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猫空間へようこそ


 西関所やケブラフ方面に向かう西門近くに一般人進入禁止の区画があった。とはいえ普段そこには何もない。ただ砂利が敷き詰められた広場があり、たまに王宮勤めの、あまり外で見ないような位の高い騎士がわざわざ出向いて草むしりをしているだけだった。

 王都に住む冒険好きの子供たちは幾度もそこに立ち入り、とくに何も無いのを見てがっかりして帰っていくことが多々あった。しかし実は、そこにずっと彼女はいたのだ。


 シトロンたちは準備が完了し、その広場に集まった。調査隊のメンバーは全員そろっており、何故か普段なら別の馬車や移動方法で別働になりがちな従者たちも帯同を許されている。事前にそれぞれ五人まで連れてきていいと言われていたのだ。

 シトロンは勿論エトロやセドラ、そしてロッコにブーシュカとばあやを連れてきていた。ブーシュカはばあやの孫で、彼女と同じく鉄の民の血を引くメイドだ。その褐色の肌と白髪がカレンシアでは目を惹いて面倒を引き寄せるために、普段黄昏館から出ることは少ない。だからこそ今回の遠征では他の国を見せてやりたかった。


「楽しみでございますねぇ」とブーシュカはシトロンに耳打ちした。ばあやは咳払いして孫を黙らせる。

 シトロンはキノトが来てから一切黄昏館に寄り付かなくなったガラクテアの姿を探していた。イストリアの話では王宮の一室を借り入れ、誰も寄せ付けないで考え事をしているという。一度訪ねたら『頼むから一人にしてくれ』と言われて従うしかなかった。遠征にも参加するはずだが見える所にはいないようだ。


「では彼女のことを紹介しますね」

 レウカが広場の中央に立ち、杖を取り出した。そして地面の砂利に、杖の先で手書きの小さな魔方陣を描く。が、なんというか。円の中に描かれたものは簡単作画の猫の顔だ。

「ごふっ……あの、なんか、え……?」

 突然グロッグがきょろきょろと周りを見る。それだけではなく手で身体をはらいむずがゆそうにしている。何かが来ているとはわかるが、誰もそれを知覚できないでいる。


「来たわ」

 魔方陣の中央を杖でカツンと叩くと、異様な光景が広がった。広場中に、いつの間にか猫がいたのだ。十匹はいるだろうか。突然出現したことにも驚きだが、実際に驚いたのは別の理由だった。

 その猫たちは、全てが体高一メートル以上ある巨大な猫だったからだ。ビカラは猫に埋もれそうになり、奇声をあげながら近くにいたアナトに抱きついた。

 見えるようになって初めて気がついたが、グロッグには三色の猫がずっとまとわりついていたのだった。


「三毛猫っすよ。モテモテだぁ」

「うぅ……実は……猫、苦手で、げほ……」

 珍しく物怖じしているグロッグに、三毛猫は愛情表現の頭突きをして彼をふらつかせている。

「彼女たちは十一人で一体のドラゴン。群体なんだ。彼女たちが司るものは内側の空間でね」

 セレマリオンは一匹の猫に触れるとパッとその姿を消した。


「え」と思わずシトロンは素っ頓狂な声を出してしまった。

『それぞれ好きな子に触れるといいよ。まぁ多分、彼女たちの方が選ぶけれど』

 その声は賢者の触れた黒猫の中から聞こえている。シトロンの前には中毛の茶色い猫が鎮座している。媚びを売る気はないがそちらは撫でろと言わんばかりの眼圧に苦笑いしながらそいつを撫でる。と、突然視界が光りに包まれ何も見えなくなった。


 目を開けると、全く知らない通路にいた。通路の片側には扉が六つあり、その反対側は窓から外が見えるが、それは先ほどまでいた広場の風景だった。いるのはシトロン一人だけで他の者は見える場所にいない。通路の前と後ろにはそれぞれ頑丈そうな鉄扉があって、どうにも開けそうにない。

『えーと、みんな彼女の空間に入ったね。混乱しないで聞いてくれ、そこは猫空間。あの猫の姿のドラゴンが司る空間なんだよ』

 通路の上にある箱から賢者の声が聞こえてくる。

『まぁ寝台列車だと思えよ』

 ソラールの声も聞こえる。だがさっぱり何を言っているのかわからない。


『私の声は通信魔法の類だと思ってくれ。後ろには君たちがつれてきた人たちがいるかな?』

 シトロンが振り返ると、確かにいなかったはずのエトロたちが驚きながらもそこにいた。

『うん、全員入ったようだ。それぞれが部屋つきの大きな馬車に入ったようなものさ。窓とは反対側の扉は全て個室になっている。彼女一人につき六部屋までしかないんだ』

 セレマリオンの近くで突然猫の鳴き声がした。


『ごめんごめん、六部屋しかないじゃなくて、六部屋もあるだよね。だから一人一部屋だよ。次は部屋の中の説明をしよう、みんなで適当な部屋に一緒に入って』

 促されてシトロンたちは近い部屋に移動する。安全のためロッコが扉を開けると、そこにはベッドソファーと学習机、そして中型のクローゼットがあるシンプルな部屋だった。荷物は基本的にクローゼットか床で、机やベッドの下に収納は無い。ここからも外が見れる窓がある。


『机の奥側に番号の書いてあるスイッチがあるだろう?それも通信魔法のようなものだ。赤い文字のところは君たちの乗っている猫の番号だよ』

「オレらは四号車ってことか」

「よんにゃんでございますか?」

「茶々をいれるんじゃありませんよ」


『ボタンを押しこむとその番号の猫に乗っている人々に声が届く。緊急時用だからむやみやたらに使わないでね』

 誰がどれだかわからない、と言おうとしたシトロンだが、スイッチの後ろの壁ににゅっと国章が描かれた小さなカードが出てきた。

 一番がレウカとハニーベル、二番が賢者、三番がコウジロウ、四番がシトロン、五番がアナトとビカラ、六番がキノト、七番がグロッグのようだ。


『レウカ君やキノト君は個室に直接連絡ができると思うよ』

 言うやいなや天井からコップが落ちてきて、シトロンはそれをキャッチした。厚紙でできたようなコップで、底から二十センチほどの糸がついているがどこにも繋がってはいない。

『やぁシトロン、聞こえているかな?』

「あ?コップからキノトの声がする」


『ははは!流石僕!君の魔力を辿り一発で成功したぞ』

「いやすげぇんだけど、もう驚きっぱなしで頭働かねーんだわ」

『では僕の美声で心を休めるといい』

「うるせー!セーレ、これ拒否する時どうすればいい?」

『通信を終了したければその紙コップを机に強く置く感じさ。そして個室同士の会話は他の誰にも聞こえないから深夜のおしゃべりにはもってこいだよ』

 試しにやってみると紙コップはきれいさっぱり消失した。そしてキノトの声も聞こえない。


『悪いけど調査隊メンバーはドアプレートに猫の絵が描いてある特別室に泊まってほしい。いざという時のためだからワガママ言っちゃだめだよ』

 エトロがさっと廊下に出て確認した。

「ここだ。ここシトロンの部屋な」

『窓の外を見てくれ。動いているのがわかるかな』


 全員で机横の窓を見ると、確かに広場から動いている。

『このドラゴン猫は体内にこういった空間を持っているため大人数を快適に運ぶことに適している。ただ外側の空間に作用する能力じゃあないから、目的地にひとっとびはできない。彼女たちはさっきのように透明になって馬車の上に乗る』

 視界が大きく動いた。どうやら馬車の上に飛び乗ったようだった。振動は緩やかで、なんなら馬車の方が揺れる。


『彼女たちは重さとかがないから馬車は大丈夫だよ。このまま遠征隊のみんなと一緒にブルトーヌへ行く。二時間後に調査隊のみんなにブルトーヌについての授業を簡単に行いたいと思うんだけど、どうかな』

『……………………あの、その』

 死にそうな小さい声が聞こえてくる。どうやらアナトのようだった。


『アナトお姉様、なんだか猫さんからの外の景色を見たらふらふらしだしました。気分が悪そうです。どうしたらいいでしょう……』

 彼女と一緒に乗っていたビカラが通信を引き継ぎ、戸惑いながら賢者に問いかけた。

『乗り物酔いかもしれないね、私が後で見に行くよ』

『しかし船も馬車も平気でしてよ!……うっぷ』


『列車はダメなんだろ』

「え、今の声誰!?イケオジいんの!?」

「イケボでございましたねぇ!」

 セドラとブーシュカは勢いよく食いついた。

「……セーレの従者じゃねぇかなぁ~?」

 シトロンの下手な誤魔化しに、男好きの二人が疑いの眼差しを向けた。紹介してくれとか言われたらどうしようかと身構えるが、流石に今それは言わないようだった。


 あれ?ヒューエトスどこだ?とシトロンはふと気になった。今のを聞いていたら色々と問題が、とまで考えているとそれを見抜いたのか、ハニーベルが教えてくれた。

『ヒューイは馬車に乗ったから大丈夫よ。あとガラクテア様もこちらにいるわ』

「あ、そうなのか」

 結局出発前に話せなかったが仕方ない。ブルトーヌに着くまではガラクテアはレウカに任せよう。シトロンは頭を切り替えることにした。


『みんなは二時間後の授業でね。調査隊メンバーじゃなくても聞きたかったら二番のスイッチ押して聞いてて構わないよ。ただ猫部屋以外の声はこっちに聞こえないからよろしく。じゃあ快適な旅を』

 通信が終わるとスイッチ横のランプが消えた。これが通話中とかの合図のようだ。それにしても馬車はもう出発している、セレマリオンはどうやって移動するのだろうか。シトロンが珍しく頭を使おうとすると、従者たちは部屋割りを決めたようだった。


「シトロンの隣はばあやでどうかな」

「ではその隣はわたしでございますね~。というか婆様とわたし、同室でもよござんすよ」

「私が嫌よ」

「孫が可愛くないとおっしゃいます!?」

 ばあやは孫がきゃんきゃん吠えても気にせず自室へ移動する。


「じゃあブーシュカの横がセドラ、エトロ、俺でいいかな」

「それでいいぜ。みんなは休んどいてくれよ。寝ててもいいぜ」

「俺は授業聞かせてもらおうかなぁ」

 各々が荷物を運び入れていると、説明に無かった廊下の端にある鉄扉が開いた。その向こうは真っ暗な空間で、シトロンはぎょっとして身構えるが、その虚空の中から賢者が現れた。


「君たちは何か問題は無い?」

「な、ないけど」

 セレマリオンは四号車の全員に聞こえるように指さししながら説明をする。

「先頭車両……猫部屋側の扉は番号の若い別の猫空間、反対側は次の番号の猫空間へ行けるけど、緊急時以外使用禁止って覚えておいて。私は二号車だから、三号車のコウジロウ君のところを通り抜けて今四号車の君のところにきたというわけだ。そしてアナト君のいる五号車へ向かう」


 よくわからんままに「おぉ~」とシトロンは納得の声をあげる。ふと扉横の壁を見ると、全部で十一個の”車両”と記載された長方形の箱が一列に並んだイラストがあった。頭の方から一二三……と書かれていて、なんとなくこれが猫空間の編成なのだと把握した。

「じゃあ私は行くけど、帰りも通るから。もし質問があるのならその時までに考えておいてね。見取り図とか意外とそこら中にあるからチェックして」

「これはこれはご丁寧にありがとうございました」

 ばあやは移動する賢者の背に頭を下げる。


 一方シトロンはセレマリオンが移動しているその空間が気になって仕方がない。と賢者が通り過ぎで扉が閉まると、エトロはそっと扉を隠すように通路に立った。

「好奇心にかられて行くなよ」

「いざって時は……殴って止めてくれ」

「それはあたしが引き受けるわ」

 頼もしい言葉を聞けて、幼馴染たちを連れてきてよかったな、とシトロンは心底感じたのだった。



次は明日の20時以降に更新予定

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