賢者による授業その三・リンカーネイション
「やぁこんにちわ。今日もみんな元気そうでなにより。健康は何よりも大切だからね」
セレマリオンはいつもの調子で黄昏館の会議室改め教室へとやってきた。初参加のコウジロウとグロッグもこんにちわーと元気に挨拶を返す。
「今日の授業はドラゴンの状態について話そう。イース君から頼まれたんだ」
レウカはイストリアの部屋での会話を思い返し、心の中で感謝を述べた。
「まず君たちのであった二体のドラゴンについてわかったことを教えるね。シトロン君、ハニーベル君、コウジロウ君が倒した銀色の彼だ。彼の名前はスイミー。ちょうど名前を知っているドラゴンがいて助かったよ」
賢者はそう言いながら机の上にパイナップルを置いた。
「よりによってこいつか!!!!!」
シトロンは思わず叫んだ。研究塔へよく出入りしていたレウカ以外のみんなは困惑している。
「なんすかあれ」
「パイナップルっていう果物ですよ~わたしの島でもよく採れます」
「あれ食えるの!?マジかぁ」
「あれは硬い皮ですわ。中身は柔らかくて美味しいですわよ」
「その通り、これはただのパイナップル。彼女は監査員の仕事があるからここにはこれない。自分の代わりにってさ。後で調理場に持っていってね」
差し入れに喜ぶみんなを横目に、シトロンは吠えるしかない。
「本物なのかよ……!!!」
「どうしたのかしらこいつ」
「だってだって!」
駄々っ子のように喚くシトロンを気にせず、賢者は授業を始めた。
「スイミーは群れを司るドラゴンだ。主に小魚が形成する群れの方で、地上の哺乳類たちのものではない。性質は君たちが見た物が全てで特筆するものはないのだけれど……。三人とも報告書で手足のことを気にしていたようだから、そちらを話そう」
「手足?」
ビカラは首をかしげた。
「ビカラは読んでないのか」
シトロンの問いに、彼女はぐぬぬ、と悔しそうな顔をして、唇を尖らせた。
「……だって……報告書は……」
「まだ難しい言葉や言い回しが多いからね。まだまだ読まなくていいよ」
セレマリオンのフォローで、そういえばこいつそもそも言葉が違うんだった、とシトロンは思い出した。みんなあまりにも会話だけは流暢にできるので、いつも全然違う文化の人間同士で前提知識から違うことを忘れてしまうのだ。
「ていうかみなさん読んでるんですか?うわぁ最悪……こそ勉なんて……わたしより陰キャみたいなことするんですねコウジロウさん……」
「個人攻撃はやめてくれよ……」
「オレは書いただけで読んでないぜ!」
自信満々なシトロンを、ビカラは鼻で笑う。
「シトロンさんはどうでもいいです。わかってますから」
「そもそもあまり子供にこういう話をするのはどうかと思うんだよね。ドラゴンの手足が切断されているように見えた、という話なんだけど」
賢者は何とも言えない顔をするビカラを確認してから、
「ワンコロー殿」
と名前を呼んだ。
ビカラの机の上に飛び乗ったワンコローがわん!と鳴いた瞬間、ビカラはワンコローに突っ伏すように倒れ、すうすうと眠る。
「ごほ、その犬みたいなドラゴン、結構強いですね」
グロッグの目が据わる。体調が優れないだけなのか、倒す時のことを考えているのかとハニーベルは少し警戒した。
「結論から言うと手足は切断されていたようだ。彼女曰く、前世で腕を斬られていたとのこと。足とかは出会ったときから無かったってさ」
「……え?」とみんなの声が重なった。
「生まれ変わり、輪廻転生、リンカーネイションというシステムについて説明しよう。ドラゴンはみんな死んでも生まれ変わる。この世界の在り方と深く結びついているがため、逆にドラゴンがいないと世界が回らなくなってしまっているんだ。
風のドラゴンがいないと風が吹かなかったり風が吹き続けていたり風が地面から吹き出していたり。だから可及的速やかに全く同じドラゴンを用意しなければならない。別の風のドラゴンじゃ効果範囲や強弱や対応する地形の違いなどがある……ということでドラゴンはそのまんま生まれ変われるんだ。
”そのまんま”ね」
不自然に強調する言い方に、レウカは嫌な考えが頭に浮かんでしまう。
「……待ってください、では病気や怪我をしていたら」
「うん。病気のまま、怪我したまま転生するよ」
全員が言葉を無くした。死の直前にあるものと言えば怪我や病気なのだろう。だというのに、それで死んで生まれ変わってもまだそれが続いていたとしたら、生まれつきのものになってしまったというのならば。
すぐに死ぬのではないだろうか。シトロンは、じゃあ意味ないじゃん、とも思った。
「あの……オレ首斬ったんすけど……」
「うん、次にスイミーが生まれ変わったら頭だけのドラゴンになるね」
コウジロウの顔から血の気が引いて真っ青になった。唇が震える。確かに殺すつもりで刀を抜いた、説得できないとわかっていた、それでも死んだ後にまで、未来永劫苦しめることなど考えてなかったし、そんな覚悟はしていなかったのである。
「君は悪くないよ。彼は決意を持って人間に仇なした。無関係な他者を傷つけても得たいものがあるというなら、完膚なきまでに奪われる覚悟を先に決めるべきだった」
「そうだ、あいつは自分の行いを間違いだと認めていた。自分の行動の結果くらい受け入れる覚悟はあると思うぞ」
スイミーと至近距離で会話し、わかりあえなかったシトロンは誰より真っすぐに彼のことを語れる。コウジロウは少しだけ肩の力を抜き、力なく返事した。
「はい……」
「眠る?」
賢者の問いかけに視線を感じ、コウジロウは今なおぐっすり寝ているビカラの席を見てしまった。机の上のワンコローがコウジロウをじっと見ていたのだ。
「いえ!最後まで拝聴したいと思います!!!」
ワンコローはしょぼんとした様子を見せた。
「全ての存在には原型という概念が存在する。その人がその人である証、形、そういうものを、ロジカルに定めてシステムに組み込んでみせたのが創世竜なんだ。だからその原型さえ保たれていたらそれはそれであり続けられる。
頭だけになっても群れを司る力があるのならスイミーだ。スイミーのままなら手を加える必要はない。逆に手を加えたらスイミーじゃなくなってしまうかもしれないからね。恐らくそんな感じかな」
ケブラフで戦った、あるいは遠くから見ていたあのムドラを引き連れ街を蹂躙したドラゴンをみんなが思い出していた。
「新しい命を作るのは大変だ。人間も動物も超常生物もそこに違いはない。だがドラゴンたちの場合は素材不足が多い……と私は考えている」
「不確定?」
セレマリオンは眼鏡の奥で困ったように目を伏せた。
「不確定だ。でもリソースが足りないのは確か。だから新しく創るより、死んだドラゴンをそのまま使いまわすほうが効率がいい。
イース君はね、リソース不足に陥り新たなドラゴンが産まれなくなって随分経った頃にようやく生まれた一人なんだそうだ。彼自身その重大さがわからない、私たち人間もね。でもドラゴンたち全員が彼に甘いのは……端的に言えば彼は希望だからさ。
これからの世界はまた新しい命が生まれるって希望そのものだ。自分達の命を使いまわされたりしなくなるかもしれない、とね」
レウカはようやくドラゴンたちがみんなイストリアを子供どころか赤子のような扱いをする理由の一端を垣間見れた気がした。
「わかりやすくいえば……80歳越えの限界集落に生まれた五歳児」
「めっちゃ可愛がられそう……」
「最早王様だよ」
「すくすく育ってほしい」
「イースったら、そんな重大そうなことに無頓着なの?」
「生まれてすぐに人間と接触しているから、感性が人間寄り過ぎるんだ。一度も死んでないからドラゴンのリンカーネイションシステムもピンと来ていないし。そんな子供に懇切説明するドラゴンもいなかった。そこは個々人の理由だよね」
「知らないでいてほしい、偏見にまみれてほしくない、教える気も起きない、まだ早い、なるほど」
子供への対応ね、とハニーベルは納得した。
「ガラクテア様がやたらとドラゴンたちに嫌われているのは、そういった事情なのでしょうか。リソースの削減のために補修もしないで使いまわされるというのであれば、その命たちの憎悪と復讐には正当性があると感じてしまいますわ」
「でもシステムとか創ったのは五柱、他のドラゴンもなんだろ?あいつ一人に」
背負わせるのはどうよ、と言おうとしたシトロンに賢者は首をふる。
「いいや、ドラゴンのリンカーネイションシステムは彼女一人が構築した。他の創世竜に相談もしなかったそうだから、この件に関しては独断専行と言えるね。ただ世界とドラゴンが結びつきすぎている、という点は五柱全てに責任があるんじゃないかな。星の竜ウラノスはそれを変えようとしているようだけど」
「またウラノスか。そいつの名前ばっかり出てくる」
「ガラクテア様追放の主犯格だしね。ただ、全てのドラゴンは彼と彼の行動を支持している。現にイース君が生まれたよ、トップが彼になってから」
「……実績なんだ、あいつ」
「あまりそういう見方をしたくはないのだけれど、無視するわけにもいけないのね。イースにも関係のあることだもの」
「他の三柱は……あ、もういないんすよね」
「死んではいないよ」
セレマリオンの代わりにグロッグが答えた。彼の中の静かな炎が見えた気がして理由は問えない。
「グロッグ君の言う通りだ。創世竜までリンカーネイションさせるのはリソースの無駄遣いだね。多少壊れたまま運用させるのが一番効率がいい。現に、そうして使い潰されている創世竜もいた」
「過去形なの……?」
「トップが変わったからね」
「そうか、それならちょっと安心っす」
どこかホッとしたような子供達の中、シトロンとレウカは何とも言えない顔だった。
「二人はそのままガラクテア様の味方をしてあげていいんだよ。私はどうも様々なドラゴンと出会い過ぎた。ガラクテア様にお会いしたら私のものではない憤りをぶつけてしまいそうだから、失礼だとわかっていながら未だにご挨拶もできていないんだ。でも二人はガラクテア様と先に出会ったし、彼女のことが大好きだから面白くはないだろう。そのままちゃんと君たちは君たちの気持ちのままでいていいんだ」
セレマリオンに肯定され二人は少しだけ安心した。
「わたくし的には賢者様のスタンスもいいと思いますわ。つまりそれは義憤でしょう?第三者の介入の全てを否定することはよくないことだと思いますわ。自分では戦えない者、怒ることができない者、もう声もあげることもできない者の代わりに立ち上がる。それを軽んじるなら弁護士も騎士も必要なくなりますわ。
義によって憤る、素晴らしいことではありませんか。あなたのような優しいお方が自分たちのために怒ってくれる、それだって人は”希望”と呼んで然るべきものです」
アナトの凛とした声が発する圧倒的な強者側の言葉に全員が聞きほれた。彼女の過去やそこからくる人生哲学は未だレウカしか知らない。レウカは彼女が愛の人のままであることを嬉しく思った。
「強いなお前は……」
「お~っほっほっほ!!!当然ですわ!!!」
「いやはや、生徒に教えられてしまった。……そうだね、片方の意見ばかり聞くのはいい加減不公平だと思っていたんだ。頃合いを見てご挨拶に行こうと思うよ。その時にやはり伝えるべきだと思うことがあったのなら、言うべきだね」
ふふ、と笑ったセレマリオンは、黒板に今日のまとめを書いた。勝手に動くチョークにコウジロウもグロッグも驚きを隠せなかった。
チョークの音に目を覚ましたビカラは、慌ててノートにそのまとめを書き始める。
シトロンはようやくいつもしないまとめを書きだした理由がわかり、ビオトープで沢山のドラゴンに囲まれていた賢者のことを思い出した。
あぁやって毎日毎日一人一人に合わせたドラゴンの世話をして、オレたちの特別授業やその準備をして、自身の研究をして、様々な会議に出席して。ガラクテアの言っていた『人間として生きることを許されない』という言葉が実に似合う。
シトロンがぼんやりと考え事をしながらセレマリオンを見ていると、白蛇と目が合った。
その温度の感じられない瞳の中の空虚に引きずられるような気がして、思わず目を逸らしてしまった。
「次はラミア様曰く名無しと言った骨のドラゴンの話をするね」
次は明日の20時以降に更新予定




