賢者による授業その四・ブルトーヌについて
「静かにしてるから気にしないで」
「まぁセーレもいいって言ってたから構わんが、お前授業に興味ないだろ」
「そうだけどー」
シトロンの部屋にはセドラがいた。もうすぐ授業の時間だが、彼女は戻ろうとはしない。
「ほら、あたし国出るし。ブルトーヌに行きたくなるかもしれないし」
ローマンデルジェイには徴兵制度がある。十四歳から十八歳までは雑用や都市内での見回りや門番などの、あまり戦闘を伴わない仕事を任されている。そして十八歳から十九歳になる間に、兵役を続けて騎士になるか騎士以外になるかを選ぶのだ。
セドラは半年前十八歳になった。昔から彼女はこんな狭い国は嫌、外国でイケメンをゲットして悠々自適に暮らすという夢を語っていたためにすぐさま兵士を辞めると思っていたのだがmそうはいかなかった。
彼女の家は蓄えもなく、本人も即物的で散財が趣味だから兵士の給金は魅力的であった。軍資金を貯めるという名目でギリギリまで兵士でいるが絶対に騎士にはならないと言い張っていた。
シトロンのカレンシア行を知った際には真っ先に従者に名乗りをあげた。当然大国でイケメンと出会うためである。
王妃は彼女のその目的を潔し!と認め、特例で彼女だけに辞職権を与えた。
セドラは良い男と出会ったらすぐに兵士を辞める、と宣言していたが、問題は彼女は生まれてこのかたご令嬢タイプの女の子にモテるタイプの女だということだ。カレンシアでもそれは遺憾なく発揮され、貴族のご令嬢や社交界を楽しめない淑女たちに受け入れられ、暇さえあれば女の子たちとお茶会だのお買い物だのをしているらしい。
それはそれで知識が増え、所作を学び、貴族令嬢たち繋がりで兄弟や親戚を紹介してもらえるからいいと言うが、二つ目の問題がセドラを苦しめた。
エトロとラティーがセドラの思い描いていた場所にいるからだ。エトロは国にいたころから何故か年上の男性に可愛がられやすく、王は彼のために王城を改築し図書館を作ったほどである。カレンシアではひょんなことから複数の独身貴族と仲良くしていて、お屋敷で価値のある壺だの異国の武器だの古い魔術書だのを見せてもらえたりしている。そしてラティーは養成学校に通う将来有望な貴族の少年と仲を深めている。
セドラはエトロに「肩を外すわよ」と脅しをかけて一人の地方貴族の男性を紹介してもらった。そのお茶会で彼の従妹の病弱な少女と仲良くなって帰ってきたのを知り、シトロンは指をさして笑ったものだった。
ともかく、彼女は今回の遠征に色々とかけているのだ。
「カレンシアじゃあダメなのか?」
「平和ボケしすぎてて、なんかね」
セドラは隠す気もない大きなため息をついた。
「ほら、うちらが南の民とか山のこととかムドラと戦ったりしてるのに、ここって戦う人とそうじゃない人がわかたれてるじゃん?」
ローマンデルジェイは国民総兵士を掲げている。それは戦争に備えているというよりは、戦う者と民間人に断絶を生まないためだった。
だがカレンシアは騎士や志願した兵士だけが武器を持ち戦い、民間人はただ戦いが終わることを祈るだけだ。シトロンは他の国の在り方に口を出してはいけないと思いながら、正直軟弱で虚弱で貧弱な人間が多いとは思っていた。
「いつまで戦うのかしら、とか戦いが好きなのよ兵士たちは、とか言われてね」
「そりゃキツイ」
「あなたも早く戦争好きの上司から自由になれるといいわねだって」
「ムドラとかドラゴンとか帝国のことはどう思ってるんだろうな」
「多分考えてもないわよ。ただただいい人たちだった。だから他の国の人の考え方が知りたいのよ」
「ブルトーヌってあんまり良い話題で聞かない国だけど、それくらいがお前にはいいかもな」
「誰が性悪だって?」
「そこまでは言ってないだろ、思ってるだけで」
セドラは立ち上がりシトロンに関節技を決めようとしたが、机のスイッチがチカチカと点灯したために座った。
『みんな~準備はできたかな?授業を始めるよ』
賢者の声が聞こえてくる。二人は一時休戦としてそのまま授業を受けることとなった。
『今回は図が無いから想像力を働かせてね。ブルトーヌは海沿いにある山に囲まれた国だ。カレンシアより北西にあり、王都からはケブラフを経由して北に行けばたどり着く』
『じゃあスイミーたちってブルトーヌから来たんすか?』
珍しくコウジロウが質問した。恐らくだが、彼は対面じゃない方が楽なのだろう。
『方角的にはね。ケブラフから西に行ったガレッドル共和国とは長年戦争状態にあり、今でもここは単純には言い表せない関係だろう』
『アナトお姉様もそうだそうだと言っています』
「まだ死んでるのか」
彼女の様子を見た帰りの賢者は『もう大丈夫だよ』と言っていたが、どうなのだろうか。
『西は魔の三角海域、北は氷河、東はカレンシア北方の遊牧民地帯に囲まれていて、同じ貿易で栄えてはいるものの肥沃な大地を持つガレッドルとは違い作物は育ちにくい。地理的にも土地のうまみと言うものはあまりない。大きく二つの都市があり海側の灰洞港と山側の首都。今回は灰洞街に行く。
かつては銀の名産地で銀細工と銀細工職人が国を支えていた。君たちは年齢的にピンとこないだろうけれど、ブルトーヌの銀細工っていうのはみんなが憧れたセレブアイテムだったんだ』
「……母上がいつもつけてるブレスレットがそうだったかも」
『ただし頼みの綱のティキ銀山はもう枯渇した。王が銀を司るドラゴンを殺したからね』
マジかよ、と言おうとしたシトロンだったが声のやりとりしか無い以上、いつもより無駄話が邪魔になりそうでぐっと抑えた。
『十一年前、先代の崩御によりデュノール王が即位した。先代はおよそ六十年の間ブルトーヌ王として君臨していたため、デュノールは五十を超えてやっと王子という身分から脱却できた。そういう経歴の王はとにかく先代の功績を破壊して自分の国を作りたがるものでね、彼はともかく数十年の歴史のある憲法や文化を次々に破壊もしくは破棄した。そのせいで国内のみならず同盟国であるワジェンデイクも被害を被っただろう』
『……えぇ、本当に、あの男はね……』
恐ろしく冷たいグロッグの声が聞こえてきた。
『デュノールは父と違いドラゴンに従属を求めた。もっと銀の量を増やせと要求したが彼に拒否されて、どうやったかは不明だが、ドラゴンを殺したんだ。時間があればそれも調べたいけれど……。
ともかくドラゴンが死んだ後の銀山はただの岩山に早変わり。王は民や友好国にそれはもうぼろクソに叩かれたんだよね』
『ごほ、うちも、げぼげぼ、ちょっと一発城に落としたりしたはず』
「……何を?」
一瞬の沈黙の後、せき込んで血を吐く音が聞こえてくる。
「てめーまた誤魔化しやがったな!!!」
『もういいですぅ、続きお願いしま~す』
『国を一丸にするには戦争が一番だ』
がやがやしていたはずの通信先がぴたっと静かになった。
『ブルトーヌはカレンシアに合流しなかった西方民族のブルトーヌ人が作った国だ。ある戦で負けた彼らは貧しい北の土地に追いやられ、仕方なくそこで国を作った。歴史上彼らは何度も南下政策をとっている。そして十年前、彼らはガレッドル王国に宣戦布告し、見事返り討ちにあった。歴史に残る大敗だ』
『……お父様にお聞きしましたわ。まるで統率の取れていない、石槍を持たされた民間人が最前戦に押し出されていた、と』
『それは……そうか。王は貴族や軍上層部を抱き込んで、大規模な徴兵を行いそのまま戦線に投入した。彼らは前線に立たされた。だからその戦いでは職業兵士たちはあまり死んでいないんだ。恐らく民間人を使いガレッドル軍の動きを見ていたんだと思うよ』
『夜襲のためにですか!?』
突然アナトが叫んだ。セレマリオンは『うん』と落ち着かせるように相槌を打った。
『……それからしばらくして縹国とカレンシアの間で戦争が始まった。その裏でガレッドルにブルトーヌは攻撃をしかけた。宣戦布告も無く深夜にドラゴンを使って街を一つ吹き飛ばした』
シトロンのみならずセドラもドン引きしていた。
『奇襲は国民に知らされていない。民には自国の勝利が華々しく語られ不満も不安も戦争の高揚感に上書きされた。おまけに戦後、かの国は最大級の宝を手に入れることができた』
一体なんのことだろう、と考えていると、レウカの静かな声が聞こえた。
『……王家の次女、ジアンカ姫ですね』
『レウカ君のお姉さんだ。彼女は戦争が終わった時ギリギリ十六歳になっていたからすぐさま王と結婚させられた。おまけにこの婚姻はカレンシア側からの提案だ』
『あのさ、即位した時のデュノールは五十を超えていたんだろう?つまり約四十歳差ってことになるのかな』
キノトの質問により、さっき高齢での即位だという話をされたことを思い出した。
『その通りだ。大国のドラゴンと血の契約を結んだ王家の娘を手に入れたブルトーヌは依然軍備の拡大に努めている。ジアンカ王妃を切り札に、次の戦争を夢見る危険な国になっている』
「銀細工は……?」
『……そもそも、十年前の戦いでほとんどの職人が』
『あぁそうか、げほげほ、民間人を徴兵後即投入って、文句を言う職人や職人議連を潰すためだったのか、ごふっ』
『ブルトーヌは先王により銀細工その他全てのクリエイターを守るため、職人議連が作られた。優れた職人は王に意見する資格を有し、王はそれに応える義務がある。そして職人議連の承認なくしては技術資産に関するいくつかの法律を改正できないという約定があった。これはブルトーヌでは法律より強く、例え王であっても簡単には手出しができなかった。今もまだ一応存在しているがそこまでの力は無くなっている』
『それが本当だとしたらとんでもない話ね』
『ブルトーヌはもう銀細工を作る職人の国や貿易の国ではなくなってしまった。だからこそ私は君たちに自分の目であの国を見てほしいんだ』
賢者は真面目な声で穏やかに語りかけてきた。
『君たちと戦う国か手をとる国かはわからないが、これはカレンシア側にいた私の言い分だ、公平とは言えないね。知識だけを与えたつもりだけどきっと私の心証もふんだんに混入されていたと思う。どうか私に引きずられないでほしい』
そうしてしばらくの雑談をしてから、授業は終わり通信も切れた。
「あんたいつもこんなことしてたの」
「楽に見えるか?」
「逆よ。頭パンクしそう。随分王族らしいことやってんじゃん」
「大人になっただろ」
「ちょっと置いて行かれた気分」
セドラはまたため息とともに床に転がった。
「あんたもエトロもラティーも、国にいた頃はもっと単純な子供だったのに」
「そうか?」
「あたしお姉さんなのになー。あんたたちばっかり、前に進んじゃってさ」
「お前も若いだろ」
「焦りに若さとか関係ない。……あんたたちと自分を比べて勝手に惨めになってるだけよ。だからあんたが失敗するかあたしが成功するかしかこのモヤモヤは無くならないって感じ」
そう言ってからセドラは目を瞑った。まさかこいつがこんなみみっちいことを考えていたなんて、とシトロンは意外に思ったし、通りで自分にはそんなこと今まで言わなかったとも思った。全く共感できないし、なんなら意味もわかっていない。
「あんたがいつか惨めになれますように」
「ひでぇ願いをするなよ」
「だって、必要じゃない。王様になる時にだって、王様を支える時にだって。あんたずっと勝ち続けてきたんだからさ。もっと弱い奴とか馬鹿な奴とか間違えた奴の存在くらい認めてあげなよ」
存在まで否定しているわけではない、と言いたかったが、王がその存在を考えつきもしない命はいないものと同じようになってしまうかもしれない。
「また今日もオレは成長したわけだが……」
「あー鬱陶しい」
「お前のおかげだ」
「……そういうとこ、ほんと嫌」
そしてセドラはそのまま床で仮眠をとるようで、あらかじめ敷いていたマントの上に転がって移動した。
シトロンはやはり、彼女の考えていることがわからない。
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