君のおめがね・後
「トルテだよ。召し上がれ」
厨房に移動することたったの十五分、一行の前には見事なケーキが出現した。パイ生地の上にクリームやフルーツで彩られたトルテを、キノトは見事な配分で切り分けて全員に差し出した。
「早すぎるでしょ、どうして」
「魔法を使っていましたね……凄く自然に、全ての工程に。一体何にどんな魔法を使っていたのか細かすぎて全部理解しきれないわ」
チーム真面目があっという間に作り上げられたトルテについて考えている中、シトロンやビカラはひたすら”早く食べたい”としか頭に浮かんでいなかった。
「パティシエに限らず、国家資格が必要な業種というのは常に二つ存在する。魔法を使うか使わないかだ。僕は魔法調理での菓子製造を極めたパティシエの資格を得ているというわけだ。これは生地を寝かせるとかじっくり焼くとか、そういったものを各種魔法を行使して作っているのだよ」
「なるほど。じゃあ魔法を使わないパティシエもいるのですね」
「その通りさ。ともかく召し上がれ。とても美味しいからね!」
いただきま~す、と全員がフォークを手に、さくさのトルテを食べ始めた。
「美味しい~~~~~~」
「つまりプロだものね……」
しみじみと味わう者、次々に頬張る者、紅茶と一緒に楽しむ者と十人十色にトルテを楽しんでいた。みんなの反応が上々なためか、キノトも得意げにしながらトルテを食べる。
「家庭料理などの家事は全て魔法で行うのかしら?」
「いいや、西ゲルド人だって魔法を使えない者も沢山いるよ。だからケースバイケースなのかもね。うちの城のシェフはこの工程は手作業で行い、これは機械を使い、これは魔法を使うというようにしているから、一概にどうとは言えないな。僕は魔法が得意だから魔法調理の資格をとったけど」
「でも魔法調理の方が速く作れるんすよね。非魔法使いの方が不利じゃないすか?」
「そうでもない、こういうのはね、同じ数をなるべく保つんだ」
キノトの講義が再開したと肌で感じた一行は、トルテを食べながら耳を傾ける。
「魔法を使える者と使えない者の数と扱いを平等にすることが大切なんだ。皇国では可能な限り、同じ店や機関で同等数の魔法使いと非魔法使いを雇うことが法律で定められている。法を作れば人がついてくる。個々人を尊重する法律により子供の頃から守られた人民は、大人になって自分もそれらを遵守するだろう。つまり、不利になる状況を国の制度により限りなくゼロに近づけることが肝要だ。勿論至らぬ点はあるけれどもね」
「全ての工程を魔法だけで行える人ってそもそも少なそうですしぃ、食べてる側もいちいちそんなのわからなそうですよねぇ」
「だからこそ感情的な問題が多いかもしれませんわ」
「食べた後に作った相手のことを知って突然怒り出したり不快感を表明したりするってこと?そんなの放っておきなさいよ」
「喚いてるだけならいいけど、ごほ、そういうのって、暴れたりするし」
「鋭いね。だが例え非魔法使いは使えないと思ったとしても、ではそこで法律違反を犯してまでそのスタンスを貫くかというと全く別だ。心の中では差別意識があっても法律は守る。罰を受けるほどの覚悟も無いし、損はしたくない。そういった人間は少なくない。だから先に法律なんだ。少なくとも職を追われたり不当な扱いを受けることは減る」
なるほどなぁ、とシトロンは他人事みたいに感心してしまった。彼女の言う通り完璧ではないのかもしれないが自分の頭ではそもそも普通の料理人が不利になると考えもできなかったからだ。
「今ブレアルネイソルでは非魔法使いの方が少ないが、将来的に魔法使いの方が少なくなる時がくると予測されている。それに備えているというわけさ」
「……皇国の方でも竜脈を流れる魔力が減っていることにお気づきなのですね」
今度は調査隊らしい話になってきた。だがまだシトロンは口が挟めない。初耳だった。もしかして竜脈異常の中にそれも入っていたのか?シトロンは全く手を付けていなかった資料の存在を思い出して秘かにおびえた。
「まぁね。このままいけばこの星から魔力は枯れてしまうだろう」
「それに対して皇国は何かなさるおつもりですか」
レウカの踏み込んだ質問に、キノトは機嫌よさそうに目を細めた。
「難しい質問だ。研究を進めてはいるとも。だからこそ答えは出ていない。人が手を出していい領域なのか、人が何かしてどうなることなのかもわからない。原因があるなら取り除くことはやぶさかではないが……そのせいで人が死に絶えるのであれば魔法の方にご退場いただこう」
あまりにさらりと言ってのけたために、全員が混乱して置いてけぼりにされてしまった。つまり。
「え、っと、魔法なんかなくなったって構わないってこと?」
「人類の存亡と天秤にかけるなら、ね」
妙な空気になった一行相手でもキノトは気にしたりはしない。
「僕は、僕たちは選択ができる。それが僕たちの強さの一端さ」
彼女は自分の思うまま、マイペースに話を続ける。
「何もかも助けたいならそうすればいい。だが現実はどうしたって相反するものがある。人を傷つけることだけが幸福である者を、幸福にしてやるべきか?僕はそう思わない。そんな一個人には不幸なままでいてもらう。勿論、他に楽しめることを探すことや治療を試みることは忘れないがね」
そうしてキノトはレウカを再び見た。彼女のトルテはあまり手がつけられていない。話や皇子に真剣に向き合おうとして食べることがおろそかになっていたからだ。
「調査隊に来たのはね、君のことが知りたいからだ、レウカ」
赤ぶちの伊達眼鏡の奥の紫色の目が真っすぐにレウカを見ている。
「同じ大国の王族同士、ずっと君に注目してきた。君はこちらを見ていなくともね。それはいい、僕は星じゃあない、星を見る者、愛する者だからね。君はどうだろう。星なのかな」
レウカは自信なさげに俯いた。
「まだわかりません、あなたのお眼鏡にかなうかどうかも。でも、あなたから学べる多くのものがあるように、あなたにも私から学べるものがあってほしいとは願います」
「言い切ってくれたまえ」
「お互いに知らない世界を見せ合い、よりよく成長していきましょう」
「いい返事だ!」
トルテを無言で食べるしかなかったシトロンは、自分だけがあっというまに食べ終えて手持無沙汰であることを後悔していた。キノトは気を遣っているというわけでもなく、あぁそうそう、と話を変えてくれた。
「あと流れで良い感じに言った手前だけど、僕が調査隊に来た第一目標はジジイの運命の星を探しにきたんだよね」
「なんだそれ!!!!!」とツッコミたちの声が重なる。
「実はうちの国には枢機卿というポジションがいる。カレンシアで言うイストリア殿だ。王の次に偉い人なんだけど、そこのクソジジイは星に運命とか書いてないから……みんなが勝手に意味を感じてるだけだし、というタイプで」
「星見の国で!?」
「僕にとっては三人目の祖父さ。向こうも僕を孫娘として可愛がっている。だから、彼の運命の星とカレンシアで会えるって星見に出たからきたんだよ」
キノトは屈託なく笑った。
「枢機卿の運命の赤い星、いつ瞬くだろうか。僕くらい輝いてくれていると助かるのだけれど」
「つまりおじいちゃんの運命の相手を探しに来てあげたってこと?孫としてはいい子でしょうけど」
「そもそもそれって見てわかるのか?」
「僕だからわかるとも!知らんけど!」
シトロンは平時ならば『あっそう』で話を終えたが、少し気になることがあった。
「ローマンデルジェイの南に星の民がいたんだけど、彼らには赤い星っていう民話があったって聞いたことあるぞ。まぁ赤髪の民族だからってことかもしれないからあんまり関係ないか」
「赤髪?あたしやミネオラみたいな?」
「ううん、南の言う赤ってもっとオレンジというか」
東大陸の面々が首をひねる中、グロッグとキノトはあぁ、と得心がいったように頷く。
「じゃあこちらの、ごほ、赤毛だ。キノト皇子のイメージする、ごほごほ、赤毛かも」
「君たちはベル嬢のような真っ赤な色を赤髪というのか。それは面白い!早速知らない世界を見せてもらったよ。さっきもいったように、オレンジに近い髪色が僕たち西大陸にとっての赤毛だ」
「星の民は西から来た説もあったそうだ。まぁ二十年前に滅んじまって、文字の無い民族だったから赤い星がどういう民話かは知らないけどな」
「残念だな、ちょっと聞きたかった」
「大国の介入は慎重にするべきです、しかし、このように失われてしまったものを知った時、もの悲しい気持ちになります」
「傲慢ではあるが、僕たちはそれくらいじゃあないといけないな。実際どうにかできるかもしれない力はあるからね!あっはっは」
キノトは余っていたフルーツをシトロンの前に差し出した。完食勢への気遣いだろう。
「ところで、星の民も占星術を嗜んでいたのかな。君が生まれる前に滅んだ者の話を聞いて悪いが」
「いや、奴らの言う星ってつまりドラゴンのことで、ドラゴンの加護の力を効率よく引き出せる力を持った奴らだったはず。それを恐れられて鉄の民に滅ぼされたんだ」
「前に話していた二十年前の大きな戦いってそれかしら」
「そうそれ。オレらにとってはドラゴンと生きる人々っていうとカレンシアより星の民だったらしくて、争わず細々と暮らしていたとか。虐殺時には彼らも無抵抗だったから確かに運命みたいなものを見ていたのかもしれない。君の話を聞いて彼らのことを思い出したというわけだ」
「やるせない話だ。しかし、別の大陸で似通った人々を知るというのは楽しいね。レウカ、そういったことを学べる美術館や博物館のリストをくれないかい?」
「わかりました、お任せください。みんなにもさしあげますね」
皇国の皇子とやらが来てどうなることかと思ったけど、なんとなくうまくやっていけそうだな、とシトロンは安心した。何よりレウカが楽しそうにキノトと話しているのを見てホッとしたのだ。
「ところで僕は今晩もパーティーに連れていかれるのだけれど、いい加減調査隊の調査とやらに行かせてはもらえないのかな?」
少しだけ面白くなさそうな表情のキノトに、レウカは心底震え上がった。
「ご、ごめんなさい……お父様が次々に約束を取り付けてしまって……」
申し訳ないとは思っているのだろう。だが彼女にその辺りの裁量権は無いようで、キノトは「やっぱりね」と呟いて紅茶を優雅に飲む。
「折角来ていただいた皇子をのけ者にして調査など!とか言われてこっちも身動き取れないのよね。貴族連中、どうにもはしゃいでるみたい」
ハニーベルはため息をついた。恐らく彼女やイクシアなどの騎士や兵士は他国の王族よりも話しやすい立場にいるため、シトロンたちが言われないような嫌味や諫言を聞かされているようだった。貴族たちが乗り気なのは様々な理由があり一筋縄ではいかないだろう。
だが、だからこそ。
「あのおっさんひたすら印象を最悪にしてくな」
「こら!」
叱られてもシトロンは考えを改めない。そもそも王様がスパッと連日連夜の会食はキノト皇子にも負担に違いないからやめようねと言えばいいのだ。というかダメだ。その連日連夜の会食を勝手に決めているのが王様なのだから、やっぱり彼が元凶だ。
「カレンシアとブレアルネイソルに仲良くしてほしいみたいなの」
「子供のような花畑なのがまた最悪」
「こら!!!」
とうとうシトロンはハニーベルに腕をとられて、あまりよろしくない方向にひねあげられた。
次は明日の20時以降に更新予定




