蠢く然々・3
「被害報告です。森の一部が焼かれ、動物が数体傷つけられました。兵士も拘束した男も、調査隊のみなさまも怪我一つなく無事であらせられます。しかし」
「マナを奪われた、か。あんまり思いつめんなよ?」
イクシアは沈痛な面持ちで頷いた。どうやら人員の配置や派遣に自分の不備があったのではないかと責任を感じているようだった。だがもしあの場に更に多くの兵士がいてもどうにもならなかっただろうな、とシトロンは思っていた。イクシアもアエミリアも勤勉で、責務を全うする実力だってあるが、戦闘力で言えば調査隊の王族連中のほうが強いのだ。
「計画的な犯行ね。最初からマナを奪うためだったのかもしれない」
「不満を持つ男をたきつけて森におびき寄せた、ってこと?」
「尋問しようにも気絶してしまったために、今はとりあえず身柄を拘束しながら治療をしています。時間をくださいな」
ジョフールはため息をついた。ここのところ平和だった砦に起こった事件に頭が痛いようだ。
「レウカは絶対に森には行かないけどシトロンとかは見に行くかもしれない。最初は陽動か分断のつもりだったのでしょうけれど、ガラクテア様が来たから奪取に切り替えた、とかかしらね」
それはシトロンにも考えられることだった。……調査隊の面々の性格を知っていれば、の話だが。
「問題は……オレらに合わせた戦い仕掛けてきたことっすよね」
「やはりそう思いましたか。上空からの攻撃に、すかさず左右からの挟撃。それぞれで対処できる範囲の行動でしたもの。我々の戦闘力と戦闘時の役割を知っているとしか考えられませんわ」
「それって」
ビカラは慌てて口を噤んだ。他のみんなも思い浮かんだ言葉を飲み込み黙っている。
「内通者が、げほげほ」
グロッグ以外。
「なんで言うの!?」
「みんな言わなかったのに!!!」
「そういうとこだぞ!!!」
「……いや、なんか調査隊にはいなさそうじゃなこれ。グッジョブじゃ」
子供たちがわちゃわちゃとしていると、ジョフールの元へ兵士が来て耳打ちする。
「姫様、巡回騎士が到着いたしました。何か不審な人物を見たやもしれません」
「どうじゃろうな。あれはドラゴンじゃ」
え、と全員が驚きの声を上げた。
「お手柄じゃぞシトロン、槍を見せろ」
言われたとおりに鉾槍を出すとレウカとグロッグが「あ」と同時にその穂先に目をやった。
「魔力を感じるわ。確かにドラゴンを斬りつけたみたい」
「ごちゃごちゃした魔力だ……ごほごほ……」
眉をしかめて観察する二人に、ガラクテアは考え込むそぶりを見せた。兵士からの更なる報告を聞いたジョフールはレウカに話しかける。
「巡回騎士に同行していた娘夫婦が姫様にお話したいことがあるそうです。一旦こちらへ」
「えぇ。わかりました」
「あーしが一緒に行ってやんよ、イクシーここは任せたんご」
三人が砦の中へ行き、イクシアはみんなを案内するように手を挙げた。
「私たちは分隊からの報告を聞きにいきましょう」
巡回騎士は砦の外に馬を置き、即席のキャンプを張り作戦会議をしているようだった。そこに飾られた旗を見てハニーベルは「うげ」と嫌そうな声を出した。
「ちょうど近くにハルディン分隊がいてくれたのです。すぐさま駆けつけてくれましたよ」
「ハルディンって」
シトロンの質問より早く、騎士たちの輪の中にいた恰幅の良い、立派なヒゲを蓄えた中年男性がこちらに気がつき嬉しそうに大きく手を振った。
「パパ!?」
思わずといった様子でその男性を呼んだハニーベルは、慌てて咳ばらいをする。
「お父様。近くにいた巡回騎士とはお父様の部隊だったのね」
「パパだぞー!こんにちわみなさん!ベルのパパのバイロン・ハルディンです!!!よろしく!」
「ちょっと!部下の前でしょ!いつまでそんなだらしない顔で手を振っているのよ!」
大の大人が娘に叱られてしょぼん、としたのを見て、部下の騎士や兵士たちはからからと笑った。
「この方がベルのお父様なのですね。初めましてアナト・ダネイと申します。ベルお嬢様とはともに館に放火した仲で」
「やめなさいよ!!!」
「オレとベルは心置きなくボケ馬鹿カスと呼べあえる関係で」
「おほほほほお父様気にしないで!みんな冗談が好きな女の子たちなのよ!」
ハニーベルは目にもとまらぬ速さで二人を蛇腹剣で拘束する。何も誤魔化せていないが、バイロンは楽しそうにその光景を見ているので結果オーライだった。
「もういいでしょあたしの話は!!!」
「パパはもっとベルとお友達の話聞きたいなぁ~」
「先に仕事!」
「そうですよ。そんなんだから出世できないんですよ」
輪の中からもう一人太めの男性が調査隊の方へ来てくれた。彼は副官である従騎士のアイアンスという男で、ハルディン家に長年仕えている。
彼はダメージを受けている主のことなど気にせずに調査隊に向き合った。
「探知魔法に自信のある騎士全員がドラゴンの気配は感じていない、と報告しています。怪しい人影やドラゴンも見ていません。我々は北から南下していましたから、犯人は南に逃亡したと思われます。砦を越えて東に行くのは不可能でしょうし、西は平野部のため我々の目から隠れられる場所がありませんので」
アイアンスの報告に、みんな納得した。
「この砦にはドラゴンの加護があると聞く。そう簡単に砦越えはできないらしいぞ!」
「あの署名したドラゴンの力か?」
「多分ガラクテア様が、ごほ、超えても大変なことになる、かも」
「ほう?どれどれ」
一番近くの境界線へ飛んで行ったガラクテアは、すぐさま地面に叩きつけられた。
「のじゃー!!!!」
地面に張り付いて動けないようなので、みんなで引きずって砦の外まで連れて行くことになった。
「実は初めて見ました。こんなに強力な魔法だったのですね」
砦の兵士が冷や汗をかきながら呟いた。
「ガラちゃんが弱すぎるってのもあるけれど、結構な魔法だ。こりゃ突破したら何かと気づくな」
「じゃあやっぱり南に……」
「あらあらあら、バイロン様ぁ。お困りなことがあればわたくしに声をかけてくださいとおっしゃったではないですかぁ」
馬車の中から甘ったるい声が聞こえてきた。どうやら騎士たちと共に来たらしい馬車から出てきたのは、場違いのドレス姿の淑女であった。
長いピンク色の巻髪につばの大きい花飾りのついた帽子をつけ、白地に赤いバラ柄の胸元の空いたドレスを身にまとった女は、ピンヒールで器用にバイロンの横に並び立ち、自然に彼の腕をとった。
「か、彼女はラブレス卿。ネザクの貴族政治家だ。巡回騎士の巡回ルートの見直しを提言した方で、実際にルートの一部を見学していたんだ。と、ところで、その、何故腕を」
「初めましてハニーベルちゃん、わたくしはオーガスタ・ラブレス。以後お見知りおきを」
「……初めましてレディラブレス。お目にかかれて光栄です」
ハニーベルは訝し気な顔を引っ込めて笑顔で相対した。だがオーガスタには彼女の動揺はお見通しのようで、くすくすと笑われてしまう。
「可愛らしいこと。お父様にお似合いの女にそんな警戒するだなんて」
「おおおおおおお似合い!?!?!?」
「旦那様、いちいちリップサービスを真に受けないでくださいませ」
アイアンスは冷めた表情で吐き捨てた。
「リップサービスではありませんことよ。わたくし、バイロン様のように実直でユーモラスな方にお会いしたことがありませんの。本当に素敵な方で」
「それでそんなラブレス卿は困っていたら何をしてくれるの?」
「レウカ姫はおられないのですかぁ?あの方ならわたくしの言わんとすることをわかってくださると思うのですが」
「……怪我してない」
グロッグは場を凍らせるような温度で囁いた。それはシトロンの気のせいではない、彼の足元の草に霜ができて、陽の光を受けて輝いた。オーガスタもまたその動きに気がついたようで、心底楽しそうに真っ青な目を細めて笑った。
「あら?どなたかと思えば、あなたがお噂のグロウグスヴィル王子?お話に聞くよりも随分精悍な」
「怪我をしていないことが……こふっ、あなたのアドバンテージなのですか」
グロッグは会話をしているようでしていない。いや、オーガスタの無駄口を許していない。普段通りに見えて圧倒的な、その場の支配者としての振舞いだとシトロンたちは感じた。
オーガスタはにやにやと笑うのをやめて、真剣な顔で彼に語り掛けた。
「……ここから南に位置する湖畔都市ネザクは荒野の者とも交易をしております。もちろんイース様の認可をもらって、ですよ?素性の知れない者や盗賊たち、そして悪いドラゴンもネザクには訪れていると噂がありますわ。わたくしはそんな危ない人達との繋がりは一切ありませんが」
怪しい、と顔にでたみんなに対して、彼女はまたニタニタと笑う。やたらと美しい顔が性格の悪そうな歪み方をするために、いっそ作り物のようだった。
「もしここで狼藉を働いた何者かが、優秀なバイロン様の包囲を逃れたとしたならば……ネザクに逃げ込むのではないか、と進言しているだけですわ」
「地理的にはなんらおかしいところはありませんね」
アイアンスが付け加えた。彼が言おうとしたことでもあるのだろう、不服そうではあるが反論はないようだ。
「そうでしょう?ハニーベルちゃん、わたくしはネザクがホームグラウンド。多少なら他の貴族たちに根回しをして調査隊を自由に動けるようにできますわ」
「ネザクってどんな街なんすか?」
コウジロウがこっそりとイクシアに尋ねる。
「王都から離れているから貴族が強い力を持っていると聞いております。だからこの事件と無関係でも不用意に姫様に探られたくない者はいるでしょうね」
「大きな国は大変ですねぇ」
「ラブレス卿もこうおっしゃっているし、姫様やイストリア様にお前から進言するくらいはしてみてもいいんじゃないか?実際に姫様をあの街に行かせるかどうかは王宮での話し合いが必要だとは思うが……」
「ありがとうございます、バイロン様!」
オーガスタはわざとらしくバイロンの腕に豊かな胸を押し当てた。
「ちょちょちょっと距離が近いですな、ラブレス卿……」
露骨なまでのハニートラップに気づく様子もなく、バイロンはただ慌てふためいている。
「パパ」
ハニーベルから地獄で聞こえるような低い声が出て、父は青ざめた顔でオーガスタに抱き着かれていないほうの手を振った。
「違う!違うぞベル、パパはママ一筋で」
美女に胸を押し当てられて半泣きで娘に言い訳をする中年男性の図を見せられた一行はツッコミたくはあった。だが、当事者たちの心境を想うと口を挟むに挟めない。
「……別にずっとママだけ見ていてとは言わないけど、でも」
「なんですか姉さん、ご協力いただいている方に対して失礼じゃありませんか」
突然、聞き慣れない少女の声が馬車の中から聞こえてきた。
ハニーベルを姉さんと呼ぶのであれば、それはつまり。馬車から降りてきた少女は、ハニーベルと同じ赤い髪をしている。ハイライトのない虚ろな瞳に、肩より少し下に切りそろえた真っすぐな髪には、小さな白い花飾りつけている。
良家のお嬢さん、といった風貌の少女を見て、ハニーベルは叫んだ。
「ミネオラ、どうしてあんたがここに!?」
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