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家族の形


 気がつけばシトロンは中庭に転がり、視界には澄み切った青空が広がっている。あぁ最後の下段攻撃で足を掬われたな、と振り返る。

「確か手足以外が地面についたら負けだったね?僕の勝ちだ」

 キノトが青空との間に入り込みこちらの顔を見て笑った。銀髪が日の光を受けてキラキラと輝く。

「子供みたいに悔しがって転がろうと思ったんだが、最後の一手が鮮やか過ぎて文句が言えん」

 あのまま打ち合っていればこちらが勝った。だから彼女はそんなことはしなかった。戦術の勝利だ。


「僕は常に鮮やかだけども……より心に残る一瞬が見つけられるとは成長したね」

「すげぇよなんだこいつ」

「ちょっと、シトロンさん負けたんですかぁ?」

 中庭の隅で薄い図鑑を手に花を見ていたビカラが煽るように笑った。

「僕の方が強いのは僕に定められし宿命だけど、別にシトロン君が弱いわけではないよ。ただ僕は槍を手にすると、どうも卑怯な戦い方をしてしまう。勝ちは当たり前だから当然勝ち方にはこだわる。だから槍は使いたくないと言ったのに」


 勝ったというのに不満そうなキノトにシトロンは苦笑いを返すしかない。

「なんかこいつ槍とレイピアと弓が出来るっていうから、槍での手合わせをしてみたんだけど、なんか当ててこないんだよ。全部人の槍を奪う動きをしやがる」

「はぁ。わけわかんないです」

「で、距離とると槍伸ばしてくる。オレその伸びた槍にすっころばされたんだ」

「は?」


「こうやって」

 キノトが手にした槍が、ぐんっと一メートル近く伸びた。そしてまたすぐに元に戻る。

「はぁ!?」

「槍の師匠でもあるジジイのお手製の槍でね、魔力をこめればどこまでも伸びるよ。重さは増えないから気をつけないといけないけど」


「居合くらい伸びる?」

「そもそも居合でどうして遠くまで攻撃できるか知りたいんだけど」

「さぁ」と気の抜けた返事をすると、「閣下に聞くよ」と返されてしまった。

「いつまで閣下って呼ぶんだよ」

「嫌がっているみたいだからもうしばらく呼ぶさ!」

「いじめっ子か」


「だって連れ出してくれないんだもん」

 爽やかな笑顔から一転、キノトは拗ねたように唇を尖らせた。ちょっと幼い言い方に、多分身内には甘えるタイプなのかもしれない、と二人は考えた。コウジロウが早くも身内認定されているというよりは、彼女にはまだそうやって甘える相手がいないということを感じた。

「じゃあコウジロウが悪いな」

「そうですね、コウジロウさんが悪いです」


「今日は商工会会長たちとお食事会だよ。こっちにはアナト君が来てくれるからマシだけど」

「最近のアナト、どうも皇国の特産品に感銘を受けた?みたいで、いろんなルートを開拓しようと必死らしいな」

「仕方が無いからいくつか取引しても良いと思っていそうな会社や人物を紹介したとも。さて、どうなるやら」

 忙しなく働くアナトの様子が目に浮かぶ。


「グロッグさんもひっぱりだこらしいですよ。でもあの人、吐血芸で切り抜けてるらしいです」

「儚げに『申し訳ない……』って断ってから扉閉めて、すぐさま口から血を出しながらあっはははと笑って中庭まで走っていってたな」

「使い慣れている……。僕は存外真面目な女だからな、そういったことはしないんだ」

「わかるが納得したくないな」

「魅力的な子には素直になれないタイプ?」

「そういうとこだぜ」


 軽口を言い合っていると、バタバタと廊下を行き来する従者たちが目に入った。

「どうかしたのかな。おいエトロ」

 シトロンは丁度自分の幼馴染兼兵士の眼鏡の少年が見えたので、窓の外から呼びかけた。エトロははたと足を止め、中庭へ出てくる。手には二冊の本を持っていた。

「ちょうど良かった。まずはこれ、ローマンデルジェイから取り寄せた南の民族たちについてまとめたものです」


 先に用事を済ませようとしたのか、シトロンを手で制止したエトロは一冊の本をキノトに渡した。少し古くなった表紙には何も書かれていない。

「あぁ僕にか!シトロン、君ってば意外と気が利くじゃあないか。後宮を建てる際には君のメンバー入りを検討しておこう」

「やめろや」

「しかし実にありがたい。これは貴国に対して返礼をしないと」


「お構いなく。王様も星の民や彼らの文化が途絶えたことをずっと気にしておられたとのこと。だから彼らが西から来たという仮説を、西大陸の方に検証していただきたいという目論見があるのです」

 エトロはわざとらしく笑ってみせた。

「言うなぁお前」

「ちゃんと相手を見て言ってるよ。誰かさんの代わりに情報収集も兼ねて会談とかしてるんだから、カレンシアに来てから俺かなり使節みたいになってるよ」

「なんだかすまん、これからも頼む。オレは嫌」

「まったく……」


「ははは、見る目があるね!そういいぇば幼馴染なんだって?気安い良い仲じゃあないか」

「七歳くらいの時に王城でこいつと妹のラティーを引き取ったんだよ。だから幼馴染ってより兄弟に近いかも。同い年の弟がいる感覚」

「俺が兄だろ……。だから王様と王妃様はもう一人の父母って感じですね」

「僕の三人目の祖父と似たようなものか」

 共感を覚えるキノトの前で、その疑似兄弟は「オレの兄上は兄上だけだが?」「あれだけ面倒かけておいて姉面はないだろ」と言いあっている。


「あとこちらビカラ様へ。俺と妹が子供の時に読んでいた図鑑です。これは手書きなんですよ」

 エトロは手作りの薄い図鑑をビカラに渡した。その本にはローマンデルジェイにいる動物や植物が簡単な解説とともに色彩豊かなイラストが描かれている。

「えぇ!すごい、この絵もですかぁ!?」

 はしゃぐビカラを見て、ようやくといった様子でシトロンは思い出した。


「伯父上が描いたやつか。兄上も持っててさ、オレのためにも描いてくれたのにこの通り一切気にせず。エトロとラティーがずっと読んでた」

「まぁ無駄にならなくてよかったじゃないか!」

「ってことはこれ、思い出の品であり王侯貴族手ずから作成した一品ものってことじゃないですか!?え、困る……!!!!図鑑は欲しかったけど……!!」

 ビカラはぐぬぬとよじれたりねじれたりしながら苦しんでいる。


「伯父上はただの山羊飼いだぞ」

「貴族じゃないのかい?」

「王妃様は山羊飼いの家から嫁がれました。王妃の兄君はそのまま家を継ぎ山羊飼いに、弟君は徴兵された後に騎士として暴れまわっておられます」

「あぁシトロンさんは叔父さんに似たんですねぇ」


「僕の母は貴族だし許嫁だったから、そういった話を聞くと新鮮だ」

「それも星を読み定められた運命によって、ですか?」

「最初はね。でも父には複数名結婚したら幸せになれる相手が星占いには出たそうだ。でも父は物心ついた時から母だけと共にいたそうだ」

「それはそれでロマンじゃないですかぁ。うちはなんか、実はわりと……」

「そういやフアノアのそういう話聞いたことなかったな」


 一瞬ひきつった顔をしたビカラは、観念したように呟いた。

「……結婚制度がなくてですね」

 え、と声に出したのはシトロンだけだが、二人も困惑していた。

「だから夫も妻も沢山いてもいいし、夫でも妻でもないが子供を養育し共に暮らしているみたいなのが一般的で……わたしはちょうど王族の娘だったから他の子どもたちより両親という意識が強いだけで、実は父も母も沢山いるし血のつながりがあってもなくても扱いが変わらないというか。悪いことばっかりじゃないんですよ!?」


「ちょっとわかんないだけで否定はしてないだろ」

「う……。この母とはそりが合わないから別の女性を母とする、みたいなのがあるんです。親側からも然り。どうしても合わない我が子と無理にいて虐待とかしないからみんな幸せです。だからえぇっと……島の外に来て思ったよりみんな家族の形とか血の繋がりとかにこだわってるな、と思いましたよ。誉まで血の中にあるんですかぁ?」

 ビカラが責められている気がするとトゲトゲしくなるのは慣れているが、それも少しだけ柔らかくなってきたな、これが成長か、とシトロンは勝手に感慨深くなった。


「ビカラ、君も教壇に立ってみるというのはどうだい?きっとみんな君の話に興味があると思うよ」

 キノトは目を輝かせながら言った。

「それは同感、面白いし。オレもカレンシアどころか自分の国もまだまだ知らんことがあるが」

「勉強しなかったからね」とエトロが小言を言う。

「うっさい。フアノアのことも知りたいってのはマジで思うよ」

「え?そんなに聞きたいですかぁ?仕方ないですねぇ、ちょっと考えておいてあげましょう!」

 にやにやと笑うビカラはもう卑屈モードが終了したようだった。

「はしゃぎやがってよ」


「そういえば、外が騒がしいのは何かあったのかい?僕はメイドばかりつれてきて、特使たちは少ないからあまり黄昏館にこないんだ」

 キノトが本題を思い出したように問う。

「だからお前ばっかり会食に引っ張りまわされてるんじゃないか?」

 思わずシトロンが横合いから口を挟むと、彼女はうぅと唸った。

「誤算だったよ。みんなが大臣とか外交官とか連れてきているのはそういう意味だったんだな」


「えーと、不確定情報なんだけど」

「口止めされているなら構わないよ」

 エトロは少し考えてから口を開いた。

「魔の三角海域の話なんだけど」

「海竜が暴れている海域で、ワジェンデイク、帝国、ブルトーヌが隣接してるっていう」とビカラは授業のように挙手して答えた。


「悪いけど『四角海域ですわ!!!』のインパクトが強くて」

「そういえばガレッドルも接していると言えばそうだね。でも少し遠くないかい?」

「西から見てもそうなのか……」

「じゃあ無理ですねぇ……その三角海域がどうしたんですか?」

「海竜がいつもは来ないガレッドル近海で暴れているという知らせが入ったんだ。それでカレンシアに救助要請が来ているとかいないとか」


 三者三様に驚きを示した。

「出立になるかもしれないし、調査隊は出ないかもしれない。だから備えだけはしている状態です」

「僕としては調査隊出動が好ましいね」

 キノトは嬉しそうだった。ようやく調査に参加できるのが嬉しくてたまらないようだった。

「海竜ってどんなのですか?」


「何百メートルもあるウミヘビみたいな……って聞いたけど、俺ウミヘビって知らなくて」

 シトロンも勿論わからない。叔父の図鑑にもそんなものは載っていなかった。だだ海の近い国々の二人は「大体イメージできました」「ウミヘビね、うん」と頷いている。

「二人とも蛇はわかるかい?ともかくあんな、頭と長い胴体をしているってことだろうね」

「蛇ならまぁ。……それが何百メートルもあるのか!調査行きたくねぇな!」

「しかもしかも海の中にいるんでしょう!?無理無理無理です、わたしたちじゃあお役に立てませんよ!」


「そうだね、海も凍ってるらしいし」

 まだ異常事態があったのか、とシトロンは驚いた。

「ワジェンデイク近海は流氷があるのは聞いていたけど、海竜の暴走とほぼ同時刻、ブルトーヌ近海にも流氷が出現して結構な数の船が海上で立ち往生し、次々に海竜に襲われているらしい。だから氷のドラゴンも近くに潜んでいるんじゃないかとか」


「複数のドラゴンがいるかもしれないってことか。そりゃカレンシアに……。そういえばレウカの姉の一人がブルトーヌに嫁いでいるって聞いたな。その人ならなんとかできるんじゃ」

「今ご懐妊されて療養中らしい。ともかく王宮と各国の外交官たちは混乱してるんだよ」

「お前よく教えてもらえたなぁ」

「あ、確かエトロさん貴族の人とも仲良くしてますよね。この前カフェで見かけました」


「そうそう。外で人と会ってる時は声かけてくれていいですよ。多分どの相手もそういう出会いとか縁を求めていたりもしますから」

「……わたし特使とか従者とか外交官とか一切連れてきてないのでぇ、正直ロビー活動?とかしてないんですけど、ヤバめですかね」

 ビカラが自分より大人になっている。シトロンはそんな危機感を覚えた。オレはそんなこと気にしたことなかったというのに。


「元々フアノアとカレンシアは友好関係にあるし、いいんじゃないかな。友好国の幼い姫君が毎日楽しそうにしている、というのはそれだけで懸け橋になりえるものだよ。君は街にもよく行くのだろう?王都の住民からも親しみをもって歓迎されているように見えたけどな」

 キノトも無茶苦茶大人だった。何喰って育ったらそんなフォローがノータイムで出てくるんだ?とシトロンは他人事のように見ていた。


「そうですよね!シトロンさんよりマシですよね!」

 ビカラにもわかっていたようだ。その通り!こんな大人になるんじゃないぞ、と言えるほど大人ならば良かったが、生憎シトロンは年齢的にも精神的にもまだまだ子供だった。

「でもオレには外付けの外交機関があるから……」

 だからこういう捨て台詞しか言えなかった。

「俺の本職って一応護衛なんだけどなぁ……」



次は明日の20時以降に更新予定

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