カレンシアの休日・後
街で偶然見かけた少女が、調査隊に参加を表明してはるばるカレンシアにやってきたキノト皇子その人であった。コウジロウはあまりの衝撃に呆然とするしかない。だがそれは自分の名を呼ぶ兵士たちとその足音によって中断された。
「この男たちを捕まえてほしいけれど、僕は捕まりたくない。おい通行人、僕はカレンシアの劇が見たいんだ。どうしたら見れるんだい?」
「え……あ……チラシ……とかあるっす……」
混乱したまま、さっき受け取ったチラシをポケットから出して広げる。渡そうとしたのに、それよりも早くキノトはすぐ隣に立って覗き込んでくる。近づいた際にかいだことの無い良い香りが漂ってきて、コウジロウは思わずドギマギしてチラシに書いてあることが頭に入らない。
「通行人、この通りはどこだい?」
彼女の白い指が一点を指す。慌てて頭を稼働させてだいたいあっち、と目線を向けようとして、待ってくださいと留めた。
「あの、えぇと、でも、危ないかもしれないし」
キノトは愁いを帯びた顔で空を見た。
「実は今日から二週間ほどはスケジュールがつまっているんだ。調査隊など関係なくカレンシア貴族たちとのお食事三昧。あとパーティーをすると聞いている。つまらないよ。かといって噂に名高いイストリア殿や賢者殿は出席なされないようだし」
「もうそんなの決まってんすか」
オレの時は特になかったな、挨拶に来る貴族もいなかったし、とコウジロウは思い返すが、そういえばグロッグにはやたらわらわらと訪問者がいたことも思い出した。国力に応じているのだろうが、よく考えなくても失礼だ。そんなのの相手をしなきゃいけないキノトのことを想うと、確かにどうにかしてやりたくなるのがコウジロウという少年だった。
面白い話をしたり気を遣ってたりしてくれそうなイストリアも賢者も、そのような貴族の集まりには参加しないだろう。前者はそれこそ気を遣って、後者は「面白くなさそう」と言って。
「お城に行ったらきちんと皇子様をするとも。だから今だけただのキノトとして遊ばせてほしい」
素直な言葉だった。ずっと自信たっぷりに笑みと輝きをたたえながらしゃんと立っていたキノトが、寂しそうにしゅんとした顔になるのを見てしまったコウジロウは、ぐっ……と言葉に詰まる。
「あ、こいつら連続恐喝犯の!」
兵士たちが男たちを確認した。キノトは慌ててコウジロウの後ろ、兵士たちが来たのと反対側の角に隠れる。
「早く教えてくれ。僕は」
「あ~~~~~~~~~!こっち!」
コウジロウは咄嗟に彼女の手を掴み、大通りの方へと走った。
「待ってくださ~い!!!」
背中に兵士の声が聞こえた。チラシをとりに行ってくれた兵士の声だとわかったが、申し訳ないが今は振り返らず走るしかない。来た時と同じように、再び人混みに紛れてなんとかやり過ごし、目当ての通りまで行くことにした。
「凄い人だ、通行規制はしていないのかい?」
ちょうど正午ということもあり、王都には溢れんばかりの人がいた。
「一応してるけど、みんな守らないそうっすよ」
「あはは、文明人とは思えないな!」
からからとキノトは笑った。その容姿と服装では、人が多い程度じゃあ彼女を隠せないな、とコウジロウは思い、通りの中で一番清潔な店員と商品の出店を眺めた。
「あの、これどうぞ」
パッと見て一番彼女が着たら可愛らしいと思ったローブを購入した。あっという間に行われた買い物に、キノトはなんら口を挟む余裕は無かった。
「シックな赤だね。これがどうしたんだい?」
「あんた目立ちすぎる。劇に行きたいならこれでも着てくださいよ」
「……ふむ、確かに僕はちょっとカレンシアでも輝きすぎている。貢物は受け取る性質だ、ありがたく着てあげよう。この僕に赤をチョイスする人は初めてだからね」
「え?そうなんすか?俺はなんとなく赤が一番」
「一番、なんだい?」
にやにやする彼女に何も言わずにローブを着る手伝いをしてやる。彼女は手伝われ慣れている様子で、背中を預け腕を通す。最後にフードをかぶせてやれば、西大陸の人間だとすぐわかる黒いジャケットもきらびやかなマントも、銀髪も隠れた。
「でもこれ、僕の美貌だけがダイレクトに人の目に入るんじゃあないかな」
「オレみたいなのが横にいるから中和されるってことで」
「自分一人の力で中和できると思うだなんて、意外と自信があるんだ。いいことだ」
「……もう下手なこと言いませんからね。あぁ、ここっすよ」
チラシに書いてあった場所へ行くと、そこは通りの隅に建てられた芝居小屋だった。少人数の劇団による人形劇らしく、外観からメルヘンでファンタジーな世界が作られている。
奇しくもラティーが小屋に入って行くところを見かけた。こちらは見つかってはいないだろうが、こんなところで会ったら気まずいな、そもそも二人で話すような間柄じゃないからどうしよう、と出会う前から少し陰鬱な気分に陥る。そんなコウジロウを無視し、キノトはすでに楽しそうに小屋や周囲のポスターを見ている。
「小さな小屋だが素晴らしい。最大限この空間を支配するための手間を惜しんでいない」
「そうなんすか?オレ全然わかんなくて」
「わからないならそういう楽しみ方もあるとも」
ふふっ、と柔らかく笑ったキノトに、もう誤魔化すこともできないくらいコウジロウはドキッとしてしまった。その動揺だけは、幸いにも彼女が二人分のチケットを購入していたために見てなかった。
「今日はお客さん多いですから、ちょっとつめて座ってもらえますか?」
「あぁ、構わないよ。行こう」
小屋の中は飾りは多いが椅子は簡素なもので長時間公演するものではないことを物語っている。一番後ろの席に座ったキノトは、平然とコウジロウに密着するようつめて座った。
そこでコウジロウはとんでもないことに気がついてしまった。ほぼ男装をしているために意識の外にあったが、触れているとわかってしまったのだ。
デカい。何がとは言わないが。横に座ったオレの腕に主張してくるくらいに。
コウジロウは心を殺すことに決めた。心頭滅却すれば火もまた涼し、という奈の国の格言を頭に刻み、煩悩を断ち切り無我の境地を目指した。それで劇が楽しめるのかとも不安になったがその心配は無用だった。すぐさま劇の虜になったからだ。
それは人形劇だが、人形を操る役者もまた登場人物として演じており、人の役をやりながら人形の役をしている変わったものだった。
『操るものと操られるものは同じ世界に生きていて、互いに干渉し合っている。でもその力は均等ではなく不平等。では力に劣る者が自分の意思で動きたいならどうするか?』
それがテーマのようであった。
舞台の上には四人の演者と彼らが操る操り人形のマリオネットが四体だけいた。一体目の人形が、自由を求めて自分から糸を切った。だがそのせいで人形は動けなくなった。操っていた人間は糸が切れていることに気がつくと地面に落ちた人形を舞台から蹴り落として、自分も新しい人形を買いに去ってしまった。
それを見た二体目のマリオネットは自身の操り手を倒すが、動かしてもらわないと結局動けずに人間の隣に倒れこむ。以降彼らは舞台からも降りれずに、ずっと舞台の端に倒れていた。
三人目の人形は「私は自分の立場を弁えています、どうかいじめないで下さい」と人間にへりくだり、少しでも自分の状況をよくしようとする。だがどちらにしろ「媚びるほどの意思があるならいつか自分より強いものが来たらそちらにつくだろう」と危惧した人間に処理されてしまい、舞台からマリオネットだけが消えた。
四人目は「人と共存したい」と願う、しかし人間は「自分たちだけが依然力があるままだ。それでいいのかい?それは本当に共存なのかい?」と尋ねる。
マリオネットはそれを一旦は受け入れた。だが結局彼に自由は無く、人間がいないと動くこともできない。じゃあどうすれば良かったのだろう、と思いながら、次に自分を操る人間が良い人でありますように、そうしたらそれだけで僕は幸せです……と悲痛な独白をする。
そして舞台から光は消え、幕は閉じる。
狭い小屋の中で、拍手が鳴り響いた。若い役者たちは照れながらその賞賛を浴びている。たった四人の演者と短い内容にもかかわらず、まるで生きているような人形たちの動きとそれを助ける背景美術に圧巻され。コウジロウは気がつけば大きな拍手を送っていた。
「カレンシアは思ったより自由な国だ。こんな内容が許されているのだから」
キノトの言葉に、ドラゴンとの共存の話とも言える内容だと遅れて気がついた。
「お芝居に本、そして食事。その国のことをてっとりばやく知るにはこれだね」
真剣なまなざしで舞台だけではなく、キノトはそれを見る人々を観察している。
「真面目な意図もあったんすね」
「失敬だぞ!僕はいつだって全力だ。さて次は」
小屋を出てすぐまた別の場所へ行こうとするキノトを、コウジロウはたしなめる。
「もうそろそろお城へ行きましょうや、キノト皇子」
「でも」
「寂しいならいつでもオレが連れ出しますんで、ね。もう危ないしみんな心配してるっすよ」
コウジロウは言ってからすぐに、なにを格好つけているんだオレは、と恥ずかしい気分になった。だが彼女はまるで見直したとでも言わんばかりに、その大きな紫色の目を細めて笑った。
「通行人の分際で大きく出たじゃないか。……しょうがない、我儘はこれくらいにしておくよ。でも馬車から飛び出してしまったから王宮への行き方がわからないんだなこれが」
「マジでノープランだったんすか」
「僕は大概のことは上手くやれるからね」
二カッと笑った皇子に、お付きの人の大変さの一端を理解させられる。
「まぁ、そこんとこは大丈夫。オレは」
ぐぅ~と腹が鳴った。コウジロウは今さっき元気な音を出した自分の腹を抑える。
「そういやペーポのライ麦パン食い損ねた。試食だけだったもんな……」
「ライ麦パン!?ここって小麦パンが主流じゃなかったのかい!?食べれるの?」
物悲しい気分は、思ったよりも食いついたキノトの様子にかき消された。
「……先にパンとか食っていきます?」
レウカたちは唖然としながら目の前の光景を見ていた。
コウジロウは青い顔で「あのですね」「違うんすよ」「あはははは」としどろもどろもごもごしている。その横で見知らぬ、だが皆が探していた少女が悠々と食事を終えている。
「挨拶が遅れたね。僕はキノト、星見の国、銀の都ブレアルネイソルの皇子。こちらのコウジロウ閣下の案内で食事をしていたところさ」
「あ……はい。その……」
コウジロウに調査隊女性陣の鋭く冷たい視線が突き刺さる。グロッグはかなり離れたところで「ははは頑張れ」と血を吐きながらパンを食べている。
「わたくしたち、皇子もですがあなたのことも探しましたのよ?一人で飛び出して行方が知れないとビカラ殿に聞いて」
「前みたいなことがあったんじゃないかとあたしら本当にびびったんだけど……?」
「そうですそうです!わたしの心配返してください!何ちゃっかりデートとかしているんですかぁ!?死ね!!!」
今すぐにでもラリアットで首の骨を折ったり蛇腹剣で首を吊ったり、手にした謎の呪術用の人形で首をもいだりしそうな彼女達に、コウジロウは平謝りするしかない。
「すすすすすいませんっした!でもそのあのそういうあれではなくて」
「ははは、大変そうだね閣下」
一方で隣のキノトは我関せずで食後のジュースを楽しんでいる。
「お味はいかがですか?」
「豊潤で濃厚。いい味だ」
「それは何よりです」
色々気にせず会話をしだしたレウカとキノトに、コウジロウはもう乾いた笑いを浮かべるしかない。
「とりあえずその呼び方やめてくださいよ……」
「通行人呼ばわりした詫びさ。もっと早くに自分も王子様だって言ってくれればよかったのに」
「まぁ、君の前でそう言えないのも」
とシトロンがフォローしようとするも、それよりキノト本人の方が早かった。
「わかるよ!僕のほうがよほど世間一般のイメージの王子様だ。でも安心してほしい。世の中僕が一番で、僕以外は全て二番だ。君は一人じゃない」
「さいですか……」
キラキラ輝きながらよくわからないことを言う彼女の勢いに押されたのか呆れたのか、もうコウジロウは反論もツッコミもしない。
「なんかやべーのが来た気がする」
「でもでもでも!それよりも……」
シトロンとビカラは口を出さずに二人をじっと見た。だって。
「閣下、あの劇団、来週には別エンドを公演すると書いてあるよ。見に行こう」
芝居小屋で新しいチラシをもらっていたキノトは、それを広げてコウジロウに話しかけた。相変わらずの距離の近さのためにコウジロウ側は少し身を引くが、キノトは一切気にしていない。
「あ、あのですねぇ」
「連れ出してくれるんあじゃあないのかな?」
悪戯っぽく笑うキノトに、イメージ上の王子様みたいなセリフを自分から言ってしまったコウジロウは、追い詰められた情けない声で承諾するしかない。
「あ~もう、正式に許可とりましょうや。それならお供しますから!」
そんな二人の様子を見て、ビカラは悔しそうに顔を歪めた。
「あんなキラキラした人と普通に喋れてるじゃないですか……!詐欺だ!陰気詐欺!!!わたしだってあんな綺麗なお姉様とお近づきになりたいってのに!呪ってやる!」
「まぁ待て、呪うのは……デートの最中にしよう」
「最高じゃないですかぁ!流石シトロンさん!嫌がらせのなんたるかを心得ていますね!」
「やめなさい」
レウカは、楽しい日々にはなりそうだがそれより大変な日々になりそうだ、と思うのだった。
次は日曜日の20時以降に更新予定




