↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
55/140

パンとドラゴン・前


 ポカポカと暖かい陽気の昼前の黄昏館に、セレマリオンがやってきた。

 だが調査隊の生徒たちは呆れたようなレウカとビカラを除き全員中庭に倒れこんでいたために、踵を返すことにした。

「やぁみんな、今日はパイナップルを持ってきたよ!じゃあ帰るね」

「待った待った待った。実はオレら今日暇なんだ、なにかおしゃべりして」

 転がったままのシトロンがごろごろと賢者に近づく。それを見ていたエトロたちは「ばあやに殺されるぞ」「誰が洗うと思ってるんだ」と小言を飛ばすが主君は聞く耳を持たない。


「そうか、イース君たちが話し合っている間に調査に行っちゃ駄目って館から出れないんだね」

「説明セリフ感謝いたします。庭での朝のお稽古も終わって休憩しているところです」

「そう……休憩かぁ」

 アナト以外は満身創痍だった。シトロンは疲れでハイになっていて地面に転がりながら目をキラキラさせている。

 ハニーベルは「お見苦しいところを……」と悔しそうに地べたから椅子に移動し、コウジロウはそのままあぐらをかいて苦笑いしていた。グロッグは血を吐いて倒れている。これは稽古の内容など関係ないだろう。


「みなさま武器の取り扱いばかりで基礎体力を重視していなかったようなのです。そうだ賢者様、王宮で戦闘訓練の面倒を見てくださる方はいらっしゃらないかしら」

「うーん、下手に聞いたらマニウス君とかが善かれと思って来そう」

 気前の良い将軍ならしがらみの一切を気にせず真っ先に名乗り出そうだった。それを想像できたハニーベルは慌てて手を振った。

「それは本当にやめて~~~~!!!」

「私の方からも彼が来るのはちょっと」

 王宮にいるのと変わらないわ、とレウカはこぼした。


「だから良い感じの人を見つけてから打診の方がいいかな。ちなみにそういう人脈は私には無いから自分たちでコーチに適した人を探してね」

「ご助言感謝いたします。賢者様に頼りっぱなしではいけないと話したというのに、わたくしったら」

 以前自分がメンバーに言ったことを思い出し、額をおさえる。

「頼られるのは嫌いじゃないよ。根が先生だからね。それにしても面白い話か……」

 セレマリオンはもう元気になったのか、ごく普通に起き上がったグロッグを見た。


「あります!」

 賢者が人差し指をちょいちょいと回すと、キラリと光りなんらかの魔法が発動した。

「ちょっと待っててね、すぐ来てくれると思う」

「ドラゴンを呼ぶ魔法ですね。通信魔法は難しいから私は契約したドラゴン相手でも成功率は低いのよ。ミトロンは彼女側の察知能力が高いから成功率が高いんだけど」

「ドラゴン側の能力が関係あるんですか。ワンコローはどうです?わたしの声とか聞こえますかぁ?」

 ワンコローはビカラの足元で転がるだけで答えはしない。


 そうこう話していると、「とうっ!!!!」と聞き覚えのある子供の声が真上から聞こえてきた。

 中庭の中心に降り立ったのは、ヒューエトスだった。彼は異国の服をなびかせてドヤっとした顔でみんなに手を振った。

「よっ!俺様参上!」

「呼んでないヒューイ殿が真っ先に来た」

「呼んでないの!?」


「すげぇナチュラルに来たけど!?」

 みんなからのツッコミにもヒューエトスは気にしていない。注目されたのが嬉しいと言わんばかりに手を挙げて歓声に応えているようなポーズをとる。

「この子も、ごほ、ドラゴン?あぁ……国では見ないようなのばっかりだ……げほげほ」

「まぁワジェンデイクにいるようなドラゴンはギラギラしたやつが多いからね」

「俺様が来てやったからには百人力だぜ!!!」


「じゃあ私はペーポが来たらすぐ帰りますから、みなさんのガイドをお願いできますか?」

「大船を見送る気持ちでいな!」

「不安になってきた」

 セレマリオンは発言を撤回したそうにしていると、三十センチ程度の黄土色を基調としたドラゴンが飛んできた。子供に人気そうなスタンダードな三頭身ドラゴンで、大きな頭と小さな羽ともちもちした短い手足が可愛らしい印象を与える。


「この子がペーポ。パンを司るドラゴンです」

「パンを司るドラゴン!?」

 ペーポは少し恥ずかしそうにもじもじとしていた。

「聞けばグロッグ君、ライ麦パンが恋しいらしいじゃないか」

「な、何故それを」

「オレっす。ゲロりました」とコウジロウが挙手する。

「その後はオレがめっちゃ喋った」とシトロンが偉そうに言う。


「そんなぁーけほっ」

「あぁ、東のパンは軟弱だとか言ってたんだっけ」

「そこまでは言ってねーっすよ!?」

「そこまでは思ってないよ!!!ごっふっっっ!!!!」

 ハニーベルの適当な記憶に男子二人は元気にツッコミ片方は元気に血を吐いた。


「大まかに分けると東大陸は小麦を使ったふかふかの白いパン、西側世界はライ麦を使ったしっかりとした黒いパンが主流だね。詳しく言うとライ麦パンと黒パンは必ずしも同一というわけじゃないらしいけど置いといて。私はどちらも好きなんだけど、それは私にとっての主食がパンじゃないから。旅人の立場だと好き嫌いで語れるから楽なんだ」

「あ、ちょっとわかるかも。米じゃないからパンはどうあがいても二位だし」

 コウジロウは米ほどのこだわりも情熱もパンへ向けてはいない。だから賢者の言ったことも、みんながパンにこだわりがあることもなるほどな、と納得できた。


「そしてカレンシアのパンの歴史などなどを教えてくれるのがこのペーポだ。じゃあ私は帰るからよろしくね」

「任せろ!ガイドしてみせるぜ!」

「待ってください……いきなりそんな……」

「ペーポ?」

 小さなドラゴンはふるふると震えてセレマリオンの後ろに隠れてしまった。


「パンを作るだけだと思ったのに……先生役なんて無理ですよ……白パンしか司ってないのに」

「範囲狭いな」

「こういう気候や地形じゃなく人間の生活や文化を司るドラゴンって逐次増やしたから、かなり細分化しているみたいだね」

「そういう無計画なことするからリソースが足りなくなるのでは?」

 ハニーベルのマジレスに賢者は苦笑いをするしかない。


「私に言われても……ペーポ、じゃあ、パンを作って。それだけでいいよ」

「いいんですか?やったー!」

 ペーポが中庭の端にある机までぴゅいっと飛んで移動した。何も無い場所からお皿を取り出して机に置き、みんなに手招きをした。シトロンたちが近づくと、ペーポはその場でくるりと回転する。

 すると白パンが人数分皿の上にぽぽぽぽんと出てきたのだった。

「へいお待ち!!!!」


「……ドラゴン舐めてた」

 あの短い手で生地を捏ねると大きな頭やマズルが邪魔しそうで大変だな、とシトロンは思っていたが、ドラゴンにそんな物理的なことを心配するとはオレもまだまだだと考えなおしていた。

 真っ先に「ではいただきます」と手を伸ばしたのはレウカとアナトだった。続いてヒューエトスが三つくらい一気に掴み、ペーポに威嚇されている。

 ハニーベルは”これ食べていいやつ?”と顔に書いてあった。確かに無から生まれたパンだ、シトロンも同じように身構えている。だが二人は気にせずぱくりと口に含んだ。


「美味しいですわね、小麦本来の優しい味がします」

「スープとよく合うわね」

 二人が褒めるとペーポは嬉しそうに頬に手を当てて、弧を描くように中庭を飛んだ。

「でしょでしょ?カレンシアには肥沃な大地があり美味しい小麦が沢山採れました。だから古くからパン文化が根付いたんですね」

 ぺらぺらと話し出したペーポを見て、賢者はみんなに手を振りこっそり帰った。


「昔はカレンシアでもライ麦も栽培していたし、パーポという黒パンを司るドラゴンがいたんです」

「そうなの?」

 全員もぐもぐとパンを食べながらペーポの話を聞く。

「あるカレンシアの王子様が北の遊牧民たちに教えてもらった羊肉と豆のスープを大層気に入ったんです。そしてスープとあうのは白パンなので、王宮のパン職人に白パンばかりをオーダーするようになりました。王族の流行りは民にもうつるものでしょう?王都中で異国のスープと白いパンを合わせるのが大流行りしたんですよ!」


「王様の好きなものが流行るのはわかる。だから父上はあんまりそういうの言わないようにしているって聞いたな」

「あら、素敵なお父様ですわね」

「母上はめっちゃ話す。好きなものが国に満ち溢れてほしいから」

「プラマイゼロっすね」


「丁度その頃、蝗害を司るドラゴンが東大陸で猛威を振るい、畑の位置の関係でライ麦畑ばかりが被害にあってしまったのです。そのせいでライ麦農家は畑を捨てて転向を余儀なくされ、黒パンを作る職人や文化が一気に消えてしまったのです。パーポは、もうカレンシアでは誰の助けにもなれないと言い、国を出て行ってしまったんです……」

 昨日話したばかりのドラゴンと移動する自由をシトロンは思い出していた。これもガラクテアが宇宙に追放されなければ、黒パンが作られなくなったカレンシアに、今でもパーポはいたのだろうか。

 ライ麦も無い、黒パン職人はいない、食卓でも店でも黒パンは選ばれない……そんな国に居続けなければいけないのは、辛いかもしれない。人間の感性ではあるがシトロンはそう思ってしまった。


「自分の国のことなのに知らなかったわ。昔はライ麦を広く栽培していたこともライ麦パンも食べていたことも、パーポと言うドラゴンが民のことを見守ってくれていたことも……」

「姫様にそう言っていただけてパーポも喜んでいると思います。それで、その」

「美味しいよ」

 にこにことパンを食べるグロッグを見て、ペーポは首を傾げた。

「あ、味じゃあ……ない……!?」

「え?こほこほ、いや美味しいけど……」


「黒パンを作ります!!!」

 ペーポは勝手に一人で追い詰められたようで、目をぐるぐるとさせて慌て出した。

「えぇ……?あの、そもそも、げほ、そこまで不満があるわけじゃあ」

「わかってるわかってる」

 グロッグは戸惑っていた。みんなも本気で彼がパンにケチをつけていると思っているわけではないし、誰も彼も善意でどうせなら美味しくて好きなものを食べさせたいだけなのだとわかっている。だが彼からすると本気で文句をつけたのだと思われているのではないかと不安になるのも理解できた。


「ライ麦買ってきます!材料があればペーポも白パン以外だって作れますから!!!」

「あるぜ」

 ずっとパンを貪り食っていただけのヒューエトスがどこからともなく包を出した。

「あるんですか!?」

 

「そういうだろうと思って買ってきた。俺様は気が利くドラゴンだからな!!!!」

「いや今のはマジで気が利いてる……」

「未来予知の類じゃないの」

「未来予知の類よ?ヒューイはちょっとそういうのがわかるの。ミトロンが誰かの呼び声が聞こえやすいのと同じ、司っている権能とは違う、そのドラゴン固有の得意分野ね」

 あまりにさらりと言われてしまいみんなの理解が追い付かないでいた。


「ペーポはそういうの無いんです。あの、パーポは多分、コミュニケーションとか会話が得意だと思うんですけど、ペーポは全然……白パンしか作れないです」

「けほ、一つのことができたなら、それって素晴らしいと思うけど」

「そうですか?」

 尋常じゃないスピードで発酵まで進んでいる生地を一旦置いて、白パンを貪る輪の中にペーポが戻ってきた。権能による力も作用しているのだろう、大した設備もヒューエトスが買ってきたライ麦粉しかないのにあっという間に形になっている。


「いや、友達に言ってもらえたんだ、ごほっ……。俺も暴力くらいしかできないから……」

「暴力に自信ニキ……」

「胸を張って言うことですかぁ?」

「素敵なお友達だったのですね」

 レウカの言葉に、グロッグは少し寂しそうに目を伏せた。

「俺には勿体ないほどのいい奴なんだ、げほげほ……。口も上手くて頭も良いんだ。ごほっ、せめて土産話を沢山用意したいから、このパンを食べれたりパンにまつわる話をしてもらえて嬉しい」


 ペーポはまたもじもじと照れるように空を飛び、

「セーレがいない!!!!」

と今更気がついて叫んだのだった。


次は明日の20時以降に更新予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。