蠢く然々・4
「ミネオラちゃん!」
突然現れた妹にハニーベルが思考を停止している隙に、オーガスタは親しそうな笑みを浮かべて呼びかけた。ミネオラもまた彼女に対して気を許したような微笑みを返す。
「父さんをとられそうで面白くないからとオーガスタ様に食ってかかるなんて、酷いですよ。まるで子供みたい」
未だ混乱する姉に、妹は場合によっては正しい指摘をした。だが姉にはそれを受け止めて打ち返すだけの時間と余裕がない。ハニーベルはレスポンスの速さに定評があると思っていた調査隊の面々は、彼女にも弱点があるんだなぁと呑気に眺めていた。
つまり、積極的にフォローしないで野次馬根性を出していた。
「そうですわそうですわ、わたくしハニーベルちゃんとも仲良くしたいと思っていますのに。えぇ、将来に向けて」
オーガスタは今度はミネオラの腕をとった。背の高いオーガスタに抱き着かれ、まだ背の伸び切っていない線の細い少女であるミネオラは本当に子供にしか見えない。
ハニーベルは、やはり自分が妹を守らなければいけないと強く感じた。良いようにされてたまるか、食い物にされてたまるか。彼女の中の闘志に一瞬に火がついた。
「パパ、なんでミネオラがここにいるの、学校は?」
殺気を隠しもしない娘に、バイロンはひぇぇ……と小さくもらしながら、それでも父親らしく(当社比)どっしりと構える。
「学校に関してはお前が言えることじゃないだろう」
「でも」
「オーガスタ様が学校にかけあってくれて、正式な校外学習として巡回騎士に同行していたんです。私以外にもいますよ」
ミネオラの言葉でみんなが馬車の中を見る。確かに他にも数人の少年少女がいて、不思議そうに外を見ていた。目が合うと慌てて頭を下げたり小さく敬礼をしてくる。
「危ないじゃない。一年生たちってことでしょ?まだ十四とか十五の子なのに」
「ですからベテランのバイロン様にお願いしたのですわ」
「パパだからもっと心配なんだけど!!!」
「ひ、酷い……」
「父さんに酷いこと言わないでください!」
「怖いお姉さんですわねぇ、お可哀そうなバイロン様……」
女二人の息の合った波状攻撃に、ハニーベルはお手本のような「ぐぬぬぬぬ」と悔しみのうめき声をひねり出した。
「井戸ぶっこわした男だっけ」
「そうでなくても確かに心配になるな」
仲間もとい野次馬たちがひそひそと話していると、姉が黙ったことに気分を良くしたミネオラがしてやったり、という顔で笑い父に話しかけた。
「じゃあ父さん。事件が起こったからには私たちがいると大変でしょう。ファージさんが私たちを王都まで送ってくださると言っていますから私たちはこれで」
いつの間にか若い騎士が馬車の近くにきていた。男はこちらを見るとぺこりと頭を下げる。
「ではわたくしも同行しようかしら。巡回ルートの確認はまた今度にいたしましょう。今はご息女たちを無事に送り届けたいですもの」
「そ、そうしてくださると助かります。ミネオラ、みんなに説明してあげてくれ」
「はい父さん!ではみなさま、姉をよろしくお願いいたします」
礼儀正しく挨拶をした少女は、駆け足で馬車に戻った。ミネオラがみんなと普通に話している。それを見てハニーベルはずきりと心が痛んだ。今朝の悪夢を思い出す。
ガラクテアはそんな彼女の横顔をじっと見ていた。
「では姫様にもよろしくお伝えくださいねぇ」
オーガスタも馬車に乗った。彼女は頭を下げたりはしなかった。しかし、最後まで一度もグロッグと目を合わそうとはせず、目を逸らしたままだった。
「なんかこう、強烈な女だな」
「わたくしとしてはグロッグ王子がずっと殺気立っている方が気になりましてよ。何か彼女に」
「そういえば怪我してないのがどうとか言ってたけど」
グロッグはシトロンたちには返事せず、先にバイロンに尋ねた。
「……ハルディン卿、ごほ、ラブレス卿とは親しい仲なのですか」
「へ!?ほ、ほあぁ!?いえ、その、まだ二度ほど食事をしただけで」
「はぁぁぁぁ!?!?!?!?あたしはねぇ、ちょっと寂しいけど新しい良い人とか見つけて欲しいとは思ってたわよ!でもよりによってあんなメギツネタイプの」
「こらこらこらよく知りもしないで悪く言うんじゃない!確かにパパも全然彼女のことはまだ知らないけど。ファージに指示出してくるから、ちょっと待っててくれ」
バイロンは馬車横に控えていた騎士に指示を出すために離れた。だが娘から逃げたいというのが見え見えでもあったため、アイアンスは大きくため息をついた。
「ガラクテア様、お気づきになられましたか?」
グロッグは今度はガラクテアに尋ねた。
「何がじゃ?」
しかし彼女が何も気がついていない、ということを確認すると、彼はすぐさま砦に足を向けた。
「ごほごほ、……ちょっとレウカ姫に話してくる」
そうしてグロッグはみんなの返事も聞かずさっさと行ってしまった。相変わらず血は吐いているがその足取りは軽やかでしっかりとしたものである。
「ねぇアイアンス、ファージって騎士になれたわけ?」
「それが」
アイアンスは一瞬バイロンとファージがこちらを見ていないと確認した。
「先日、貴族のご令嬢を悪漢から守ったのです。令嬢のご両親からの強い推薦で、承認試験の参加資格を得て、一発合格で騎士に。旦那様はまだ早いとおっしゃっていたのですが……」
「実力はあるから一発合格はまぁ、なくはないと思うわ」
「しかし……その試験官の一人があのラブレス卿だったのです」
「え?」と一斉に疑いを露わにした。
「ファージという若い騎士を立派に育てた主君が気になる、という名目で彼女はハルディン家にやってきました。そして旦那様と意気投合した、という流れです」
「……ファージはちょっとあがり症なところがあって、パパはもう少し見習い騎士のまま実績と自信を積ませてから試験を受けさせようとしていたのよね」
「はい、ですから旦那様も自分のやり方が彼の成長を妨げていたのかも、と省みておられたのです。そこにまた上手くラブレス卿が」
アイアンスはそこでパッと口を閉ざした。別にバイロンが戻ってきたわけではない。主君でもあるが、その前に子供であるハニーベルに悪意を吹き込んではいけないという戒めからだろう、と彼女はわかっていた。誠実なこの男が父の傍にいてくれたら一旦は大丈夫か、とも思える。
「パパを頼むわね」
「仕事ですから」
そうは言っても、それ以上の献身をくれる彼をハニーベルは厚く信頼している。
「それにしでもグロッグ王子、どうしたんでしょうかぁ」
ビカラはつまらなさそうにコウジロウに尋ねた。意外とコウジロウにもグロッグにもなついている。無茶苦茶言っても反応するが言い返したりやり返したりしない二人に安心して甘えているようだ。オレなら即座にカウンターかますからな、とシトロンは感慨深く見ていた。
「いや、推測できるの一つだけっしょ」
コウジロウはどう言っていいかわからない、という顔で嘆いた。そしてシトロンを横目で見る。どうやら同じ結論に至ったようだ、とシトロンは口を開いた。
「そうだな……つまり、その、ベル、もしかしてなんだけど」
「何よ」
「あの女ドラゴンなんじゃないか?」
ハニーベルとガラクテアは宇宙空間に放り出されたように呆然とした。
「いいタイミングで現れた、人間のようにふるまうドラゴンな上に、露骨にこちらの行動を進言してきた。怪しいだろ」
アナトも薄々考えていたようだった。
「怪我をしていないのならば共犯という線が濃いですわ。巡回騎士たちも彼女がドラゴンだと気がついていないようです。ガラクテア様すら気がつかなかったのでしょう?」
「ネザクへの誘導とか見えてる罠だろうしな。……ヤバくね?」
「……わ、妾を……」
妾を欺いただと、と聞こえるかどうかの小さく呻くガラクテアは、身体をよじりながら空中で悶える。
「森ではレウカとグロッグの方が役に立つみたいなこと言ってただろ。はからずも正しかったな!」
シトロンの容赦ないいじりに「ぐぬぬぬぬ……!」と苦悶の声を上げた。
「お、お姉様に知らせないと!」
「だからグロッグ王子が教えに行ったのですわ、ほら、来ましたわよ」
砦からレウカたちが出てきた。そこには見知らぬ男女もいる。そういえばジョフールが娘夫婦の話をしていたな、とシトロンは思い出した。壮年の女性がジョフールによく似ていたからだ。
「何やら色々とあったようですね。みなさま、この二人は先ほど話した巡回騎士と見回りをしていた娘夫婦です」
ジョフールに促され、騎士の格好をした男女はみんなに頭を下げ挨拶した。
「ラブレス卿のお話は王子から聞きました。彼女のことは初めて知ったわ、ネザクには二回しか行ったことはないし……」
レウカは困惑しているようだった。誰もがそうだった。老騎士はそんな姫を落ち着かせるようにゆっくりと語りかけた。
「彼女の正体については今は置いておきましょう。ですが南に行ったという推測は私どもとしても正しいと思います」
母の言葉に娘もうなづいた。その辺りの話もしていたのだろう、とシトロンは思った。
丁度その時、馬車が出発した。バイロンはそれに大きく手を振って娘との別れを惜しんでいる。夜には同じ家に帰るだろうに、と思いながらも、別の家に帰るハニーベルは妹に手を振れなかった。
「あの、姿を消すやつとか地中を進むやつだったらわからないじゃないんですか?」
空気を変えるようにしたビカラの質問に答えたのは、コウジロウだった。
「そしたらマナを奪う時もそうするんじゃないすか?閃光で目つぶししてかっさらうってことは、そうしなきゃとれないってことだろうし」
「それもそうです。納得してやってもいいですよ!」
「さいですか……」
「それでラブレス卿という方が本当にドラゴンだとしたら……ベル、悪いけれどハルディン卿には秘密にしておいてほしいの」
レウカがハニーベルの目を見て、真っすぐに語りかけた。主君の視線に迷いがないことと、自分への気遣いを見てとれた見習い騎士は、強くうなずいた。
「……わかってるわ、泳がすってことでしょ?」
「わかってくれますか」
心配そうなレウカに笑いかける。
「だって、ねぇ。あの女あからさまにパパに取り入ってるもの。巡回騎士だからか一応古い貴族だからか知らないけど、ミネオラまでなつかせて……」
「メリットしかないもんな、悪いけどハニトラめっちゃ効きそうだし」
「うがぁぁぁぁぁ」とハニーベルは髪をかきむしる。
「落ち着いてベル……」
「そうですわね、バイロン殿に取り入る最大のメリットはあなたですわ、ベル」
「あたし?あ……」
アナトの苦言でやっと気がついた、とハニーベルは顔を引きつらせてレウカを見た。
「あなたの意見に、あなたから聞いた情報……姫様があなたを信頼するほどに重要なものになるでしょう。家族との話ならあなたは普通は信じるでしょうし」
「聞くなら広く多く、それができないなら聞かない。シトロンのしてくれた話が身に染みるわ」
「もっと褒めていいぜ!」
ここぞとばかりに手柄を主張するシトロンを、みんな頭の隅に追いやった。目の前では相変わらず手を振って主張しているが。
「そう考えると、篭絡してますっていうのをベルに見せるのは下策じゃないすか?」
「そうなのよね……逆に自分の接触をアピールしたいのかしら」
グロッグは考えがまとまったようだった。
「完全なる想像だけど、相棒がドラゴンだってバレたから、かな。げほっ……馬車から出てこなければ気づかなかったよ、俺。結界、すごかったし」
「結界?」
「あの馬車……ガチガチに武装してた、うん。開くまで、馬車があることにも、ごほ、気がつかなかったし」
「そういえばそうね、認識外にあったというか……」
馬、旗、騎士たち……そういったものは砦の外に来てすぐに目についたというのに、オーガスタが口を挟むまでは馬車に気がつかなかった、とハニーベルは気がついた。それからも中に妹たちがいることを確認もしなかった。そこがすでに自分が魔法にかかっていたという証拠でもあった。
「むしろ複数のドラゴンたちと一つの街がかかわっているぞ、と念を押してきたということか」
「一筋縄ではいかなさそうね」
レウカは苦笑いなどせずに、はっきりと言った。
自分も腹を決めないといけない、とハニーベルは改めて感じた。今度は自分に呑気に手を振って歩いてくる父を見ながら、強く強く思った。
主君も家族も守れる自分で在りたい、と自分を定義しなおしたのだった。
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