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蠢く然々・2


 シトロンたちは不審な男が測定魔法を設置したポイントに近づいたのを見て、指示を仰ぐために研究員の元へと戻った。そこには丁度話が終わったらしいレウカたちとジョフールがいた。

「さっきの男が設置したポイントの森へ入っていったんだけど、あれって後から干渉とかできる?」

「えぇっと、確かできないはずですよ」

「よほどの使い手じゃないと」

 研究員たちは分厚いマニュアルと大きなカバンから取り出して確認しながら答えてくれた。


「その人は魔法は」

「からっきしでしたね。そもそも……あの世代は魔法教育を受けておらず魔力の使い方すら知らないと思います。暴発するほどの魔力の持ち主以外は放置してきたのがかつてのカレンシアでしたから」

 ジョフールの返答にレウカは納得したようだった。

「身体の衰えと魔力の衰えはイコールです。なんの訓練もしていない一般人なら、三十代後半には体外に放出することが困難になります。血中魔力は残存していますが質は悪くなる一方です。恐らく彼は魔法は使えないと断言してもいいと思います」


「俺もそう思う。げほ、じゃあ警戒する必要ない?」

「とはいえ運用は初めてですから、一応見に行きたいところではありますが……」

 研究員たちは足元の魔方陣を見た。今は問題なく情報を集められているのだろう。淡い青い光が魔方陣をなぞるように輝いている。

「魔法がちゃんと発動できてるかどうかくらいわかりますよ!わたしがいきましょうか?」

「いいの?」


「待った、その前にオレらでぐるっと見回してからお前に頼むっていうのがいいんじゃないか?」

「見回りなら兵士だけで事足りると思いますが……」

「なんでも自分の目で確かめないと気が済まない性質……ではないけど、できれば任せたいけど。でもなんか嫌な予感するから」

「なんなんじゃお主は」

 一行の元へとコウジロウとアナトも戻ってきた。二人はなんだか話し合っているメンバーを見て首を傾げた。

「こっち終わったっすよ。なんかあった?」


 二人にも簡単に説明をしていると、ビカラは改めて質問した。

「結局その男の人って何したんですかぁ?」

「問題を起こしてクビになって、逆恨みしてるかもってだけよ。でもどうして計算も出来ないのに会計係になったのかしら。理解できないわね」

「あのおっさん四十代っしょ?その辺にはよくあることなんよ。ベルるんは学校で習ったべ」

 アエミリアに指摘され、ハニーベルは脳内の棚から必要な記憶を取り出すことに成功した。


「空白世代!その前の世代は乳幼児にかかる伝染病が流行っていて、彼らの世代が働ける年になると様々なポストがごっそり開いていたからとりあえず仕事をさせてたってやつね。それで適正もなく教育も受けておらず、ただその場の空白を埋めるためだけの中年層”空白世代”が今、地方や階級の区別なく平等に教育を受けた若者世代の上司をやっていることがカレンシア発展の妨げになっている、という論調よ」

 あまり良い話題ではないらしいな、とレウカたちカレンシア人の顔を見てシトロンは感じた。ハニーベルは真っすぐに強すぎる女なのでただの必要知識としてなんの感情も込めずに説明を続ける。


「五歳の子供も読める絵本を、四十歳の父親は読めなかったりする。各業種で早すぎる世代交代が起きて、それに順応できない中年層も多い。仕事をどんどん二十~三十代の若者にとられているのも風竜騎士(ヴィエント)が増えた原因よ」

「切れやすい中年が今カレンシアでは爆流行りだかんね。怒るにも学とセンスが必要なんよ、でもなーんにも無い奴らほどそんな立場になっからね」

「酷いことを、と言いたいところですが、少なくとも件の男はそれがあてはまってしまうようです。しかしそういうことならばとくに警戒をすることではないのかもしれませんね」


「あの、奈の国での問題の話だけどカレンシアにもあてはまることかもしれないんでちょっと聞いてほしいことがあるんですけど」

 珍しくコウジロウが挙手して自分から意見を言おうとしていた。全員が傾聴の姿勢をとると、ちょっと緊張したのか、「えぇと」と言葉を一回濁した。

「奈の国でも基本的に義務教育が無い島の者が暴徒になりやすいんすけど、暴徒を産む、つまり不満を持った一般人を暴徒に変質させるのは教育を受けた島の者なんすよ」

「それって……」


「同じ教育を受けた者同士は頭脳や成績や家柄で差が生まれる。そうすると負け組になった連中は他の、グレードの低い島に移住する。奈の国は島ごとに階級があるみたいなもんですからね」

「本島で負け犬になった連中が余所の島の教育を受けていない者を先導とか洗脳して、暴徒にして王様とか上層部にけしかけるってこと?」

 コウジロウは苦々しい顔で頷いた。彼が変えたいと言っていたシステムの一環を説明され、確かに異国のやり方を取り入れるくらいの型破りをしなければ難しい問題かもしれないとシトロンは考えた。


「それがサイクルになってるんすよ。上の方の島は平和そのもの。下の方は各島のやべー奴の集まる吹き溜まりみたいになってる。

 つまり、カレンシアでもその男自体には魔力も学もないかもしれないけど、学と悪意のある誰か、例えば風竜騎士(ヴィエント)にそそのかされて、本来使えないはずの何かを持ち出したり思いつけないような何かをしたりする可能性は捨てきれないと思います、はい」


 似た事象に対応したことのあるようなコウジロウの話に、全員が考えを改めた。

「貴重な意見ありがとうございます、確かに、早計でしたね。そうか、後ろに知識人がいると仮定して……」

「見回りを強化し兵を集めましょうか」

 イクシアとジョフールは仕事モードで話し合いを始めている。


「カレンシアもそういうサイクルかも。空白世代の親世代は焚書を行っていた世代。彼らは自分たちの行動を正当化しているわ。彼らに教育された空白世代は疑心暗鬼で暴力手段を選ぶことを忌避しない傾向があると兵士や家の者からもよく聞くもの」

「そういう物の言い方は感心しませんわね。安易なカテゴライズとレッテルは視野を狭くしますわよ」

 ハニーベルの意見にアナトが苦言を呈すると、アエミリアが反論する。


「まぁまぁ正しい。でも朝から晩までそういうアホのおっさんどもしばいて回ってるあーしらの意見だもんよ、外では言わんから勘弁して。てかレウレウの前じゃあ不適切やね」

「いいのよ、そういう意見も聞かなければならないと思うし」

「でもこういう近しい者の偏った意見から耳にするのはちょっとな。兵士の愚痴聞くなら広く多く、それができないなら一切聞かない、だな」


 シトロンの発言に、調査隊の面々は思わず息を飲んだ。

「え、真面目なこと言ってる」

「シトロンこっわ」

「は?表出ろや」

「ここが表だよ」


「ごほ、じゃあさ、純血のカレンシア人とかいう概念もちょっと説明つくかも。限界人間に、げほげほ……彼らに、報われるべきはあなたたち純血のカレンシア人だ、と吹き込み焚きつけるためのものってこと、じゃないかな。ごふっ……」

「……それは最悪。実際の純血のカレンシア人の定義なんてどうでもよくて、従わせるための方便ね。教育を受けていない者では真偽を考えられない。いえ、例え教育を受けていても古王国がカレンシアにあったこと自体は習っているのだから、下手に知識があっても引きずり込まれそうね」


「風竜騎士(ヴィエント)でもなんでも、ある団体の一員になることって、彼らの無知と境遇につけ込むだけじゃなくて、希望を与え孤独を癒せられるんだもんな。そりゃあ狂信的にもなるんじゃないか」

「あぁやだやだ。鹿のことだけ考えていたいですぅ」

 そんな折にタイミングよく、聞いたことのない甲高い音が森の方から聞こえてきた。砦の兵士が「子鹿の鳴き声だ」と呟いた。


「確かに、これは小鹿が危険の際親を呼ぶ時の声です。狼や野犬もいますから、珍しいものでもありませんが……このタイミングですか。イクシア小隊長、準備のほどは」

「完了しております。姫様は我々とともに砦内へ移動をお願いします。現場には兵たちが」

「オレも行く~」

 シトロンがあえてキャピキャピとしながら手を挙げると、イクシアは面倒事が増える予感を感じて唇をきゅっと噛んだ。


 イクシアの慟哭を無視した話し合いの末、レウカとハニーベルとグロッグとビカラは留守番、シトロンとガラクテア、アナト、コウジロウが兵士たちと森へ行ってみることとなった。

「なんで妾まで」

「相手がドラゴンを持ち出したら困るからだよ」

「ここにそんな気配微塵も無いわい。だいたいレウカとグロッグがおるじゃろ、ん?」


 森の奥からガッ、ガッ、と不規則な音が響いた。その音に合わせてどんどんと小さくなる鳴き声も聞こえてきたために、一行は足を速めて木々の合間を抜けて開けた場所へ出た。

 そこでは、例の男が足を怪我した小鹿を殴っていた。

「おいおい何してんだ!」

 シトロンが叫ぶと男はびくりと肩を震わせて、一人一人の顔をまじまじと見た。その間に兵士たちは彼を取り囲み拘束する。


 シトロンたちは小鹿に近づくが、鹿はおびえて怪我をしたまま逃げようとする。砦の兵士が慣れた様子で小鹿を抱きかかえると、ひとまず逃げるのは止めたようで大人しくしている。しかし物言わぬその目にははっきりと恐怖の色が浮かんでいた。

「ガラクテア、一応聞くけど回復とか」

「使えるかーい!」

「胸を張るな」


「可哀そうに、物理面子で来てしまいましたから……」

 アナトはせめて、というふうに頭を撫でると、少しだけ落ち着いた様子を見せてくれた。

「いや、オレこれくらいの傷なら大丈夫だけど」

 コウジロウが鹿の前に座り足の具合を見ながらそう言った。

「おい裏切りか?」

「聞いてませんことよ?」

「陰キャめ……」

「うぅ……」と謂れのない誹謗を受けながらもコウジロウは小鹿に回復魔法を施す。


「お、治ったようじゃの」

 兵士に開放された小鹿が嬉しそうにぴょんと飛び跳ねていると、

「姫様がいないじゃないか!話が違う!」

と男が叫んだ。小鹿は驚いてそそくさと距離をとる。

「姫様が様子を見に来ると言ってたのに!」

「おいおい穏やかじゃないな。誰に吹き込まれたんだ?」


 シトロンたちも男の傍に行くが、彼は何も聞こえていないように喚いた。

「あの女嘘をついた!姫様ならきっと哀れな俺の話を聞いてくださるはずなのに!」

「だから」

「上じゃ!!!!!」

 ガラクテアの警告とほぼ同時に、太陽を背にして上空から何かが複数降ってくる。

 咄嗟にコウジロウが居合で迎撃すると、それは氷の塊だったために、魔力をまとった細かい氷の粒が周囲に散らばり霧のように視界が悪くなる。そこにタイミングを合わせたように森の左右から魔法弾が次々と打ち込まれる。


「マッスルサーブ!!」

 掛け声とともにアナトは拳で弾き落とす。だがシトロンの槍で斬ったものはそのまま消えたにもかかわらず、アナトが弾いたものは突然強く光って全員の目を眩ませた。

「閃光弾じゃ!目が!目がぁぁぁ!!!」

 真っ白な世界で何も見えない中、シトロンは不穏なものを感じて槍をふるう。確かに今何かが自分達の横をあざ笑う様に走って行った気がしたのだ。

 手ごたえがあった、と思うが致命傷でもないとも感じた。そのまま警戒していると、徐々に光が消えて見えるようになっていった。


 森の中は酷いものだった。氷魔法の影響で草木には霜がはり一瞬で腐ったところもあれば、魔法弾で地面がえぐれているところもある。コウジロウもアナトも目元を押さえているだけでそれ以上の怪我はなさそうで、シトロンはひとまず安心をした。

「小鹿が……」

 まだ辛そうに細く目を開いたコウジロウが呟いた。少し離れて様子を窺ってしまったのだろう。魔法弾でえぐれた大樹の横に、先ほどの小鹿がピクリともせずに横たわっている。


「くそ、なんだ!けが人は?」

「いません、この男も無傷にしときました!」

 兵士たちは防御を選択したようで、バリアをはって凌いでいた。砦を守る兵士も無茶ぶりされる調査隊のお守りも精鋭ぞろいだった。男は気を失っている様子で泡を吹いたまま倒れている。

「えらい。……ガラちゃんどうした?まさか何やっても傷がつかないお前が怪我したか?」

 シトロンは中心でふわふわとした飛んだまま無表情で腕を組んでいるガラクテアに気がついた。心配するように声をかけると、彼女はギギギと音を立てながら振り返る。


「……………………お主、斬ったろう」

「まさかアレお前か!?すまん!」

 オレの槍ならドラゴンに傷をつけられるからな、とビビったシトロンに、ガラクテアは手を顔の前で振って否定した。

「違う、狙いは正確じゃった。刺客を見事斬りつけた。じゃがなぁ……マナ、奪われちゃった」

 ガラクテアは滝のような汗を流しながら、こわばった顔で笑った。



次は明日の20時以降に更新予定

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