いんたぁみっしょん
出発は三時間後。今回は先遣隊改め遠征隊を伴いブルトーヌへと出発し、夜通し走って朝に到着する。『馬車じゃなくて竜車だから快適だよ』と言われたことでなんとなく自分たちの乗り物が見当もつかないようなものなんだな、と一行は理解した。
イストリアとの話をするためにレウカは王宮へと戻った。他のみんなも準備や打ち合わせのために黄昏館から出て行っている。とくにすることのないシトロンは、武器の手入れをしながらあの後会議場でした会話を思い返していた。
「賢者様がカレンシアから出られるのですか?」
レウカがどこか緊迫した面持ちで問いかけるが、当の賢者はなんでもないような雰囲気のままだった。
「アルジェンに全て任せていくよ。君たちにはそこまでやってもらうことはないけれど、竜脈の調査はしてもらおうかな。魔力の流れを観察してレポートにまとめる感じで」
多分レウカが心配していたのはそういうことではない。
「では海竜は賢者殿が……?ごほごほ」
「なるべくね。まずは話し合うよ。ソラールにそのまま攻撃してくるようなドラゴンはいないと仮定してだけど、ともかく君たちにはブルトーヌ王の目を逸らしてほしいんだ」
「賢者様の来訪を伝えない、と」
「そうだね。余計な騒ぎは起こしたくない。あの国の王は再三私に国への移住を誘ってきたしねぇ。あ、違う、それ三代前の王様だ。ともかく王侯貴族と接触は避けたいソラールがカレンシアにいることも他国には伝えたくないからね」
「いやいやいや」
汗だくで青ざめたコウジロウが首を左右にぶんぶんと振った。
「お前はそこまで度胸がない。俺を切り札としても使えないだろう」
コウジロウが何か言う前にソラールがハッキリと言いきってしまった。それはコウジロウが黙るには充分な言い分だったために「……はぁ」と不満そうなまま彼は何も言わなくなった。
「氷のと星のは俺を訪ねてきた。元から知ってた」
全員が驚いた。張本人たちも驚くとはどういう了見だと思ったが、彼らはそれぞれ相手もそうしていたとは思わなかったようで、お互いに疑いの眼差しを送っている。
「え、キノトも、ごほ、知ってたの?」
「待ってくれたまえグロッグ殿。何故あなたも彼のことを?」
「いやいやいやいやお前らなんで」
「国家機密ー」
「右に同じ、げほげほ」
「でも」とハニーベルが追及しようとした時だった。
げっほげほげほ、とグロッグが激しくせき込み、指の隙間から赤が覗く。
「こいつまた吐血芸を!!!」
「血を吐いているのは本当だからいたたまれないんだよこっちは!!!!」
「そこにつけこん、ごはっ……でるから、そうでなきゃ……ごっふぉぁ……」
「身体を張るな!!!!」
ごちゃごちゃわいわいがやがやと騒がしくなったせいで、シトロンは気づくのが遅れた。唯一レウカだけが、キノトとグロッグが闇竜目当ての接触をしてきたことを驚いていなかった。恐らく二人はそれぞれレウカに伺いを立てて賢者と会ったから知ってはいるだろうが、そうじゃあない気がした。後で聞いてみるか、とシトロンは一旦頭の隅に置いた。
「ブルトーヌへは勿論僕も同行できるのですよね?」
「キノト君が来てからの初めての調査だ。そして初の海外遠征に狂暴なドラゴンがいて人死にの危険もあるが、その辺りは全員承知して参加しているはずだ。死なせるつもりはないが多少の覚悟はしてほしい」
「そういう約定でしたからね」
「シトロン君以外は」
皆の話を「は?」という顔でシトロンは聞くしかなかった。
「ごめんなさい……ほとんど勝手に連れてきたから」
「いや、まぁ元々死ぬほど危険なのは承知だったし、実際この間はアレだったからもういいけど。お前らそんな覚悟してたんだって言う方が気になった」
「その辺りは賢者様が、生半可な実力の者が来ても嫌だし、怪我や病気になってから文句を言われたら困るからと」
「そもそも危険なことをさせたくないイストリア殿とユヴォークはごちゃごちゃ言ってたけど、折れてくれたよ」
やっぱこいつ国政に影響力持ってないか?いや今更だな、教育制度こいつが作ってたようなもんだし。シトロンは賢者が善良なことは知っていたが、それはそれとして無茶苦茶危険な存在ではあるとも感じていた。
「ブルトーヌの国としての説明は明日の馬車の中で行いたいと思うけど、アナト君が話していてもいい、そこは任せるよ。じゃあね」
セレマリオンは白蛇を伴い、手を振って悠々と部屋から出て行った。帰りは足音が無い。賢者というよりはソラールの気配が完全に消えてから、緊張から解き放たれた顔の面々は思い思いに楽な格好をした。
「楽しみだなぁ!」
キノトはいの一番に弾んだ声を出した。実際に危険な戦いを目の当たりにしたコウジロウは一応窘めるように声をかけた。
「死ぬかもしれないんすよ?よく一人っ子の二人が来れたなってずっと思ってたんだけど、闇竜との接触狙いならまぁあれなんすかね」
あはは、と二人は笑った。何を聞かれても答えないよという笑顔に”いけすかない大国の人間”感を抱いてしまったシトロンは、同じ年頃のみんなが思ったより大人で、ビカラの言うように”カタチ”にこだわってるんだな、と改めて突き付けられてしまった気分だった。
「ねぇシトロン。なんであたしはお留守番なの?」
不満そうなラティーに話しかけられ、シトロンは短剣を磨くのを止めた。
「二つある。エトロからの要請を入れれば三つだけど」
「む」とラティーは妹の顔で拗ねてみせた。
「一つ、危険だからなるべく大人から選出した。お前以外にも重大の連中は待機組だろ」
「お兄ちゃんは連れて行くじゃない」
「エトロにはなるべく世界中見せてやりたいんだよ」
主の言葉に少女兵士は反論しようとするが、すぐ項垂れたように肩を落とす。
「それは……うん。お兄ちゃんはきっと外国でも役に立てるってのはわかるよ。特使みたいに立ち回れるとも思うし」
「お前にはカレンシアでのそういう役回りを期待してる。つまりオレたちや調査隊がいない間のカレンシアを見たり、黄昏館を守ってほしいんだよ」
「物は言いようだね」
「納得しない?」
「拗ねてるだけだって」
横合いから昔馴染みのセドラが、少し馬鹿にするように笑いながら口を出す。シトロンより一つ年上の彼女は兄弟ほど長くシトロンといるわけではなかったが、それでも付き合いが長いために気心の知れた扱いをしてくる、みんなの姉的役割を担っていた。
「セドラはいいよね!連れて行ってもらえるんだもん」
「あたしは強いし~?」
「むー」と意地悪な姉に対抗して素直な妹が更に怒っていることがシトロンには微笑ましく見えてつい笑ってしまったが、ラティーはそれを目ざとくみつけてシトロンにも怒り顔を向ける。
「なんですって?!」
ほのぼのとした時間を切り裂いたのは、ハニーベルの怒鳴り声だった。聞いたことの無い怒りと失望と憎しみを混ぜこぜにしたような攻撃性の高い声に、思わず三人は驚いて声がしたほうを覗き見た。
声は黄昏館の玄関の外から聞こえてきている。扉の隙間からおろおろと怖がっている若いメイドが見えるが、いつもの彼女と違いハニーベルはメイドの様子に気づかずイライラした様子を隠さない。
「どうしたよ」
シトロンは、どちらかというとそのメイドを助けてやろうと声をかけた。ハニーベルは我に返ったようで、赤い髪をぐしゃぐしゃとかいてから深呼吸をした。
「……実はソラール様が王宮で、あたしが泣いたかどうか聞いてきたの。意味がわからなかったんだけど、賢者様が気を回して調べてくださって」
彼女は少し考えてから、持っていた紙をシトロンに見せた。人名がずらずらと書き連ねられている参加者名簿で、その中にミネオラの名が書かれていた。
「先遣隊に……ミネオラが参加してたのよ」
「え、じゃあ……!」
これは先遣隊の参加者名簿で、これを知りキレたということか。調子を取り戻したハニーベルはメイドに謝罪をしている。メイドはお気になさらず、とホッとした顔で告げてから去って行った。
「……ソラール様が見ていた通りの未来が訪れていたら、ミネオラはあたしやパパのあずかり知らぬ外国で、一瞬のうちに死んでいたってことよ!」
ハニーベルは悲痛な叫びをあげた。ラティーとセドラは何のことかわかってはいないが、それでも自信家の騎士見習いが思いやりを忘れるほど狼狽していることだけはわかるらしく、ただ彼女に寄り添っている。
「お父さんも知らなかったんですか?」
「えぇ……賢者様がパパにも連絡をとってくれてわかったのよ。さっき中止の申請をしたんだけど、どうもあの女が、ラブレス卿が子供たちの修学旅行くらいのノリでねじ込んだらしくて」
ハニーベルの瞼が怒りでピクピクと痙攣している。
「参加者にはパパより偉い貴族の子供もいてパパ一人じゃあ覆せないわ。先遣隊と都市の全滅の未来は国家機密だから教えられないし、説得しきれなくて」
「つまり、遠征隊にもミネオラや他の子供たちが相変わらず参加しているってことか?」
「えぇ」とハニーベルは力なく呟いた。
シトロンはそんな友人の姿を見てすぐさま一応の対応策を講じることにした。
「……セドラ、現地ではそっちの面倒みてもらうかもしれん。エトロやロッコにも相談してから決定するけど、慣れない年下連中引率する用意を頼む」
「そうなっても構わないわよ?お給金弾んでくれるならね!」
「当然だ」
怒りをひっこめると今度はどっと疲れが襲ってきたのか、憔悴した面持ちのハニーベルは、セドラに軽く頭を下げる。セドラは慌ててそれを止めた。
「その、本当にそうしてくれたら助かるわ」
「よしてよ、あたしはまだなんにもしてないんだしさ!」
「あたしは多分ミネオラを優先して見てられないし。今回はうちの家からは誰も連れて行けないから……」
「俺様も見てやるから安心しな!がっはっはっは」
聞き慣れたドラゴンの声が突然響いてきた。四人が目線を向けるまででもなく、館の前には堂々と仁王立ちするヒューエトスの姿が目に入ってくる。
「おっと内緒だぜ?俺様は今回秘密裏にお前たちに同行しようと思う。なんせ俺様の未来予知にばっちりとうつってるんだよ!王の帰還がな!」
シトロンたちはまだ困惑していた。とくにハニーベルは今全く頭が回らない状態なのだ。妹が死んでいたかもしれないというか、死んでいたのだ。ともかく口を挟まずに得意げなヒューエトスの話を大人しく聞いていた。
「聞いて驚け。恐らくブルトーヌで俺様は……闇竜に会える……」
噛みしめるように彼は言った。見た目は幼い少年の顔をしているというのに、どこか疲れ切った老人のような寂寞感をたたえていて、シトロンは何も言えなくなった。
……ブルトーヌまで行かずとも本当はずっと近くにいたのだとは言えるはずもない。
「創世竜に会えるの?」
ラティーは無邪気に聞いた。ヒューエトスは口の前で指を立ててしぃっと窘めた。
「誰が聞いてるかわかんねぇぜお嬢さん。お、セーレじゃねぇか!よっ!」
そこに、準備が終わったのか伝言があるのか、はたまたハニーベルの様子を見に来てくれたのか、なんとも言えない顔の賢者がやってきた。
「えーと、その、こっちは準備できたから、あの、時間になったら指定の場所に来てね。ハニーベル君は大丈夫かな」
「あたしは大丈夫です……。遅刻などしません、安心してください」
「そうそう!俺様がいるから安心しな!」
「そうか、わかったよ。無理しないように」
セレマリオンはハニーベルを労わりつつ、ヒューエトスからは逃げたかったようでそそくさと立ち去ってしまった。
「セーレが知ってるならもう秘密じゃなくない?」
”確かに”という顔のドラゴンは放っておいて、シトロンはこっそりハニーベルに耳打ちする。
「今回初参加のキノトがいて、なんらかの陰謀があって、ミネオラたちがいて、セーレとソラールがいて、ヒューエトスまでついてきての初の海外遠征ってことか?」
ハニーベルはゆっくりと彼女の言葉をかみ砕き静かに額を押さえた。
「波乱必至じゃないの……!!!」
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