いざゆかん研究塔・後
黙ってしまったガラクテアをとくに気にもせず、シトロンは自分の気になる話題に切り替える。
「なんでアルジェンは無事だったんだ?」
「私もあのままだと死んでいましたよ。魔力量と血の契約のおかげですね。スキピオ家は代々竜と契約している家系です。ラミアの話は聞きましたか?」
「うん、見たかったなー」
「彼女はスキピオ家の始祖と契約を交わし、それ以来家督を継ぐ者と共に在るのです。そして始祖の血を引く子供たちは、みな……いえ大抵が生まれつきドラゴンとの契約ができます。
兄上はラミアと、妹のアエミリアはルホルバンと契約を交わしています。王家のように一人で何体とも、はできませんがね」
「アルジェンはどんなドラゴンと契約を?」
「契約はしていますが、彼を契約竜と紹介するには憚られます。いつかレウカ姫というかカレンシアに譲渡しようと考えておりますし」
「やめとけやめとけ!そいつは執念深いぞ、誰かと契約するなんて奇跡……いやバグじゃ。どうしようもないくらいに壊れておる。一度拾い上げた者を手放すでないぞ」
「壊れている?」
アルジェンは怪訝な顔になった。
「妾は全てのドラゴンに詳細な設定を入力し生成しとるんじゃ。あれは人と契約など交わせないように創ったが、情報記録媒体が壊れたんじゃろ。それで奇跡的にお前と契約しているんじゃ」
「そう、ですか……」
放流するなと言うガラクテアに、アルジェンはなんとも言えない表情で考えこむ。
一方シトロンは研究塔に来てからの情報量の多さに混乱しかけていた。
「頭こんがらがってきた」
「トロイは危険なので研究を進めています、でいいですよ。お見舞いありがとうございました」
「いやいや簡潔にまとめてくれてありがとな」
「シトロン様の怪我も大事なくて何よりです。ガラクテア様、お帰りになってもいいですよ」
「そっか。帰ろうぜガラクテア」
シトロンがガラクテアに手を伸ばすと、ガラクテアはぽかんとしてその手を見た。
「おぉそうか、よく人間たちがする行動か」
彼女の記憶や知識の中から合致する情報を得たのか、納得して石を持ち上げようとする。確かに銀河の女王の手を引いて帰宅しようとする奴などいないだろう、とシトロンはなんだか面白くなってしまった。だが石を持ち上げられず肩をすくめるガラクテアを見て空想から戻ってくる。
「いやマジで動けん。妾マジで貧弱」
ガラクテアは虚無の顔で石をぺしぺしと叩いた。
「では私が魔法で」
アルジェンが指を上に動かしただけで、重たい石がふわりと浮かび上がった。ガラクテアの横にずしんと石が置かれ、彼女はやっと自由になれた。ガラクテアは大きく伸びをしてからすぐさまふわっと浮かび上がる。
「重しが無いとすぐ飛んでしまわれるのですね」
「重力と喧嘩してんだってさ」
耳にタコができるくらいにされた言い回してあった。そういえばここまで彼女が地面に降りていたのは始めたみたな、とシトロンは思った。もう少し見ておけばよかった。
だがアルジェンの方は初めて聞いたその文言に興味を惹かれたらしく「へぇ!」と喜んだ。
「それってもしや重力を司るドラゴンとの話ですか?」
「黙れ」
なるほど確かにそうなのかも、シトロンはそういうつもりだったが言葉になることはなかった。
氷のような視線に、切り裂くようなオーラをまとったガラクテアは、いつもの鳴き声を発しながら飛び回る愉快な女ではない。
不都合な発言を叩き潰す銀河の女王であった。
二人は驚きのあまり言葉を失ったままだった。恐怖、ではない。少なくともシトロンは恐怖はあまり感じなかった。ガラクテアをよく知っているからではなく、恐らく彼女側に黙らなかったら殺してやる、という感覚が無かったからだ。まだ強制でも脅迫でもない要請に過ぎないと感じ取れたからだろう。
「…………あー…………すまん、つい」
二人よりも早くガラクテアがいつもの調子を取り戻した。彼女は頭に手を当ててふらふらとした軌道を描いて天井まで浮かび上がり、背中がぶつかると降りてきた。
まるで一人だけ重力が無い世界にいるみたいだった。
「貴様今俺のアルジェンに向かって黙れと言ったか?」
「のじゃぁぁぁぁ!?!?!?!?」
階段から聞き覚えのある威圧的な声がして、シトロンは振り返った。ガラクテアはのじゃのじゃと喚きながらまた天井に張り付く。
「焼き土下座は嫌じゃ!焼き土下座は嫌じゃ!焼き土下座だけは嫌じゃ!」
「やらされたのか……」
「これはこれは兄上。いかがしました?」
アルジェンはさりげなくルザルグとガラクテアの間に入って、兄のコートの襟を正した。すごくナチュラルに篭絡しにいきやがったな、とシトロンは驚いた。
「ふん、どうせ本調子でもないのに休憩も取らずにいるだろうと思ってな」
「流石です。兄上の御心配通り今まで根を詰めておりました。しかし丁度休憩しようと思っていたところなのです。兄上が持ってきてくれたこれなど食べながら」
いやそれオレが持ってきたやつ、とシトロンは口に出したりしない。
「仕方のないやつだ、多少なら時間がある。付き合ってやろう」
いやアルジェンはお前を誘ってはいないが?とシトロンは言わないのだ。今のうちに、とガラクテアの手を引き、風船を運ぶように階段までこっそり移動する。ルザルグはティーパーティーの準備なのか机を片づけ始めた。そういうの自分でやる人なんだ。
「シトロン様、今報告書をまとめていますが、どうやら新しい竜脈の情報のようです。今度誰かが持っていきますから、では」
「じゃあ元気でな。将軍もどうぞご家族水入らずで」
「貴様に言われるまでもない。その自称銀河の女王の手綱はしっかり引いておけ!」
「はいは~い」
シトロンはそそくさと階段を下りて、大きなため息をついた。
「ほんと何事もなくて良かったな、いろんな意味で」
「うむ」
「……うん、家族の時間は奪われちゃいけないな」
もしアルジェンが死んでいたらきっとルザルグもアエミリアも仕事どころではないだろう。でも、大人だから仕事をするしかないのだ。もう二度と叩けない軽口や振り返してくれない手や、それが当たり前だった時間を思いながら黙々と生きていくしかない。
シトロンは、そういうものが失われなくてよかったと思ったのだ。
「お主は家族に会いたくならんのか?」
「なるけど、生きてるしな。手紙のやりとりはしてるし。今日は帰ったら書くつもり」
ラティーたちのことは”王都で良い人を見つけた奴もいる”くらいにぼかして書くが、兄上ならわかるかもしれないな、と彼に全幅の信頼を寄せるレウカは笑う。
「でもそういう疑問を持つようになったってことは、お前が会いたくなったのか?家族とか誰かに」
「完全無欠の妾が外部存在との接触で安寧を得ようとするわけなかろう」
「面倒な言い方だな……完全無欠でも後から外付けの何かがあって更にでっかくなってもいいだろうが」
「……そうきたか」
「完全無欠って、ただの今の状態に過ぎないだろ。進化も進歩もやろうと思えばできるんじゃね?伸びしろがあるから不完全というわけじゃあないと思うぞ」
「言葉遊びにすぎん」
そうは言ったものの、ガラクテアはこの問答は気に入ったのか、くるくると泳ぐようにシトロンの後を追って階段を下りていった。
「そういやセーレいないな」
「賢者のことか?あそこにおるぞ」
開け放たれた無人の部屋をガラクテアは指さした。すんませーん、と声をかけても返事する者はいない。ガラクテアはすいっと空中を泳いで窓へ近づき、外を指す。
塔の裏には庭のような敷地があり、そこにはわけのわからない生物がわらわらといた。
一応ドラゴンのようだが、小型のものばかりで一見動物好きのセレブのお庭のようでもあった。
庭は不思議な構造をしている。小さな川があり山がある砂があり木がある。テーマがわからず乱雑な印象を受けるが、適当というにはきっきりとそれぞれのエリアというものが存在している。
「ビオトープじゃ。様々なドラゴンが住める空間を用意してやっているのじゃな」
ガラクテアの説明で、確かに水場にいる魚のようなドラゴンと木にぶら下がっている猿のようなドラゴンがいることに気がついた。彼らはのびのびと泳ぎ、転がり、寝ている。
「そういえば近年のドラゴンたちは居場所を求めて大移動しているって聞いたな。全てのドラゴンが居たい場所や住むべき場所に居続けられるわけでもないし、どこかに行けるわけでもない。そういうここにはいれないしどこにも行けない者たちに住む場所を与えている、って感じか。カレンシアだからできることなんだろうな」
竹林の中からセレマリオンが出てきた。足には白黒のふわふわしたドラゴンがしがみついていて歩く度に気合を入れて足を動かしている。
賢者が来たことを察知したドラゴンたちは、わらわらと竹林へと向かい次々にお世話をしろと言わんばかりにまとわりつき甘えている。
「賢者様ってあれ人間?」
次々にドラゴンを抱っこしたり撫でたり食べ物のようなものをあげたり掃除をしたりしている賢者を見て、シトロンは尋ねてみた。二人はまだ四階相当のフロアにいて、賢者の方からはこちらが見えていないようだった。
「残念ながら、どこからどう見ても人間じゃ。ただの人間として生きることを許されないだけで」
う~む、と唸っていると、ガラクテアもまた悩んでいる素振りを見せる。
「レウカもそうなってしまうかもしれんの」
え、と思わず口に出したシトロンの呆けた顔を見て、ガラクテアは眉を下げて困った表情になる。
「あのビオトープにいるドラゴンたちは戦いに向いておらん。じゃがその気になれば人間など簡単にひねりつぶせる。あれらはカレンシアの土地を借りている状態で、契約まではしていないようじゃ。レウカならばこの場にいる全てのドラゴンと契約することもできる」
「……パイナップルもか」
「入口のやつか……うむ、あれは……なんじゃろうな、妾もよくわからん」
帰るか、とガラクテアは窓から離れて階段を進む。
「イースがおる限り大丈夫じゃとは思うが、悪い大人があの小さなドラゴンたち全員を戦力として戦地へ投下しようものなら、カレンシアの威信など一瞬で取り戻せるじゃろう。殺戮と蹂躙の果て、帝国以上の血と汚名にまみれてな」
塔の窓からは依然、美しいカレンシアの大地が見える。そこに息づく人やドラゴンや動物の姿はなかなか見えないが、それでも確かにどこにでも命は存在しているものだ。
「その危険性から目を逸らさずに、せっせと対策を進めている勤勉な国家が帝国じゃ」
「わりと評価しているんだな、帝国のこと」
「帝国はカレンシアを追い詰め過ぎないようにしている印象がある。なりふり構わずドラゴンでの特攻をされないようにしとるんじゃろうな。じゃから、調査隊に帝国の人間が加わるくらいのことは予想しておる」
「マジでいってる?」
シトロンはつい笑いながらツッコミをいれてしまう。人はありえない考えや概念を聞くとつい笑ってしまう生き物だ。だがドラゴンはそうでもない。反射的に自分の肉体や精神をかばう必要も無い。
「うむ。妾が帝国を動かすならそうする。死んでもいいが死ぬと影響のある人間を送り込むとするの」
ガラクテアは淡々と己の考えを口にした。そういえばこう言ってくれるのも珍しいのかも、とシトロンは思った。ならばきちんと向き合わなければ。
「もしかしたら今度帝国の和平派みたいな連中が来るってことか」
その回答がお気に召したようで、銀河の女王は目を細めた。
「そうじゃ!目の上のたんこぶでありながら、いなければ国際社会の信用を失い国民のはけ口もままならない。できれば二つほどデカい和平派がいてくれると嬉しいぞ」
「二つ?」
「一つは自然発生の、本物の和平派じゃ。そしてもう一つは妾が用意したお芝居用の和平派じゃ。妾が主に相手するのは後者、台本ありきのマイクパフォーマンスで本物どもも国民も操ってみせようぞ、わっはっは」
確かに、和平を重んじる派閥が二つもある、ということは存在を許している皇帝の寛大さと、二つ程度の反対派がいてもその影響力は計り知れないという強大さを演出することができる。シトロンにもそれはわかる。だが。
「できればこないでほしい」
「フラグか?」
「……違う!」
「何はともあれ、帰ろうぞ」
先ほどからやたらと帰宅を促してくる理由がシトロンにもやっとわかった。帰る場所があるとガラクテアはやっと自覚したのかもしれない。
ローマンデルジェイには連れていけなくても、カレンシアなら。
シトロンは望まれているような気がしたのでまたガラクテアの手をとる。ふよふよ浮かぶ風船のように、空に飛んで行ってしまわないように、ぎゅっと手を握ってやった。
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