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急転直下


 突然会議室に集められた調査隊一行は、そわそわと落ち着かない様子で部屋に訪ねてくる誰かを待っていた。

 シトロンは三十分ほど前にエトロから聞いた話を思い出す。きっとみんな色んな筋からブルトーヌと海竜のことを聞いたんだろうなと推測し、この場にうっすら漂う緊張の正体がわかったような気がしていた。


 相変わらず窓から見える人々は慌ただしく動いている。その時、何の気配もなく扉が開いた。廊下を歩く足音もなく、扉が開く音もしなかった。

 そこに立っていたのは黒髪の男だった。背が高く、扉ギリギリの高さにある頭をぶつけないように部屋に入ってきた。

 ソラール、とシトロンはその男の名を呼びそうになって、一旦止めた。存在が国家機密みたいな存在だ。下手に動くのは止めようと思ったのだ。

 シトロンは政治がわからぬ。だが危機察知能力は人一倍あったのでなんとか生きてこれたのだ。


 ソラールは教壇に立ってみんなを見た。スーツとか言う異国の服に、今日はジャケットを着ている。彼の背からすると教壇は低いようだが、彼は気にしていないようだった。

「海竜ってのはそこまで強くなくて」

「ま、待って」

 凄まじくマイペースに話し出す男に、全員が困惑を隠せない。アナトやハニーベルはシトロンと同じくソラールだと知っていて困惑しているが、ビカラたちは見知らぬ男に警戒を強めていた。だがその空気を静かに挙手したレウカが崩す。


「名前を呼んでもいいかしら」

「うん」とソラールは軽く返した。

「ではソラール」

「ソラール!!?!?!?!?」

 ビカラとコウジロウが泡を吹いて机に突っ伏した。そうだろうそうだろう、びびるだろう。シトロンはちょっとだけ溜飲が下がる思いだった。


「まず一つ、何故貴方一人でここへ?」

「マリアに行けって言われた」

「賢者様はどこへ?」

「会議」

「どうして海竜の説明を?」

「必要だから」


「……ブルトーヌに関する話かしら」

 レウカとソラールの短すぎる問答は、ソラールの長すぎる沈黙によって打ち切られた。その目には何も映っていないようで、不気味な印象を子供たちに与えた。

「……あぁ、まだ言ってなかった」

 じっくりと考えながらソラールはジャケットの内ポケットから紙を出した。


「えーと、みんなに自己紹介をしてから、マリアが来られない理由を言って、ブルトーヌの話をして、海竜の説明をする」

「賢者様カンペを用意してたんだな」

「今のソラールにはあんまり時間の感覚がなくて、次元の感覚も薄いらしいの」

 レウカは説明してくれるが、みんなピンときていない。


「十分後に話すことも、すでに話したつもりになっちゃうの。でも本人としては何が完了して何がまだなのか不明瞭なだけだから、”ソラールは話していない”じゃなくて”私たちは聞いていない””私たちは知らない”という風に言ってあげてほしいの」

 なんとかわかるように説明してくれたために、なんとなくわかるような気がする。

「なるほどな?」

「わかりましたわ」


「ブルトーヌの話はまだ聞いてないです。お手数かけますがご説明願えますか?」

 優等生ハニーベルは早速レウカのお願いに沿った声掛けをすると、ソラールはうんうんと頷いた。

「そっか。既に研究塔の何人かを含む先遣隊がブルトーヌに到着して調査している。だが全滅して面倒なことになって」

「え!?」


 シトロンは思わず大きな声を上げてしまった。全滅した、とあまりに簡単に言うものだから驚くしかなかったのだ。もう先遣隊がブルトーヌ入りしていたとかそういうことも聞きたいのに、何も聞けないでいる。

「そ、そんな」と誰かが力なく呟いた。混乱しているのはシトロンだけではなかった。

 だが再びそんな空気を変えたのはレウカだった。彼女は落ち着いた様子で手を挙げた。


「ソラール、先遣隊の出立は一時間後です」

 全員がぴたりと黙った。あぁそういうことなのか、と魂で理解できた気がした。

「じゃあ間に合うな」

 呟くやいなやソラールが指を鳴らすと、昼間の室内にもかかわらず、立っている彼の影が後ろにある黒板に出現した。そして影はゆらりと動くと、ざっと移動して消えてしまった。


「じゃあブルトーヌの話を」

 また別の話をしようとするソラールを止めるため、全員が挙手した。どうやら手を挙げた人間の話を聞いてあげる、というルールがあるのかもしれない。誰かが手を挙げると彼はちゃんと待つ。恐らく、というか絶対セレマリオンが作り出したルールだとシトロンは思った。

「未来ってそんなカジュアルに変えられるのか?」と彼女はそのまま質問する。


「そもそも全ての事象は確定していない。流動性のある不確定なものだ。俺が見ているのはあくまで比較的そうなる確率の高い、先の時間であって流れが変わるようなことをすれば変わる」

「それだと力ある者が私情で未来を変えることだって」

 アナトの言葉をソラールは遮る。

「私情の何が悪い?どんな英雄や優れた指導者だってよりよい世界とかいう私情を掲げているじゃないか。俺にとっては悪意も善意も全て私情に過ぎないぞ。今生きているこの世界が先人により作られた歴史だと納得しているのに、何に引っかかっているんだ?」


「でも」と今度はハニーベルが不満そうだった。

「大体お前たちは未来を故意に操る者がいても、知覚できないだろう。今の世界が力ある者が私情で変えた未来だとわかるか?それか、そうじゃあないってわかるのか?」

 ソラールの勝ちというか、真面目な二人の負けだとシトロンは感じた。未だ納得できていない様子の二人に合わせることはない。シトロンはソラールの言い分が正しいと思ったので、彼に沿うことにした。


「下手したら一秒間隔で変わる未来を見続けてるってことか。頭パンクするなそれ」

「これくらいの演算が可能なスペックはどのドラゴンにも搭載されている。実際にそういった演算をするよう設定されていないだけで」

 ?????とシトロンの頭の上に疑問符が浮かぶ。頼むからみんな同じ状態でいてほしい。


「なんの話をしていないんだっけな。ともかく俺は自己修復の最中だから上手くいっていないんだ

そうだ、海竜の話……」

 彼はまた少し考えだした。

「助けが必要ですか?」

「いいや?人間相手には送信にここまで時間がかかるとは想定外だった」


 それはどういう、まではレウカが声に出した気がする。だが誰もそんなことは尋ねられない。

 何故なら全員、突如脳内に知らない”海竜リヴヤタン”の記憶が叩き込まれてきたからだ。

 ほぼ同時に記憶に付随するように、頭が割れたと錯覚するほどに脳が痛みだして耐えきれず全員が叫び出した。

「止まって!!!!止まって!!!!!」

「無理無理無理痛い痛い痛い!!!!」


「あれ、ダメか」

 ふっと頭が軽くなり、一気に全員が机に倒れこんだ。呼吸が荒く、目の前がチカチカする。手が震えて吐き気が後からこみ上げる。

 比較的軽傷だったのか、レウカは回復魔法を全員にかけた。座ったまま床に魔方陣を展開させて、その上にいるみんなを一気に回復させる。真っ先に起き上がったのはグロッグとキノトだった。

「ごほ……魔力の総量に応じてるのか。げほげほ、ビカラは魔力はあっても子供だし、大丈夫?」


 ビカラは土気色の顔を上げた。

「らいじょーふでしゅぎゃ!?」

「舌回ってないよ。休みなさい」とキノトは回復魔法を重ねがけた。

「頭がかき混ぜられた感じ……」

「わたくしは脳みそが痺れた感覚ですわ」

「オレは全身バラバラになりそう」


 シトロンは頭に流れ込んできた情報を整理した。いや、整理するまでもなく、それは報告書や教科書のようにわかりやすくまとめられていた。

 海竜は全長一キロを超す海の怪物で、リヴヤタンという。口からは水の炎を吐き、それを喰らったものは水圧でバラバラになる。そうでなくとも少し身体を動かせば海は渦巻き波は荒れ狂う、魔法や特殊能力ではない普通の海の水で人間をいくらでも害することが可能だという。元は海洋汚染を浄化する役割を背負っていたらしい。


 オレだけだろうか、オレだけな気がする。シトロンは先遣隊が港街ごと高波に飲み込まれるイメージが見えた。そして引き潮で地盤ごと、街の全てが海に引きずり込まれる様を見た。きっとこれがソラールの見ていた全滅する未来の光景なのだろう。思考と記憶と視界とは別のところに繰り返し、謎のそのイメージが見えている。これと四六時中向き合っているとしたなら、壊れてしまいそうだ。シトロンが苦しんでいると、ふとそのイメージは消えた。多分これもソラールが取り消してくれたのだろうと思った。


 ともかく、とシトロンは海竜対策を考える。だが例え水炎をバリアでしのぎ高波をシールドで防いでも、最後のは防げない。こんな力を持った相手をカレンシアにどうこうしろと言ってきているのか、といっそブルトーヌに悪感情が沸いてくる。だがドラゴンのことでカレンシアに助けを求めるのは正解だ。

 そんな時、パタパタと足音が聞こえてすぐさまソラールがその場から消えた。


 部屋に賢者が入ってくるが、後ろにソラールがついてきている。

「やぁお待たせ!」と息を切らしたセレマリオンが教壇に立った。みんなの間に安心感が漂った。

「走ってきちゃった。この人はちゃんと授業できてた?」

「できてた」とソラールが返事した。

「本人には聞いてないんですよ。うん、まぁなんとかできてたようだね!」


「海竜のことはばっちり頭に入ってる」

「そうか~良かったよ」

 物理的になんだけどね、とは流石に言えなかった。無駄口を叩く元気はまだ誰にも戻っていなかったし、このツッコミに”愛しのマリアへの告げ口”判定が下った場合、多分死ぬからだ。死ぬだけで済んだらいいけれども。


「早速だけど、授業はここで打ち止めだ。ソラール先生のお話はまた今度でいいかな」

「いいぞ」とまたソラールが答えた。

「今生徒たちに話してるんです、待っててください」

 賢者がいつもの白いローブの袖を広げると、ソラールは白蛇の姿に戻って袖の中に入った。


「先遣隊の出発は取りやめになった。というかした」

 あぁさっきの影は賢者に連絡していたのか、とシトロンは納得した。連絡を受けた賢者は必死になって関係各所に……いや、イストリア一人に言えばなんとかなるな、と考えを改めた。彼はソラールの存在は知っているのだから話は早いだろう。将軍たちには未来を見れるドラゴンがと話せばいいだろうし。

「ユヴォークがごちゃごちゃ言ってきたけど明日に延期させたよ。それで、だ」


 賢者はみんなを見回して、少し困ったように笑った。

「先遣隊ではなく調査隊の出動を要請した。すぐに準備してくれ、明日にはブルトーヌに向けて発って欲しい」

 心のどこかで予想していたことだった。シトロンにとっては『そうじゃありませんように』でキノトにとっては『そうでありますように』だったが、この言葉自体は誰もが薄々予感していたことだった。

 次の言葉に比べれば。



「勿論君たちに丸投げしない、私とソラールも行くよ!」



次は明日の20時以降に更新予定

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