いざゆかん研究塔・前
「オレもアルジェンの見舞い行ってやるか~」
ケブラフの戦いから四日、シトロンは見舞われるのに飽きていた。
出した答えは見舞いに行けば見舞われることは無い、だった。
シトロンは完全に怪我が治ったにもかかわらず、ついでに精密検査や予防注射もしましょう!と魔法医たちがはりきりベッドの上に居続けるはめになっていた。
黄昏館から研究塔への距離は近い。だが厳重な結界がいくつも存在しており、来館者用のゲートからではないと入れない。そして事前申請と当日の検査などの各種検問が面倒であった。
シトロンは国から連れてきた数名の私服の兵士とともにゲートを通りながら目的の研究塔へとぶらぶら歩いていた。
「あたしたちは入れないから外で待ってるかんね」
「粗相はしちゃあだめだぞ」
「お見舞いの品は持った?」
ついてきている兵士たちはみんなシトロンの幼馴染だ。両親は年が近い兵士たちにも外の世界を見せてあげたいと思い、使用人らも半数は十代後半の若者だった。事前にアポイントをとってくれたのも見舞い品を一緒に選んでくれたのも付添人用の待合所が完備されていると調べてくれたのも彼女たちである。
「シトロンが自分から誰かのお見舞いに行こうと思うだなんて」
「感激だ……」
「オレどんな冷血漢だと思われてんだろう。全員幼馴染なのに」
「ねぇシトロン、その、本当に街へ行ってもいいの?」
一人だけシトロンより一つ年下のラティーは、最近街で買ったというワンピースを着て髪もきちんとまとめていておしゃれにしていた。なんとハニーベルがヘアセットをしてくれたらしく、シトロンは何故か自慢された。
「お前が自分から研究塔での待ち時間行きたいところがあるとか言い出したからな」
「こう見えて我らの姫様は珍しい君のワガママを叶えてあげようとしているんだよ」
ラティーの兄のエトロは笑った。
「そうそう」
「……実はね、騎士見習いの殿方から観劇のお誘いをいただいたの」
頬を赤らめた妹の告白に、エトロの時間が止まった。
「兄ちゃんにも言わなかったのか」
「シトロンだって妹でしょ。お兄ちゃんにはそういうの言えないって」
「わからん。オレ兄上にはなんでも話しちゃう」
「そういえばそうだったね」
「えー!いいじゃんおめでとう!初デートで劇って流石王都の男だね、洒落てる!」
セドラは妹分の春にはしゃいでいるのを隠さずにけらけらと笑った。
「王都には劇場を持ってない劇団がいくつかあって、許可をとって路上でのなんとか劇をやったりしてるんだって。それで評判のいいやつを二人で見ないかって。槍使いの乙女が主人公だから君にぴったりだって言ってくれたの」
「え、マジでいい男っぽいな。兄貴のことはオレらに任せて行ってこいって」
「そうそう、シトロンのこともお兄ちゃんのことも俺らが面倒みとくし」
物静かな最年長のロッコはすでにエトロの腕をしっかりと掴んでいる。
「ありがとうみんな!じゃあ、その」
「いってらっしゃ~い」
ラティーは恥じらいながらも足早に、市街地への分かれ道でシトロンたちとわかれた。
「待て待てま」
やっとフリーズから戻ってきたエトロのことを引きずりながらみんなは先に進んだ。
「みんなもいい男いい女いい何かにであったら遠慮なくオレに言えよ。オレが一番偉いからシフトなんてちょちょいのちょいだから」
「ばあやにそれ言える?」
「今の無しな」
遠慮なく笑う幼馴染たちの居心地の良さに浸りながら、シトロンはラティーのことを考えていた。
みんなの妹分のあいつが、なんかまぁ、女の子になっちゃって。オレと一緒にはぐれた山羊を追って大人も行かないような断崖絶壁を進んだこともあるんだぞ?付き合うことになっても心配だけどやっぱり縁が無かったみたいになっても面白くないな。……と長々と色々な思考が頭を駆け巡る。
そして出した結論は。
「なんかこう……ダチの恋バナ、楽しいかもしれん」
へへ、と笑うシトロンの言葉に、幼馴染たちは驚愕の表情を浮かべた。
「シトロンが年頃みたいなこと言い出した」
「マジかよ」
「やっぱ人間洒落てる街にくると変わるんだな」
「変な言い方やめろや。主君の情緒が育ってるんだぞ。泣いて喜べ」
「ははは抜かしよる」
「こいつら~」
三人と戯れているうちに研究塔へ到着した。
研究塔は、白い石造りの高い建物だ。高さだけで言えば王宮より高い。昔は王宮と隣接している物見の塔だったようだが、百年以上前に”分譲”されて今の位置になったとレウカが説明していた。
地面ごと動かして研究者たちのための区画にされたらしい。何もかも規格外の話なので、シトロンは自分の頭を守るためにあまり真剣に聞かないことにしていた。
「じゃああたしらはここで待ってるから」
「ラティー……」
「こいつの面倒も任せて」
塔の麓にある平屋が待合所となっている。三人に手を振って塔前の最後のゲートに向かう。
「シトロン様ですね、伺っております。塔に入ってすぐ備え付けの台が見えますので、その前で少しお待ちください。係りの者が最終チェックをいたします」
「はーい」
重たい扉が開き、研究塔の内部に入ることに成功した。一階には様々な武器が陳列されていて、その中央に台が見えた。
そこには手足の生えたパイナップルが置いてある。
「え」
パイナップルはその手?で台の下を指さした。そこには足跡のマークが描かれたマットが敷かれていて、シトロンは慌ててそこに立った。
そしてパイナップルはシトロンをじっと見て?きて、横にあるなんらかのボタンを押すと廊下の先の扉が開く。
パイナップル越しに見えたそこには弾幕がかけてあり、”この文字が見えたら中へどうぞ”と書いてある。
「あ、はい。通ります」
パイナップルは手足を収納して台に座った。
「いやドラゴンなんだろうけど、ドラゴンであってほしいけど」
シトロンはぶつくさと言いながら内扉をくぐった。そこには階段があった。真ん中の金属の棒?をぐるりと取り囲むような螺旋階段で、うっかり踏み外しそう、というのが正直な感想だった。
何はともあれ階段を上っていると、石造りの古い塔、というのは外観だけだと思い知らされる。中は魔法文字が刻まれたレンガにより強固で清潔な壁になっていた。
階段は真ん中にあるために、各階では階段の外側、外壁側に部屋が並んでいる。全て扉が取り払われた開放的な部屋で、階段を上がる度に室内が見えていた。
秘密保持とかいいのかよ、とシトロンでも頭によぎったが、誰も彼も研究に没頭している様子で彼女には気づかない。ここのセキュリティは門番やパイナップルだけではないのだろうけれど、それでも気になることには気になった。
思ったよりもすぐに約束の最上階に到着した。最上階は部屋も何もなく、だだっぴろい空間に豪奢な机とその机に座る人をもてなすための様々な貢物が見えた。
だがその人物は窓を除いた壁の全てに備え付けられた本棚の前に地べたで座っていて、美味しそうなフルーツやふかふかのソファーには目もくれていない。
「よぉアルジェン、元気?」
シトロンが声をかけて初めて、彼は振り向いた。少し驚いたように目が見開かれていたことから、随分集中していたようだった。
「シトロン様。これはこれは、本当に来てくださるとは。この通り元気ですよ」
「そりゃあよかった。……あ、見舞いの品が被った時ってどうすればいい?」
セドラに用意してもらった老舗の菓子がすでに置かれている。アルジェンは笑った。
「私相手にならお気になさらず。あなたのをいただきましょう」
「いいのか?」
「これは兄上から押し付けられたものなので融通が利きます」
「なるほどなー」
「ガラクテア様をお迎えに来られたわけではないのですか?」
シトロンはそこで初めて、部屋の隅に正座させられ、その膝の上に石を乗せられているガラクテアに気がついた。彼女は抱かされた石の上で器用に反省文を書いている。
「どうせ妾なんぞいなくても気にしてなかったんじゃろ」
「レウカと一緒にいると思ってた」
ガラクテアは疲れた顔で大きなため息をついた。
「レウカもそう思っとるじゃろうな、シトロンと一緒におると……じゃが実際はルザルグに拷問にかけられながらエンドレス反省文で、最初にレウカとともにこやつを見舞いに来てから一回もここから動けておらん」
「マジかよ」
「奈の国に石抱きの刑、というものがあるそうです」
「へぇ~」と感心していると、ガラクテアが吠えた。
「いや妾の減刑を求めんかい」
「でもお前なんだかんだでドラゴンだから平気なんじゃ」
「足がつぶれたり血が止まったりはせんが、身動きがとれんのじゃ」
言われて初めて確かに足がつぶれたり血が止まったりしそうな拷問だな、とシトロンは気がついた。
「私としてはトロイを入れられたのは得難き体験ではあったのですが、どうにも物が物だったので、不問にはできないと珍しくイストリア殿がお怒りでして。いえイストリア殿は石抱きの刑には関与しておりませんが。兄上が一人でやりました」
「イースが怒ってるのか?」
珍しいな、と言外に含むと、アルジェンは肩をすくめた。
「もしコウジロウ様の身体に入っていたら死んでいたので」
「……オレは?」
「ガラクテア様との血の契約がありますから、半身不随か全身麻痺ですね。死ぬまで」
流石のシトロンも言葉を無くした。そしてガラクテアもまたのじゃのじゃ……と笑った。
「じゃから流石の妾も今回はまずったなぁ~と」
「人っ子一人死んでも気にしなさそうなのに」
ガラクテアは軽薄なわけではない。ただ個人の命をそこまで重視していないだけだとシトロンは考えている。どこまで人間の歴史や営みに介入しているのかは知らないが、あまり個人の判断で人の生死に関わらない印象を持っていた。
「屈辱的じゃが、今の妾ではレウカとカレンシアの後ろ盾なくては生きていけん。具体的に言うとローマンデルジェイにいたらあっという間に世界中のドラゴンが攻め入って来て国も山も消える。じゃからカレンシアの要人の命は絶対に損なってはいけないのじゃ!!!!」
人命や道徳や優しさからくるものではなくてなんだか安心したし感心した。
それはそれとして。
「なるほど。来るな」
「のじゃ!?」
「カレンシアと契約したドラゴンたちが抑止力になっているのですね。恐らくですが、他の国にいたらそのカレンシアのドラゴンたちも襲撃に賛成するでしょう」
ミトロンとか、ミトロンとか、と呟く声に、ガラクテアは震えた。
「そうしたら流石の銀河の女王も死んだりするのか?」
その問いには彼女は少し悩むようなそぶりを見せた。誤魔化したり嘘をついたりする以外だとわりと即答するガラクテアが考え込んでいる。答えが出たようで、彼女は真面目な顔になった。
「わからん。死ぬ確率は高いが断言はできん。死ねなかったら最後の一匹の気が済むまでサンドバックになるやもしれんな がっはっは」
「なるほど。来るな」
「おぉ~い!なんじゃその」
「そんな目にあわせたくない」
彼女自身が思っているよりも沈痛な面持ちをシトロンは浮かべていた。カレンシア以外ではこうやって遊んだり笑ったりもできないガラクテアのことを思って、苦しい気持ちになっていた。
「お、おう」
ガラクテアはその時自分に浮かんだ感情がなんなのかわからず、困惑した返事しかできなかった。
次は明日の20時以降に更新予定




