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繭よ、いつかは解き放たれり・前


 賢者と遠征隊が帰還してきた。だが賢者たちがブルトーヌに留まっていた理由は未だ調査隊には告げられていない。

 無事を確認するために出迎えに行ったシトロンとレウカ、そしてガラクテアは壁門近くの猫ドラゴン広場にてセレマリオンを待っていた。


 馬車とほぼ同時に、広場に黒猫が現れた。そして中から白蛇を伴ったセレマリオンが出てきたのだった。

「おかえりなさい賢者様。お疲れ様です」

「わざわざありがとうね二人とも。ガラクテア様もご足労感謝いたします」


「二人に連れてこられただけじゃ」

 ソラールは何も言わない。カレンシアでは闇竜ではなく賢者のペットという体裁を守っているつもりなのだろう。


「悪いけどゆっくりしてられないや。すぐ城に行かないと。あとしばらくは調査隊への協力が後回しになりそうだ。授業も行けない」

「寂しいですが我慢いたします。賢者様はどうかご自身のなさりたいようにしてください」

「まぁ大半やりたくもない類のお仕事だから、嫌になったら好きにするよ」

「好きに出来ないタイプに見えるけどな」


 セレマリオンは苦笑いをしてから少し考え込み、ガラクテアに向き合った。

「改めてご挨拶をしたいのですが、都合の良い日取りなどはありますか?」

「のじゃ!?」

「前もってスケジュールは確認しておきたいなと」


 ガラクテアはおろおろとしながらも「さらばじゃ!!!!」と叫ぶと飛んでいってしまった。

「なんだあいつ」

「嫌われてしまっただろうか」

「俺以外の愛情が必要なのか?」


 突然不穏な言葉が耳に飛び込んできて、二人は顔を青ざめる。

「あなたのご家族との時間を欲しがることはいけませんか?」

「ううん。いいぜ」

 手のひらくるっくるに見えて、きっとこのドラゴンの間にはきちんとしたロジックがあるのだろう。シトロンはもう静かにしていることにした。


 賢者たちに別れを告げて黄昏館に帰ると、一足先に帰宅していたガラクテアは二人を警戒するように天井に張り付いている。

「挨拶なんぞいらぬ!」

「なんでさ」


「いや……なんか思ったより……何でもない」

 二人が首をかしげても答えは出てこない。

 何はともあれセレマリオンの帰国をみんなに報告していると、ホッとしたようなリアクションが多い中でビカラは明確に嬉しそうにしている。


「賢者様が帰ってきたからまた勉強見てもらうです」

 ブルトーヌに行く前に終わっていたドリルなどを持ち出して、彼女は大層ご機嫌だった。

「しばらくは授業とか無しらしいぜ」と真実を告げるのを、あのシトロンが躊躇うくらいには。


 ビカラは目に見えてショックを受けていて、流石の愉悦部も申し訳なくなるほどだった。

「私が見てあげるわ!」とレウカがどやぁと名乗りをあげる。

「あんたも忙しいでしょ」とハニーベルがすぐさま却下する。

 その場に元気をなくした少女がもう一人増えただけになってしまった。


「あたしも小隊との連携について色々してるところだから時間が無いわね。……大体人に教えるのは得意じゃないようだから、基礎的なことを教えるなんて更に無理。あたし以外には……」

 言葉の途中でハニーベルはシトロンをチラ見してすぐに目を逸らした。

「アナトって座学はどうなの?」


「魔法に関することならお力にはなれませんわ」

「あ、じゃあ大陸文字とか大陸の歴史なら」

「それなら自信がありますわ。どうかしら」


 二人の間で話がまとまったのか、ビカラに問いかける。ビカラは先生役の算段がついたことを喜んだ。

「お願いするです!やったぁ!教科書はこれです!」

 アナトは受け取った教科書をざっと見て頷いた。


「では今日はわたくしにこの本を貸してくださいな。一通り目を通しておきます。あなたはこれまでどういったことを勉強してきたか簡潔にまとめておいてください」

「つまりレポート」

「その通りですわ!」


「ぐぬぬぬぬ負けませんよ!」とシャウトしながらビカラは部屋に戻って行った。

 アナトも「ではこれで、ごきげんよう」と手を振り新しい仕事に取り組むためその場を去った。

「戦力外で良かった。途中文句を言おうと思っていたけどやっぱり黙っておかないとな」

 会話に参加していたら大変なことになっていたな、とほほ笑むシトロンにハニーベルは冷たい目線を送るしかない。


「さてレウカ、あたしたちも会合があるわ」

「もうそんな時間だったの?ありがとう。じゃあみんな、後でね」

 相次いで人が去ったリビングには、もう天井に張り付くガラクテアと暇オブ暇なシトロンだけが残された。


 だがそういう時は事件が向こうから来るものである。

「こんなところにいた。ちょっといいだろうシトロン君。君の従者の少年が落ち込んでいるよ」

 リビングに入ってきてすぐ、キノトは要件を簡潔に告げた。

「ちょっといいか聞いてからにしてくれ。落ち込むような繊細な男はエトロくらいなもんだな、どこにいる?」


 案内されて行った武器庫では、陰鬱な空気のまま短剣を磨いているエトロの姿があった。

 エトロは緩慢に頭を上げて、乾いた笑みを浮かべる。

「今度三人でランチ行くことになっちゃった……」

 静寂が支配した。

 何の話か理解するまでのたったの一瞬。


「あはははは!!!」

「笑うな!」

 シトロンとキノトが大笑いすると、エトロは半泣きで食って掛かった。その騒がしさにつられて一人置いて行かれて寂しかったのか、ガラクテアもこそこそと合流していた。


「ラティーと彼氏か!頑張れ!」

「騙し打ちみたいなのじゃなくて良かったじゃないか。ジジイに聞いた話だけど、僕の祖母は使用人に狩りに誘われて行ったらそこに猛アタックかましてきていた祖父がいたそうだよ。仕方ないから狩りで勝負して、勝ったから仲良くすることにしたって」


「じいちゃんは狩りの名手なのか」

「すまない、主語が無かった。勝者は祖母だ。負けられねぇー!って挑んできた男をコテンパンにしたらなんか可愛く見えてきたんだとさ」

「そう来たかー!」


「事前にアポイントを取り心の準備をさせてくれるんだ。良い彼氏なのかもしれないね?」

 実例を伴う話を聞かされ、エトロは少しだけ余裕を取り戻したのか、腕を組み深く考えている。

「……のう、お主は妹の彼氏の挨拶が嫌なのか?」

「嫌です!!!!!!!!!!!!!!」


「お前のそんな大声初めて聞いた」

「親の葬式よりデカい声出したよ」

「葬式では普通デカい声出さないだろうね」


「何故じゃ?」

 ここまで口を挟むのは、セレマリオンとの話があったからだろうな、とシトロンは気がついた。そういえばガラクテアの心情を聞いていない。彼女を知る手掛かりになるかもしれないと静かに二人の会話を見守ることにする。


「まだ早いかなって」

 エトロはまるで父親のようなことを言った。たった二歳しか変わらないというのに親代わりとして妹を守ってきたからか、彼にとって妹はまだ五歳くらいの女の子なのかもしれない。


 商人である二人の両親は行商の帰り、長雨のせいで起こった土砂崩れで命を落とした。

 二人は雨の中、家の中でずっと待ち続けていた。

 親戚たちや良くしてくれる大人たちが現場へ行ってしまったために、二人きりになってしまっていたのだ。


 それでいていつもは二人のことなど気にも留めない大人たちが、二人に真実を言おうかどうしようかと遠巻きに見つめていた。迂闊に近寄れば二人の人生の責任を負う羽目になると考えた奴もいるかもしれない。

 傷つけてしまったら、伝え方が下手だったら、八つ当たりされたら……。


 ラティーはそうやって、ひそひそと話しながら決して近づいて抱きしめてくれない見知らぬ大人たちと、その時間が一番怖かったといつか語ってくれた。信じられるものは一晩中絵本を読んでくれたりぎゅっと抱きしめてくれた兄だけだったと。

 きっとそういうことの積み重ねで二人はただの兄妹にしては依存しがちな強い結びつきがあるのだろう。


「十五歳だっけ。国による……って感じの年齢だね。ちなみにうちでは早い。案外二十歳くらいまでだらだらしていても何も言われないし」

 明るく話を続けるキノトのおかげで、ぼんやりと考え込んでいたシトロンはその思考を止めた。


「ローマンデルジェイでは……まぁ、可、かな。勿論年が近い場合は、だけど。

 うちは狭い国だから幼馴染カップルが多くてさ、年齢差とかほぼいないから五歳離れるだけでタブー視ある」


「ははは、十代で老人に嫁がされた女たちの話の後に聞くと無茶苦茶グロいのぅ!」

「やめろや」

 思わずシトロンは、銀河の女王に肩パンをかますしかなかった。



次は19日の20時以降に更新予定

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