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太陽はここに在り・前


「な、パイナップルだったろ?」

 シトロン、アナト、ハニーベルの三人は研究塔を経由して、隣接する宿舎へと歩いていた。

「確かに……」

「二度とここに来たくないわ。賢者様から本をお借りしたらさっさと帰るわよ」

「アルジェン殿の説明では……この階の突き当たりのお部屋のはすですわね」


 研究員用宿舎は仮眠や泊まり込みのために建設されたらしいが、なんだかんだでみんな家に帰るか研究室でそのまま寝るためあまり使われていない。だがセレマリオンだけはここに住んでいるようだった。

 二階の廊下は人の気配が無く静かで、三人の足音だけが敷かれたカーペットの上に鈍く響いていた。突き当たりの部屋にはとくにプレートなどがないが、確かに他の部屋と違い長期的に使われているらしく、傘立てや棚などが置いてある。


 ただの木の扉をノックする。賢者は国の要人ではない、とは建前だ。賢者はカレンシアという国の深部に大きく関わっている。そんな人物がこんなドアノッカーもついていない部屋をあてがわれ、そこで生活しているなどとはシトロンにはにわかには信じられない。

「いなかったら上の階の講義室だったっけ」

 一応確認をしていると、中で足音がして、ゆっくりと扉が開いた。

「いるっぽいな、よかっt……」


 中から出てきたのは知らない男だった。


 浅黒い肌に、濡烏のような髪の異国の男だった。

 ウェーブがかった黒い髪は少し長めで鋭い眼光が髪の間から覗いている。無精ひげが生えているが、不潔さは感じられず色気として機能していた。背が扉より高くて少しかがんでいるのも彼の持つダウナーな魅力を増している。見た感じ三十代後半の渋みと愁いをたたえた美形の男は、唖然としたままの三人を順番に見て、疑いの目線を向けた。


「なに?」

 真っ先に正気に戻ったのはアナトだった。軽く頭を下げて謝罪をする。

「……も、申し訳ございません、お部屋を間違えたようですわ……」

「そう、じゃあ」

 けだるげな低くかすれた声と面倒そうな表情で、扉が閉められた。そのまま三人は踵を返し、無言で数部屋分廊下を戻る。

「間違えちまったのかなオレら」


 冷や汗をかきながらシトロンは呟いた。あの男から放たれる威圧感に完全に彼女はやられていた。背が高いからとか見慣れない男だからではない。シトロンはあの男を一目見て”勝てない”と思ったのだ。不思議な感覚だった。

 彼女は武人でもあるために相対した人物の大体の強さを常に無意識に測る。まだ若く研鑽の日々の彼女にとっては勝てない相手がいることは悪いことではない。目標にもなるし、自分より強い大人が大勢いると言うのは希望でもある。


 だがあの男の前に立った時に感じたものは、間違いなく絶望だった。

 底なしの何かの眼前に放り出された恐怖を感じてしまい、嫌な汗が止まらない。どうやらそれは他の二人も同じようで、気がつかず緊張していた身体を労わっていたり深呼吸をしていた。

「で、でも!二階の突き当たりってここじゃないの!?」

「わたくしたちの考えている突き当たりと齟齬があるのやもしれませんわ」

「講義室行こうぜ。授業中かもしれないけど、あれが近くにいるのは」

 三人は落ち着かない様子でそそくさと階段をあがった。


 すぐに大きな教室があり、そこから大勢の大人たちが帰っていくところだった。三人は壁際に立ち人々を見送る。全員が大人であり服装もバラバラだったが、分厚い教科書やノートを持っていて、今日の講義についてを熱く語りながら歩くさまは確かに研究生のようだった。

「たまに商人たちに輸入禁止品や輸入解禁品についてレクチャーするって聞いたわ」

 ハニーベルはシトロンの疑問がわかったかのように説明をしてくれた。


「すげぇなぁ、なんでも知ってるんだな。……で、あの人いくつ?」

 二人は黙ったまま人波を見送る。そしてアナトは小声で話しだした。

「……タブーなのかと思い口には出しませんでしたが、わたくしも気になっていました」

「最初はドラゴンなのかと疑ってたくらいだよ。ガラクテアにはっきり人間だって言われて困惑してる。大魔法使いなら寿命とか伸ばせたり?」

 その質問に対しては、ハニーベルはきっちりと首を振り否定した。


「できたらもっと沢山あんな人がいるでしょ。老化の遅延が関の山よ。それもレウカレベルでやっと。ビカラでも今の様子じゃ難しいわ」

「マジかよ。じゃあなに?あの人」

「そのそもあの人さぁ……男?女?」

 シトロンはそれころタブーなのかと思い誰にも訪ねなかったが、実は秘かに気にしていた。


 賢者はアナトやシトロンより背が低く小柄で華奢だ。胡桃色の長い髪を結っていることもあり、初見は完全に女性だと思っていた。だが会話をする度になんだかそういうことじゃあないのかも、というよくわからない感覚が沸いてきていた。

「疑問自体が失礼でしてよ。どちらでもない方やどちらでもある方だっているでしょう。賢者様は偉大は知恵者で我々にも優しく真摯に接してくださる。それ以上に求めることがありまして?」

「わかってるわよ、あたしが失礼なことくらい!でも疑問に思うくらいいいでしょうよ」


 三人は再び黙った。そして講義室で最後の生徒の質問に答え終えた賢者が三人に気づき、講義室から出てきてくれた。

「お待たせ。どうかした?」

「あの、お話していたビカラ用の教科書のこと……もなんですが……」

 なんといえばいいのかわからないハニーベルに、セレマリオンは小首をかしげた。

「机の上に置いてあるから自由にとってって言ったんだけど、部屋には入った?」

 そこからどうも行き違いがあるようだが、それはともかく。シトロンはしどろもどろに喋る。

「知らない男がいて、部屋間違えたのかと思ったんだよ。二階の突き当たりだよな?」

「知らない男……あぁ、そういうこと」

 賢者は納得したようにうなづいた。


 セレマリオンに続いてきた道を戻る。二階の突き当たりの、さっきノックした部屋に行く。緊張する三人を気にもせず賢者は扉を開けるが、そこには誰もいない。

「でもわたくしたち」

「わかってるわかってる」

 賢者は机の上の本をハニーベルにわたした。

「多分ね、知ってる君たちの気配だからちゃんと出迎えてくれたんだよ。ありがとうございます」


 そう言ってセレマリオンは目線をベッドの上の枕元に移した。

 そこには小さな籠が置いてあり、その中にとぐろを巻く白蛇がいる。賢者はその小さな頭を撫でた。

 ……そこから導き出される結論は一つだった。

「「「え!?!?!?!?!?」」」

 三人の驚愕の声が重なる。クソデカボイスに白蛇は羽の一つも動かさない。


「あれ、拗ねてる」

 白蛇はぐりぐりと頭を賢者の指に押し付けるが、いつものようにローブの裾に入らない。

「置いていったんですか?」

「次の講義にはこの人が嫌いな人がいたから、殺しちゃまずいと思って寝ている隙にでてきたんだ」「置いていったんですの?それは寂しいですわよねぇ」

「そうだそうだ」


 さっき聞いたばかりの低い声が白蛇から聞こえてくる。あぁやはり、と三人は額を押さえた。

「あれ?話してもいいんですか?」

「ん。もういい」

 誰も目を逸らしていなかった。相変わらずベッドとその上の白蛇を、確かに三人は見ていた。

 だというのに、本当にいつの間にかベッドに一人の長身の男が座っていた。


 みんな白蛇の動向を見ていたために白蛇が変身なりなんなりすれば知覚できるはずなのに、誰もわからなでいた。気がつけば白蛇はさっきの男に変化していた。

 あんなに真っ白な蛇なのに人間になれば真っ黒になるのはなんだか繋がらない、とシトロンの意識は逸れていった。黒い服はやはりどこの国のものかわからない。時代も国も見当がつかない。今まで会ったドラゴンの人間体だってそんなに多くは無いが、こんなに何もわからないのは初めてだった。


 それにしてもドラゴンだったとは。根本的な恐怖を感じるはずである。それに彼は前に奈の国について学んでいる時に凄まじいプレッシャーでもって攻撃をしかけてきた相手である。そりゃ怖いし勝てねぇわ、とシトロンは納得した。

「この子たちは脅威じゃないってわかってもらえましたか?」

「ん……まぁ。お前も姉さんに挨拶したいって言ってたし、俺もちょっとは変わらないとな」


 男がごく普通に返した言葉に、シトロンの意識は再びこの場に連れ戻された。

「……今聞き捨てならないセリフが出てきたような?」

「賢者様が気合入れてご挨拶行くぞー!って言ってたの、一人しかいないというかそれならばなんというかえぇとなんて言えばいいのか」

「姉さんから何も聞いていないんだな」

 男はじっと慌てふためく三人を見た。そして納得する。


「あいつ何も話してないな」

 確信をもって男は呟いた。

「あの、もしやわたくしたちの心を」

「心なんて知らん。お前ら及びあたりをつけた該当の期間の記録を参照し、特定のキーワードで検索しただけだ。血の契約をかわした日から今日にいたるまでの記録なら一瞬で見れるし」


 シトロンの緊張は更に増した。この男は本当にガラクテアみたいな物言いをする。

 違う、これは本当にあいつと同じ視座からオレたちを見ている生き物だと確信を得た。

 こいつは、このドラゴンは。

「人はそれを心を読むと感じるのですよ。この方は、えーと」

「伴侶だ」


 男は立ったままの賢者を後ろから抱きしめて幸せそうにしているが、賢者の顔は見たことないくらいひきつっている。やたらと長い手足が拘束具のように賢者をからめとっていた。

「えーと……姉さんってガラちゃんのことであってる?」

 セレマリオンのためにも伴侶の部分は一旦無視して話を戻した。


「ドラゴンに血縁やそれに類似した関係性を持たせる意味はない。だから姉弟竜はそうそういないが……オレたちが創ったわけでもなくそうなった、というものなら存在する。オレとガラクテアがそうだな、光と闇、銀河と太陽。他の創世竜と違ってオレたちは対だし、人間がわかりやすい言葉でいうと双子なんだろうなぁ」

 三人は石化した。そんな魔法をかけられた気がした。

 賢者はあぁ……と遠い目をしてため息をもらした。そして混乱したままの三人の目を見ながら苦笑いをした。


「このお方、創世竜であらせられる闇の竜ソラール様です」


 三人の石がぶっ壊れた。それくらいの衝撃で頭を殴られた気分だった。


次は明日の20時以降に更新予定

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