太陽はここに在り・後
シトロンは深く沈みこんで無に還りかけた意識を浮上させた。
「私がどうしてこんな自由な立場でカレンシアなんて大国にいるかとか、まぁほとんど説明つくよね。この人がいるからです」
「……セーレがガラちゃんに挨拶に行きたくない、にいろんなコンテクストが含まれちまう!!!」
「そこ!?あ、あの、創世竜ってみんな行方がわからないって」
ハニーベルはいつかの授業で賢者に教えられた内容を告げた。賢者だけではない、学校でも家庭教師にも書籍でも同じ内容を教えられてきた。
「ごめん嘘!あの時もめっちゃ隣にいた!!!」
だがそれを一言でひっくり返すのがセレマリオンである。
「そんなぁ!!!」
「ごめんねみんな。こんなこと言えることじゃないから……国防にもかかわることだし」
「それはそうですが……よろしいのですか?わたくしたちに言ってしまって」
別に三人とも賢者に怒っているわけでもない。それはソラールが反応していないことから誰もがわかっていることだろう。ちょっと面白くない気持ちがあって、それを素直に表に出している。ようは賢者に甘えているのだ。
「ソラールさえよければ誰に言ってもいい、でも王家はそれを口外しないしいかなる強制もしない。そういう契約を昔にカレンシア王家と結んでいるんだ。当時の王は私たちに自由な立場でこの国にいていいと言ってくださった。いまもその厚意に甘んじているんだ。イース君も見捨てられないしね」
「確かにこの国のこと知る度に、あんたがいないとイースを筆頭に大変なことになるってのがどんどんわかっていくな」
「だからソラールのことは王家とイース君だけ知ってる。実はヒューイ君とかも知らないよ」
宇宙の中に放り出された気分になった三人は、なかなか地上に戻って来れない。
「ミトロン君は薄々気づいてるね」
「あれはわりと昔の強さのままだ、幾度再利用されても擦り減ってないし俺にも気づくだろうよ。まぁ俺のことはいい。姉さんは元気にしているようだが、力は全く戻っていないだろ。頑張れ」
真面目な話をしてもらえると思ったら一言で終わってしまった。
「えーと、その、ソラール様?はガラちゃんのことをどこまで」
「ソラールでいい。今の俺は立場も仕事も放り投げて休暇の真っ最中。崇められる資格はないな」
「療養中、です」
強めに賢者が訂正する。ソラールは口先だけで悪い悪い、と言った。
「あいつは何をして何をされたんだ?」
「姉さんに直接聞け」
「多角的な意見を聞きたいんだ。一応あいつが話してくれるまで待ちたい気分もあれば、早めに知って対策とか立てたいって考えもあってオレ自身ふわふわしてるんだよ」
素直に言えば、ソラールはちゃんとシトロンを見てくれた。その黒い瞳の中にちらちらと怪しい光が瞬いている。それは確かにガラクテアと同じ星空のような瞳であった。
「夢を見て現実に引き戻された。それだけだよ」
彼はそれだけ返した。彼の中では過不足なく人間の質問に答えた様子で、話しは終わったとばかりにセレマリオンを抱き寄せて膝に乗せようとしているがやんわりと腕を外されて驚いている。しいて言えば”こんなに犬が構えと言っているのですが……?”という顔の犬に似ている。
賢者は彼の代わりに戸惑ったままのシトロンに説明してくれるようだった。
「授業で教えただろう?今までのやり方じゃあ、ドラゴンは壊れるまで使い倒して最後に捨てる、って。ガラクテア様は他の創世竜のこともそうしたんだ」
「まさか」
「ソラールは廃棄処分になった。私の生まれた国はドラゴン崇拝をしていた宗教国家でね。ソラールがそういった扱いをされることに憤りを感じて、救おうとした。結果その中の一人だった私はこの人と契約して、とっても長生きしながらこの人の世話をしているってわけだ」
さらりと明かされた身の上話の中に、抑えきれないいくつもの感情が見え隠れした気がして、シトロンはなんと返事すればいいのかわからなかった。ガラクテアのこと、他の創世竜のこと、それを見てきたセレマリオンのこと……考えては他の何かを想って取り下げられてしまうのだ。
「私はたった一人で実直に世界のため働き続けていた創世竜が使い潰され、誰にも顧みられることなく朽ちて消えていく様を見せられた。長い人生で、他にもそういう目にあったドラゴンたちと、寄り添う人間たちを見てきた。だから個人的に、ガラクテア様のことが許せなかったんだ」
賢者は悲しそうに目を伏せた。だが当のソラールはその表情の意味するところがよくわからないらしく眉をしかめて、悲しい顔をするセレマリオンを慰めようとその華奢な手を握った。それを見たシトロンは、なんだかすごく苦しくなってしまった。ガラクテアはそんなこと考えもしないのではないか、と感じてしまったからだった。
「他の創世竜……グラツィアル様もアクア様もガラクテア様に処分された。彼女たちの命、それをリソースに変えたんだ。ドラゴンたちは銀河の女王が創世竜すら彼女個人の夢のため利用する様を見せられて、とうとう反旗を翻した。それにウラノス様が手を貸した、そう聞いている。
私はあまりこの人に話を聞かないようにしている。この人は寸分の狂いなく事実を述べる。でもそこにある関係者たちの心情だとか時勢だとかがこそげ落ちる気がしてね。自分で調べているんだ」
あはは、と笑う賢者にソラールは多少不服のようで、それが顔に出ている。それにしても恐ろしいほどに整った顔だとハニーベルは落ち着かなかった。彼女にとって顔の良すぎる人間は作り物のようで、苦手な相手の特徴であったからだ。
「本当は授業で教えるべきなんだけど、秘匿されていることだった。レウカ君にも教えないといけないな……。なんかごめんね、私のことを偉大な賢者様みたいに思ってくれているみたいだけど、そんなことないんだ」
申し訳なさそうな顔の賢者に、すかさずアナトが異を唱えた。
「わたくしは以前も申し上げましたが、その義憤を悪と断ずることは致しません。むしろ賢者様には人としての矜持と素晴らしき高潔さを感じます。尊敬の念を増すばかりですわ」
「あたしは納得した、って感じです。確かにドラゴンたちがガラクテアが再び力を持つことを恐れるのも、彼女に敵意を抱くのも、賢者様が彼女の意見を聞かなければいけなかったと悔やむのも何もかも。あたしの意見としては、ガラクテアの意思を聞いてから定まると思います」
こういう時、二人はぶれない。シトロンはいつもバカを言い合い醜い争いをするライバルたち……いや悪友……いや目の上のカブトムシみたいな連中を素直にすごいとは思っているのだ。
「オレは……セーレの言うとおり、あいつが間違っててもダメなやつでもガラクテアの味方でいるよ」
シトロンの改めて出した結論に賢者はほっとしたようだった。
「それはそれとして、つまり旦那の姉貴にご挨拶を渋ってる賢者様って図がおもしれぇ……」
「あのねぇ……」
シリアスをぶち壊す楽しみ方をしている教え子に、すかさず呆れた表情を浮かべる。
「俺も恥ずかしがってるんだと思ってた。人間は伴侶の実家にご挨拶って緊張するんだろ?」
「どこから突っ込めばいいのか……私はただの人生をともに生きるパートナーであってそれ以上でも以下でもないんだよ」
ソラールはあまりにもはっきりと否定されたために、「あー傷ついた」と再び賢者を後ろから抱きしめる。座ったまま立っている相手を抱きしめているのに、身長差のせいであんまり大きな差がないのが少し怖いとハニーベルは思っていた。二メートル近い顔の良い男は恐怖の対象でしかないんだなとしみじみと彼女は感じていた。
「伴侶でいいだろ」
「私は全てのドラゴンに仕える御子なので、操を立てているんです。あなたでなくとも誰か個人と結ばれることはありません」
「はー、酷い。死にかけの俺を救いあげておいて俺のものにはならない、お前らもこんなこと言いながらずっと傍にいるような奴に気をつけろよ」
御子?最近どっかで聞いたワードのような、とシトロンは尋ねようと思ったが、ソラールがあまりにも覚えのある態度を見せたためにそちらに引きずられた。
「すっごい親戚のおっさんみたいなこと言い出した」
「こら!!!!」と真面目な二人のお叱りがとんできた。
「いやオレも母方の伯父と叔父が親戚のおっさんに該当するんだけど、マジで二人を足して割った感じだからすげぇ懐かしい。なついてしまうかもしれん」
「創世竜様にあんた、って言おうとしたけどあたしたちもガラクテアの扱い雑だし、いつかソラール様にもそんな扱いしてしまいそうで怖い」
ハニーベルは本気の恐怖を抱いていた。そもそもこの調査隊に参加してから優等生の貴族の騎士見習のご令嬢、というイメージがバキバキと崩れていっている気がしてならない。
「おほほほわたくしには関係ありませんわね!誰に対しても礼儀を大切にしておりますから!!!」
「言うなぁ」
「別に俺は雑にしてもらったほうがいいんだけどなぁ。なんでどいつもこいつも偉大なるソラール様って感じでくるわけ?」
ソラールは心底面倒そうに吐き捨てた。多分彼が普段この姿とかけ離れた小さな白蛇姿でいるのは、そういった下々からの崇拝が鬱陶しいのもあるのだろう。ヒューエトスがへりくだるのは想像できないが、レクエルドなどはきちんと礼節を尽くしそうだし、貴族たちがわらわらと研究塔に参拝する様がシトロンにも想像できる。
「俺システム管理が主でこの星とか命とか創ってないから。昔から創世竜って言われるのなんか違う気がしてたんだけどな」
「宇宙のシステム管理してて大したことしてないんだがとか言われましても」
「でもあなたソラール様なんですから、太陽も司っているんですよね?」
アナトは一つしかない小さな窓から空を見た。今日も変わらず太陽はそこにある。
「あぁ、あんなの適当に核融合起こしながらこの銀河照らしたり共通重心定めたりしてるだけだよ」
「……スケールでかすぎてなんもわからん。そもそもなんで闇竜なのに太陽司ってんだ」
宇宙についての研究はまだまだ巨大な天文台のある大都市の中でも一握りの学者が行っている学問の一つ、にしか過ぎない。王族であってもなかなかこの分野は教育されないものであり、現に三人とも明るくないところか全く知らないといっても過言ではない。本当にわからないことだらけだ。
「光源があるから闇が生まれる。光が先で闇は後なんだ、光が主で闇は副産物。だから太陽そのものである俺が闇を司っている。なんか変か?」
「闇が先だと」
「お前が思ってるのは”無”じゃないか?無と闇は全く別物だよ」
「難しい~~~~~!!!」
シトロンとハニーベルは頭を抱えた。先ほどからどんどんと詰め込まれる情報量にパンクしそうだ。アナトはついていけているわけではなく、最初から入らない情報は無理に聞かないと決めているだけである。
「……ソラール、今度授業とかしてみませんか?」
いつの間にかセレマリオンは目を輝かせていた。自分からドラゴンやこの世界の真実を聞くのは憚られても、教え子たちが純粋な疑問をぶつけ、その回答を聞くと言うのは楽しくて仕方がないらしい。
ソラールは楽しそうなセレマリオンに気づいたのか、目を細めて口元を緩ませた。抜き身の刀身のような雰囲気が一気に甘ったるいものになり「うわぁ」と誰ともなく声を出した。
「してほしいのか?」
「はい」
「じゃあする」とソラールは嬉しそうに笑った。
「のんびりした方なのですね」
「空虚って言うんだ」
「そのような言い方はいかがなものかと」
賢者が苦言を呈すると、闇竜はどうでもよさそうに笑う。さっきの笑顔とはまったく違い、確かに空虚という言葉が相応しいものだった。
「全部後付けだ。世界を維持するには、生物と共存するには実体での感覚というものが必要だったから。感情機能もそう。車輪に人格があってどうなるっていうんだ」
「俺にとってはマリアへの愛だけが本物。マリアが全てだ」
そしてソラールは再び賢者に抱き着いた。打って変わって本当に幸せそうな表情だった。
「マリア……セーレのこと?」
「セレマリオンだから、というわけでもないようなんだけど、その説明を聞く度に頭に靄がかかって上手く聞き取れないんだ」
「マリス・ステラが必要なんだ。”偶然”が姿かたちを持って生まれてしまったばっかりに、奇跡と勘違いされて■■やるしかなくなった俺たちには」
突然世界全体にノイズが走ったような感覚に襲われた。そのあまりにもいびつで気味の悪い現象に、シトロンの背筋を嫌な気配が駆け上り鳥肌が止まない。
「……今なんて?」
ソラールは三人を見て、彼女たちの誰にもこの言葉が届かなかったことを把握した。
「この概念はいつこの地球に根付くのだろうな。一度失われたからか」
混乱する三人の脳を休ませようとしたのか、賢者は両手をパンと叩いて三人の意識を戻した。
「調査隊のみんなは明日にはチェイス砦に行くんだろう?スケジュール調整しておくよ」
「た、楽しみです!それにビカラも、本当に最近勉強が楽しいらしくて。レウカともあたしの母校を紹介したいねなんて話もしたし」
「そういやベルって妹がいるんだよな。ビカラとかラティーに優しいのってお姉ちゃんだからか?」
世間話の範疇だ。そのはずなのに、ハニーベルはまるで虚を突かれたように固まった。そして「……いや、それは、どう、かしら……」とか細い声で否定した。
「そうですわね、一旦色々と頭の片隅に追いやっておきますわ。長居してしまいましたし、早々に帰りましょう」
「んだべ。じゃあ……どうかしたか?」
ハニーベルはまだ呆けていたようで、帰ろうとする二人を見て慌てて動き始める。
「んえ?べ、別に?じゃあ賢者様、ソラール様、ごきげんよう……おほほほほ」
「わたくしと違って下品に聞こえますわね」
「なんですって!?」
「あ、最後に一つ聞いていいか?」
「スーツ。上がドレスシャツ、下がスラックス。ジャケットとネクタイはあんまり好きじゃないから着ない。あと革靴」
シトロンの質問内容を先取りして彼は言った。身体の形に添った黒いシャツと、鼠色のズボン。どの国の装束か一切わからないそれの名前はスーツというらしい。シャツの形状は西のシャツと似ているが、飾りっ気のないカフスに遊びの無いパリッとした襟は機能的でスマートだが面白みに欠ける。スラックスとかいう洒落た名前のズボンだってなんの生地でできているのかさっぱりだ。靴も見たことない平べったくて硬そうなもので、蹴ったら痛そうだが登山には向かない気がする。
「だめだ、聞いたのに結局どこの服かわからん。まぁいいか、ありがとう」
今日した会話を誰にどこまでなら話していいものかと悩みながら三人は帰っていく。
結局下手に話してはいけないし説明もできないから、と誰にも話さず心にしまっておくことになるとソラールにはわかっていた。
太陽は目を細めて見送った。常人なら壁に阻まれてとっくに見えていない人間たちの背と、そこにいずれのしかかる妄執に、まるでエールを送るかのような笑みをたたえていた。
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