて日の出がはっきりと見えるようになったのだ。
「ガラクテア様、日の出です。すぐに街が見え」
「うわ」
立ち上がった二人が窓から見たのは、北の山に遮られて日の出がささない灰洞街。……だけではなく、それよりも目を奪ったものがそこに鎮座していた。
街の西の海、沖合一キロ程度のところから頭を出して街を見ている巨大なドラゴンがいた。
日の出を浴びて輝かしくも恐ろしいその姿は、きっと他の馬車からも見えているだろう。
「ソラールに気づいた」
ガラクテアは少し楽しそうな声を出した。
「あやつ、なかなか強いぞ。ソラールの敵ではないが、問題はソラールはお主らの味方ではないことじゃ」
「心得ています。お母様から念を押されましたもの」
「ほう?」
「徹頭徹尾やりたい放題な方だ、と」
その言葉を聞いて、ガラクテアは腹を抱えて笑った。
「そうじゃの!それはそうじゃ!あやつはずっとそうじゃった!……それに甘えてきた」
もうガラクテアは遠くを見ていなかった。一人ぼっちの銀河ではなく、目の前のドラゴンと今から向かう異国の街を見ている。レウカはそれが嬉しかった。
「この戦いが終わったら……やつと話してみるとするかの!」
「何故突然フラグを!?」
次は明日の20時以降に更新予定




