今日は暗黒ではない会議
「知らないよそんなドラゴン」
ミトロンは可愛らしい少女の顔を冷酷にゆがめながら吐き捨てた。
レウカとシトロンはイストリアに呼ばれて個室での秘密の会合に出席している。秘密と言ってもわりとみんなに教えられているし、個室と言っても会議室ほど広いわけではなく十分広い。つまり少人数での会合というだけで、そこまで緊張しなくてもいいとシトロンは連れてこられたのだが、賢者がいた。勿論その袖の中には白蛇がいる。おまけに将軍が三人、そのうち一人が切れ散らかしているドラゴンだとすると話が違うと感じないこともない。
「そうか、僕もなんだ。僕も鈍ったものだな、見知らぬドラゴンの領内への侵入を許したということになる」
イストリアはマイペースに紅茶を飲んでいる。そして眉をしかめた。マニウスが小さな声で「文句があるなら口に出せよ」とせっついたが、彼は短いため息だけついて何も言わない。
「侵入を許した、ならボクの責任だ。勝手に背負うなよ小僧」
ミトロンの不機嫌さは天井知らずだ。
「おいおいおいなんでお前らがピリピリしてんだ」
「いちいちご機嫌伺いとは忙しいものだな」
いつもの調子でルザルグがマニウスをあざ笑う。彼の皮肉や嫌味や上から目線は空気など気にしないで繰り出される。
「スキピオ将軍もやめてくれよ……」
「そもそも二人はそこまでピリピリしてないから大丈夫ですよ将軍。それにしてもオーガスタ・ラブレスは本当にドラゴンだったのね」
レウカが助け船を出すと、四人ともジャブはやめて本題に入るかと資料を見た。
「それは間違いない。ミトロンがネザクまで飛んで調べてくれた。だがあの街、人間の更なる発展のためと言って自衛の許可を求めてきたが、まさかここまでとは」
「招待状を持って門から入らないと街に入れない、って本当なの?」
「そんなめんどいのか!?ってか、別に忍び込もうと思えば」
「えーと、ネザクの説明をしようか」
ずっと我関せずで茶菓子を食べていたセレマリオンが宙に文字を書くように指を動かす。すると立体映像が部屋の真ん中に出現する。
それは湖の中心にある小さな街……だが、明らかに上に積みあがっている。まるで巨大なケーキのように、層の上に層が積みあがって先細りの円柱のようだった。しかしよく見なくても、それは四角い家が積みあがっているのだ。そして家と家の隙間が道路として機能しているようだった。
「なんだこの形。よく倒れないな……」
「湖畔都市ネザク。始まりはネザク湖でとれる魚と東南街道の休憩地として村ができていき、次第に人が集まり街になった。人口は五千人。ケブラフと比べると少ないね。街の規模も面積で言えば狭いが、この通りネザクは塔のように上へ上へと街を積み上げた。そして塔の入り口、唯一岸と橋が繋いでいるここだね。ここに魔法による認証システムを仕掛けてあるようなんだ」
「ネザクの守護竜ニーニャの加護のおかげだね。彼女は建物を司るドラゴンだ。基本的に僕はカレンシアを守る風を吹かせるアドバイザーに努めている……つもりだ」
イストリアはルザルグの冷たい視線に言い訳をしてしまった。
「国も街もそこに生きる人間とドラゴンに任せているから、どのような防衛手段を発明しそれを維持し、ルールに従わないなら誰であっても排除することも咎められない。ネザクに新しく外から来たドラゴンがいても構わないんだ。隠れたい気持ちもわかるからね」
本当に人の良いドラゴンだな、とシトロンは多少呆れた。人間主体に発展することを望んでいるのだろうが、それにしても人間の善性と理性ありきの理想である。
シトロンすらそういう意見を持っていると気がついたのか、イストリアはわざとらしく肩をすくめる。
「ただし、それが不審な動きをするなら話は別だ。これは国家の問題かもしれない。この件に関する捜査はスキピオ将軍、君に任せよう」
「あぁ」とルザルグは自分で当然だという軽さでそれを受け止めた。
「待ってよ、ボクは?」
ミトロンは不満そうに立ち上がる。立ち上がっても小柄な彼女は座ったままのイストリアとあまり違いはない。
「調査に向かないことくらい」
「わかっているとも。でもさぁ、あいつらが真っ先にちょっかいだしたのボクの部下なんだよ?面白くないね!」
「君に任せたらラブレス卿を殺して終わりにするだろう」
「その方が早いよ!」
一切の逡巡なくミトロンは答えた。人間たちも人間に近すぎるドラゴンも頭が痛む気がしてこめかみを押さえている。
「それは困るのよ。相手は一人じゃないかもしれないし、奪われたマナの行方やマナを何に使うつもりなのかとかを調べないといけないから」
「敵がポップした瞬間に殺しつくせばいいのに。ボクなら出来るよ」
「それじゃあカレンシアではない。君が希望を見た国はそう在るべきかな?」
勝った、とレウカは感じた。イストリアの物言いにミトロンは反論できなかった。風よりも自由な彼女がこの国に留まり続けている理由は一つ、この国が好きだからだ。愚直でも不完全でも前途多難でも、カレンシアが好きだからなのだ。
「……はぁ~い。口が上手くなったね坊や」
「だから僕はもう千年生きていて」
「ラミアは自分を五百億歳、などと言っていたな」
ルザルグはポツリと呟いた。だがイストリアはそれを鼻で笑う。
「それはおかしい、この星ができて四十六億年程度だ。風を読めばわかる。それより長く生きているなど」
「ラミアは若い部類に入るよ」
ミトロンの発言に、全員が言葉を無くした。だが彼女はにんまりと笑って人間たちを見回している。
「また担がれた。意趣返しかい?もう話が無いならこれで解散だ」
「そうしよう!ボクもムカつくからちょっと国中飛び回ってくるよ」
言うやいなや窓から出ていったミトロンは、あっという間に見えない高度までカッとんでいってしまった。
「じゃあ私も忙しいからね。キノト皇子が来たら彼女も交えて授業をやりたいよ。仲良くできるといいね」
セレマリオンも荷物をまとめてさっさと出て行った。世の中の会議もこれくらい簡潔に終わればいいのになぁとシトロンは遠い目で手を振り見送った。
「姫様、先ほどOKもらった人員の配置図です、目を通しておいてください」
マニウスは書類の束をレウカの前に置いた。
「軽い言い方をするんじゃない。キノト皇子の出迎えの話だ」
「ホントに来るんだ。オレらにあんまり話聞かせてくれなかったのに」
あれ以降話し合いは王宮の大人たちだけがしていて決定事項もあまりこちらに話が来ないため、いまいち実感が無い。シトロンはレウカの代わりに不満を表明しておいた。
「それは本当にすまない。君たちが主役だというのにね」
「そこまで深刻にすることも無いと思ってるんだ。ブレアルネイソルは親帝国かもしれないが反カレンシアではない。戦場で相対した俺が一番知ってるとも」
マニウスの発言にシトロンはシンプルに驚いた。
「え、戦ったことあんの?」
「違う違う。戦線が伸びて補給が分断されて、俺のいた部隊が敵国で孤立したことがあるんだが、そこがブレアルネイソルの目と鼻の先だったんだ。だから彼らは双方の撤退を要求して、俺たちの部隊はそれを飲んだ。渡りに船だったからな。だが敵は飲まなかった、すると敵の大部隊は一夜にして全滅だ」
女子二人は書類じゃなくてマニウスの話に注目している。
「そして使者がこちらに来て、物資を渡して本隊との合流地点とそこに行くまでのルートも教えてくれたんだ。部隊の場所もルートも正確だった。他国領内に展開する俺たちのことを完全に把握していたにも関わらず、本当にどちらにも何も干渉しなかった」
「そんなことがあったのですか……」
「その時の俺は少年兵と言える年齢だったから、目立ったんだろうな。やたらと俺に甘味を渡してきたから、年老いた使者に質問できたんだ。今世界中が帝国や他の国と戦ってるのに、あなたたちは違うのかと。するとなぁ」
『戦わねば生きられないフェーズから、我が国はとうに脱している』
「腹の立つ話だな。超越者気取りか」
意外と付き合いのいいルザルグは話を聞きながら賢者が置いていった残りの茶菓子を吟味している。よく見ると販売店や商品名をチェックしている。弟への差し入れ情報をこういった機会に仕入れているのか、とシトロンは感心してしまった。
一方でマニウスは彼の言葉に対し少し考えこんでいるように、顎に手を当てている。
「……それがさ、そうかもしれない。年老いた使者って言ったけど、そいつの顔も服装も靄がかかったようで思い出せないし、敵部隊が……主力の魔法部隊が一夜で滅んだ方法もわからない。目立った貿易もしていないのに大国の座を維持し続けているカラクリだってあるはずなんだが」
「魔法使いが多い、という噂は聞いたことがあるよ。でもそれくらいだね。繰り返しになるが、カレンシアとも僕とも特に交流がないまま千年経ってたから」
「千年の間にこっちから仲良くしようとか思わなかったのか?」
「三百年くらいはこの東大陸で生き延びるのに必死だったんだ。それとわざわざ遠くの国と交流を結ぶ意味とか意図が僕がわかっていなかったのもある」
「しょーがないよな、赤ちゃんだったし」
マニウスが楽しそうに茶化すと、イストリアは長い脚でマニウスの脛を蹴った。
「うるさい!向こうも向こうで東の小さな移民国家が東大陸の覇者とか呼ばれるようになるとは思っていなかっただろうし、それが千年保つなどと考えもしなかっただろう」
「ともかく、なんか変に信頼してしまっているんだよ。勿論これ仕事の外だけだからな?」
「その辺りを切り離せる方だとは知っています」
「そりゃよかったです」とマニウスは笑った。
「ところで蜜柑戦争より前に少年兵が動員される事態ってあったのか?」
シトロンが質問すると、大人たちは全員首を横に振った。
「ない。この馬鹿が立身出世を夢見て孤児院を飛び出して兵士になっただけだ」
呆れた様子のイストリアの態度に、マニウスはムッとしている。
「よく知ってんな」
いくらこの国の守護竜だと言っても人間一人一人を個別に認識するのは大変だろう、とシトロンが思っていると、イストリアは目を丸くしてから、あぁ、と一人で納得した。
「言わなかったかい?僕は王都内で孤児院を経営している。そこの出身なんだよ、その愚か者は」
彼の性格上孤児院を経営していることに驚きは無い。やってそう、とも思ったし、やっててよかったとも思った。国が、じゃなくて僕が、という点に思うところはあれど穿った見方をする前にもう少し話を聞きたいとシトロンは考えた。
というかそれよりも今は。
「じゃあマニウス将軍ってイースの子供みたいなものなのか」
「そうだね」とイストリアはごく普通に答えた。
「は?」
一方でマニウスは急転直下のブチギレを見せた。表情はくるくる変わるが感情は意外とフラットな男だと思っていた彼も、どうやら逆鱗に触れられるとそうも言ってられないらしい。一気に氷点下になったそのテンションと形相に、シトロンもレウカも戸惑った。
わりと怖いなこいつ、とシトロンは素直に思った。
「不服か?だが姫は一般論を口にしたに過ぎないぞ」
この手のフォローはイストリアよりルザルグの方が得意らしく、女子二人のために”貴様はこんなことで不機嫌さを露わにしているのか”と言外に示した。マニウスはそれを正しく受け取ったが、それでも不愉快な気分はそのままのようだった。
「……この話はこれで終わりだ。じゃあ俺は見回りの強化とか色々あるから」
そうして憮然とした表情のまま部屋を出ていった。子供っぽいな、とシトロンはつい口から出た。普段が気の良い兄ちゃん系だから余計に輩感が増していた。
「反抗期が今も続いているんだよ、もういい年なのにね」
イストリアは一人だけ特に気にした様子もなく困ったように笑った。
「違うと思う」
「子供の頃は可愛かったのに……花とか鳥とかきれいなものをみるといつも僕に一番に教えてくれたんだよ」
「鳥の求愛か?陳腐だな」
「イースに一人前の大人として認めてもらって、頼りにして欲しいのよ」
矢継ぎ早にでてくる三人の言葉に、イストリアは「あれ?」という戸惑いの表情を浮かべた。
「……なんだか君たちのほうがあれの気持ちがわかっていそうだ。人間とドラゴンの感覚の違いだろうか」
ルザルグはわざとらしくため息をついた。これでこの話は終わりだ、もう話したくない。言葉にしなくても誰もがそう感じるだろう態度を簡単にとってみせて、彼は立ち上がった。
「無駄話にもある程度の益はあったが、もう仕舞いだ。俺も戻るぞ、調査の件は任せておけ」
「じゃあこれで解散だ。いいね?」
「えぇ、また明日」
紅茶を飲み切ってから行くというイストリアを残し、三人は部屋を出て二手に分かれた。だがすぐに、
「ルザルグお兄様!」
そう呼ぶ知らない女性の声が聞こえてきた。
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