君のおめがね・前
「ブレアルネイソルについて、東大陸ではどういった国だと言われているんだい?」
おしゃべりをしようじゃないか、と集められた調査隊のメンバーは、その言い出しっぺであるキノトの淹れた見事な紅茶を飲んでいる中でそう問いかけられた。
ブレアルネイソル原産の紅茶は甘く、紅茶特有の苦みが苦手だというビカラでもごくごくと飲めるもののようで、嬉しそうにぐいぐいカップを傾け楽しんでいる。
「三千年の歴史を持つ謎の国、かな」
ぼんやりとした言葉を返せば、整った顔がひそかに渋い表情になった。
「……ミステリアスな僕は魅力的だ、わかるよ。でもちょっとおおざっぱが過ぎないかな」
「人種的に魔力総量が多いとか生まれつきの魔法使いが多いとかはお聞きしましたわ。他国との目立った貿易が無いので特産品もわからない、と。特産品がわからないと……!」
「あぁそれと、ドラゴンがまだいるのかいないのかもわからないとか」
「あっはっは、国交の無い他大陸については興味が薄いということか」
「はっきり言われちゃったわね」
ハニーベルのリアクション的に当たらずとも遠からず、といったところだとキノトには伝わった。
「ちょっと違うな。国交のある同じ大陸のカレンシアについてだってオレはろくに知らなかった。必要とか興味とかそんなんじゃないぜ!」
「アホだからってのは大きいかしら」
シトロンの謎フォローをハニーベルはばっさりと切った。
「知らなくても生きていけるからじゃないですかぁ」
「一般人ならね……」
「つまり無責任!」とからからとキノトが笑う。
「反論は無い!」とシトロンも笑った。
「認めちゃったよ」
何故か関係ないコウジロウがいたたまれなさを感じていても、キノトが止まることは無かった。
「じゃあざっと国の成り立ちでも言おうか」
そう言いながら、彼女の後ろにあった黒板の前に立ち、懐から赤ぶちの丸い眼鏡を取り出した。彼女がおしゃべりを会議室兼教室でしたがった理由はこれか、とみんな考えた。
「ところで何故眼鏡を」
「賢者殿が眼鏡をかけているのを見て、僕もあぁいった方面の魅力を演出してみようかと思ったんだよ。どうも僕って自信家だから、奥手な人には眩しすぎて嫌がられる。だけど眼鏡というアイテムは落ち着いた印象を与えるだろう?アプローチしたい自分と相手に合わせて装備品を選ぶのは楽しいからね」
「あぁ、”合わせてやってる”んだ」
その心持ちでいるうちは奥手な奴は絶対距離をとるぞ、と言いたいが言わないで置いた。シトロンにだって、相手が聞く耳持つかどうかくらいはわかる。
「ブレアルネイソル……うちでは皇国って呼んでいるから以下そう呼ぼう。我らが皇国は三千年前、西大陸の南側に誕生した。当時の西側世界は様々な部族が殺し合い奪い合う混沌の地と化していたんだ。一方東側世界は知っての通り古王国があって、西大陸の北側はかの国の統治下にあって安定していたが、皇国周辺はどうしようもなく殺伐としていた」
あらかじめ用意してあった西大陸の地図を黒板に張る。西大陸は縦に長く、ちょうど半分くらいのところで細くなっていて、まるで二つの大陸をくっつけたようにも見えた。北側が帝国、南側が皇国である。
「まぁその頃には僕が産まれていないから。光あふれる幸福な世界を知らぬ者どもがいてもおかしくはないね」
「わかったわかった」と適当に相槌をうち続きを促す。
「そんな中、ある部族が二人を残して滅ぼされた。生き残った二人は母親と生まれたばかりの息子。乳飲み子を抱えた孤独な母は途方に暮れて天を見た。彼女の部族は星見の一族。占星術を生業にした国を持たぬ遊牧の民で、自分達の滅びの運命を知りながらも逆らったりしなかった」
「え、死ぬことを受け入れたんですか!?」
「夫以外はね。彼は運命に抗い妻と子を逃がしたんだ。それが世界を揺るがした。彼女は星の竜に祈った。『どうか我らをお助けください』と。星の竜ウラノスはそれに応えて彼女に加護を与えた。そして彼女はそのうち同じような境遇の、争いを好まぬ人々をまとめあげるようになった」
ここでもまたウラノスか、とシトロンは何故かこの会合に出席したがらなかったガラクテアを想った。大方ウラノスに縁のある国の王族と会いたくなかったのだろう。
「彼女の息子は立派な大人になり、娘が生まれた。その孫娘こそが皇国を作り上げた銀髪の乙女ギオ。ギオはその国の名を、愛する祖母の名と失われし占星術を忘れないように星見の一族の言葉で”ブレアが愛した星の国”という意味である、ブレアルネイソルにしたというわけさ」
「なんかロマンチックですぅ」
「創世竜が一個人に力を貸すか?」
「おとぎ話だろうから本当にあったこととは言えないんじゃないの?」
「全くロマンの無い者どもめ。そんなつまらない頭では僕のように輝けないぞ?ビカラはいいね!僕の次に輝けるかもしれない」
「やった~」
ビカラはえへへ、とニマニマしている。
「あいつもうキノトにもなついているのか」
「基本的に自分に優しい美人に無茶苦茶なつくみたいね」
あまりなつかれていないハニーベルはぼやいた。
「まぁ、ごほ、男も似たようなものじゃないかな?」
「グロッグ王子がそういうことを言うのは意外ですわね」
「うーん……相手の美醜にこだわりは、全く無い、なぁ、ごほごほ」
本当にどうでもいい項目なのか、グロッグは困ったように笑っている。顔がいい女でありながら顔のいい女が好きなシトロンは、自分が整っているから相手に求めないグロッグのようなタイプは新鮮に謎な生き物だった。いやそうなのかは知らんけど。
「言外にオレはあり得るて言われてる気分になるっす」
「ははは、閣下ってば森羅万象が自分と関連性があると考えるだなんて、僕の次に自意識過剰だな!自分大好きっ子かい?」
ず~んと暗くなるコウジロウに、何故かみんなとどめを刺そうとする。
「確かに正負どちらであろうとあらゆる話に自分のこと?って考えるの、他人にとっては邪魔ね」
「みんながオレの悪口言ってる!ってタイプ鬱陶しくてたまらんからな」
「あたしたちの重要で貴重な時間を使うほど悪口にもあんたにも意味も興味もないって言っても怒り出すからね」
「そこまではっきり言われたら、ごほ、怒るのもわかるかな……」
「脱線しすぎですわ!つまり皇国は西側世界の他民族で形成された国ということかしら」
「元をたどれば全て同じ西ゲルド人になるのだけれど、まぁそうだね。だから土地が広く、様々な文化が芽生えた。ブレアもギオも公用語は作ったけど彼らの言葉も信仰も文化も捨てさせなかった。廃れた文化があっても記録が残っているし、今なお使われる言語や概念もある。みんな己のルーツを持ちながら皇国人として存在している。三千年経ってもいてもね」
興味深そうに静かに聞いていたレウカは、神妙な面持ちになっていた。
「……カレンシアはカレンシア人になった際に、以前の言葉や文化は捨てさせていたわ」
持ち込んだものも破壊されたりしたんだろうなぁとは流石に誰も言えなかった。
「同化政策をしていたんだろう?僕たちはあらゆる事情があってそれをしなかった、君たちはあらゆる事情があってそれをした、それだけさ。今していないのならば僕から言うことはない」
生まれる前のことを気負われてもみんな困るし、とあくまで一般的な見解をキノトは述べた。
「恐らくカレンシア人の大半は自分のルーツはカレンシア人である、としか言えないでしょうね」
「僕の名前も三千年前の文化の一つさ。キノトというのは幼名であり字だ。星見の民は子供の頃に死の運命が出ても、違う名前を名乗らせることで別人として振る舞い死の運命を否定した。それが残って代々王家の者は決まった字をローテーションで使うんだ」
キノトは明るくしようと別の話題を口にした。
「僕のキノトっていう名前は百年ぶりに使うらしい。二十五まではこの名前で、それまでは結婚した相手にだけは本当の名前を教えるんだ」
「ちょっと素敵ですわね、それは。たった一人本当の名を教え合うなんて、素晴らしい愛のカタチですわ!」
場が温まったのがわかり、皇子は自分の前髪を一房手に取り、その銀色をキラキラと見せてくる。
「魔力総量が多いのは西ゲルド人の特徴だ。黒髪黒目で魔力が多い。王家の僕はギオの血を引いているから銀髪だけど、民も臣下もたいてい黒髪だよ。今もなお移住を受け入れているから黒髪だけってわけじゃあないけどね」
「帝国に滅ぼされた国の民を受け入れているって言うのは本当?」
ここでハニーベルは踏み込もうと決めたのか、雑談とは違うトーンで問いかける。
「あぁ。一時的な者もいれば、永住する者もいる」
「じゃあどうして帝国と戦わないの?」
「必要がないからかな」
気負った様子もなく、ナチュラルにフラットに。実に自然にキノトはそう返した。含みも無ければ嘘も無い。この問答で自分や祖国にいかなる問題も生じないと知っているようだった。
「あっちは攻めてこないし、こっちは攻める理由がない。義によって弱い国を守れとか言う人や国もいるけれど、その後のことを考えて発言する人はいないな」
「……帝国が一度の侵攻で諦めなければ、自衛も出来ない国を延々と守ることになる。疲弊したその国や民には支援が必要だし、きっと皇国に戦い以外の援助を求めるでしょう」
意外にもレウカが真っ先にキノトの発言を肯定するようなことを言った。それは少し予想外だったようで、皇子はへぇ、と小さく感心するように呟いた。
「いつまでやればいい?どこまでを守ればいい?それは皇国の属国と何が違う?帝国の支配よりも皇国の属国になった方がいいだろうね。それは弱者の言い分だ。そもそも誰のものにもなりたくないから帝国の支配に抗っているんだろう?」
キノトは眼鏡をわざとらしくかけなおして笑った。
「僕たちからすれば別に欲しくもないものを必死に守る必要はないよ。その代わり、ただ今だけは助けて欲しいという個々の願いを無視することは決してない。
ブレアルネイソルは常に開かれた国だ。君たちも亡命したくなったらうちにするといいよ。僕たちはどの国とも戦わず、どの国にもおもねることはない。
それは勿論、強いからだ。奪う必要もなければ奪われる心配もしなくていい。かといって進化を忘れることは無く、常に備えることも忘れない」
演説だ、とシトロンは感じた。授業ではない。そしてその演説は成功している。これから彼女に軽々しく反帝国を掲げよと言える者はいないだろう。もしかしたら連日の会食でも似たようなことを言っているかもしれない。それだけのゆるぎないものを彼女に感じていた。
「さて、他に質問は?」
圧をかけたかと思えば屈託なく笑うキノトに拍子抜けになりながらも、一応シトロンは質問を探す。確か聞きたいことがあったような、と考えていると、アナトが厳かに手を挙げた。
「特産品はなんでしょうか」
「凄まじく気にしてるな特産品……!」
「例え話じゃなくて本当に特産品が気になって仕方なかったっていうの?」
そういえば彼女は貿易会社の役員だ。そりゃ東大陸と馴染みのない国の要人とお近づきになれたらこうなるだろうとシトロンは思った。
「ワイン、ビール、はちみつ、ジャム、チョコレート。基本的に味付けは甘いものが多く酒飲みも多いかな。今飲んでいる紅茶もうちで好まれるもので、イストリア殿も大層気に入ってくれたよ。ケーキとかのお菓子文化も根強くて、パティシエは国家資格もある人気の職業さ。勿論僕も資格を持っているよ」
キノトは今までの質問より随分とご機嫌そうに答えた。
「ぱてぃしえ?」
「ビカラ君にはなじみがないかな。じゃあ見せようか」
キノトがわざとらしくその場でくるりんと回ってみせると、赤いコックタイを絞め、白いコックコートに早変わりした。
「美貌のパティシエ!その正体はキノト皇子!!!」
「君って一人でどこまでも楽しく生きれるタイプだな……」
「良い褒め言葉だ。厨房を貸してくれ」
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