賢者による授業その三・システムと帝国
「名無しという存在は私も初めて知ったから、ドラゴンたちに聞き取り調査を行い今までの書籍や資料を一から洗いなおしたんだ。時間がかかっちゃってごめんね」
賢者は「参考文献をまとめたから興味があるなら」と言って冊子を配った。シトロンはとりあえずパラパラとめくって内容を確かめたが、膨大な書籍の情報が記載されているだけだったため閉じた。どこに何が書いてあるかは教えてやるから読むのもまとめるのも自分でしろということなのだろう。
「もしかして新しい発見とかある度にそういうこと」
「してるねぇ」
「研究者とはそういうものよ。だから研究塔では紙の一枚を捨てるにも慎重にならないといけないの。裏に一文で歴史観を変えるようなメモが走り書きとかされているもの」
「清掃係にもなれねぇ」
「いいや掃除してくれる人はいつでも大歓迎だよ。そうそう、リンカーネイションシステムはドラゴンにとっては酷いことのようだけど、人間からすると清掃活動として見れないこともない。大規模な管理システムの再利用の後は完全廃棄、そこまできちんと考えられているようなんだ。その完全廃棄で何らかの要因で逃れたのが君たちが見た名無しだね」
「名無しか……」
「ラミアが言ってた、ごほ、役割を果たせなくなった、と」
「どうやら何度も転生すると少しずつ原型が擦り減るようなんだ。わからないでもないけれど」
「なんだって誰だってそうでしょうよ。しかも、その、頭だけになったりするんだから……」
コウジロウは自分で言いながらまた暗い顔になった。
「気にするなぁ」
「気にするだろ!」
「そうして原型が損なわれると、もうそのドラゴンではないという判定が下る。頭一つでもスイミーである限り転生させられるが、五体満足でもスイミーでなくなれば名前も剥奪され能力も消失し溶かされる。この溶かす、というのは人間の知る一番近い概念だと思い私が仮にあてはめたものだ。
この世界では座席の数が決まっている。死ぬ直前まで着席させておき、名無しのドラゴンとなれば溶かすことで空席を作る。そうして新しいドラゴンを座らせるスペースが確保できるってね」
「……世界の空きが無い、余暇が無い、余白が無い、リソースが無い。自転車操業じゃないですか」
「少なくともウラノスの統治は新しいドラゴンが生まれるに至った。これからもそうだとドラゴンたちは信じている。その辺は多分世界との繋がりからの確信、確証があるから事実のようだ」
「名無しが解き放たれたのはシステム改装の不備なのか、何者かの意図的な行動なのか、それとも名無しすら自由にするべきだとウラノスや他のドラゴンたちが考えたのか……わからないわね」
「自由?」
ハニーベルの発したワードに、シトロンは首をかしげる。
「自由ではあるでしょう。死ぬまで使い潰された生物が死ぬ直前に何かを求めて走り回ることを愚かだとか迷惑だとか言いきれませんわ。思うことは否定できませんが……」
彼女の代わりに意見を述べたアナトは小さくため息をついた。
「まぁ迷惑かけられたら迷惑だと思うし言う権利はあるとも。でも今までのオレたちの全てが実は名も無き彼らの犠牲……いや、名前すら奪われた彼らの犠牲の下だったとしたら、何も知らずにのうのうと安寧を享受し、あまつさえ彼らの怒りを迷惑としか感じられないオレらは……最悪っすね」
「でも知らなかったんだし」
「知らなかったで済まないのが我々の立場です」
「知ったのであれば変えていかないといけない、王族ですから!」
ドヤ顔のビカラたちにすぐさま言い返されたシトロンは、うぐぐ、と面白くなさそうにする。
「意識高いなおい……そうは言ってもオレらに何ができるんだろう」
「まず知ることかしら。今のお話は賢者様がドラゴンたちにした聞き取りと文献からの推測です。ならばその真偽を確かめ理解度を高めていくことが必要です。調査隊の理念や活動内容とも乖離してないわ。いえ、むしろぴったりです」
レウカの話口はわかりやすくて助かるとシトロンは思った。とくに変わりがないのならそれでいいじゃないかと言いたいところだが、ここにいる連中は立場に見合った高潔な精神とやらを持っているせいで、中身や目的や思考が必要だと考えているためいちいち真面目に話してくるのが鬱陶しい。
「竜脈の調査でその土地の魔力総量やその流れがわかりました。ケブラフなんて結構枯れてたんですよぉ。リソースってのはまだわたしの中であやふやな感じですが、力というか源というかぁ、そういうものが足りてない場所が多いのかもしれない、というのはちょっとわかる感じです」
「いつかドラゴンたちが役割から解き放たれて自由を得ることもあるのかしら」
ポツリと呟いたレウカに、シトロンは思わず「え?」と聞き返した。
「イースだって好きなところに行っていいと思うの。あの人は建国以来一度もカレンシアから出たことがないから」
「そうなの?」
「えぇ、だからお土産が好きなの。私が色々な村や都市に顔を出すのはそこにいる人々をこの目で見たいというのもあるけれど、実はお土産目当てでもあるの。美味しいお茶とかお菓子とか、あとはよくわからないものもイースは結構好きなのよ。勿論良い品じゃないと文句を言われるんだけれど」
「フアノア織とかに詳しいのもそういうことだったんですか」
「フアノアは定期的に地域の名産品や特産品をカレンシアに送ってくれるでしょう?いつも助かっているんです」
「えへへ……いやわたしはそんなん知らんけど褒められて気分がいいです!!!」
調子に乗ってふにゃふにゃと笑うビカラに、三人は三者三様の対応を見せた。
「ガレッドルだってそんなことやっておりますわ!!!」
「人の功績に乗っかるんじゃないわよ」
「恥を知れ」
「こらこら三人とも、あんまりきついことを言うんじゃないよ」
「そうです、ビカラはしっかりしていますが、私たちより年下なんだから」
教育的指導と思いやりを垣間見せた二人に、さっきまで三人を鼻で笑い「や~~~~~い、いぇ~~~~~い」と言っていたビカラは突然うるうると瞳をにじませた。
「三人とも怖いです~☆お姉様と賢者様に優しくしてもらわないとこの心の傷は癒えません~~~!!!!」
「「「こいつ……!!!」」」
もう授業なんかできないな、とコウジロウは乾いた笑いを浮かべながら冊子の気になった本のところに線を引いていた。ところが隣の席のグロッグが、血を受け止めるため机の上に置いてある桶をじっと見て、腕を組み考え事をしているとわかったので「どうかした?」と聞いてみる。
「自由か……」
真面目な声でそう言ったグロッグに、コウジロウは目を見開いた。
「え、あんたこの空気の中シリアスを貫き通せるんすか!?」
思わず空気をぶち壊すツッコミをいれてしまっていた。
「俺は血を吐くこと以外はシリアスな男だから……ごふ」
「そういうこと言える男がシリアスなものかよ」
シトロンも馬鹿どもの相手をするのを止めて男二人の会話に参加する。
「いやぁ考えたんだ、げは、けど、ドラゴンがだんだんと人前から姿を消しているのって、ごほごほ、そういう……彼らが”自由”にした結果なのかもって」
あ、とシトロンは声をあげた。
「そういえば、ガラクテアの性格上”持ち場”から移動できるようには作らないな、効率が悪い。同じドラゴンを用意しないと賄えないんだから。あいつ一体一体事細かに設定決めてるって言ってたし……」
「じゃあそもそもの話、もうとっくに世界の在り方は変わり始めていて、人間はそれを考えてこなかった。ドラゴンと言う超常的存在に疑問を持つことなく彼らの恩恵だけを享受し続けていた……ってこと!?」
そうだね、と肯定しつつ賢者は「疑問を持った者たちはいたよ」と付け加えた。
「賢者様とか研究塔の」
「いやいや、それより前だよ」
「帝国、ですね。ドラゴンの役割からの解放と人間による世界秩序の確立。今のみんなの結論は手段は違えど帝国と差が無いように思える」
親カレンシアというわけでもないワジェンデイクのグロッグだからこそ言える発言だった。だが帝国への反感を持っているメンバーにとっては侮辱にも似た印象を与えた。
「違いますわ!わたくしたちはあれほど野蛮な人間では」
「人の質の話じゃあないわ。方向性の問題よ」
ハニーベルは納得してはいない表情ではあるが、冷静に言葉を選んだ。セレマリオンは慎重にみんなに話しかける。
「帝国はドラゴンを殺し、世界を人間の手に取り戻すと言っている。恐らく世界で一番ドラゴンをタブー視せずに一個の生命体として見て研究している集団だ。レコメダとは正反対だ、研究者たちが帝国に惹かれる理由もわかる。研究の中でこういったシステムの存在やドラゴンとの繋がりに行きつくだろうしね。
ソラ・グラムなんてドラゴンにも作用するようなものを作ってみせた帝国は、私たちが思うよりもこの世界とドラゴンのことを知っているのかもしれない」
シトロンは、ガラクテアが帝国を評価していたことを思い出した。カレンシアという国の脅威から目を逸らさず対策をしている国だという言葉を。そして自分が皇帝であるならば調査隊に人を送りこむということも。
確かに、そういうことならカレンシアでの調査が肝要だ。今ここは世界で一番帝国が調べるのに大変というか面倒だし征服しては意味がない。カレンシアがカレンシアのままじゃないと、彼らの知りたい転生しシステムや名無しなどの情報は得られないだろう。
珍しく真面目に考えていたシトロンは、セレマリオンの白いローブの中から白蛇が顔を出しているのを見つけた。賢者もすぐにそれに気がつき、白蛇が顔を出している袖をあげて目線を合わせた。
「どうしたのですか?」
白蛇は窓を見た。ポカポカとした陽気の中、見知らぬ黒い鳥が窓の外に飛んでくるところだった。
「足が三本あるように見えるわね」
「カラスっすね、あれ。いやドラゴンなんだろうけど」
のこのこと窓に近づく賢者に、グロッグは苦言を呈した。
「ごほごほ、あの、危険では?」
「危険なドラゴンだったら彼がここまで近づけていないからね」と言いながら賢者は白蛇を撫でた。
「グロッグは知らないだろうけど、あの白蛇結構怖いぜ」
「わたくしたちの肝も冷えましたもの」
こそこそと生徒たちはグロッグに話しかけた。また白蛇の機嫌を損ねて謎の攻撃を喰らうのは勘弁だった。だが、グロッグは首をかしげている。
「白蛇……?」
今度はシトロンたちが首をかしげる番だった。
「いや白蛇っしょ。オレにも見えるって」
「えぇ……?」
コウジロウの言葉にもグロッグは眉をしかめている。観察するように賢者をじっと見ている彼に、なんだか言いようのない不安を感じる。グロッグにではない、自分たちが今まで見えていたモノに、である。
「王子、お伝え忘れていましたがみんな彼のことが白蛇に見えているようです」
「そ、そうなんだ……こふっ……」
ショックのせいがいつもより多めに血が出た。桶の中にぼとぼととリアルな音が聞こえる。
「お前らは何に見えてんだよ」
「見えない。ごふ、細長い靄だから。闇をまとっているような感じ、がは……」
「無理すんなし」
納得したシトロンが背中をさすっていると、セレマリオンの珍しいクソデカボイスが響いてきた。
「えぇ!?ほ、本当ですか!?!?!?!?」
生徒たちの驚いた目線など気にせず、賢者はあたふたとしている。その手にはいつのまにか手紙を持っており、ドラゴンに渡されたのだろうと推測できた。
「な、なんで私に?!ちょっと!あ、えーと、お土産くらいは……手ぶらで帰しては、その」
動揺する賢者の目には、立派なパイナップルが写った。
「ごめんみんな、すぐ帰ってもう一つ持ってくるから、これあげてもいいかな!?」
「ど、どうぞ」
そもそも、実はシトロンはパイナップルを食べる気がなかった。何だが研究塔のあいつが脳裏に浮かんで仕方ないと言うか、いきなり手足が生えてビンタの一つでもしてきそうだからだった。
「ではこれ、そちらではあまり食べる機会も少ないでしょうが、味は保証しますよ」
ドラゴンは渡されたパイナップルを器用に足で掴み飛び立つと、即座に泡となって消えた。
賢者は手紙を手に大きなため息をついた。
「どうしたの?」
「……イース君たちに話さなきゃいけないことなんだけど、これなんか決定事項っぽいっていうかもう断れないんだろうな。君たちに独断で話します、というか手紙によろしくって書いてあるし」
黒板の前に戻り、賢者は口を開く。
「ブレアルネイソルの話は今まであまりしてこなかったね。世界三大国家の一角で、帝国とカレンシアとは違い、とくにどことも戦争していない謎多き国だ。帝国の同盟国であり帝国の蛮行に一切の非難をしていないが、一切の支援もしていない。先の大蜜柑戦争でも圧倒的不利なカレンシアに対して攻撃を仕掛けてこず、戦後には復興支援をしてくれた。帝国とは同盟国というより不可侵条約を結んだ関係ともいわれている。
……そのブレアルネイソルのお姫様が、調査隊に参加したい、だって」
考えがまとまらない。シトロンからすれば影の薄い、そういえばあったなそんな国、くらいのテンションではあるがしっかりと勉強して日々様々なことを考えている他の王族たちはそんなぼんくら馬鹿柑橘類とは違う。全員がどの立場から何をいつ発言するべきかを咄嗟に考え、言葉に詰まっている。
「というかする、だって。明日出発するんだってさ!」
「……え?」
それも今砕かれた。逡巡する時間は無い。
「今日はここまで!!!私は急いでこれをユヴォークたちに持っていくから!じゃあね!!!」
室内にはぽかん、としたままの生徒たちが残されていた。
「遠いからすぐには、来れない、と、……ごふっ、思うんだけどね」
地図的には同じ西側世界に所属するグロッグのフォローに、ひとまずみんなは息をついた。
シトロンだけはまた、勉強することが増えた、と思ったのだった。
次は明日の20時以降に更新予定




